混色魔力の異世界英雄
カール
第1話 異世界人召喚
「やあッ! 面ッ!!!」
振りかぶった竹刀がしなる速度で振り下ろされ相手の面に叩きつけられる。パンッという軽快な音をさせつつも油断なくすぐに構えを取った。両者向き合い、竹刀を構えた状態で睨み合い、それを静止するように太鼓の音が響く。
「いたた、もっと加減しろよ大和」
「悪い悪い、最後の試合近いし気合入ってんだよ」
面を取り、タオルで汗を拭い壁際に置いてあるペットボトルを取って飲み干す。練習で汗を大量に流しているためこの時に取る水分が身体に染みわたる感覚が大和は好きだった。部活が終了し防具を片付けながら部室で帰るために着替え始める。
「部活終わったらどうする? 飯食ってくか」
「あ、僕はパスで!」
「ああ。そういや外で待ってるんだっけ?」
何かに気づいたのだろう。ニヤニヤ笑いながら大和を見ている。
「うるせぇって! じゃあな!」
デオドラント系のスプレーを身体に吹きかけ着替えてすぐに大和は部室を後にした。学校では一部の知り合いしか教えていない幼馴染との関係。高校に入って少し距離が離れるようになってしまっていたが、最近大和の猛烈なアタックによってようやく立場を幼馴染から恋人関係にステップアップ出来たのだ。
大和としてはこの関係を公にしたいのだが、幼馴染である浅海陽子がそれを拒否。客観的にモテる大和と地味な陽子では釣り合わないと考えいるようで、付き合う時の条件として親しい友人以外には広めないでほしいと言われている。そのため、同じ部活の友人と同じ委員会で知り合った女子の1人しか知らない。
「多分また校門近くで待ってるよな」
そう思い急いで部室棟から出て校門に向かう。道中近道をするため学校の中庭を通った時、それは起きた。
「な、なんだ!?」
突如地面が光り出す。何が何だかわからない。誰かの悪戯だろうか? しかしここまで発光させるような装置なんてあるだろうか。あまりの眩しさに目を瞑る。そうして東京都立青藍学園3年、来栖大和はその場からまるで魔法のように消え去ったのだった。
見渡す限り何もない。宇宙空間のような場所。浮遊感もないのに、自分の身体が浮いているという違和感を感じながらも、妙な声がする方へ視線をやった。
『――聞こえますか、選ばれし者よ』
何か声が聞こえる。僕は寝ているのか? でも夢という感じがしない。
『これは夢ではありません。どうかこちらの声に耳を傾けて下さい』
「夢じゃない……? ならここは一体」
『ここは世界の狭間です。どうか貴方にお願いがあります。一方的な願いなのは本当に申し訳ないのですが、力を貸して頂けませんか』
まるで水中の中にいるかのように身体の重さがほとんどないため、どうしても意識がふわふわする。
『今、私たちの世界が危機に瀕しています。5年後に生まれる魔王が世界を滅ぼそうとしているのです。どうか力を貸して下さい』
「そんなことを言われても……僕は普通の高校生です。戦うなんて」
『大丈夫です。貴方には特別な才能を、すべての属性の魔法が使えるという才能を授けましょう。無事魔王を倒せれば必ずあなたを元の世界に戻すと約束します』
いきなり才能を与えるとか言われても戦うなんて僕には無理だ。それに僕にだって家族が、陽子だっているんだ。5年もいなくなるなんてできっこない。
「ごめんなさい。やっぱり僕には無理です」
『あちらの世界と貴方の世界では時間の流れが違います。向こうの5年は貴方の世界では1,2か月程度となるでしょう。本当にごめんなさい。私たちも手段を選んでいる余裕がないのです。一方的にこの使命を押し付けてしまう私をどうか許して下さい』
「ま、待ってください! どうか、待ってッ!!」
意識が朦朧としていく。まるで夢の中に落ちていくように。
顔に何か温かいものが当たっている。自然と顔に手を当ててみるが何もない。いや、正確に言えば日が当たっているようだ。眩しさに目を細めで開け周囲を見るとどこかの部屋のようだが間違っても自分の自室じゃない。いつも寝ている薄い布団じゃなくてベッドのようだし、6畳くらいしかない部屋じゃなくて、ホテルの一室みたいな広さの部屋。
「ここは……」
「■■、■■■■■■■」
「ッ!」
驚いた。ベッドのすぐ横に知らない人がいる。外国のおじいさんのような人で見た事もない服を着ている。
「■■、■■■■■■■」
「あー、ごめんなさい何を言っているかよく分からないです」
「■■■」
僕がそういうと目の前のおじいさんは立ち上がり手に何か持ってこちらに手を伸ばしてくる。流石に見知らぬ人が接近する恐怖に思わず身体を後ろにのけ反ろうとするとが何故か身体が動かない。
おじいさんの皺が刻まれた腕が伸び僕の耳に触れ――激痛が走った。
「いったぁッ!!」
すぐに手を振り払い痛みが走る耳をおさえる。すると手のひらに何か硬い物がぶつかっている。どうやら耳たぶの所になにかついているようだ。
「すまんな。だがこれで言葉は通じるかね?」
「――え、なんで」
先ほどまでどこか外国の言葉をしゃべっていたおじいさんの言葉が分かる。正確には何を言っているのかまだ分からないのに、意味だけが頭の中に入ってくるという不思議な感覚だった。
「聞こえているようで安心したわい。ほれこれを飲みなさい」
そういって懐から透明な瓶に入った液体を取り出した。コルクのような物で蓋がされているが何かの薬品のようにも見える。日に反射する赤い液体が不思議と綺麗に見えた。
「それは……なんですか」
「低級ポーションという代物だの。一応これを飲めば痛みは引く。改めてすまんな。どうしても意思疎通が出来ないとここからが説明しずらいのだ。勝手だが意思疎通用の魔道具を付けさせてもらった」
何がなんだか分からない。受け取ったガラスの感触が自分の手の中にあり、耳から感じるこの痛みもあいまって夢じゃないという事が否応なく理解出来てしまう。少し迷いゆっくり栓を抜いた。顔に近づけ匂いを嗅ぐが特に変わった匂いはしない。もう一度おじいさんを見ると頷いて「ほれぐいっと」などと言っている。
「はあ……えいッ」
一気に飲み干した。少し苦みがあるが青汁程ではないから何とか飲める。全部飲み終わると身体が少しずつ温かくなってきた。まるで寒い日に、お風呂に入った時のように。その温かさが全身に広まったと思ったら気づくと耳の痛みが取れていた。
「す、すごい」
「ほっほっほ。それで驚いてくれるのは中々新鮮んではあるな。では行こうか。歩けるかね?」
「どこかに行くんですか。というかここってどこですか?」
立ち上がったおじいさんは杖をついて部屋の入口まで行きながら僕の質問に答えた。
「君の聞きたい事も含めて、全部説明するお方の元に行くのだよ」
自然と手に力が入り拳を握る。目が覚める前の声の件も考えると考えたくはないけど、ここは日本ではないらしい。いや、世界と言っていたのだから違う世界という事だろう。どうすればいい、考えろ。
「不安な気持ちを察してはやれるが、完全にわかってやれずすまないな。だがこれだけは約束しよう。魔王を討伐さえできればお主は元の場所に帰れる」
帰れる。その言葉を聞き俯いていた顔を上げておじいさんの方を見た。
「強制する形となり、お主に選択肢がないのも重々承知しておる。だが我らも手段を選んでいる暇がもうなくなっているのだ。歩けるかの? 恐らくそろそろお主の同郷の者たちも集まった頃じゃろうて」
待て、今なんていった?
「同郷……日本人が他にもいるんですか?」
「ああ。そうじゃ、素養のある者を複数人召喚する儀式じゃからの。どうする? まだ寝ておるか。流石にそろそろ時間もない」
そういうとおじいさんは懐から懐中時計のようなものを取り出し中を見ている。同じ日本人がいる。1人ではないという安心さが身体中を包んだのを感じた。
「ごめんなさい、すぐ動きます!」
「では行くとしようかの」
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