第37話 狼王へ至る遠い道程、それは無理の道筋。

「はっ!!」


 戦闘はヒィズさんの掛け声から再開された。

 ほんの数瞬前までは死にそうに落ち込んでいたはずの狼娘からの一撃は、結果的にゲメルメノアにとって意表を突く攻撃となる。


 がぃん!


 と言ったところで、少し意表を突けたくらいで攻撃が届くくらいならば苦労はない。

 手甲で軽く払われたヒィズさんの攻撃。

 その意味は、どちらかというと反撃の合図として皆の耳に響いた方だろう。


「立ち上がれ!

 まだ終わっていない、皆で生き延びるんだ!」


 グネァレンさんの檄に、続々と立ち上がる狼人工房兵団。

 一度は絶望に沈んだその目は、立ち上がった時には完全に生き返っていた。


「ココロさん、良くご無事で!

 もう駄目かと思いました!」


 しゅたっ、と僕の隣に移動してきたヒィズさんが声を掛けて来た。


「グネァレンさんが敵のことをゲネルメノア元帥、と言っていたので、これはまずいと思って通心の珠を使ってリオイナさんに助けを求めていたのです。

 近くまで来てもらっていたのですが、多勢に無勢ということで少し隠れてもらっていたら、うっかり僕が落ちてしまいまして」

「少し離れた場所から様子を窺っておりましたら、ココロさんが転落してくるのでびっくりしましたよ。

 慌てて飛び出さなければ、今頃どうなっておりましたか……」


 リオイナさんがほぅ、と溜息を継ぎながら僕の言葉を継いでくれる。


「ありがとうございました、九死に一生を得る思いです。

 あと、すみませんが一緒にゲネルメノア元帥と戦ってください」


 僕はリオイナさんの背から降りながらお願いする。

 とは言っても、リオイナさんがいくら強力なアゼルピーナとは言え、あの元帥と互角に戦えるとまでは流石に思えない。

 どうやったらまともに戦えるのやら――?


『総員、撤収!!』


 どうやってこの場を凌ぐか、それに全力で頭をぶん回していた僕は、ゲネルメノア将軍の凄まじい大音量の意味を悟るのに少し遅れる。

 再び混戦に陥ろうとしていたこの戦場は、元帥のその大音声により一瞬停滞し、そして各自が戦意を復活させる頃には既に壁上に親衛隊員は誰も居なくなっていた。


 慌てて壁に駆け寄り下方を覗き見た僕が見た光景は、黒い大狼に騎乗しかけ去ってゆく親衛隊の後ろ姿だけであった。


***


「それで、主はおめおめと逃げ帰ってきたというのか?」


 戦場に似つかわしくない豪華な大天幕。

 中に入れば床には絨毯が敷かれ、その上に仮の玉座がしつらえてある。

 そこに座るのは狼人王メイリスカラク。身長は二メドルメートルに届き、鋭く引き締まった体格の者が多い狼人にしては横幅もある、雄偉な戦士の王。

 その前に跪く名将の誉れ高い武人、ゲネルメノアを見下ろしながら、厳かな声で問う。


「左様でございます。

 この失態、手前の不明に御座います。

 如何様な裁きでもお下し願います」


 ゲネルメノアからは一切の弁明の言葉もない。

 死ね、と言われれば死ぬ。そういう男だ。


「ふん、ただ死なすには勿体ないし、かと言って一兵卒に落とせば逆に喜ばせることになるのは分かっておる。

 誰がその手に乗るか。お前はそのまま苦労せよ」


 ゲネルメノアは垂れていた首を一層深く下げる。


「だが、咎めなし、というわけには行かぬぞ?

 お前には格好の罰を用意しておいた。

 今からそれを伝える故、心して聞くがよい」


 嫌な予感に、背筋に冷や汗を感じるゲネルメノア。

 嫌な、本当に嫌な予感がする。


 その厳つい顔貌を歪め、笑みと呼んでも良いかもしれない表情を作りながらメイリスカラク王は自身が用意した裁きを下す。


「ここからは俺が先頭に立つ。

 貴様への罰は、止めるな。文句をいうな。何も言わずに黙ってたすけろ。 

 ――そして、後始末は主が全てやれ。それが罰だ」


 そう言いながら、嬉しそうに顔を歪め続けるメイリスカラク王。

 如何様な裁きでも、と言った手前、口答えは許されないゲネルメノアは、自分の予感が現実になったことを悟る。


 ああ、この王が裡に溜めた破壊衝動を解き放ち、存分に蹂躙して回り、そしてその後始末を全て自分が引き受けるのか。戦士の誇りに殉じていた方がやはり良かった、とは単なる愚痴であることはゲネルメノアも承知しているのだが、そう思わずには居られなかった。


***


「それにしても、鮮やかな引き際でしたね……」


 その日の終わりに、今後の対策を話し合うために一室に集まった僕ら。

 その感想は、本当にその一言に尽きる。

 親衛隊が退き本隊と合流した後、上から戦況を見下ろす僕らは、意思統一とはこうやるのだという見本を見せつけられるかのような軍の動きを目の当たりにした。

 あの練度の軍隊を相手にして、なお今日を生き延びることに成功した。その目先の安堵感こそが、僕の、僕達の正直な感想だった。


「各自が勝手に武勇を競い合うだけであれば、やりようはあるのだがな。

 コツァトルにゲネルメノア元帥あり、とは噂で聞いていたが、実際にその手腕を見るのは初めてだ。

 評判通り、いやそれ以上だな、ありがたくないことに」


 アラフアさんの表情も冴えない。

 個々人の戦力で圧倒的に上回る相手が、軍運用においても敵わないというのだから、気が重くなるのも当然なのだろう。


「ま、まぁ、市民の皆さんは、既に避難に入っていますから、一般民の被害は抑えられるのは良いことではありませんか」


 とりあえず僕は暗い雰囲気を少しでも和らげるための話題を出した。


 狼人は街の包囲をしていない。

 目的の半分がアゼルピーナであることと、兵糧攻めや迂回、奇襲などは考慮に入れないこと、あと街の殲滅はいつでもできると考えているためだろう。

 このため、敵兵力が展開している東側とは反対の西側門から、ひっそりと市民の避難が開始されており、もはや街中にほとんど市民はいないはずだ。

 街の一定以上の市民に乗馬の技能習得が義務付けられているお陰、と言って良い。

 

「それもこれも、狼王軍をどれだけこの地に止めることが出来るか、に懸かっているのだがな。

 この街が陥落したら、次は移動中の一般市民が襲われるだろう。

 かれらはその数は多い、一通り次の街にたどり着くまでに一週間は欲しい」


 しまった、あまり明るい方向に行かなかった。


「アゼルピーナ達の被害はどのような状況ですか?」


 僕は通心の晶石に向かい問いかける。


『ボクらの方にも、かなりの被害は出た。

 五百は下らないだろう。あれだけ優位に戦闘を開始してこの被害、あいつらの強さは異常だな』


 こちらも沈んだ声が返ってくる。


『残る我々アゼルピーナは既に五千を切っているだろう。

 数でも質でも劣っていることになるな』


 ベルツィアさんが補足を入れてくれた。

 ゼライアと協力関係を結んでいる今、糧食に関しては心配はいらないアゼルピーナ達だが、勝ち筋が見えない現状に歯がゆそうだ。


「イリカさん、なんぱむ弾の残数はどれくらいありそうですか?」

「残弾数はぁ、えとぉ、最初にあったのが七百十二でぇ、昨日、一昨日で四百二十三発を撃ったのでぇ、残りは二百八十九発ですねぇ」


 聞いたら一桁まで合わせてさらっと回答してくるのがイリカさんの凄いところ。

 しかし既に残弾三百を切っていて、しかも敵に目立つほどの被害はない。

 ゼライアの壁を駆け登れる敵兵がいる以上、籠城も現実的でない。


「狼人兵の精鋭は俗に兵一人で人族の熟練兵士百人に匹敵すると言われている。

 もしそう仮定したら、敵は一万人の兵ではなく、百万の兵と対峙しているようなものなのだ。

 対してこちらは、ゼライア兵が八千程度、アゼルピーナが五千体足らず。

 城壁に拠るとは言え、その城壁も頼り切ることはできない。

 頼りの支援火器も明日で使い切るであろう。

 その前提で、我々がどのように対抗するか、考えなくてはな」


 これだけの条件を揃えて、なお対策を考えようと言うその姿勢が凄い、とすら思える。絶望して投げ出したくなる状況にも思えるけど、アラフアさんはそれを認めてはくれないだろう。


「最初に言おう。

 この状況下で私が考えられる打開策はただ一つ。敵の王を討つことだ。

 どんな集団であれ、その規律が固ければ固いほど、核を壊されれば脆くなる。


 その上で、敢えて言う。

 この中で最も強いのは私だ。

 だから、本作戦は、どうやって私と狼王メイリスカラクを対戦する環境を作るか、という点に絞りたい。

 異論はあるか?」


 そう言ってアラフアさんは挑むような眼差して一同を見回した。

 最初に口を開けたのは、この中で最も狼王を知るグネァレンさん。


「言っている筋は理解したが、あの狼王メイリスカラクはコツァトル史上最強の戦士と呼ばれている王だ。

 ゲネルメノア元帥すら格が違うと言われている王に、一対一で倒すというのは無理だろう」

「そうだな、その噂は私も常から耳にしている。

 あのゲネルメノアという男に敵わない私が、かの王相手では手も足も出ない、それも正しい理屈だ」


 そう言って瞼を閉じて視線を切り、ふぅ、と溜息をつくアラフアさん。

 そして目を開く。


「だが。

 そもそも、王を倒し得ないのであれば、この戦は勝機がないということと同義。

 ならば、無理から理を引き出してでも、勝ち筋を作らねばならぬ!

 この戦、ゼライアの全市民、ひいてはユーハイツィアの国民の命がかかっているのだ、決して無理だから仕方がないで済む話ではない!」


 低く、抑制が効いているにも関わらず、肚の底まで響くような声が室内を満たす。

 あのグネァレンさんが、気迫に押されてそれ以上の言葉を出すことができない。


「別に私は一対一に拘っているつもりもない。

 なんであれば、王を孤立させて、皆でそれを封殺するでも構わない。

 それができるのならば、な。

 だから、この場ではその方法論を協議させてくれ、という話だ」


 そう言ってふわりと微笑むアラフアさん。

 こんな時まで場の雰囲気を意識し、笑顔まで作ることができる、本当に心の強い人だ。


 だけど。

 それでも、僕は言わなくてはならない。

 それは違う、と。


「アラフアさん、お言葉ですが、アラフアさんのお言葉は間違っています。

 この戦場に参加しうる者達を見渡した場合、

 なので、その前提から見直す必要があります」

「ほう? それは異なことを言うのだな、ココロ君?

 よもや君の方が私よりも強いと言うつもりかな?」


 穏やかな口調に比して殺意でも籠められているかのような強い視線。

 おぉう、これは視線だけで人を殺せるかも知れない!


「まさかまさか、僕はアラフアさんの足元にも及びません、残念ながら」


 慌てて否定する。

 そうしないと息が詰まって話を先に進めることすらできない。


「なるほど、では誰が私を凌ぐ強者だと言うのか、まずは聞いてみようではないか」


 そう言ったアラフアさんの視線は依然厳しいままだ。

 やはり、自分の強さには相当な自信があるのだろう。


「それは――」


 その時、通心の晶石に反応があった。

 これは正にその相手からの連絡のようだ。


「ちょうど良いです。

 アラフアさんのお話しを聞いていて、僕も心が定まりました。

 イリカさん! グネァレンさん!」


 突然呼ばれてすこし驚いた表情を浮かべるイリカさんとグネァレンさん。


「アラフアさんのお話しを聞きながら思いついた、即席の計画プランです。

 イリカさんは、穴や計算違いがないか確認して、僕が変なことを言っていたら指摘してください。

 グネァレンさんは、狼人達の性格的な部分から、勘違いや補足などがあればお願いします。

 先ほどの質問の回答にもなりますので、是非アラフアさんに僕の計画を聞いて頂いて、ご意見をいただきたいと思います!」

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