第36話 ゼライア軍&狼人工房兵団&アゼルピーナ軍 対 狼王軍
刻刻とうつろい行く戦況。
絶望的とも言える戦力差だが、全てを投入する総力戦で対抗することで、なんとか均衡を保てている。
人間演算器イリカさんの的確な砲撃と、彼女が地上に置くなんぱむ弾の鋭い布石は、狼王軍を分断し、混乱に導いた。
轟音と共に炸裂し、黒煙により視界を覆い、その臭いを遮断する。
進路を見据え、風向きと風速を計算し、持続時間も考慮に入れる。
あの鉄の規律を誇る狼王軍は、その統制をズタズタに切り裂かれて、各隊単位で迷走し衝突する。
見えない。嗅げない。聞こえない。
このような状況は、訓練の行き届いた狼王軍でも想定していない事態。
たまらず、ゼライアから大きく距離を取る方向に迂回を始めた。
「……敵将も、猪突猛進型の戦士ばかりという訳ではなかったようだな。
このままではじきに混乱も収束し、徐々に立て直されてしまいそうだ」
壁の上から戦況を見下ろすアラフアさんの表情は厳しい。
「かなり上手い具合に敵戦力を分断して、混乱させることが出来ているように見えますが……」
大規模な戦争など初めて見る僕に戦況など読めない。
ただ、五十騎単位くらいの塊になって右往左往し、徐々にゼライアの壁から距離を取る様子が分かるだけだ。
「
半分も編成できたからと、既に動き出しているように見える。この方向、アゼルピーナの群の外縁に沿うように、包むように移動しているな。
狙いは半包囲か……」
なるほど、部分ではなく全体を俯瞰すると確かに遠方の部隊が秩序を取り戻しつつあり、大きな単位で動き始めているようにも見える。
対するアゼルピーナは、昨日までの烏合の衆の時よりも断然動きが良くなっている反面、ざくっと規模が小さくなっている。上から見ると良く分かる。
これは、昨晩アルディナ達と話し合った結果、こうなった。
狼王軍には数ばかり集めても無意味。だから、本当に狼人に対抗できるアゼルピーナのみを残して、残りは夜が明ける前にアゼルピーナの森に向け移動してもらった。
数万いたアゼルピーナの群は、今や数千に減った。だが、群としての強さは、昨日までよりも強いはずだ。
食糧もゼライアから供出してもらったので、アゼルピーナの体調はかなり改善されている。
「壁に近づけば、再びなんぱむ砲が機能します。イリカさんが必ず、狼王軍を撹乱してくれる。
まだまだ、これからです!」
その時。
僕がアラフアさんに答えた後に。
突然、背後で傀儡が立てる乱暴な音が重なり響き、更に兵達の悲鳴まで聞こえてきた。
何事!?
振り返ると、何故か狼人の兵隊が壁上にいる。それも、壁間を潜り抜け、続々と増え続けて行く。
あの装束は――狼王親衛隊!?
慌てて僕は外壁面に目を向けると、無数の親衛隊員達が、壁を斜めに駆け上がってくるのが見える。
――嘘でしょう!?
ラキアが壁を駆け上ったと聞いても想像が出来なかったが、まさか目の前で実演してくれるとは! 全く嬉しくないよ!
壁上に登った親衛隊員がこちらに気づいて駆けよって来た。
うひぃっ!?
ぎぃん!!
金属同士が鳴らす重い響きと共に、緋色の火花がとびちった!
「下がっていろ!」
「グネァレンさん!」
僕の目の前に割って入った厚い背中、狼人工房棟梁グネァレンさん。コツアトルを放逐される前はかなり腕が立つ戦士であったと言う。
「ココロくん、どいていて!」
なんとトルベツィアさんが狼鎖剣を自在に操り、親衛隊員を迎撃する!
付け焼き刃では有り得ない、流麗な狼鎖剣さばき。あれ、もしかしてヒィズさんよりも強いのでは?
流石に不意を突かないと親衛隊とは戦闘技術の差がありすぎすが、ヒィズさんと連携してなんとか迎撃を成立させていた。
「おら、弱ぇ奴は下がっていろ!
悔しいがお前がやられたら、俺達の未来もねぇんだからな!」
アロトザも。工房の他の皆も。皆がここで戦ってくれた。
自分達の未来を繋ぐため。
それこそ命を懸けて。
切り開こうと足掻いていた。
凄まじい力。
強大な敵をも退けるほどの。
それが狼王親衛隊という伝説級の暴力機関でさえなければ――!!
「きゃあ!」
トルベツィアさんの悲鳴が響き、飛ばされて来た。
見ると、親衛隊員の黒い装束が塊を作る。一騎当千の戦士、数十名が揃う。
その威容の前にたじろがざるを得ない狼人工房軍団。
これは詰んだ――!?
「気持ちで負けるな!
一人で敵わないなら二人掛かりで!!
二人で駄目なら三人で攻めろ!!
狭い地形を有効に使え!!」
アラフアさんが叫ぶと同時に、先頭へ駆け寄る。
即座に反応し数名の親衛隊員から狼鎖剣が飛ぶ!
咄嗟に左の掌を正面にかざし力を籠めることで、斥力の晶石が発動し狼鎖剣の軌道を逸らす。
転瞬の間に剣を滑らせ、逸らしきれない二本の狼鎖剣を打ち落とす。しかし一本が残り、アラフアさんに迫る――
がぎぃいいぃん!!!
脇から滑るように飛び込み、残る一本を素手で掴み取り勢いと自身の体重を利用して強引に側方へ軌道を変えるパルテさん。無理矢理標的から外された狼鎖剣は、悲鳴の響きのような鋭い音を立てて地面に突き刺さる。
「おいおい、あまり無茶をするな、パルテ」
「どっちがですか!? 無茶にも程ってものがあるでしょう!?!?」
緊迫した表情を残しながらも笑いかけるアラフアさんに、完全に涙目で主の無謀を責め立てるパルテさん。
今のパルテさんの動き……正直、人間業とは思えなかった……
常識外の主従の動きにより長く意識を奪われたのはいずれの陣営か。
は、と我を取り戻すと、再び戦闘態勢に入る。
ぱぅん! ぱぅん!
最初の一手はこの僕がもらった!
アラフアさんが飛び出す寸前に既に攻撃準備をしていた僕は、百戦錬磨の親衛隊に先んじて攻撃を放つことができた。
いささか気の抜ける音を残して発された弾は狼王親衛隊の中央に向かい、中央の狼人が巧みに狼鎖剣を操り空中でそれを叩き落そうとして――
ばぁああんん!!
凄まじい音が壁上を走り抜けた。
爆縮球。
多量の空気を圧搾、コーティングした小さな球は、目標に接触すると一気に体積を膨張し、空気爆発と呼べる強力な暴威を振るう! イリカさんも良く使う、この世界の魔術師の一般的な攻撃手段。
対する親衛隊も、既にその球の被害を免れるように距離をとっていた。
そしてそれは僕の目論見通り――!!
「イリカさぁん!!」
僕の叫びと同時に、壁上に据えられたなんぱむ砲が火を噴いた!
がぅん!
決して広くない壁上の通路、そのど真ん中、さらに
何というか、あの離れた位置にあるなんぱむ砲からこの絶妙な場所に着弾させるイリカさんの砲撃は、もはや神と言ってもいい! 本当、人間業ではない!
朦々と黒煙を噴きながら炎上する壁上通路、これで狼王親衛隊とは完全に分断できた。普通ならそう思う。
「グネァレンさん! 敵は壁を水平に走ってきます、ご注意を!」
そう、壁を走って登ることのできる彼らに、別に
がががががっ!!
案の定、左右の壁を伝い挟み込むように迫りくる親衛隊員。
イリカさんの支援砲撃も、敵が投擲したナイフにより空中で爆散してしまう。
親衛隊の壁面を利用した息をつかせぬ波状攻撃、しかし流石に不安定な壁面を走りながらの攻撃では精度は期待できず、アラフアさんとグネァレンさん達により防がれていた。
だけど、壁から突き落としたつもりの親衛隊員も、壁に狼鎖剣を突き立ていつの間にか復帰してくる。生身の相手なのに、なぜかゾンビ映画を思い出す。
倒しても、倒してもまだ復帰する敵。
――ざっ。
一瞬、何が起こったか理解が出来なかった。
しかし、次の瞬間、片膝をつき蹲るアラフアさんが視界に入る。
「おおおおおお!!」
雄叫びを上げ突っ込むグネァレンさんも、次の瞬間には地べたに這いつくばっている。
なんぱむ弾により、未だ黒煙を吐きながら燃え盛る炎の柱。
その中央を駆け抜けてきた狼人。
それが物も言わずに一気に僕目掛けて距離を詰める!!
「ココロさんっ!!」
咄嗟に動けない僕に代わり飛び出したのはヒィズさん!
だけど、実力差が圧倒的だろう!?
唯一のアドバンテージは事前に構えていたことか。
そして、普通はやらない、下から上に剣を薙ぎ上げる攻撃! これは僕とヒィズさんで練習している時に編み出した奇襲技!
届いて!!
がきぃん!
鈍い音を立て、ヒィズさんの剣は払われ、その煽りを喰って壁に叩きつけられる。
これで僕とその狼人の間には誰も居ない。
再び速力を上げる敵は、僕に向け刃を叩きつけるように薙ぐ!
僕は咄嗟に両腕を前に折りたたんで防御姿勢をとった――
「痛い!」
その剣は僕を切り裂かずに衝撃を伝え、僕はヒィズさんと同じように壁に叩きつけられた。
少し目を見開いた男は、切り裂かれた僕の衣服から覗く、腕に装備されたガンファーを見出だす。
「……面白い武器を持っているのだな」
その狼人が初めて声を発する。
「お前は誰ですか! 何をしやがるんです!」
とりあえず言ってみた。
少しでも時間を稼ぎたい。
「この期に及んでその言葉遣い。変な男だな。
だが、先ほどからの様子を見るに、お前がここの指揮官なのだろう?
狩らせてもらうぞ――」
僕の質問には全く答えずに、僕を指揮官と決めつけてくる。
え、指揮官はアラフアさんだよー! 僕は添え物ですよ、添え物!
そんな僕の心の声とは関係なく迫りくる敵。
僕はその場からバックステップをして飛び退り――
「そちらは胸壁だぞ」
そんな敵の忠告を聞きながら、僕は壁の内側に墜落した。
「ココロさぁん!!」
「ココロ君!!」
「おいココロぉ!!」
皆が一斉に叫んでいる声を聞きながら落下していく自分を感じた。
***
「あの男が居なくなったというだけで、一気に戦意が無くなるのだな」
ココロを追い詰めた狼人が呟いた。
彼が周囲を見渡すと、皆一様に通路に蹲っている光景が映る。
特に、最後にあの男の前に立ちふさがり、狼鎖剣で斬り上げるという
「貴様、何者だ? その強さ、尋常ではないな」
「あの男は、ゲネルメノア元帥だ。コツァトルの中でも最強と名高いメイリスカラク王、その懐刀にして王に次ぐ強さを誇ると聞く」
ゲネルメノアは、声のした方を向き、それらの様子を見る。
金色の髪をまとめた
親衛隊員には及ばぬまでも、そこらの狼人兵よりも腕が立つ、なかなかの戦士。それが何故このような場所にいるのか。
ゲネルメノアは少し興味が湧き、問うてみる。
「お前、名は何と言う? 何故、コツァトルに歯向かうのだ?
貴様も狼人の戦士ではないのか」
「俺の名はグネァレンと言う。
これでも昔は戦士として腕を鳴らしたのだが、俺の行動はコツァトルの偉い人には認められなくてな。国を放逐され、流されてこの街に辿り着いた日陰者だ。
ここに居る狼人は、みんなそんなもんよ。大体は、
そう言ってゲネルメノアを睨みつけてくる。
確かに、メイリスカラク王の治世では、疑いの段階であっても裁く者の裁量で有罪となり、かつ罪状は重く割と簡単に国を追われる事がある。
あの強大な王も、宰相に任せきりにせず、もう少し心を端々にまで配ってくれれば良いのだが。
ゲネルメノアは嘆息したい気持ちをその思いごと胃の腑に呑み込む。
そうは言っても、王の名の下の命は絶対。
狼人は強き者を上位と認め、そして頂点に立つ絶対的な強者、メイリスカラク王を最上位として
そうでなければ、この狼人の国は治まらない。
ゲネルメノアは頭の中で自分の考えを改めて肯定し、正面を見据える。
そしてそれは、意図したことではなかった。偶然、目に飛び込んできただけ。だが、見てしまった以上、それは看過し得ない事案。
胸壁越しに見える、アゼルピーナの群を半包囲し、黒煙を噴く炎へと追いやる麾下の兵達の姿。
だが、自分の想定と異なる戦況が眼下に展開されており、ゲメルメノアは思わず目を奪われる。
まず、アゼルピーナの数が圧倒的に少ない。
昨日までは、その何倍も居たはずだ。平面から見ただけでは良く分からなかったが、遮蔽物のない上方から見下ろせば、その顕著な違いは明白だ。
次いで、昨日までは草を刈るように圧倒的にアゼルピーナの数を減らしてきたのに、今は優位には違いなくとも決して圧倒的とは言えない攻防が繰り広げられている。
しかも、先ほどこちらに向け砲撃があったものの、基本的には壁上からの攻撃は今も狼王軍に向け撒き散らされており、一弾たりともアゼルピーナには向かわない。アゼルピーナも、一体としてゼライアに向け攻撃を仕掛けない。
まるで、アゼルピーナとゼライアが共闘しているかのように。
ゼライアとアゼルピーナが共闘している?
そう考えると、眼下の戦況はまた違った様相を示す。
仮にゼライアがアゼルピーナの味方をしているとした場合、このゼライアの城壁はアゼルピーナ達にとってただの遮蔽物ではなく、側面を護る防壁に見立てることも可能。
その上であの炎の柱により戦略的に分断された狼王の軍と考えてみると、半包囲されているのはどちらの勢力になるのか。
そうだ、局所で見れば、逆包囲されていると見える箇所がいくつもあるではないか? そう思ってみると、アゼルピーナを押していると思っていた箇所も柔軟に退いているだけではないか? だとすると、アゼルピーナの消耗は?
――いや、わが軍の被害は現在どうなっているのか?
ゲネルメノアは、核心的な部分に思い至ってしまった。
これは早急に立て直しが必要だ。
ゲネルメノアはここから観察した状況を携えて、一刻も早く自軍に黄龍する必要を認めた。
ゼライアは逃げない。ならば、攻略は後日で良い。
そして壁上の通路で項垂れている者達を見る。これらを早急に始末して、あの火柱の弾を撃つ銀色の筒を破壊し、合流しなくてはならない。
方針を固め、足を一歩踏み出した、その時。
キィン!
澄んだ音を響かせて、親衛隊員が複数まとめて青い球に呑まれた。
バァン! バァン!
続いて空気が破裂したかのような爆音が轟く。
慌てて周囲を見渡す。
そして見出だす。
胸壁の上に佇み、日の光に照らされて金色に獣毛を輝かせる巨大な豹。
そして、先程までこの場の流れを支配していたココロという男がその豹に跨がり、自分達を見下ろしているその姿を。
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