第33話 会議は踊る。そしてこける。さらに転がる。
「そ、そ、それで! ゼライア街脱出の計画はどうなっているのだ! 避難先の手配は!? 我々の財産はどうなるのだ!?」
「私には! 当家には! まだ幼い子供達が四人もいるのだ! よいか、避難をする際には、必ず子供とその親を優先するのだ!」
「戦況は!? 兵共は何をやっているのだ!? 早く突っ込んで勝利をもぎ取ってくるのだ! 情報は! 早く偵察から戻ってこい、愚図ども! 防御は!? 一兵残らず我々の盾になれいっ!!」
――うるさい、です。
声が大きければ我意を通せると信じているのか、密室で発声練習の特訓をしているが如き惨状。頭が痛い。物理的な意味で。
なるほど、アラフアさんがまとめるのは無理だ、と言っていた理由が良く分かる。
僕の隣ではヒィズさんが手で耳を抑え、顔を青くして、尻尾が床まで垂れている。
反対の隣にいるイリカさんは、いつもの通りに、春風の如き柔らかく暖かい微笑みを浮かべている。耳に嵌めている耳栓のご加護だろう。潔いほど、この会議に見切りをつけているのが流石だ。
苦虫を嚙み潰しているかの表情をしているのは、議長である
そしてその隣に座るアラフアさんは、目を瞑り腕を組んで静かに座っていた。
つまり、会議を主導する立場の二人は、会議の進行を放置しているように見える。
紛糾する会議。
最初は全体に配慮する言葉を枕詞に置いてから自己主張していた出席者達も、既にその体裁をかなぐり捨てていた。興奮して、ばんばんばんと机を叩き、自分の通したい願望だけをがなり立てている。
お、遂に立ち上がって腕を振り回しながら叫び始めた。
あ、反対側の人も立ち上がった! なんかキーキー言っているよ!
え、女の出席者まで立ち上がって、顔を真っ赤にして腕をくるくる回し始めた!
興奮が会議場全体を埋め尽くし、皆が礼儀という自主規制を忘れ始めている気がする。
立ち上がった者達が、興奮のあまりに遂に出席者達が議長席に向かってにじり寄り始めた!
プラナ長官とアラフアさんはどうしているのだろうか? 議長席を見ると、苦虫の濃度が高まったように顔を顰めているプラナ長官に、泰然として構えながら薄目で出席者達を観察するアラフアさん、そしてその後ろに――いや、パルテさん! その手に隠し持ったナイフは一体何に使うつもりですか!?
叫びながらじりじりと議長席に詰め寄ろうとする者達、それに追従して腰を浮かす者達、立ち上がるところまではいかなくても、机を叩いて注意を引きつけようとする者達。
堪忍袋の緒が切れたのか顔を赤くして立ち上がろうとするプラナ長官、剣呑な表情で目を開くアラフアさん、もうナイフを隠そうともしないパルテさん!?
パルテさんそれは! と思い僕も立ち上がろうとした、その瞬間。
バァン!!!
会議場全体に凄まじい音が鳴り響く。
音のした方向に目を走らせると、立ち上がったアラフアさんが剣を鞘に納めたままに振り下ろし、目の前の机を叩き潰していた。
おぉ、机が真っ二つ。
『騒ぐな! 貴殿ら、この場は何処かを思い出し、
会議場に響き渡るアラフアさんの声。
一瞬で会議場が静まり返る。
「出席者の皆さん、落ち着いて頂きたい。
脅威に囲まれたこの状況を、どのように打開するのかが、この場の主旨です。
皆が己の内側にばかり目を向けていては、必ずや脅威は我々を呑み尽くすでしょう。
怖れる心をまずは伏せ、外の脅威を見据えて語り合いましょう」
気迫で黙らせ、理性に訴えかけ、最後は特別な微笑みで導こうとするアラフアさん。
これで場が鎮まれば良いのだけれども、どうだろう。
「……失礼した。私としたことが取り乱していたようだ。
だが、貴女は内政担当の副長官。私としては、武を統括する長官の見解を賜りたい」
出席者のその言葉に、会議場の視線が一斉にプラナ長官に向かう。
顔を赤く染めたまま、腕を組み口を絞り、睨むように見据える長官。
――あの顔は、何を言ってよいか分からなくてテンパってる顔だ。
そう言えば、アラフアさんが父親のことを、長官として優秀だけれども
こういう時って、
『貴様ら、静かにせんか! 議長は私だ! 私が発言するまで黙って座っていろ!
発言する際は、手を上げて私の指名を待ってからにし給え!』
おお、権威で黙らせるタイプか!
しかしそれをするなら、皆がここまで興奮する前にやるべきだったのでは!?
案の定、出席者達の目に、一度は鎮静した興奮の炎が再び燃え始める。
ひとたび座席に座った人達が、ゆらりと再び立ち上がる。その様はゾンビ映画さながらだ。
再びアラフアさんの目が険しく光る。その後ろのパルテさんは既に殺意のレベルの眼光。やばい。
(イリカさん、お願いします)
イリカさんの肩をぽん、と叩いて合図をして、耳栓を外した耳に囁く。
イリカさんは、にこり、と笑顔を見せ、僕と一緒に席から立ち上がる。
「いきますっ!」
「いきますよぉ!」
掛け声をかけてから、僕ら二人は会議場を駆け巡る。
立ち上がり徘徊していた出席者達に近づいては、魔術でくるくるくる~とバレリーナのように回転させてあげて、三半規管を程よく撹拌してから強制着席させる。
まるで会議場が舞踏会になったように……そんな優雅なものではないが……くるくる回り、踊り終えて各自の席で休まれる賓客達。
ところどころで目を回してこけた者達も数名。ヒィズさんが助け起こして、強制的に席に座らせてくれていた。
全員が強制的に着席させられたところまで見届けた僕達は、アラフアさんが座る席の近くまで移動する。
本当はアラフアさんに呼ばれてから出ていく予定だったけど、もういいよね。
「皆様、ご着席いただけたようなので、今回の作戦に参加させていただいております私、ココロより、作戦の説明をさせていただきますね」
大半が目を回している出席者達に向かい、僕は現状を整理して伝えるところから始める。
アゼルピーナの群には統率者がいること。
狼王は軍行動の標的として、第一目標をアゼルピーナ達の駆逐に、第二目標をゼライア領そのものの侵略に置いていること。
兵単体の強さとしては、アゼルピーナはゼライア兵よりも強く、そして狼王の兵はアゼルピーナより遥かに強いこと。
ユーハイツィア王宮、ないしその他ユーハイツィア領からの援軍は見込めないこと。
話している自分からして、絶望的な状況であると思ってしまう状況の悪さ。
出席者達は、一様に顔を青ざめさせて行く。僕とイリカさんが回しすぎたせいもあるかも知れないけれど。
「き、貴様ら! それを何とかするのが貴様らの役割だろう! そのために税金を払っているんだ、どうにかしろ!」
指先を震わせ、顔を真っ赤にして唇をがくがく震わせた中年男性が叫ぶ。
……でもなぁ。
「すみません、僕はあくまで協力者でして、そういった義務はないのですよ」
だはは~、と頭をかきながら笑い返す僕に、顔を真っ赤にしたまま二の句が継げない中年男性。
「ですが、策がないわけではないのです」
矛先がゼライア長官に戻る前に話を進める。
「アゼルピーナ達と共闘します」
僕の宣言に対して、出席者は一様に目を剥き、口をだらしなく半開きにする。
まあ、意味分からない、だよね。
「僕は、ゼライアの街の狼人達に協力してもらい、暫定の兵団を組織しました。
あ、ちゃんと事前に長官の許可は得てますから、独断ではないですよ。
この狼人兵団達と共にアゼルピーナの統率者に会い、僕が説得して共闘します。
その統率者とは僅かなりと言葉を交わしたこともあるので、成算はあります」
ここまで行ったところで、先ほどの中年男性とは別のオジサンが立ち上がる。
「ふざけるなぁ! あんな卑しい犬風情に何ができる! 正規兵を使えばいいだ…」
ばーーーーーーーーん!!
ばぎばぎばぎばぎばぎ!!
皆まで言う前に、凄まじい音を立てオジサンの前の机が弾き飛ぶ。
立ち上がっていたオジサン、同じく腰を浮かしかけていた周囲の人達は恐怖のあまりに床の上を転がっている。
「……何か仰いましたか?」
ヒィズさん。
オジサンの前の机を粉々に破壊したのは彼女の狼鎖剣。
青くなって顔をぶんぶか左右にふるオジサン、その言葉に頷きかけた人々を、ヒィズさんが睥睨して黙らせる。
……強くなったなぁ。
「私の仲間が少々乱暴な手段を用いてしまい、申し訳ない。
だが、狼人も立派な市民だ。これは市の法で定められており、保障されている。
今回の組織は彼の言う通り長官も認めた合法な活動、故に今のは貴方に落ち度がある」
アラフアさんが嫣然と笑いながら、僕達の側に歩み寄る。
「私と長官は、彼の作戦を指示する。
現時点でこれに勝る策が他にない、と言い換えても良い。
文句がある場合、より優れた策を持ってから来てくれ。良いな?」
ヒィズさんに睨まれた出席者達は、何も言わずに頷くより他にできなかった。
***
「先ほどは助かったぞ。
私と長官だけではあの大声に遮られてしまい、まともに喋ることもできなかったろう。
そうしたら、血を見ないと収まらなかったろう」
なかなか怖いことを、朗らかに笑いながら話すアラフアさん。
彼女が僕に期待したこと、それは第三者の立場からの物言いで出席者の攻撃対象を分散し、なんなら物理的な威嚇で黙らせること。
あの会議の中だけで、机が二個も破壊されたわけだが、それでも血を見るよりははるかに良いのは確かだ。
「仰せの通り、なんとか短時間であの場をまとめられて本当に良かったです」
ほっとしてへなへなしている僕を見て、愉快そうにアラフアさんが笑う。
「ところでココロよ、俺達は何処へ向かっているのだ?」
途中で合流したグネァレンさんが、当然の疑問を聞いてくる。
「以前ご説明した通り、僕達はアゼルピーナの軍に突っ込んで、アゼルピーナの大将と話をつけたいと思います。
ですが、即席の狼人兵団だけでは、さすがに危険です。
なので協力を仰ぎたい相手のところに向かっているのです」
我ながら中途半端な説明、グネァレンさんも顔を顰めている。
でももう目的地はすぐそこ、話すより見てもらった方が早い。
そう思いながら、僕は扉を開けた。
「――おや。お久しぶりですね。
どうなされましたか?」
扉を開いた内側には、部屋の中央で悠然と座る豹と、まるでソファにもたれるように寄りかかっている少女。
グネァレンさんが隣で息を飲んでいるのが分かる。まぁ、喋るアゼルピーナを実際に見た人なんて、ほとんどいないだろうからね。
「お久しぶりです。
今日は、豹さんにお願いがあって参りました」
前置きをしてから、僕は豹に最初に現在の状況を話した。
館の中央に籠り、情報を得られていなかった豹は、狼王の出兵とその圧倒的な実力を聞いて顔を曇らせる。
「デブラルーマのアゼルピーナ達が遠征して来ているとまでは聞いておりましたが、まさかそこまでの大群とは。しかも、それを駆逐する狼王直属の軍団……」
懸念を口にする豹だが、表情を失った少女、オリアに恐怖の色はない。そんな少女を寧ろ不安そうに見る豹は、気づかわしく彼女の頬を軽くぺろりと舐める。
「このままですと、僕達人間も、街の外のアゼルピーナ達とアルディナ少年も、おそらく豹さんとオリアさんもお終いです。
だから僕は、これからアゼルピーナの集団に分け入り、アルディナ少年と会って、一緒に狼王の軍団と戦うように提案しようと考えています。
そこで豹さんに二つほどご相談です。
豹さん、僕達と同行していただけないでしょうか。アゼルピーナ達を突破しアルディナ少年に会うための戦力が必要というのと、アルディナ少年に会えば必ずオリアさんを取り戻そうとするでしょうから、その応対をお願いしたいのです。
そしてもう一つのお願いですが、そのオリアさんとアルディナ少年の確執の理由を教えていただくことはできないでしょうか? 今後の交渉を予測し、その回答を相談するためには、どうしてもその理由を知っておく必要があるのです」
この僕の提案内容を聞いて、豹の尻尾がゆらん、ゆらんと左右に揺れている。
まるでこの豹自身の気持ちの揺れを現しているかのようだ。
やがてその揺れが収まり、まるでオリアさんを護るように尻尾を彼女に寄り添わせると、豹は心を定めたように口を開いた。
「お話しは分かりました。
貴方からの提案を受けるのであれば、こちらにも条件があります。
まず、オリアは連れて行けません。なので、オリアの身の安全の保障が必要です」
そこで言葉を区切り、豹はアラフアさんに視線を向ける。
「アラフア様、でよろしかったでしょうか。
貴女が責任を持って、オリアを預かってください。
仮に私が命を落とした場合にも、私に代わりオリアの生涯にわたる彼女への庇護と安寧の保証を誓っていただけますか?」
嘘を許さない、という意思を込めたトパーズ色の強い瞳。
そしてもちろん、それに怯むようなアラフアさんではない。
真正面からその視線を受け止め、泰然とした態度で簡潔に回答する。
「もちろんだ。
もし貴方が命を落としたとしても、この命が続く限り彼女の安全と安寧を保証しよう」
しばらく視線が交錯するも、先に豹がその瞳を和らげた。
「貴女の言葉なら信じられる。ありがとうございます。
もう一つ条件がございます。
オリアの身柄を決してアルディナに渡さない。
オリアの処遇を私抜きで勝手に決めない。
もし、これらを蔑ろにした場合は、私は即座に貴方達から離反する。
これを認めますか?」
今度は僕の方を見て言う。
豹の強い視線。それを受けるだけで、体の芯から震えが来そうな強さ。
アラフアさんは、この視線を平然と受けていたのか。すごいよな、あの人。
「……はい、承りました。
決して、豹さんの期待に背かぬように致します」
四の五の言わず、僕も言い切る。
こういう時は、とにかく断定が重要。
少し間をおいてから、緊張を少しだけ抜くように息を吐いて、豹のアゼルピーナは再び口を開いた。
「承知しました。
では、私も同行致しましょう。
そしてその前に、アルディナとオリアの間に、そして十年前にクオティアで何が起こったかについて、簡単にご説明させていただきます」
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