第11話 個人授業がグループレッスンに移行、少し残念かも?
「まずはおめでとう、と言っておけば良いかな?」
その夜、アラフアさんに招待されたイリカさんと僕は、街の中心部にある立派な建物に招待され、品の良い調度品が誂えられた、だだっぴろい部屋に来ていた。
僕を呪い殺そうとしているかのような視線で睨みつけるパルテさんを黙らせたアラフアさんは、僕とイリカさんが並んで座るテーブルの対面に居た。テーブルには清潔な白いテーブルクロスが敷かれ、壁にも豪奢なタペストリー。反対の壁には高価と言われたガラス的な透明な板が嵌められた、とても大きな窓。お金の気配がすごい。
その豪華な部屋の中で、この世界に来て以来見たこともないような繊細な技術を駆使した食事を給仕が運んで来て、極めて礼儀正しい風に退出して行き、今は僕ら四人だけがこの部屋に居る。
「ありがとうございますぅ。ですが、
「おや、それでは君は、その婚約者君を余り気に入っていないのかな?」
「いぇ、いや、そういう訳ってほどのこともないのかも知れないのですがぁ……」
首筋まで真っ赤になり、最早何を言いたいのかわからない台詞を言うイリカさん。ここまでしどろもどろになる彼女は本当に珍しい。
口元に微笑みを蓄えたまま、その様子を楽し気に観察しているアラフアさんは、今度は視線を僕の方に向ける。
「さて、婚約者君にも質問させてくれ。先ほど、イリカ君が『魔術の特別な適性』と言っていたが、それは具体的に、どういった事なのだ?」
その言葉にイリカさんが口を開こうとするが、それを軽く手を上げて黙らせるアラフアさん。その所作の合間の視線は僕の目からまるで動かない。取り繕うことは許さない、ということか。
さて、どう答えるべきか。
「……最初に申し上げておきたいことは、僕自身が、なぜ僕がここにいるのか分からない、ということです。そして、今から話す僕自身のことについて、アラフアさんには信じ難いことも多くあると思うのですが、信じていただきたいのです。
その前提で宜しければ、説明差し上げたいと思いますが、いかがですか?」
「なるほど。質問されても答えられない、という態か。その条件では、私が何を言っても君が答えたこと以上の回答は得られない、という理屈だな。いいだろう、話し給え」
そこで、僕は、僕自身の説明を始めた。
僕の嘘は二点。
一点目は、前提条件として僕は記憶喪失者であり、抜けた記憶の代わりに断片的かつ不完全な異世界の知識を有していた、という設定とすること。
二点目は、僕は言葉を最初から知っていたし、文字も読めた、ということにした。つまり、手帳『イザティアの歩き方』を含めた謎の老人の存在を隠蔽する。
あとは、辻褄が合うように、できるだけ正直に話す。
これで、勘も論理的思考も鋭そうなアラフアさんを騙しとおせるか、どうか。
僕が語り終えた後も、アラフアさんはその鋭い視線を僕に向けたまま、黙って見詰めている。僕も負けじと見つめ返す。
しばらく沈黙が続いた後、アラフアさんはふいに微笑を浮かべた。
「わかった、信じよう。君は、謎の天啓を受けた記憶喪失者。記憶喪失は、その天啓を受けた際の副作用と推察される。調査しても、彼の素性は出てこない。
そんな彼だが、天啓を受けるほどの人材とその知識は取り込みたいソルディナ女史が、アザリア家に君を取り込む手段として、イリカ君の婚約者とした。
それで良いな?」
僕とイリカさんは揃って、はい、と答える。
その答えを聞いたアラフアさんは、ふわりと笑う。飾らない、とても綺麗な笑顔だった。
その笑顔のままイリカさんの方を向き、彼女なりの祝福と思われる言葉を述べる。
「まあ、君としては押し付けられた婚約のようだけれど、それでも満更でもなさそうではないか?嫌な相手ではなくて良かったよ」
それを聞いて、再び首筋から頭の頂点まで真っ赤になるイリカさん。僕のために嘘の筋書きに付き合ってくれているだけなのに、アラフアさんにいじられることになってしまい、申し訳ない。
それでも、そんな彼女を見るアラフアさんの笑顔はとても優しそうで、アラフアさんも心根は優しい人であろうことが想像できる。
「大体事情は呑み込んだ。それでは今度は、私が訪問させてもらった事情について話そう。
イリカ君も知っている通り、私は幼少より家庭教師がついて魔術についても一通り学習しており、知識も技術もある。しかし、立場というのも面倒なもので、どうしても大学の資格がある方が都合が良い場面があるのだ。
聞けば、現在、資格を取得するために特別講義というものを開いている、と。であれば、私も同様の対応をお願いしたいと思って来たのだが、どうも面白い事態になっているじゃあないか。
そこで私も明日からそのカリキュラムに参加させてくれ。今更座学など不要だから、二か月も通えば十分だろう。
これは決定事項だ、よろしく頼む。
さて、折角の食事が冷めてしまっては勿体ない。どうぞ、楽しんでくれたまえ」
そう言って、アラフアさんはニコリと笑った。
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