第16話 なんで戦争って起こるんだろう?そう思いますよね?

「事の発端を紐解けば、先日探査したクオティアの陥落に行きつく」


 目的地はコツァトル国アフア領、その手前。


 正式には宣戦布告をしていないため厳密には戦争状態とは言えない両国だが、そもそもそのような布告は義務ではなく、いきなり攻め込むことも珍しくない時代。コツァトルだって情報収集はしているので、不穏な情勢は嗅ぎ取っているはず。

 故に、ユーハイツィアの馬車がいきなりアフアの眼前に行くのは自殺行為に等しい、というのがアラフアさんの見解であり、ユーハイツィアの勢力圏で馬車を下りて徒歩で移動するが良策。それゆえ目的地は手前。


 そんな馬車の旅の道すがら、アラフアさんが今回の騒動のあらましについて語ってくれた。


「ユーハイツィア王国、ならびに最もコツァトルに近しい領土、我等がゼライア領。これらの経済を支えるのは大きく分けて二つの柱がある、と言われている。

 即ち、コツァトルとの交易と、冒険都市クオティアによるアゼルピーナ狩り。これらはゼライアに莫大な富をもたらし、そしてそれはユーハイツィア王国をも豊かにする貴重な財源だ。

 その片方の柱が、十年前に一夜にして倒れた。しかし、倒れた、と言って放置して済む話ではない。何度も、国を挙げて奪還を迫ったさ。

 それが今日に至るまで達成できていないのは何故か。

 その大きな要因は、やはり強大なアゼルピーナ達。これらは魔丘、デブラルーマより次から次へと湧いて出てくるため、一時的に退けても、いずれは押し負ける。

 それでは魔の丘デブラルーマを攻略するか?

 それを検討した時に立ちはだかるのが、狼人の国、コツァトルだ」


 そこで言葉を切り、ヒィズさんの方を見るアラフアさん。

 

「ヒィズ君……と言ったか?

 狼人の社会では、我々が『魔丘』と呼ぶあの丘について、どのように呼んでいるのだろうか?」


 急に名を呼ばれて目を白黒しているヒィズさん。領主の一人娘というアラフアさんの前ではやはり緊張が取れない様子だ。

 ヒィズさーん、アラフアさんは狼人を公正に見てくれるから大丈夫だよー。と僕は叫びたい。


「は、はい……。私達の間で、あの丘……そうですね、禁忌、という感じに近いかも知れません。触れてはならない。近付いてはならない。軽々に口にすることも憚ること。そんな感じ、でしょうか」


 それを聞いて、ひとつ頷くアラフアさん。


「なるほど、近寄らず、か。

 実は、我々は一度、コツァトルに共闘を申し込んだのだ。共にデブラルーマを攻めようではないか、と。

 だがな、彼の国の返事は、厳しいものだったのだ。曰く、『我々の聖地に手を出すのなら、我々が先に貴様らを滅ぼすだろう』と」


 ここで一つ溜め息をつく。


「この返事を受けて、ゼライアよりもむしろユーハイツィア王宮の方の態度が硬化。そして国全体で反狼人勢力が活性化、ゼライアを置き去りにして先鋭化していったのだ」

「それでは、ひょっとしてぇ、王国からゼライアに嫌がらせなどがあった、とかですかあ? なんで狼人たちを、放置するんだぁ、とかいって?」


 ……さすが、ソルディナさんという強烈な養母ははを持つイリカさん。相手よりも味方に翻弄される事例には事欠かず、思わず口にしてしまったのだろう。


「そうだ、その通りだ。今回の出兵も、どうやらゼライア以外の領主が噛んでいて、ゼライア領としても動かざるを得なかった、というのが実情のようだ。

 まあ、それでも、開戦してしまえば、我らとて全力で戦わなくてはならないのだがな」


 アラフアさんはそう言って、少し遠い目をする。

 そんな中、僕はラキアを思い出していた。ソルディナさんが、熟練兵も寄せ付けないと言っていた魔改獣と鬼傀儡、それを圧倒し、さらに慎重が三メートル近くもありそうな大鬼傀儡を難なく破壊して退けたあの力。

 人間の兵で、太刀打ちできるものなのだろうか?


「……僕は、狼人の力を間近で見たことがあります。あのクオティアを偵察したときのアウスレータも、まだ実力は全然出してなさそうで、恐ろしく強かった。あの、大狼との連携もあります。

 失礼ですが、人間側に勝機はあるのでしょうか?」

「本当に失礼ですね、貴方という人は! アラフア様が破れるとでも言いたいのですか! 無礼にも程がありますよ! あんな犬っころ、敵ではありません! 覚えておきなさい!!」


 そこまで捲し立ててから、パルテさんはヒィズさんの方向に向き直り、丁寧に頭を下げて「失礼しました」と謝っている。

 謝るくらいなら言わなければ……と言いたくなる。ほら、ヒィズさんがどうして良いか分からずにオロオロしているではないか。


 そんなパルテさんの様子を苦笑しながら見守っていたアラフアさんは、パルテさんに注意を入れる。


「パルテ、お前のほうこそ失礼だぞ。ココロさんは、戦力分析の話をしたいのだ。精神論では国は救えぬ」


 さて、と腕を組んで少し考えてから、改めて話し始めた。


「確かに、狼人は、普通の人間では太刀打ちできないほどに強い。普段、狼人に接しない人間ほど軽く見るが、彼らの強さは異常だ。あの狼鎖剣という武器を持ち、相棒たる大狼を友とした狼人戦士は手が付けられないと聞く」


 そうだろう、拳銃を持たない人類に、あれを相手のできるイメージが湧かない。


「しかし、無敵という訳ではない。

 まず、大狼はあまりスタミナが続かない。当然だ、馬とはあまりに体格が違うのに、載せる重量は同じようなものなのだから。

 次に、狼人の強さは、どちらかというと起伏に富んだ場所、遮蔽物のある地形でこそ十全に発揮される。逆に見通しの良い平原では半減する。

 最後に、狼鎖剣は攻撃には無類に強いが防御には不向きな武器だ。狼鎖剣の射程外からの攻撃へ効率的に対応できない。つまり、弓矢に弱い」


 僕は少し考える。


「つまり、狼人軍は、見通しの良い平原で、弓矢主体の攻撃を行い、持久戦に持ち込めば良い?」


 それを聞いたアラフアさんは、ニヤリと格好良い笑顔で笑う。


「正解だ。さすがイリカ君の婚約者だ、頭の回転が早い」


 アラフアさんがそう言った次の瞬間、僕は横合いから首筋を捕まれ、そのまま喉を潰されそうになる。

 しかし苦しんでいる余裕などない。

 目の前に迫ったヒィズさんの顔が近すぎて、何も考えられない。


「ココロさん!? こ、こ、婚約者ってどういう事ですか!? ココロさんはラキアさん一筋だったんじゃあないんですか! 答えて下さい、ココロさん!!」


 僕は、ヒィズさんに、喉を絞めていたら喋れないでしょう?と答えたかったが、何も伝えられないまま、意識を落としてしまった。


***


 窓から射すオレンジ色の光が顔を照らして目が覚める。重い目蓋を開くと、隣に椅子に座り項垂れているヒィズさんが座っていた。耳は前に伏せられ、尻尾はしょんぼりと床まで垂れている。


「ヒィズさん」


 僕はヒィズさんに声をかける。

 ヒィズさんは、びく、と体を一瞬震わせると、潤んだ瞳でこちらを見た。


「申し訳ございません、ココロさん……。衝撃的な言葉を聞いてつい……」


 そう言いながら、今にも泣きそうな表情。大丈夫ですよ、と言おうと思ったところ、ヒィズさんの言葉はまだ続いていた。


「あの領主の娘の言葉によると、あの時の店員の女が、実はココロさんと婚約をしていると言うではありませんか。それでココロさんの社会的地位を保障する目的、とか言ってますけどあの女……」


 ヒィズさんの手からギリギリという音が聞こえてくる。もしもし?


「ココロさんもココロさんです! いくら必要だと言っても、婚約なんか……それで学校へ二人で通ってなんて……」


 段々、ヒィズさんの毛が逆立って来ている気がするのですが……

 そろそろ身の危険を感じるような?


「ココロさん?」


 そう言って、ヒィズさんは僕の顔を凝視する。ヤバイやつだ、これ。


「ココロさんは、ラキアさんの事が大切なのですよね? 決して、あの女の色香に迷ったりはしませんよね?」


 ゆらぁっ、とヒィズさんが立ち上がる。両手に嵌められた狼鎖剣がじゃらりと音を立てる。

 え、外してなかったの?


「どうなんですか?ココロさん」


 なんか、怖くて声が上手く出ない……

 ヤバイ、どうしよう……


 その時。


「どうされましたかぁ?ココロさんは、目が覚めましたかぁ?」


 扉が開いてイリカさんが入ってきた。

 あれ? 何か不味いような気がするシチュエーション?


 じゃっ!

 ヒィズさんから金属がこすれるような音が響く。


 「あ」


 ヒィズさぁん!? 「あ」じゃあないでしょう!?


 誤投(?)された狼鎖剣はイリカさんに迫り……


「なぁんですかぁ? 危ないですよぉ」


 危機感が感じられない、ゆるい言葉が返ってきた。

 ヒィズさんの投擲した短剣は、イリカさんの杖に絡め取られている。そういえば、彼女自身に向けられたものではないとは言えラキアの短剣を止めたこともあるんだった。


「私、良く、目は良いと、褒めて貰えるんですよぉ」


 そう言って、ほんわかと笑うイリカさん。

 反対に、取りあえず自分が彼女を害さずに済んで胸を撫で下ろしていたヒィズさんは、イリカさんの余裕ある(ように見える)態度に、目尻を吊り上げる。


「へえ? ニセ婚約者の分際で随分と余裕ですね? 手加減は要りませんでしたか?」

「あぁ、あれくらいなら、なんてことないですよぉ。ニセでも婚約者ですからぁ、あれくらいはしますからぁ」


 ちょっと、ヒィズさん、なんで熱くなっているのですか!? そしてイリカさんも、何故煽っているの!?


「しっ!」


 ヒィズさんが右腕の狼鎖剣を投擲、イリカさんは身体を開きこれを避けながら魔術で圧をかけ方向を下方にずらす。と同時に杖を正面に突き出して何かを射出。

 ヒィズさんは上体を後ろに大きく反らして飛翔体を回避、そのままバク転し体勢を整える。

 目標を失った飛翔体は直進し、壁に当たった瞬間に爆ぜ、壁が球形に粉微塵になる……て! なんて危険なものを撃っているんですか、イリカさん!?


 ヒィズさんは体勢を整え左腕の狼鎖剣を構えて、イリカさんは杖を器用にくるんと一回転させてから何かを撃つように杖頭をヒィズさんに向け――危ないよ、二人とも!!


 ばぁん!!


 大きな音と共に扉が開き、何か黒い影が走ったように見えた。


「ぴっ!?」

「ぱっ!?」

 

 小鳥の啼き声のような可愛らしい悲鳴が聞こえたかと思うと、ヒィズさんとイリカさんが目を回して倒れている。中央には棒を持ったアラフアさんが、やれやれ顔で佇んでいた。


「ちょっと、貴方! お二人を止めるのは貴方の役目でしょう!? つまらないことでアラフア様のお手を煩わせるのは止めていただけますか!?」


 え!? これって僕のせいになるの?


「心外な顔をしているが、パルテの言うことは一理あるぞ、ココロ君?」


 アラフアさんまで!?


「ヒィズ君はあくまで君の同行者だ。そしてイリカ君は、どの程度建前なのかは知らないが、それでも立場的に君の婚約者であることは間違いない。

 どちらにせよ、君が止める必要があるのは分かるだろう?

 二人の女同士、これも一つの戦争だ。君も責任を持って調停してくれ給えよ」


 ……はい。

 反論のしようもございません……


 そんなショボくれた僕の様子を見かねてか、アラフアさんが悪戯っぽい表情でニカと笑い、慰めてくれた。


「まあ、そう残念な顔をするな。あれだけ可愛い娘達を両脇に侍らせているのだ、悪い気はしないだろう?」

「は、侍らせるて……そんなのではないですよ? それに、僕にはラキアという憧れの人がいまして……」

「噂に聞くラキア君か。どのような人物か、私も興味あるな。私は未だ、そういう男女間の感情というものも、強い憧れにも、抱いたことがないからな。羨ましくもある」

「そうなんですか?それだけお綺麗なのに、恋愛相手がいなかったというのは意外です」

「そうか? 中々嬉しいことを言ってくれるではないか。あの二人のこともあるし、少し酒でも飲みながら話を聞こうではないか!」


 なんか会話の流れが変な方向に!?


「え、いやでもそんな、アラフアさん、お酒飲めるのですか!?」

「無論だ、馬鹿にしたものではない。まあ、未婚の女性の身ではあまり褒められたものではないが、なあに旅先の無礼講だ。よいではないか」

「アラフア様、お辞めください。この者の下賎な空気が感染します」

「ははは、まあよいではないか。パルテも付き合え。命令だ」


 ――職権乱用!?

 パルテさんの顔色が赤くなったり、青くなったりしてますよ!?


「何やら面白い話で盛り上がっているではないか。儂も交ぜろ」

「おう、ヤキンツァ翁か。よいではないか、共に飲もうぞ。議題は、このココロ君の心の内の探索だ」

「ヤキンツァ爺、今まで何やってたの!? しかも、しれっと参加とか!

 大体、フェレットって酒飲めるの!?

 というか、アラフアさん、パワハラですそれ!!」

「魔術を使って臓器強化すれば造作もない」

「魔技術の無駄遣い!」

「ははは、よいではないか」


 ――その夜、僕は散々な目に遭った。主に精神的に。アラフアさんの新たなる一面を知ることと引き換えに……

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