想像の定義

「さて、俺の説明なんですが、やはり最初から説明した方が良いんでしょうね。時系列に沿って説明するなら――」

「その前に、良いですか?」

 美佐緖が青田を止める。

「これって、前の相談の続きなんですよね。それならまず,あの時の青田さんの言葉の意味を教えてくれませんか? どうしてすぐ終わると思ったんです?」

「なるほど。では、そこから始めますか」

 青田は、あっさりと美佐緖の提案を受け入れた。

「もっとも、これに関しては先ほども申し上げた通り、俺の見込みは完全に外れていたんですけどね。結果的にそうなっただけ――それでも説明は必要でしょう。基本的に、俺の見込みの根幹には最後の『旨人考察』があります。あれは様々な違和感の塊でした」

 青田の姿勢が真っ直ぐになってゆく。そして表情から感情が消える。

「WEB版に掲載された『旨人考察』。その掲載にあたって、新聞社は最後に(原文ママ)と付け足しました。つまり、この『旨人考察』は直接書かれた――つまりは肉筆であった事が窺えます」

「それは……後から指摘されてましたね」

 今までの『旨人考察』はネットにあげられただけ。つまり言ってしまえばデータだけなのだ。アップされたインターネットカフェでは、それを行った人物の痕跡を特定するのも難しかった。

 しかし、実際に紙に書いた文章なら――如何様にも警察は痕跡を見つけ出すに違いない。

 そして実際に『旨人考察』が送られた新聞社は当たり前に警察に通報した。

 そこから警察と新聞社の間にどんな駆け引きがあったのかはまだ明かされてはいないが、警察がしっかり調べた上で掲載を許可したことは間違いないだろう。

 つまり掲載が許可された段階で、警察には犯人についてのデータがたっぷりと集まっていたことになる。

 青田は(原文ママ)という表記から、すぐさまそれを察したのだろう。

 美佐緖はそれを確認してみた。

「――確かに、それも俺が早く片付くと考えた要因の一つではあります。しかしそれ以上に俺が違和感を感じたのは『旨人考察』が送られたタイミングです」

「タイミング……?」

「ええ。あまりにも不合理すぎるんです。まず確認するべきは今までの『旨人考察』がアップされたタイミングは、全て犯行が終わった後だということ」

「……そう言われてみれば、そうですね。そういう意見も?」

 美佐緖が頷きながら青田に尋ねた。

「ああ、この頃はネットに触れておられないんですね。その通りです。この最後の『旨人考察』だけ、世に出されたタイミングがおかしいと。今まで、細心の注意でアップされた『旨人考察』です。何故いきなりやり方を変えたのか?」

「それは……確かに」

「ですが月苗さん、それに俺はそれとは別系統の情報を持っていました。これは警察も持っていない」

「……和夫さん、ですね」

 硬い表情のまま、美佐緖が呟いた。青田はそれを受けて小さく頷くと説明を続ける。

「例えば『旨人考察』において予告された計画があるとしても、あのタイミングで知れ渡ってしまっては、事実上これは注意を促す役割にしかならない。ですから素直に考えるなら、あの『旨人考察』は警告なんですよ」

 その青田の指摘に、美佐緖は顔を上げた。

 そして探るように、感情の見えない青田の表情を窺う。

 青田はそういった美佐緖には構わずに、さらに説明を重ねた。

「それに加えて、いきなり肉筆の『旨人考察』を送りつけている。これはもう自供と変わらない。この段階で犯人は『旨人考察』を元にした計画の遂行については放棄していると考えるべきなのでしょう」

「それが……青田さんの“想像”なんですね」

 今までのやり取りを無視する形で、唐突に美佐緖が確認する。

 それに対して、青田は待ち受けていたように、すぐさま応じた。

「はい。根拠は何もありませんがという考えた方。これが俺の言う“想像”です。ご安心いただけましたか?」

 いきなり美佐緖が“続き”を要求したのは、青田への信頼度が揺らいでいたからなのだろう。そして青田はそれを察し、丁寧に自分の“想像”を提示した。

 しかし、こんな風に青田の“想像”を示されると――

「でも、それならあの時に言ってくれても……」

 当然、美佐緖からはそんな不満が出てくる。青田はそれに対して首を横に振った。

「ですから“想像”なのです。確かに、犯人の自供と考えることも出来ました。しかし、狂気に侵されすでに行動に整合性が失くなっている可能性は否定できない。あの時点では岡埜の存在も知らなかったわけですから、一人の犯人の中に整合性と狂気が蠢いている状態になってしまう。これでは上手く想像出来ない」

「あ……岡埜のことはわかってなかったんですね」

「当たり前に。そして、こちらの“想像”が当たっていた場合、月苗さんが危険ということになる。俺としては、その危険性を無視するわけにはいかなかった。むしろ喫緊に対処すべきは――」

「青田さん」

 しゃべり続ける青田を、美佐緖が冷めた声で制した。

「ギリギリでついて行けてますが、使う言葉が難しすぎます」

「それなら……」

「あの時の青田さんの判断はよくわかりましたし、どういうスタンスで説明してくれようとしているかもわかりました。ただ、もう少しだけ……」

「留意しましょう。確かに、今回は犯人を追い詰める必要は無いわけですし」

 その発言だけで、青田が今まで何をしてきたのかが窺い知れるわけだが――

「それで時系列に沿って、というお話でしたが」

 美佐緖は、深く考えないことにした。いや、そういった経験があるからこそ、青田はこの事件の全貌を“想像”で補うことが出来たのだろう――という、開き直りに似た感情が美佐緖に覚悟を決めさせる。

 そして青田もまた、表情から感情を消した。

「では――この事件の最初。つまり時系列上の始まりはきっと、渡良瀬遊水地なのだと思われます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る