そして、追いつく(二)
「まず基本的な疑問なんですが、サークル旅行に行かれたあと、月苗さんと神田さんは会ったりはされなかったのですか? デートのようなもの。あるいは二人だけで旅行とか」
「それは、何度かデートはしましたよ。でも旅行までは……和夫さんはバイトが入っていたし」
細かく説明するなら……もっと多くの情報を青田さんに与えてしまうことになるんじゃないだろうか?
例えばお盆過ぎには、もう私が和夫さんを信じ切れなくて、何か言い訳をするようにデートに誘ってみたりとか。でも、和夫さんから誘われたことは一度もなかったことや、それにもちろん大洗町の事件があったと思われる頃には、会っていなかったりとか。
でもそれを説明するだけの気力は、もう私には残っていなかった。
そういう風に言い訳を用意して、もうなにもしたくなかった。
気付けば、ずいぶん陽は傾いてきている。この「四食」に差し込んでくる日差しも色を帯び始めていた。
ガラスを通して見えるキャンパスの様子は、色づきはじめた葉の色だけで、私に秋を感じさせる。だからもう……良いのでは無いだろうか?
悩み事の全てが、解決するとは決まっていない。どうにも解消しない事が結論だったとしても、それはそれで「答え」になるのでは無いだろうか?
あとはただ枯れるに任せても――
「……そういえば、こちらもこの時期に学祭ですか。夏休みが終わるとすぐに学祭というスケジュールですね」
私の視線に釣られたのだろう。青田さんも外の様子を窺っていた。そして、この寂れた「四食」に辿り着くまでに学祭に浮かれる学校の様子を見てきたに違いない。
私は、相談から話がそれ――そのまま流れてしまうことを期待しながら、青田さんに言葉を返す。
「青田さんの学校もそうなんですか?」
「確か今月の末か、来月の初め。でも俺にはあまり関係無い話ですけどね。そちらのサークルは写真の展示……ああ、先ほどの写真を展示されるのですね」
「それは……はい」
「どこかの教室を借りて、暗幕か何かで展示スペースを作って――その設営には、当然神田さんも参加されるのでしょう? それなら月苗さんが会われていないはずがない。神田さんに何か変わった点はありませんでしたか?」
……罠にはめられた気分だ。
私の視線からこちらの心の中を読み取ったように話題を一旦そらして、そのままこんな質問に続けるなんて……
でも私の中には“はっきりさせたい”という願いも確かにあるのだ。
それなら青田さんが読み取ったのは表面的なことでは無くて――
「――ありましたよ。感触とかではなくて、見た目からわかる変化が」
それでも何に意地を張っているのか自分でもよくわからないけれど、私はやっぱり投げやりに答えてしまう。
「それは?」
「ええと……ああ、左腕ですね」
私は自分の腕を動かして、見たのはどっちの腕だったか確認する。
「和夫さんが左腕に包帯を巻いていたんです。バイトでちょっと怪我をしたって聞いてます」
「どんなバイトだったんですか?」
「……聞いていません」
聞けるはずが無いではないか。もう私は、和夫さんを疑ってしまっている。それなのに自分で自分にとどめを刺すようなことをするはずがない。
「では――嘘かも知れないわけですね?」
けれど青田さんは怯まなかった。それどころかさらに踏み込んでくる。
でもそれはまったくの見当外れだ。まず和夫さんがそんな嘘をついてどんな得があるのかわからない。それに何より――
「いいえ。ちゃんと……おかしな言い方ですけど、怪我はしてましたよ。包帯が釘に引っかかって。あれは自分で巻いたんでしょうね。ずいぶん緩かったみたいで。二の腕あたりを……」
「二の腕? そんな上の方だったんですか?」
「そうですよ。それで袖をまくって……ズレた包帯の下に治りかけの傷みたいな……血管が浮かんでいるのとは違って、葉っぱの紋様みたいな。何か変な機械に巻き込まれたりしたんですかね。痛くはない……って……」
少しでも和夫さんから疑いをそらせたくて、私は細かく説明しようとする。
大洗町の被害者、大楠さんと揉めてそんな傷になったんじゃないんだと、それを察してくれと言わんばかりに。
けれど――青田さんの目が爛々と輝いていた。
ジッと私を、私の口元を見つめている。
ついに見つけた――ついに辿り着いたと言わんばかりの表情を浮かべて。
私の説明を長い間聞き続けていたのは、この瞬間に巡り会うため。それはもしかしたらシャッターチャンスをずっと待ち続けていたようで。
それなら……“兆し”はどこにあった?
青田さんは、いったい私の説明のどこから“兆し”を見出していたのか?
いや、それはもしかすると、私に説明される前――この事件の情報を集めたときに、すでに何かしらの“兆し”を見つけていたのか。
私は青田さんの視線にさらされたままでゴクリと唾を飲み込んだ。
このままでは、すべて明かされてしまう。そんな絶望の予感がする。
けれどその予感は幸いなことに急速にしぼんでいった。青田さんの目が光を失い、視線はさまようように私の口元から離れる。
乗り切ったのだろうか?
けれどそれは、届きかけた解決に――覆い被さっている恐怖から、私が解放される可能性を否定するということで。
……私はいったい、何を望んでいるのだろう?
再び、そんな迷路に迷い込もうとしたとき――
ピリリリリ……
青田さんのスマホが鳴った。発信者の名前を確認したのだろう。私に謝ってから青田さんはスマホを操作した。
そしてその表情が歪む。
「――新しい『旨人考察』が新聞社に送られたようです。WEB版にすでに掲載されていると。今、連絡が来ました」
またあの怪文書が?
いったい誰が――いや、知らないフリをしてどうなるというのだろう?
でも、それなら私は……どんな表情を浮かべれば良いのだろう?
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