白馬(一)

 いや正確に言うなら、私は伝えるべき事をキチンと取捨選択出来るのか? という問題になるのかもしれない。何しろ私はここまで説明をあやふやに済ませている事がある。

 それは私が和夫さんと付き合っているのだろうと思われる部分だ。実は私自身もはっきりとはわからないので、あやふやになるのは当然なのかも知れない。

 そのあやふやが今、私を苦しめている――つまりその辺りを青田さんに伝えるべきなのかどうか。

 ずっと「和夫さん」なんて呼び方をしているから、察してくれているのかも知れない。いやむしろ私から「察してくれ」とそんな気持ちがあったことは確かなことだ。

 確かと言えば渡良瀬遊水地での和夫さんの様子。空を見上げる、和夫さんのの姿に、私はどうしようも無く惹かれていたんだと、そんな事も確認出来た。

 今さら気付いたと言い換えた方が良いのかも知れないけど……

 そう考えると、青田さんの指示で考えていたよりもずっと前から説明する事になったことにも、何か意味が……青田さんは何か知っているのだろうか?

 もしそうなら安堵する思いが私には確かにある。もう話をするだけでいいんだという、どこか投げやりな感情。

 けれどそれに逆らいたい気持ちもある。このまま何も考えずに説明を続ける事は和夫さんへの裏切りなのではないか? という怖れ。

「うん? 何か思い出されたことがあるんですか? それとも何か別のお話が?」

 そうやって私が黙り込んでいると青田さんから、そんな風に促された。

「ぜ、全然別の話ではないんですけど……」

「はい」

「その、五月の事件があるじゃないですか」

「何か思い出されたことが? とは言っても――」

「はい。その頃は全然そんな事件は私には関係無いと思っていたので、本当に偶然テレビを見たとか、週刊誌の広告を目にしたぐらいですから……」

 私から五月の事件に関して言えることもないし、有益な情報が提供出来るはずもない。つまりはあんな大事件なのに日付の目安としてしか使いようがなかったのだ――あの頃までは。

「……えっと、大体その頃に私と和夫さんは付き合ってるというような関係になりまして」

「そうでしたか。告白のような手続きはどちらから?」

 青田さんの反応は思った以上に素っ気ないものだった。その上、告白を手続き扱い。これでは“伝手さん”の苦労もしのばれる。

 けれど、私はそれを笑い飛ばすことは出来ない。

「実は……はっきりとそういった節目って言うんでしょうか? それが無いんです」

「それでは交際にならないのでは?」

「いえ、これって自分で言葉にすると凄く無責任だって気付いたんですけど、周りがそういう風に扱うから、何となくそういうことに」

 私が思いきってそう説明すると、この相談の間に何回か見かけた表情を青田さんは浮かべる。

「……なるほど。白馬に旅行に行かれるまでに、そういう前提があると言うことですね。そうだ。そのサークル、というかその時の参加人数は?」

「ああ、はい」

 何だか強引に流された気もするけど、確かに参加人数は伝えておかないとダメだろう。

「十二人です。渡良瀬の時から三人卒業して、新入部員が五人入って、それで一人が幽霊状態になって、あとは上級生で参加しなかったものが二人」

 何だか必要以上に、細かく答えてしまったかもしれない。でも渡良瀬遊水地の時とは違って、これは後々必要になるはずだ。

 いやそんなこと以上に話す順番がおかしくなっている気がする。まず「たまゆら」の旅行がどういった内容なのかから説明すべきなんだろう。

 私がそう提案すると、青田さんも頷いた。私は仕切り直しのために、ことさら丁寧に説明を始めた。

「ええと、まず目的地は白馬ですね。長野の。もうそれは名前が出ているので今さらという感じですけど」

「日程は?」

「八月の二日から五日まで。三泊四日ですね。宿泊したのは現地のホテルです。その辺りはペンションとかそういうことでは無く」

 余計なことを言ってしまった。新入部員の祖江口さんに「ペンションとかじゃないんですか?」と素朴な疑問をぶつけられたことが影響しているのだろう。

 白馬ってところは観光に力を入れているので、宿泊施設としては一通り揃っている。だから生活に関しては都内にいるのとさほど変わらない環境が揃うのでは無いだろうか?

 ……ペンションもそれはあるだろうけど。 

「旅行先が白馬になった経緯は?」

 私の説明が迷路に迷い込んでいる間に、青田さんからさらに根本的な部分を尋ねられた。

「それは、ええと慣例と言って良いのかわかりませんけど『たまゆら』の夏の旅行は白馬にいくことが伝統になっているんです」

 多分、サークルが出来て最初の夏休み旅行が白馬になったぐらいの理由しか無いんだと思う。伝統と言ってもサークルが出来てから十年も経っていないわけで、惰性でそういうことになっていると考えた方が正解に近いのかも知れない。

 基本的にウチのメンバーはインドアで、だからこそペンションでは無くて圧倒的に便利なホテルでの宿泊を選んでしまうのだ。

 ただ、これを改めて言葉にしてしまうと――

「毎年ですか? それは撮影の……乱暴な言い方ですがネタ切れになってしまうのでは? それに旅行の計画についても、わざわざ話し合う必要は無い気もしますが」

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