渡良瀬遊水地(四)
スマホのディスプレイを青田さんに見せるようにして写真をスライドさせてゆく。刹那を捉える感じでは無い写真については言葉で説明するよりは、実際に見て貰った方が早い。
「そうか、クローズアップですね。確かにそれも写真の技法……なんて俺が偉そうに言うのも変な話ですけど」
「それが技法と呼ばれるほどのやり方かどうかは私もよくわかりません。ただ、接写してるだけですし、それもスマホに任せて撮ってるだけ」
「望遠もある様ですが」
「それもスマホまかせですよ。撮りたいな~、と思った場所にグングン近付いてくれるので、丁度良いところでボタン押すだけ」
それで何だか立派な写真風に出来上がるのだから、技術の進化って本当に凄い。
青田さんに見せたのは渡良瀬への旅行の時に撮った写真ばかりだ。草原の中でポツンと一輪だけ咲いている花などを中心に。
結局、そこから調べはしなかったけど、もっと暖かな季節ならミズアオイやタチセンブリなども撮ることが出来たと思う。
私は他に、流れる河の水面――その渦を巻いている部分とかをアップで撮っていた。他におかしな積み上がり方をしている石とか。
……青田さんが何だか難しい顔を浮かべている。
言いたいことはわかる。別に渡良瀬遊水地で無くても撮れる写真では無いのかと思っているのだろう。けれどそれは大前提で、そこを踏まえて……私は誰に言い訳しているんだろうか?
「気球はどうしたんです? 何だか試乗出来るようなことが書いてありましたが」
いたたまれなくなったのか、青田さんが話題を変えてくれた。
「いえ、乗りませんでした。みんなは青空に浮かぶ気球っていう構図で撮りたかったみたいで。それに夜にはコンパもありますから、スケジュールを詰めるのは危ないっていう判断もあったみたいです――建前では」
「本当は?」
「寒い」
その私の答えに、青田さんは深く頷いた。
「それはまぁ、当たり前の予想だったので試乗は見送っていたんですけど、実際に行ってみるとみんなテンション上がってしまって。何しろすっごい平野で。お昼を摂るまで随分予定と違ってしまって」
「それは……神田さんもですか?」
「ええと、多分そうだと思います。私も興奮して」
「でも写真は撮っておられる」
「ああ、それはお昼を摂って落ち着いた後ですね。午前中は、ずっと上ばっかり見てました。本当に観光旅行みたいに、っていうかそれは間違ってないんですけど、普通に気球の写真を撮ってました。色とりどりで綺麗なんです。撮ってみたいポイントもあったんですけど、それは乗った方が良かったんでしょうね」
気球を操る人の手を撮りたくなった。私はあの時そんな事を考えていた。それで――
「――そうですね。和夫さんは空ばかり見上げていたような気がします。気球を見上げているわけですから、それは自然だった……」
……はず。
確かに、そこに違和感があった。今までの漠然とし過ぎている感触では無くて、私はこの時、何かがおかしいと思ったんだ。空を見上げる和夫さんの表情を見て。
そうだ。あの時の和夫さんの表情は何だか泣いているようで。それが私は引っかかったんだ。
「それで、月苗さんと神田さんの議論は続いていたんですか?」
「いえ、議論っていうか……」
“議論”という言葉の物々しさに、反射的に声を出してしまった。
けれど、この青田さんの問いかけは明らかに自然では無い。何を察せられてしまったのか……何か知っているのだろうか。
察せられたと思うのは、実はお昼を食べてからの時間が楽しくて、それが渡良瀬旅行の記憶の中でも重要な位置になってしまったことが見抜かれたのだろうという、そんな感触があるからだ。
行きの電車の中では合わない気がした和夫さんだけど、実際に私が写真を撮っている様子を見て、その意図を伝えてゆくと頷いてくれた。
それは全部を肯定してくれたわけでは無いけれど、それだけに和夫さんの言葉に真実味を感じることが出来た。
理解者が現れた。――なんて言い方は大げさすぎるかも知れないけど、そういう感触があったことは確かなこと。
「では、実際に撮影したもので比べ合いになったとか?」
私が続けなかったので、青田さんから何だかさらにズレた気がする質問が発せられた。いや、ズレているのは私なのか。今まで気付かなかったが、どうもこの辺りから私はズレているらしい。
でも、青田さんの質問をそのままスルー続けるわけにはいかないだろう。誤魔化す、にしてもその必要性があるのか。それをする方法も見当がつかない。
「いえ、和夫さんは“これぞ”と言う写真は撮れなかったみたいでこの時は……」
「決定的瞬間が訪れなかった、と言うわけですか」
言い淀んでいると、青田さんがそうまとめてくれた。
多分、それは間違ってる――という感触はあるけれど、否定するにしても、今度こそどう説明すれば良いのかわからない。
それに、実際そういう理由である可能性も否定出来ないのだから。
とにかくこれで渡良瀬遊水地への旅行の説明は済ませる事が出来たと思う。青田さんに言われて、改めて思い出してみたけれど、確かに意味はあった。
それと比べれば、その後に帰ってきてからのコンパは、特におかしな事は無かったように思うからだ。
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