喋る犬のネコ

おじいさんとネコ

　――その野良犬（のらいぬ）は孤独（こどく）でした。

　野良犬（のらいぬ）は人間（にんげん）たちの住（す）む街（まち）の片隅（かたすみ）で、孤独（こどく）にひっそりと暮（く）らしていました。

　そんな人間（にんげん）たちは、まだ食（た）べられるものまでゴミ箱（ばこ）に捨（す）てていきます。

　野良犬（のらいぬ）にとっては、それがごちそうのようにも思（おも）えました。

　あるとき、野良犬（のらいぬ）が路地裏（ろじうら）でゴミ箱（ばこ）を漁（あさ）っていると、人間（にんげん）の話声（はなしごえ）が聞（き）こえてきます。

　なぜか、その野良犬（のらいぬ）には、不思議（ふしぎ）と人間（にんげん）たちの会話（かいわ）が理解（りかい）できてしまうようです。

　そして、その人間（にんげん）たちにはどうやら困（こま）りごとがあるようです。

「何（なに）か困（こま）りごとかい？」

　野良犬（のらいぬ）は不意（ふい）に人間（にんげん）の言葉（ことば）を発（はっ）してしまいました。

　人間（人間）の言葉（ことば）を発（はっ）してしまった野良犬（のらいぬ）は、自分自身（じぶんじしん）に驚（おどろ）いてその場（ば）から逃（に）げ出（だ）してしまいました。

　人間（にんげん）たちも驚（おどろ）いて逃（に）げていきました。

「どうしよう、人間（にんげん）の言葉（ことば）が分（わ）かるし、話（はな）せるようになったぞ」

　野良犬（のらいぬ）は考（かんが）えました。

　その結果（けっか）――人間（にんげん）たちの行動（こうどう）を観察（かんさつ）し、声（こえ）を聴（き）き、知識（ちしき）を蓄（たくわ）えていくようになりました。

　野良犬（のらいぬ）は、美味（おい）しいものが食（た）べられるお店（みせ）で廃棄品（はいきひん）が出（で）る時間（じかん）を調査（ちょうさ）し、人間（にんげん）に気付（きづ）かれないように上質（じょうしつ）な食料（しょくりょう）を調達（ちょうたつ）する――という、知恵（ちえ）を付（つ）けました。

　人間（にんげん）たちは廃棄品（はいきひん）が荒（あ）らされていることに気（き）がついていません。

　野良犬（のらいぬ）は、ゴミ袋（ぶくろ）を荒（あ）らさずにコッソリとお目当（めあて）ての食（た）べ物（もの）だけを狙（ねら）って取（と）り出（だ）しているからです。

　野良犬（のらいぬ）は、人間（にんげん）たちに警戒（けいかい）されないよう、コッソリと行動（こうどう）するのが得意（とくい）になりました。

　ある日（ひ）、野良犬（のらいぬ）は考（かんが）えます――

「そろそろ、雨露（あめつゆ）をしのげる立派（りっぱ）な家（いえ）が欲（ほ）しい」

　そこで、街（まち）のいたる所（ところ）をうろうろして情報収集（じょうほうしゅうしゅう）を行（おこな）いました。

「街（まち）はずれにある大（おお）きなお屋敷（やしき）には、孤独（こどく）な盲目（もうもく）の老人（ろうじん）が住（す）んでいる――」

　それを聞（き）いた野良犬（のらいぬ）は、盲目（もうもく）の老人（ろうじん）の家（いえ）にコッソリと棲（す）みつくことを考（かんが）えました。

　でも、野良犬（のらいぬ）はもう少（すこ）しだけ賢（かしこ）く考（かんが）えます。

　コッソリ棲（す）みついたらどうなるだろう？

　不審（ふしん）に思（おも）われでもしたら駆除業者（くじょぎょうしゃ）を呼（よ）ばれてしまうかもしれないし、老人（ろうじん）を驚（おどろ）かせてしまうかもしれない。

　それなら、いっその事（こと）、野良猫（のらねこ）のふりでもしてみたらどうだろうか？

　野良犬（のらいぬ）は、野良猫（のらねこ）が人間達（にんげんたち）から餌（えさ）をもらっているのを普段（ふだん）から目（め）にしています。

　――早速（さっそく）、野良犬（のらいぬ）は野良猫作戦（のらねこさくせん）を開始（かいし）しました。

　野良犬（のらいぬ）は、おじいさんの家（いえ）の窓（まど）をトントンと叩（たた）くと『にゃ～ん』と鳴（な）いてみせます。

　それに気（き）づいたおじいさんは、窓（まど）を開（あ）けて、まんまと野良犬（のらいぬ）を招（まね）き入（い）れます。

　野良犬（のらいぬ）はしてやったりという顔（かお）をしつつも、猫（ねこ）のふりを続（つづ）けました。

「にゃ～ん」

「おお、ふさふさな猫（ねこ）だね。迷子（まいご）かい？　今（いま）、ミルクを用意（ようい）してあげるから待（ま）っていなさい。」

　野良犬（のらいぬ）は野良猫作戦（のらねこさくせん）が予想以上（よそういじょう）に上手（うま）くいったことを喜（よろこ）びました。

　――差（さ）し出（だ）されたミルクを飲（の）みほした野良犬（のらいぬ）は、寂（さび）しそうな猫（ねこ）の鳴（な）き真似（まね）をしました。

「にゃ～ん……」

「おや、ネコ、お前（まえ）も独（ひと）りぼっちなのかい？　私（わたし）も妻（つま）を亡（な）くしてからは独（ひとり）りぼっちでね……。好（す）きなだけここにいるといいよ」

「にゃ～ん！」

「おお、ネコよ。そんなに嬉（うれ）しいかい？　自分（じぶん）の家（いえ）だと思（おも）って、好（す）きに暮（く）らしなさい」

　こうして、喋（しゃべ）る犬（いぬ）のネコと盲目（もうもく）の老人（ろうじん）の奇妙（きみょう）な共同生活（きょうどう）が始（はじ）まったのです。

　はたして、ネコは、犬（いぬ）だということを老人（ろうじん）に悟（さと）られないように暮（く）らしていけるのでしょうか？