回想

 これは後から聞いた話だが、男はすでに殺人の罪で指名手配になっていたようだ。同居していたパートナーをカッとなって刺してしまったらしい。

 私の家の前をパトロールしていた警察官が、殺人の指名手配犯が私の家に入るところをみつけて、マークしていた。警察側は殺人を犯している相手だったから発砲の準備をしていたのだろうか、たかが果物ナイフ相手に。

 おそらくマスコミには一人の犯罪者が警官の正当防衛で撃たれて死亡した、以外のことは流れないのだろう、無理もない。


 私は後悔していた、戸締りをしなかったこと、あの時電気をつけなかったこと、彼を抱きしめてあげられなかったことを。今だって彼と同じ、いやそれよりひどい環境の中を生きている人はごまんといる、今更何を、と自分に言い聞かせてみる。自分に出来ることなんて何もない、でも何かしてあげたいという気持ちは人間に許された数少ない貴重な思いだ。その果てしない自己満足をかざしながら、きっと私はこれからも生きていくのだろう。

 この出口のない、混沌とした流浪の旅を。


(了)


あとがきへ続く

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