不法侵入

木沢 真流

侵入者との対面

 私は家の前に立ち、床に散らばった窓ガラスの破片をぼんやりと眺めていた。またやられた、先週に続いて2回目だ。すでに警備会社のスタッフが駆けつけた後ではあるが、確実に誰かが私の家に入ろうとしている。

 開きっぱなしの玄関のドアから家の中が覗ける。そこではお手伝いさんとして雇っているおばちゃん、山田さんが頭にタオルを巻いて、一生懸命警備会社と警察に状況を話している。少し相手がうんざりしているようにも見えるのはきっと気のせいではない。一度話したら止まらないのだ、彼女は。


「あらー、木沢様。ご無事でしたか、またですよ」


 山田さんが私を見つけると、急いで駆け寄ってきた。警察と、警備会社のスタッフはこの機を逃すか、と言わんばかりにさっとその場を去る準備をした。


「山田さん、お怪我は無かったですか?」

「ええ、私が帰ってきた時にはもうアルコムさんが来てらっしゃって」


 アルコムとは私が契約している警備会社だ。外出時に誰かが侵入すると駆けつけてくれる、あれだ。とは言っても実際にCMのように駆けつけてくれるかは微妙だという噂もある。駆けつけてはくれるようだが、ある程度時間が経ってから、例えば30分後とかに来てくれるという場所もあるらしい。

 なので、どちらかというと、これらの警備会社が駆けつけるぞ、という威嚇の効果の方が高いようだ。私の家も玄関の前に大きくアルコムのロゴを貼り付けている。慣れているどろぼうなら、これをみて普通は侵入を諦めるのだが、2回もくるということは素人か。それはそれで厄介である。

 私も今年で50になる。

 あいにく伴侶には恵まれなかっが、幸い小説という分野ではそこそこ名を売ることができて、このような豪邸も建てることができた。しかし、財力をひけらかすようなことはしてきたつもりはないし、慎ましい生活を送ってきたつもりではある。それを何故ここにきて、2回も不法侵入を試みようとされているのか。

 山田さんはまだ喋り続けていた。

「今回もねぇ、アルコムさん。来るまで30分かかったのよ、しかも家の前でじっとしててねえ。私が着いた時に『中に入らないんですか』って聞いたら、『中にどろぼうがいたらどうするんですか、警察を待ちましょう』ですって。そのためにあの人たちがいるんじゃないんですかって、言ってやれば良かったわ、ほんとに」

 その後、いくつか警察から話を聞かれてから、やっと落ち着くことができた。


——木沢さんみたいな、恨まれることしてない人の家になんでかねぇ——


 山田さんがつぶやいた最後の言葉を反芻していた。

 恨まれること。もちろんそんなことはしていない。しかし、どこかに金が集まれば必ずどこかでは足りなくなっている。今日も明日食べるものが無くて、困っている人にとってみれば、こんな家は憎しみの対象にだってなりうる。いわゆる東側諸国が考えていた「計画経済」ではなく「自由経済」を選んだ私たちにとって避けることのできない宿命である。

 2階のソファで23時のニュースをBGMにそんなことを考えていたら、気づけば私は寝入っていた、家の戸締りも忘れて。


 何時間たっただろうか、私は一階からの物音で目が覚めた。

 風にたなびく音、カーテンの音だった。

(しまった、鍵をかけるのを忘れていたか)

 ゆっくりと腰を上げ、一階に降りた。電気のついていない空間は冷蔵庫のセンサーである小さい灯りや、デジタル時計の光が眩しく見えた。和室に向かうと、カーテンの音がより強くなった。

(どうしてこんなに強い音がするのだろうか?)

 私は和室に入ると、何か違和感を覚えた。

(窓が……こんなに開いている)

 カーテンがたなびく理由がわかった。引き戸になっているガラス窓が全開になっていた。そして私は開けた覚えはない。おかしいな、と思いながら窓を閉めた瞬間、背後で何か音がした。 

 

 

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