【短編】悪魔と天使の恋

くるみりん

前編

――天使と悪魔が恋に落ちたら、どうなるんだろうね?



悪魔のミカは、今日もうまくいってない。


「仕事が終わらないよ~!」

「ミーーカ!ちょっとは休憩したら?」


仲間の悪魔がそう言ってミカの肩を叩いた。


「うう…でも、今日中に終わらせないと~!」

ミカがそう言って泣きつくと、悪魔は呆れたように溜息をついた。


「本当、あんたって真面目よね。悪魔なんだから適当で良いのよ、適当で」

「そ、そんな事言ったって…」


人間の耳元で囁き、悪い事をさせるのが悪魔の仕事だ。


「私、全然うまくいかないんだもの。今日のノルマも全然こなせないし…」

「天使が邪魔してこない限り、うまくいかないなんて事、無いと思うけどね~」


ミカはその言葉を聞いてガックリとうなだれた。

幸い、今まで邪魔をしてくる天使はいなかったのだ。


ならば悪い事をさせるのも簡単だとみんなが言う。

でも、ミカにはそれが簡単では無かった。


「ま、良いわ!頑張りなさい!あたしは今日のノルマ終わったから帰るわね~!じゃ!」

そう言って歌いながら飛んでいく仲間を、ミカは羨ましそうに眺める。


「うう…良いなぁ…」

それでも悪魔であるミカは仕事を続けなければならない。


そんな時、1人の男が目に入った。


「あ!あの人…重そうな荷物を抱えたお婆さんを助けるかどうか迷っているのね!よし…」


意を決して、ミカは男に近付く。そして耳元に口を近付けた。


「やめといたほうが良いと思います。

とても重そうな荷物だし…あんなの持ったら大変です!

そりゃあ、お婆さんよりはあなたの方が若いし力もあるでしょうけど…。

でもでも、お婆さんに持たせておけば良いと思います!重いんだから!」


そう言い切って、ミカは手ごたえを感じる。


「ふふん!これで、きっとこの人もお婆さんを見捨てるはず…って、ああ!」


やり切ったと思っていたミカの気持ちとは裏腹に、男はお婆さんに近付いて行った。

「な。なんで!?重いですよ!重いですよ!」


必死にそう耳元で叫んだが、男は一言呟いた。

「重いよな。あれ。婆さんが持つには、重いよな」


そう呟いた後、男はお婆さんを手助けするのだった。


「どうしよう…また失敗」

1人でしゃがみこみ、ミカはうなだれる。


「なんでこうも、うまくいかないのよぉ~!」

そう叫んだあと、ふと目線を先にやると遠くで人間の耳元で囁いている者を見つけた。


「あれって…天使?」


悪魔とは逆に人間に囁き、良い行いをさせるのが天使の仕事だ。


「初めて見た…。綺麗な羽…」

悪魔のコウモリのような羽とは違い、フワフワの白い羽だ。


「は!そうだわ。天使の囁きを盗み聞いて、真逆の事を言えば良いんじゃないかしら!」


人間に良い事をさせるのが天使だ。

その言葉と逆の事を言えば、きっと悪い事をするに違いない。


「バレないようにしなきゃ」

そう言ってミカは天使の後をつける。


どうやら、目の前の人が落としたハンカチを拾った人間のようだ。

ミカは物陰からバレないように、天使を見る。


「さぁ、天使は何て言うかしら?」


まるで人間の探偵にでもなった気分になり、ドキドキしながら眺める。

すると天使は気だるそうな言い方で、人間に囁いた。


「あ~…もう拾っちゃったし、届けた方が良いんじゃない?

一回手に取ったのに、道端に置く方が嫌でしょ?

あ、ほら。どうしようか考えすぎてたせいで、もうさっきの子があんなに遠い。

どうする?それ。走ってまで届けるつもり?

…あ。ゴミ箱発見。どうせだしもう捨てたら?ゴミになるんだし」


そう天使が囁いた後、人間はゴミ箱にハンカチを捨てた。

「追いつけなかったし、仕方ないよな。ゴミになるよりは良いか」


そう言って去る人間を後ろから眺めながら、天使はあくびをしながら言った。

「は~あ。今日のノルマ終わりだな」


その光景をミカはキラキラした目で見ていた。

「すごい!これが天使!ゴミをゴミ箱に捨てさせるなんて…私ならポイ捨てさせるわ!」


そう言ってもう一度天使を見ると、仲間の天使がやってきたようで何か話し込んでいた。

「ん?何だろう。勉強になりそうだし聞いておきたい…」

ミカはそう言って少しだけ身を乗り出す。


すると、もう1人の天使が先程の天使の頭を殴った。

「ええっ!?」

驚きながらも、ミカは話している内容に耳を傾ける。


「お前は悪魔か!!」

「いってぇ…天使だよ。見て分からんのか」

「そうだよ!天使だよ!なのに悪魔みたいな事させてんじゃねぇよ!」

「いや…ゴミをゴミ箱に捨てさせただけだし」

「ゴミって言うな!あれはゴミじゃない。あの子のハンカチだ!走れば追い付けただろ!渡してあげるのが正解だ。どう考えても」


大きく溜息を付いた後、ブツブツと文句を言い始める。

「お前はいつもそうだ。どこかずれてるんだ。天使なら天使らしくしろよ。悪魔が邪魔しに来たわけでも無いのに、何で出来ないんだよ…」


そうやってひとしきり文句を言った後、その天使は飛び立っていった。


「はぁ~…凄いと思ったけど、あれは天使としては不正解だったのねぇ…」

ミカがそう呟きながら飛んでいく天使を眺めていると、突然天使が視界に入った。

飛んで行った天使ではなく、先程仕事をしていた方の天使だ。


「きゃっ!」

びっくりして叫ぶが、天使は気にせず見下ろしてくる。


「…で?アンタはさっきから俺を見てたけど、何か用なの?」


…どうやら全部、バレていたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る