神凪さんのお腹には生命体が潜んでいる~告白に成功しないと人類滅亡~

おさない

第1話


 放課後、夕陽が差し込む教室で、俺は学校一の美少女と居残りをしている。


 文化祭の実行委員を押し付けられてしまったので、自分から立候補した真面目な彼女と準備を進めているのだ。


「もしもし、一樹いつき君?」


 向かいに座る美少女が、持ち前の透き通るような美声で俺の名前を呼ぶ。


 その声の調子から、やや怒っていることが読み取れた。


 文化祭の準備に関する話し合いの途中であるというのにも関わらず、生返事しかしない俺に対して憤りを覚えているのだろう。


「ごめんなさい」

「謝らなくていいから、言いたいことがあるのなら言って。一樹君、ずっと私に何か言いたそうにしてるでしょ?」

「でも、文化祭と関係ないことだし」

「何だっていいわ。思わせぶりな態度を取られると、私の方も気になって話し合いどころではなくなってしまうの」


 厄介なことになってしまった。


 もし仮に、俺が他人に対して言いたいことを言えるような人間だったら、実行委員なんて役職を押し付けられていない。


 そもそも、あの件についてどう質問すれば良いというのだろうか。


「だけどさ、お互い触れないでそっとしておいた方が良いこともあると思うんだ」

「勿体ぶられると余計気になるわ。いいから教えて」


 身を乗り出して俺の目を見つめる美少女。どうやら、俺が白状するまで問い詰めるつもりらしい。


「わかったよ。それじゃあ、遠慮なく聞かせてもらうことにする。後悔してもしらないぞ」

「い、一体、私に何を聞くつもりなの? そこまで言われると少し怖くなってきたわ」


 ここに来て、美少女はやや弱気になる。


 だが、俺の方は既に言う覚悟が決まったので、彼女の言葉を軽く聞き流して深く息を吸い込む。


「あんた、誰なんだ?」


 ――そして、そう問いかけた。


 開いていた窓から風が吹き込み、カーテンがはためく。


「誰って……神凪かんなぎ琴弓ことみ決まってるじゃない。一樹君まさか、まだ私の名前を覚えていなかったの? もう二学期よ? こうして一緒に文化祭の実行委員もしているのに……かなりショックだわ……」


 言葉の通り落ち込んでいる様子の美少女。


「違う」

「そ、そうよね。私の名前くらい覚えているわよね。……驚かさないでちょうだい一樹君。あなたも、そんなおかしな冗談を言うことがあるのね」


 目の前の美少女は、俺の方を見てくすくすと笑った。正直、今のやり取りのどこが面白かったのか分からない。


「悪いけど、俺は別に冗談を言っているつもりはない。あんたは神凪さんなんかじゃないって言ってるんだ」

「……どうしてそんなことを言うの? あんまりふざけるようだったら私、怒るわよ」


 俺の言葉に対し、今度は顔を強張らせる美少女。


「明確な変化があったのは、俺の知る限り夏休みが明けてからだ」

「構わず話し続けるのね……」

「夏休みに入る前の神凪さんは左利きで、箸もハサミもチョークも黒板消しも……そしてシャーペンも、基本的に全て左手で持っていた」


 俺は目の前の美少女が右手に持っているシャーペンを見ながら言った。


「……人は変わるものよ」

「分かってるさ。これだけだったら、ただの言いがかりだ。……でも、それだけじゃない。あんたが神凪さんじゃないと断言できる理由が俺にはある」

「何かしら? ぜひとも聞かせて欲しいわね」


 俺は彼女の目をじっと見据える。重要なのはここからだ。


「見たんだよ」

「……見た?」


 その言葉に対し、美少女は眉をひそめた。


「――あんた……人を食ってただろ!」

「え?」

「俺は、あんたが人のはらわたを貪り食っていたところを見たんだ!」

「…………私が人間のはらわたを食べるの? 青春小説のタイトルみたいな話ね」 


 俺に指摘されても、美少女は至って落ち着いた様子である。それがかえって不気味だった。


「いや、話の方向性としてはB級映画とかの方が近いと思うけど」

「私、あまりそういうの見ないからわからないわ」

「そんな」


 美少女は持っていたシャーペンを机の上に置いて伸びをする。


「ちなみに、私が誰を食べていたの?」


 そして、呆れた様子で俺のことを見つめながら聞いて来た。


「……この学校の……女子生徒だ」

「それはいつのこと?」

「昨日、俺がこの教室の鍵を職員室に返して、そのまま帰ろうとした時」

「私はどこに居たの?」

「中庭の茂みの中だ。二階にある校舎の窓から、あんたと、倒れてる女子生徒の姿が見えた」

「ふーん。それで、私は茂みに隠れてその子のお腹の辺りをムシャムシャと食べていたってわけね。怪物みたいに。……推理小説の犯人だったらこんな時『キミは随分と想像力が豊かなんだね。小説家になったらどうだい?』なんて言うのかしら。一度言ってみたかったのよね、この台詞せりふ


 そんなことを言って軽く微笑み、とぼけてみせる美少女。


「……でも何より最悪なのが、それで終わりじゃなかったってとこだ」

「まだ何かあるの?」


 俺に言われた美少女は、不思議そうに首を傾げた。純粋に、俺の話に興味を持っている様子だ。


「俺が唖然として立ち尽くしていたら、今度はあんたの腹が突き破られて、中から何かが出てきたんだよ!」

「嫌な感じね」

「しかも、それが食い荒されていた女子生徒の中に潜り込んだんだ……!」


 俺はその時の光景を思い出し、思わず身震いする。


「――そうしたら、その生徒は何事も無かったかのように起き上がって歩き始めやがった!」

「……私を登場人物にしてそんな話を思いつくのはどうかと思うけど……あなた、なかなか話すのが上手いのね。意外な才能だわ」


 呆れつつも感心した様子の美少女。しかし、そんなわざとらしい演技をして人間のフリをしたって、目撃者である俺のことは騙せない。


「とぼけるな! お前らはそうやって人間と入れ替わるんだろ!」

「お、落ち着いて一樹君。分かったから」

「俺に近づくなっ!」


 俺は美少女の手を払い除けた。


「……もう一度聞く。あんたは一体誰なんだ? ――いや、何なんだ?」


 そして、再び初めの質問をする。


「……………………」


 それは、しばらくの間動きを止めてしまい、何も答えようとしなかった。


「かんなぎ……ことみ……」


 やがて、絞り出すような声でそんな返事をする。


「違う」

「いつき……くんの……同級生」

「違う!」


 俺に否定されたそれは、こうべを垂れて再び黙り込む。


 その行動が、全てを物語っていた。


「どうして……そんなこというの……?」


 やがて、それはふらふらと教室の中を徘徊し始め、虚ろな目で俺の方を見る。


「どうして?」

「え、えっと……その……」


 俺はその場へ釘付けになって、動くことが出来なかった。


 よく考えたら、問い詰めた後のことを全く考えていなかった。どうしよう。


「どうして?」


 神凪さんの声でそう問いかけ、神凪さんと同じ姿で俺に詰め寄ってくる、得体の知れない美少女。


「どうして?」


 神凪さんの顔が目前に迫った。


「わっ!」


 俺は驚いて椅子から転げ落ち、尻もちをつく。


「す、すみません。今のは冗談です。聞かなかったことにして下さい……」


 恐怖心に負けて、豹変したそれに向かってお願いしたその時。


「ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう――」


 それが、両手で頭を抱えて叫び始める。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 すると今度は、神凪さんの声帯から無理やり絞り出されたような絶叫が、教室中に響き渡った。


 神凪さんの胴体だったものが背中側へ折れ曲がり、腹部から黒い昆虫の足のようなものが無数に突き出す。


「え、えっ? あえ!?」


 俺は思わずその光景を二度見した。


 やはり、昨日見たあれは幻覚などではなかったようだ。


「う、うわあああああああああっ!」


 少し遅れてから、俺も叫ぶ。


 蜘蛛の化け物みたいな姿をしたそれは、ついに神凪さんの腹を突き破って、俺の前に正体を現したのだ。


「キシャアアアアアアアアアアアアッ!」


 化け物は鳴き声を発し、物凄い速さで俺の頭に飛び掛かってくる。


「ぎゃあああああああああああああ!」


 あまりの気持ち悪さに思わず悲鳴を上げる俺。蜘蛛は嫌いなんだ勘弁してくれ。


「――――――っ!」


 刹那、化け物の無数にある黒い脚のうちの二本が、俺の首筋を切り裂く。


 ――あ、死んだ。


 かくして、俺の頭部は胴体とおさらばし、教室の床へごとりと転がるのだった。

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