最低最恐魔王が往く異世界英雄無双伝〜それでも目指すはハッピーエンド〜
夢紡の極み
第1話 最低最恐
知識の王が居る。
いや《知識の》と形容することが烏滸がましいほどに、雄大なる彼は全てを知っている。
「軽くストーリーでも語りましょうか」
全知なる者は、左右に首を振り地平線の果てまで続いていく数々の書架に目をやった。この書架は彼が知り得る情報が【本】という形になって具現化したものである。
書架は彼の意思に応じ、縦横無尽に動き出し求められた一冊の本が納められたひとつの本棚だけが彼の目の前で止まり、それ以外は何処かへと掃けていった。
本が引き抜かれると最後の本棚も何処かへと消えてしまう。
「そう……これは、かの王の前日譚」
知識の王が本を開き、文字をなぞる。
––––神様、精霊、人間、悪魔。多種多様な存在が次元空間ごとに作用しながら生き合う世界では、絶えず争いが起こっていました。
それは人間と悪魔の戦いである。
もっと突き詰めて口にするならば、人間を利用した神との代理戦争である。
『何故だ、なんでアイツらは無為に命を奪うんだ!』
これを最初に告げたのは誰だっただろうか。悪魔に攻撃された村人のひとりだろうか。
しかし、弓を引いたのはどちらかなど、今となっては知る由はこの手には無いし、知った所でこの戦いは止めることは出来なかった。
どこかで怒号が響き渡る。
それは理外の力によって捩じ伏せられ、踏み躙られた命の残骸、肉塊となった友人を見た者の慟哭か。はたまた、世界を守るためと力を結集し敵を討った者の心の深淵からの叫びか。
またどこかで腕が飛ぶ、足が斬り落とされ、頭がすり潰される。もしかしたら、その気に乗じて敵の精神をすり減らし、美品に変えている輩もいるかもしれない。
血で血を拭うに飽き足らず、血を盃に注ぎ続けるだけの闘いに嫌気が差すものがいた。
それが後に英雄と呼ばれる王である。
彼の存在は戦況をいとも容易くひっくり返すほどのものであった。王として生まれた資質故だろうか、彼の存在は一言で表せる。
––––––【最強】の二文字で。
どちらの種族も理外の力を使用できるが、王は余りにも常軌を逸していた。それこそ神すらも目を見張るほどに。
王はその力を使って勇ましく戦った。
背にいる者たちが戦わなくてもよい、安心できるようにと。
そうして彼は口にする。
『私が戦う』
その一言だけ口にすると、倒すべき敵を蹂躙する。我らが種族へと、大切な者たちへの尊い命と未来に無慈悲に牙を剥く者には鉄槌を。
余念はない。
使命を果たす。
敵対者のように力を使い、叩き伏せる。
血に塗れながらも気高く美しいその御身は、間違いなく最高最善の王の勇姿であった。
–––––本当に?
誰かが問うた。
奴は本当に《良い奴》なのだろうか。本当に我々に牙を向けないだろうか。
そうした疑問は凪のように澄み切った水面に波紋を呼ぶ。
そう、彼は間違いなく【王】であった。
けれども、守られし者たちは【民】ではなかったのだ。
信頼関係はあくまで、お互いの認識によるもの。片方が幸せを願い行動したとしても、相手が手を取ってくれる訳ではない。
それは互いを切り分けられてしまう境界が明確なほど、壊れやすい。
–––––王は分からなかった。
–––––王は知らなかった。
–––––幸福とはなにか、を。
とある日、敵対する軍団のトップ四人を王は遂に討ち取りました。王の国はその事実に打ち震え、戦いは終わったと誰しもが武器を放り投げて、盃を取り合いました。
しかし、それは束の間の平穏であったのだ。
誰か1人が呟きました。
『奴が本当の悪魔だ』
もちろん、そんな言葉には誰も耳を貸しません、塞ぎます。
それでも誰かが呟きました。
『あの男は最低だ。悪魔だ』
呟く【誰か】の数が増えた。
『あの男も殺せ、出なければ我々の未来は無くなる』
呟く人が隣にいた。
『そうだ倒さなければ』
そう呟いた。
波紋は広がり続け、自然にその数を増やしていく。
強大すぎる力は信頼関係を損なう。険しく聳え立つ見つめるだけで圧迫されそうな山々のように。深く底が見えぬほどの暗闇が潜み、心の平穏を脅かす深海のように。
『そんな事はない、悪魔などではない』
王は強く叱責する。
刃物を取られた。
次の瞬間。
青い血が地面を濡らした。
と、同時に阿鼻叫喚が広がった。
遠くの誰かの叫び声が児玉した。誰かの頭部が宙を舞った。右後ろの誰かの身体が真っ二つに裂けた。隣にいた愛しい人が赤黒い肉塊になったあとぐずぐずに溶けていった。
『やはり奴が悪魔!【最低最恐の魔王】なんだ!!」
民達が武器を振り翳して迫り来る。
–––––王は己に問う。
『なにがいけない』
民のために戦い続けた。
背にいる者のために全霊を懸けて闘い抜いた。この身がどれだけ傷ついても、戦えと。それが使命であるとして。
–––––無意味な自問自答だ。
『どこで間違えた』
間違いない、自分が戦い始めた時だ。
そもそも自分が戦うこと自体がおかしかったのだ。
–––––恐怖を覚えられ、それを周知された時点で王は敗北していたのだ。
『無意味なことを』
止められない。
一度手を出した以上、止まることはない。
––––戦いの火蓋が切り落とされた瞬間を目の当たりにした。
『そうか、価値はなかったんだ』
嘲るようにして王は天に向かって笑う。
空を揺るがし、地を押さえつけるような壮大で虚無な笑い声は、民の恐怖を煽り自らの心を薄ませる。
そして一頻り笑った所で––––
『もう、いいや』
その空虚の瞳はどこを見つめているのだろうか。
王は抱え込んだものを零すように、両腕を広げる。すると彼の周りから凄まじい閃光が現れる。
視界が次第に白く染まり強烈な光と共に–––––意識が消えた。
「こうして、物語は始まった」
雄大なる者は、本を閉じ書架に戻したのだった。
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