第10話 俺、大鎌のことをばらす


 今日はレガートと槍の稽古をした。

 素振りとかまあそんなの。基本だけをひたすら繰り返している。

 特に向上心もなく、基本だけのある意味退屈な素振りを繰り返す俺をレガートはいつも不思議そうに見る。

 向上心はなくても最低限のやる気はある。

 この辺りが不思議に思われるところなんだろう。


 普通なら基本を学べば次の段階へと上がりたくなるものだが、俺にその気はない。

 万が一、槍の技能が上がって兄貴に切迫しても困る。

 何が困るって、母親が絶対にごちゃごちゃ言って来るから。

 でもってレガートやジルを解雇される可能性も多いにある訳だ。それが一番困るんだ。


 指針は一つ。

 槍術にしろ座学にしろ、目立たずこっそりひっそりと。


 その辺りはレガートも察してくれているので、無理をしようとはしない。

 しかし、そのレガートは俺の素振りを見て微妙な顔をする。


「レノン様、何か変な癖が付いてませんか? 振りかぶるとか凪ぎ払うなんて、稽古したことないですよね?」

「あー」


 確かに槍に振りかぶるはまだしも、凪ぎ払うはないだろう。

 槍先に刃は付いているが、突きに対しての補助のようなものだ。

 振りかぶるにしても、槍先を確実に対象に当てるようでないと意味がない。


 俺の振りかぶるは、どちらかと言うと遠心力を応用しているところがある。凪ぎ払うも同じ。

 大鎌を振り回すとどうしてもそうなる。

 鎌の刃の中に入れば、大抵のものは真っ二つだ。なので、間合いに取り込むことを優先させたらそんな癖が付いた。


 まずい。


 槍と大鎌の違いが、うっかり出てしまった。ちょっと気を抜き過ぎたか。慣れって、怖いなあ。


 さて、どうするか…


 でも、癖に気付かれた時点でそのうちバレそうな気がする。

 なら、今のうちにバラした方がいいような気がする。

 大体、この癖は絶対に直らないし。


「あのね…レガート……」

「はい?」


 そっと呟けば、レガートは身を屈めた。


「何ですか? レノン様」

「絶対に秘密にして欲しいんだけど…」

「秘密?」

「…僕ね…初めて精霊の祠行った時に、貰ったものがあるんだ」

「え! 本当ですか?」


 全く予想していなかったんだろう。レガートはすごい勢いで食い付いてきた。


「精霊に何を貰ったんですか?」

「このこと、誰にも話していないんだ。だから、絶対に内緒にしてくれる? じゃないと教えない」

「内緒にします。神と精霊に誓って!」


 早い、軽い。


 いいのか、そんな簡単に誓って。

 戸惑う俺にレガートは何度も頷く。


「精霊から贈り物を受けるなんて、初めて聞きます。聞かせて貰えるだけでも、私としてはありがたいです!」

「そ、そう?」


 レガートの勢いにちょっと引いた。


 しかし、精霊の加護だっておとぎ噺だと思ってたら本当だったと実証されたのだ。

 精霊の贈り物となったら、その知識だけでも重要性は高い。

 今話せなくても、いつかは役に立つだろう。知財ってやつだね。


「レガートを信じるよ…でも、ここで見せるのはまずいかも…」

「人目に付きますね。解りました。今から、林へ行きましょう。障害物がある中での稽古をしてみましょう」


 あっさり決めて、レガートは敷地の裏手に向かって歩きだした。

 さすが、アルバートの弟子。アルバート同様、とんでもない行動力だ。

 ぐだぐだ悩まれるより、話が早くていい。


 森を歩くこと三十分間ちょい。

 小さな湖のほとりに来た。

 別に風光明媚と言うわけではないので、俺もここには滅多に来ない。

 使用人たちもだ。

 たまにマルトが様子見ついでに魚を採ってきて、夕食になるくらいだ。

 なので、今日も誰もいない。


「ここなら、大丈夫ですよ」

「うん、じゃあ見せるね」


 俺は右手を天に掲げた。

 一瞬のうちに、大鎌が手の中に現れる。


「僕が貰ったのは、これ」

「うわぁ、思ってたのと違った!」


 レガートは大鎌を見て、素頓狂な声をあげた。

 思ってたのと違うって、何を想像したんだよ。


「え、なに?」

「すみません。てっきり、宝石のようなものを想像してました」


 何故宝石?

 槍の素振りして癖がどうのと言う話になったら、普通に武器系を連想しないか?

 宝石って…ああ、精霊の加護付きで、なんか力を増強させるような?

 それで力の加減が変われば、違う癖も付いてくるか。


「それにしても、美しい大鎌ですね」


 うん、綺麗だよね、刃のところとか特に。


「これを精霊から?」

「うん。加護の力が余ったからって、くれた」

「祠を見つけたのはレノン様ですからね…それまでの精霊の力が溜まっていたと言うことでしょうか……と、言うことは、まさか?」


 よいところに気が付いたな、レガート。

 あんたの推測通りだよ。


「多分、兄上とリィンは貰ってないと思う…」

「はあ…確かにこれは誰にも言えませんね」


 レガートは額に手を充てて宙を仰いだ。


 そうなんだよ。

 精霊から贈り物を貰ったのは俺だけなんだよ。

 そんなのあの母親にばれたら、超ヤバくね?


「そうなんだ。だから、内緒にしてね」

「畏まりました…しかし、レノン様はその大鎌で素振りとかなさってたんですよね。違う癖が付く訳です…あ、触っても大丈夫でしょうか?」

「触ってみる?」

「是非!」


 嬉々として両手を差し出すレガートに、俺は大鎌を手渡した。

 手渡したんだけど、大鎌はレガートの手を擦り抜け、地面に落ちると俺たちが唖然としている間に溶けて消えた。


「き、消えてしまいましたよ! お、俺のせいですかっ!」


 あまりに慌てたので、レガートの口調に素が出ている。

 レガートも普段は俺って言うんだな。


「大丈夫…」


 俺は再び右手を天に掲げた。

 大鎌が姿を現す。


「良かったあ…」


 レガートは大きな息をついた。


 そうかあ、この大鎌は俺にしか使えないのか。俺も初めて知ったよ。

 盗まれる心配も、取り上げられる心配もないな。ひと安心だ。


「レノン様にしか使えないんですね。それはそれで良かったです…ただ、問題は……私は鎌は使ったことがありません…」

「うん、そうだと思う」


 レガートの申告に俺は頷く。

 騎士団で、鎌とか扱うなんて聞いたことないよ。

 剣、槍、弓が精々だろ。

 鎌、しかも大鎌なんて、絶対にイロモノだよ。

 難易度トップクラスの武器だよ。

 使う奴は、よほどの物好きだよ。変わり者だよ。

 そのくらい、俺でも解るっての。

 でもって、俺が変わり者だってことも解ってるって。


「ですが、その大鎌を使わないのは、勿体なさ過ぎます…」

「僕も、折角貰ったからもっと使えるようになりたいんだ」


 最低限は使えるよ。魔物狩りしてたからね。

 でも、完全な我流だからな。

 巧く使えているかは自分では解らない。

 我流では頭打ちも近い気もするんだよね。

 正に宝の持ち腐れになりそうでヤバい。

 極められるものなら、極めたい。


「そうですね…」


 レガートは腕を組んで考え込む。


「伝手を探してみましょう」

「鎌を使う人がいるの?」


 え、マジか?

 騎士団、ハンパねぇな。


「騎士ではなく……冒険者でしたら……いるかもしれません」

「冒険者?」


 冒険者、いるんだ。

 初めて知った。

 つか、今まで気に止めたことがなかった。

 冒険者、いい響きだ。

 いざとなれば、家を出て冒険者になるのも有りか。


 おお、選択肢が増えるのは大歓迎だ。


「少し…時間をください」

「うん」


 いいよ。

 待つよ。

 でも、早めに見つけて来てね。


 俺は期待を込めて頷いた。




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