最終話 後編




中庭を抜け校舎の陰となって居る花壇へと足を向ける。

そこには当たり前の様に花の世話をするスーツ姿の人物ーーーはじめさんが居た。




「遅くなってごめんなさい。」




近付きながら謝罪をするとはじめさんがこちらを振り返る。




「大丈夫、想定内だ。

別れを惜しまれたんだろ??

ふっ、流石皆んなの″お姉様″だな。」




口の端を上げてニヤリと笑うはじめさん。

まるで夕子の様にイタズラ顔で揶揄われ苦笑いを溢す。




「はじめさんまでそんな事言うんだ。

ーーけどそうやって慕ってくれる子達が居るのは幸せだった証拠だよね?

ふふふっ、私がこの学校を選んだ理由は不純だったけど、来た事は大正解だった。

しかもはじめさんと言う大事な人に巡り逢えたしね?」



照れ臭くてワザと茶化すような口振りで言ってみる。

それをはじめさんは穏やかな表情で肯定してくれた。




「そうだな。

ゆづ葉が可愛い物を求めてこの高校を選んでくれたお陰で俺たちは出逢えたんだもんな。


ーーー俺も、可愛いもの好きで居て良かった。

おかげでゆづ葉に見つけて貰えたからな。

ありがとう。」




そう言ってベンチに置いてあった可愛いブーケを手渡される。

ピンクのチューリップを中心に素朴なナズナが散りばめられている。

多分はじめさん自らアレンジメントをしてくれたのだろう。

気持ち・・・が篭ったブーケを受け取り抱きしめる。




「ありがとう。ふふっ、嬉しい。

ーーーはい、私こそ・・・。」




そう言って花束の中から一本のナズナをはじめさんに差し出す。

すると途端に目が泳ぐ。

花の意味に気付かれた気恥ずかしさか、私からの気持ちを受け止めての恥ずかしさか。

そんなはじめさんの反応に愛しさが込み上げる。

だってナズナはーーー


 


「、、、あぁ、受け取るよ。」と言った後、「こほんっ」とワザとらしい咳をし話題を変える。




「ーー足立とはしっかり話せたのか?

古い付き合いなんだろ?

初めて道を分かつんだ。積もる話も有るだろうに。」




はじめさんの優しい気遣いに嬉しくなる。




「大丈夫。十分話して来たよ。

それにもう卒業して学校は無いんだよ?私にはいくらでも時間はある。

ーーーまぁ、夕子は大学生活に向けて準備があるだろうから大変そうだよね。」




少し間を空けて言葉を続ければ、はじめさんは少し複雑そうな顔をした。




「今更だが、、、本当に進学は良かったのか?」




教師としてのはじめさんが顔を出し罪悪感がある様な物言いいで聞いてくる。

私は「はぁ」とワザとらしいため息をついて諭す様に語る。



「何度も話したでしょ?

私ははじめさんの奥さんになりたいって。

本来なら学生結婚でもいいんだろうけど、私はすぐにでもはじめさんとの子供が欲しいと心から思っているの。

だからこのまま行くと折角入った学校を休学する事は必至。

学生も主婦も全てが中途半端になるなんて、、、私はそんなのは嫌。

だから自分の中の最優先を選んだの。

納得した?」




両家の家族とも幾度となく話し合いをし納得して決めた事だ。

それでも尚私の未来を心配してしまうのははじめさんの優しさだろう。




「決心が硬いのは分かっている。

でも『もし』を考えてしまうんだ。

″もしゆづ葉が進学すれば未来はもっと広がるんじゃ無いのか″とな。


だが、うん、悪かった。もう言わない。お前が、いや俺たちが『もし』の世界以上に幸せになれば良いだけの話だ。」




さっきまでの迷う様な表情は消えた。

だからここで一枚の紙をカバンから取り出す事にする。




「よし、では予定通りコレ・・を提出しに行こっか?」




その用紙には私たちの名前以外の全ての欄が埋めてある。




「あぁそうだな。

名前は今ここで記入しよう。

ーーーこの思い出の場所で。」




ベンチに二人で並びペンを持つ。


テーブルの用紙に名前を書きながら傍の花束に目をやる。



ーーーナズナの花言葉は、、、、、




『あなたに私のすべてを捧げます』




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





トントントントンッ。

包丁がリズミカルな音を立てている。

すると、ガチャっと鍵が空く音が響く。玄関のドアが開き「ただいま。」と声が聞こえる。

時計を見る。いつもより早い時間だ。

嬉しくなり小走りで玄関へ向かう。




「こらっ、走ってはダメだと言っただろ!」




「おかえり」と言う前に、早々に叱られてしまった。




「ごめんなさい。

早い帰宅が嬉しくて、、、つい心が逸ってしまって。。

ーーおかえりなさい、はじめさん。」




私の言い訳に仕方がないなと苦笑いを浮かべた後、「ただいま」の言葉と共にキスをくれる。




「同じ気持ちだ。俺も早くゆづ葉に会いたくて必死に仕事を片付けて来たんだ。

いや、二人・・に、だな。

ただいま。」



そう言って再び私にキスを落とし、次にお腹を労るように優しく撫でる。

そのまま腰に手を回されリビングまでゆっくりエスコートされる。


キッチンには作りかけの料理達が並んでいる。




「料理の匂いは大丈夫なのか?

無理なら夕飯も出来合いの物で良いんだ。

なんなら俺が作るから、ゆづ葉は身体を休めてくれ。」




そう言いリップ音と共にこめかみに軽く唇が触れる。

もうすぐ臨月という事もありすっかり妊婦らしい姿になった私をはじめさんは過保護に甘やかそうとする。




「もう悪阻はとっくに終わってるんだから大丈夫。

妊婦は適度な運動が必要なんだから休んでばかりも良くないよ。

ーーーそれにはじめさんの為に食事を作るのは私の楽しみなんだから、取らないでね?

でも、″一緒に″なら大歓迎だよ?」




はじめさんにウィンクをしお返しとばかりに私からキスをする。





「俺だってゆづ葉に飯を作るのが楽しいんだがな。。

分かった、一緒に作ろうか。」




キッチンに並んで立ち、会話をしながら調理を再開する。

はじめさんが仕事に行っている間の会えない時間を埋めるように私達は家では片時も離れず過ごしている。





私達はあの卒業式の日に婚姻届を市役所へ提出し晴れて夫婦となった。


そして日々愛を育み続けた私達は、すぐに子宝に恵まれたのだった。



当初はじめさんの家で、山田家の皆さんと生活していたのだが、ある事情で私達は咲さん達と別々に住むことになった。

でも寂しくは無い。

何故ならーーー



〈ピンポーン〉



あっ早速来たようだ。

手を洗い玄関向かおうと小走りーーーになりそうな私の腰をはじめさんが抱き寄せゆっくりと二人で歩いて行く。




ガチャッ




「おかえりなさい。咲さん、結城ちゃん。」





「二人共おかえり。」





「「ただいま~。」」




「あっお兄ちゃん今日早いね。」




「はぁお腹ぺこぺこよ~。

あっ、ゆづ葉。

これさっきメールで頼まれたヤツね。」




「わぁ、咲さんありがとう!

使おうと思ってたら切らしちゃってて。」



「それはいいけど、、もうお姉ちゃんって呼んでくれないの?」



「だって私もそろそろ母になるから、、、ね?

あっでも二人っきりの時は呼びたいな、、(咲お姉ちゃん)。」



「ぐふっ!!可愛いわぁ〜!!」




そんな会話をしながらそのまま皆でリビングへ向かう。


別々に住んでいるのになぜ″ただいま″なのか。


それは私達が同じマンションの同じ階、そして隣り合わせの部屋で暮らしているからだ。



どうしてそうなったかと言うと理由は単純な物。山田家を含むその周辺が区画整理を行う事になったからだ。

その頃既に妊娠が発覚して居た私。

ストレスが無い環境にしなければと咲さんがこのマンションを探し出した。

偶然にも二部屋隣合わせで空室。

こんな好条件は又と無いとすぐ様契約をし現在に至る。


今までとは違い別々に暮らす事にはなったが、寝る時以外は大概どちらかの部屋に、居るのでなんら今までと感覚は変わらない。

ーーいや、変わった事もある。




ガチャッ




新たに玄関の鍵が開く音が聞こえる。

あぁ、こっちも・・・・帰って来たみたいだ。




「ただいま~。うぅ~疲れた~。」




当たり前の様に鍵を使って入ってきたのはーーー




「夕子、おかえり。

夕飯はまだだよね?もうすぐ出来上がるからリビングでのんびりしてて。」




そう私が言えば夕子は『はーい』と返事と共にリビングのソファーに沈んだ。

大学生活で大分疲れが溜まっている様子だ。



″ただいま″と言っていた事から察しは付くだろう。

そう、夕子もこのマンションで暮らしいてる。

しかも部屋は私達の逆隣。

つまり今居る三家族が横並びに暮らしている事になる。



実家からそう遠くない夕子がここで一人暮らし始めた理由は″大学に近いから″だそうだ。

卒業祝い+入学祝いで叔父さんが所有しているこのマンションの一室を貰った所、それが偶々私達の部屋と隣合わせだったと言う。


卒業式の日、二人してあんなにお互いの距離が出来ることに泣いていたのに、、。

結局はあの高校時代以上に身近な存在となった。

偶然って本当に凄いと思う。


私が感慨に耽って居るとはじめさんと夕子がまたこそこそ口喧嘩をし出す。




「(毎日毎日。。。

俺たちの時間を邪魔するな。諦めたんじゃ無かったのか?

そもそも姉さんまで巻き込んで同じマンションにするとか、、、謀かるなよ!)」




「(私は邪魔じゃない。ゆづ葉がどーしても来てって言うから来てるの。

あと謀って無いし。

結城が『ママが悩んでる』って相談して来たから親切な私がここを紹介しただけ。寧ろ感謝して欲しいくらいだし。)」




「(相談ってか結城が悩んでるの分かっててあえて聞いただろ!

だって元々お前は区画整理の話知っていたたずだもんな。施工者の一覧で校長の名前あったの知っているからな!!)」




「(ふっ、どうであれ私を頼るほかない癖に、、、本当に山田は生意気。ーーーゆづ葉は譲らない。)」




なんか二人共目から火花が出ていそう。

まぁ喧嘩をする程仲が良いと言うが、、、流石にこう続くと嫉妬心が燻る。

二人に近付きつい拗ねた口調で話してしまう。



「さっきから二人でこそこそ何してるの?

ーーー二人共、、、うっ!」




話しの途中でお腹に違和感が、、、これはもしかして、、





「生まれるかも?」




すると一瞬の静寂の後



「「「「えー!!!!?」」」」



と大合唱が響き渡り、バタバタ騒がしくなる。




「お姉様、はいっ水!水飲んで落ち着きましょう!

きゃっ?!、こぼしちゃった!」




「病院だ!」




「くっ、車の準備っ!」




「入院セットどこなのっ?!」




「いや、まず電話だ!117!」




「177!!!」




「馬鹿ぁっ!!!119でしょ!

ってじゃないっ!!違う、救急車じゃ無い!

産婦人科に電話っ!!」



パンっ



「あっ、破水したかも。」




「「「「急げーーー!!!」」」」




こう言う場合、意外にも当人は冷静な物だ。


皆んなが動いてくれて居ることに感謝しつつ、改めて幸せを噛み締める。



はじめさんが居て夕子が居て咲さん、結城ちゃんが居る。




ただそれだけで幸せなんだ。

なら子供が産まれたら、、、もっともっと、それこそ幸せに上限が無いだろう。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ンギャッ!ンギャッ!オギャー!




「おめでとうございます。

元気な男の子ですよ。」




小さなおくるみに包まれた赤ちゃんを二人でそっと抱きしめる。




また新たな幸せを手にし涙が溢れる。




いつも楽しいばかりでは無い。



悲しい時もあるだろう。



苦しい時もあるだろう。




だがこの幸せの一瞬一瞬を胸に刻み、忘れずに過ごして行けばきっと笑顔は絶えることは無い。





「名前はもう、決めて居るの。

この子はねーーーーー」







終。

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