第7話



体調不良事件からまた一ヶ月が過ぎた。未だに名前呼びはしてくれないが徐々に心を開いてきてくれている。

眉間の皺を深くしながらも二人で可愛いもの談義をしていた。その都度溢れ出る先生の可愛さに悶え、ついそれを口にすると鬼の形相で



「揶揄うな!」



と言っていた。もちろん耳は真っ赤である。



そうこれを例えるなら警戒心が強い猫が少し撫でさせてくれ、けれど抱っこしようとするとパッと身を引きシャーっとする感じである。



その行動が更に萌えを提供している事に本人は気づいていないのだろう。

あぁ何度抱きしめたい衝動を我慢したことか。はじめ先生は私を萌えさせる天才だ。



そんな日々を過ごしていた中、それは起こった。



その日私は校内の食堂でいつも通り夕子と昼食を取っていた。その後夕子が学年主任に呼ばれてるとの事でそこで別れた。

次の授業まで暇な為、私は中庭を散歩することにした。すると校舎端ではじめ先生の姿を見かけた。

この時間にいるのは珍しい。花の世話をしている先生に構ってもらおうと私も花壇に向かうとそこにははじめ先生ともう一人華奢な女生徒が居たのだった。



花壇ではじめ先生が誰かと居るのは初めて見た。

その女生徒と会話をする先生は親しげにしかも滅多に見られない優しい表情を浮かべていた。

会話の最中、ふと何かに気づいたその子は先生の顔に触れ悪戯っぽい笑顔を向け、それを受け先生は恥ずかしそうな笑顔をしていた。



声すら掛けられずその光景を私は呆然と見ていた。


すると先生が私に気づいた。そして眉間に皺を寄せるいつもの先生の顔になり、ぶっきらぼうに私の名前を呼んだ。


だが私は何も言えない。

言葉が出てこない。

心臓が締め付けられる様に痛い。

息が苦しい。

今自分がどんな顔をしているか見られたくない。

パニックになりきびすを返し逃げるようにこの場を後にしたのだった。



自分の席に座り、さっき見た光景を思い起こし状況を整理しようとしたが考えがまとまらなかった。



なぜあの場に二人でいたか。

なぜ親しげだったのか。

なぜ優しい表情をしてたのか。



どうしてあの表情を向けられるのが自分じゃ無いのか。

どうして私は逃げたのか。

どうしてこんなにも胸が痛いのか。



なぜ、どうしてを繰り返せば繰り返す程何が何だか分からなくなった。



ただ今ははじめ先生に会うのが怖いと言う自分がいることだけは分かった。




その日から私は花壇に通うことが無くなった。いや、できなくなった。



朝のホームルームも先生の授業も帰りのホームルームもはじめ先生の顔を見ることが出来ず俯いていた。



時折、はじめ先生が私に声を掛けようとしていたが気づかないフリをしすぐ踵を返し距離をとった。



あれだけ先生を見たくて話したくて、、、抱きしめたいと思って居たのに今は見るだけで苦しくなってしまう。



そしてそれからなぜか可愛いモノを眺めてもときめかなくなっていた。

本当に私はどうしてしまったのだろう。



ふと先生と一緒に居た女生徒を思い出す。

確かあれは、、、一年生の、結城さんだった。


下駄箱が向かい側で登下校の時間がよく一緒になるため軽く会釈する程度には顔見知りだ。


俯きながらもペコッと会釈する姿にいつも勝手に癒されていた。


小柄で朗らかな表情。

黒髪が映える美少女。

私とは似ても似つかない可愛い女の子。



そんな可愛い結城さんと可愛いはじめ先生との組み合わせ。

”可愛い!!癒しのコラボ!”と感動することはあれど”嫌だ”と思うなんて自分でも信じられなかった。



なぜそんな風に思ってしまうのか、なんとか答えを出そうと毎日考えていた。昼夜問わず考えたが答えが見つからないまま日々が過ぎていった。

今日はなんかクラクラするなと手元の本を見ていると



「全然ページ進んで無いじゃ~ん。

どうしたの~?最近のあんた挙動不審だし~、心ここにあらずって感じで~つまんないんだけど~。」




と夕子が話掛けてきた。


ついビクッと肩が跳ねたがなんとか冷静に返事が出来た。



「あぁ、夕子!今日も可愛いね。

うん?全然普通だけどね。ちょっと考え事してただけだよ。でも心配してくれる夕子は優しいね。」



いつものように夕子の頬に手を添えるとバッとその手を掴まれた。



「全然普通じゃない。手が震えてるし、、目が泣いてる。」



夕子は私の手を強く握りながら真剣な目でそう呟いたあと私の手ごと腕を上げて



「は~い、本郷ゆづ葉体調不良の為早退しま~す。私送るので早退しま~す。山先に必ず伝えてね~、後これ、、、絶対山先に渡せ。よろしく~。」



と大きな声で宣言した後近くの男子に小さな封筒を渡した。



その瞬間教室はしーんと静まりかえりクラスメイトの視線は私と夕子に注がれたが、夕子は気にすること無く私を引きずる様にして教室を後にするのであった。

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