第6話




あれから1ヶ月弱。

花壇通いは皆勤賞だった私だが今日は花壇へは行かなかった。

はじめ先生と喧嘩をしたとか居ずらい状況を作ったとかではなく、ただ私の体調面での判断だ。


季節は6月。

季節の変わり目で体調を崩したようだ。とりあえず授業が始まるまで少しでも体調を回復させようと大人しく自分の席で過ごす事にした。



本日は金曜日。今日を乗り切れば休みが待っているのでなんとかなるだろう。

そう思いながら朝のホームルームを過ごしていると強烈な視線を感じた。


そうご存知はじめ先生である。

出席の点呼を取りながら名簿帳越しに突き刺さる視線。自意識過剰でなければ視線の先は私だ。

《名簿見ないでも点呼取れるんですね》と関係ない事を考えながらニッコリ笑って手を振っておいた。


私の席は末席の窓際なので私の行動は誰にも気付かれていない。


すると眉間の皺が濃くなり眼光が更に鋭くなった。はじめ先生を中心に教室の温度が2℃程下がった(気のせいだと思いたい)。

心なしかクラスメイトは寒さに震えている。


なんだろう、いつもの先生と様子が違う気がする。眼光鋭く生徒の体調をチェックしているのはいつも通りなのに若干怒っているような空気を纏っている。



疑問に思いつつも無事(?)ホームルームが終わりその後の授業も何事もなく順調に過ぎて行った。

ほぼ席から立たずやり過ごしてきたお陰で朝より体調がましになってきた気がする。



昼休みになりいつもなら夕子と学食へ行くのだがまともに食べられる気がしなかったので夕子に用事があると誤魔化しいつもの花壇へ向かう。


この時間はじめ先生は社会科準備室に篭っているので鉢合わせすることもないだろう。


案の定普段から人通りも少ない花壇には誰も居ず、安心してベンチに座った。

だらし無く崩れて座っていると睡魔が襲ってきた。そのまま目を瞑る。

今日は暖かい陽気だったが花壇は日陰のため肌寒い。上着を持ってくれば良かったと思いながらうつらうつらしていると、バサっと身体に何か被せられた。

びっくりして目を開けるとなんと目の前にははじめ先生がいた。


険しい顔で私の顔を覗き込み大きい手が迫ってくる。

何をされるか分からず反射的に目をギュッと瞑った。

するとおでこに冷たい感触がした。目を開けるとはじめ先生の大きな手がおでこを覆っていた。


その行動に驚いたが先生の手が冷たくて気持ちよかった。なのでつい先生の手をつかみ自分の頬に寄せた。



「先生の手冷たくて気持ちいい。はあ、落ち着く~。」



と頬で手をすりすりした。

すると先生がばっと手を離してきた。

先生は怒ったような顔をしているが、突然手を離されて私の方が怒っている。

だから不満顔を全面に出していると



「なっ、何やってんだ!俺の手は冷たくない。本郷が熱いんだ。ったくやっぱり無理してやがったな。

ほら保健室行くぞ。」



とぶっきらぼうに言ってベンチの前に背を向けしゃがんでいた。

はじめ先生が何がしたいのか分からず首を捻っていると



「乗れ。」



と先生は前を見たまま言った。



なるほどおぶされと言うことか。だからその体勢なのかと納得したが流石に子供じゃ無いんだからと断った。

まあそれは方便であり本当の理由は別にある。

先生は周りの目を気にする人だから。おんぶなんて目立つことをしてこれをきっかけにまた『話しかけるな』と距離を置こうとされるなんて絶対に嫌。そう思ったので断ったのだ。



「病人が強がるな。ほらっ。」



と先生は全く折れなかった。人の気も知らないで。と少し頭に来ながらも何とか先生に引いて貰えそうな台詞を言ってみる。



「私も夢見る女子なのでどうせならお姫様抱っこのがいいなー。ふふっ、なーんてね、冗談が言える位は元気なんですから普通に自分で歩いて行「分かった。」」




私が言葉を言い切る前にフワッと浮遊感と共に本当にお姫様抱っこをされてしまった。

《えっ??なんで?》と呆然としてる間にも先生は私を抱えズンズン進んでいく。

あっという間に校舎横までたどり着くとみんな私たちを見て騒然としていた。

私は慌ててストップを掛ける。




「ちょっ、待って下さい!!私重いですし、それに周りに見られちゃってる、、、先生注目浴びるの嫌、でしょう?

この後また話し掛けるなって、、、絶対言う。そんなの、、いやー」



前のようにまた先生が突き放そうとするんじゃないか不安な気持ちが強くなり目元が熱くなって視界がぼやけてきた。熱のせいなのか感情のコントロールが効かない。

いつもならもっと上手く話せるはずなのに。

情けなくて先生の胸に額を押し付け顔を隠した。

すると歩みを止めた先生は




「ふんっ、お前は軽すぎる。もっとしっかり食べろ。そんなんだとすぐ体調崩すぞ。

あと俺の事は気にするな。病人のが優先に決まってるだろうが。、、、朝、来ねーし、教室で顔見りゃ真っ青な癖に無理して手なんてふりやがって。

、、、話し掛けるななんて絶対言わねーから、だから辛い時は俺を頼れよ。」



と言った。

パッと先生の胸から顔を離して見上げると前を向き真剣な顔の先生。



私は思わずコクリと頷いた。するとまた先生は歩き出した。



私は言われた言葉を反芻する。

《『頼れ』だって。それに『話し掛けるなって絶対言わない』って。嬉しい!》



私は先生を愛でる為にいつも迷惑ばかりかけている自覚はあった。

それでも先生にまとわりついて居たのは多分無意識に甘えて居たんだと思う。



私は誰かに頼られることが好きで率先していろんな事を受けていた。

その反面頼る事は苦手で誰かの荷物になりたく無いと、全て自分で解決するようにしていたのだ。


だがそこに来て先生との出会いで変化が起こった。

誰かの重荷になりたく無いと思っているのに先生ならもしかしたらそんな私を許してくれるのでは、と。

でもそう考えようとすると途端にブレーキが掛かった。そんな思い込みで勝手に甘えちゃダメだと。

そう思ったからこそ弱っている今日は会わない様にしていた。失態を犯さないように、我が儘を言って嫌われないように。


そうして出た結果は散々なものだった。

無茶苦茶な事を言って困らせた。挙げ句の果てに勝手に泣いてすがっていた。。

でもそんな私に先生は『頼れ』って言ってくれた。

社交辞令かもしれない。でも先生はいくら凶悪な顔をしてても、いくら言葉足らずでも偽れない人だ。

そんな人から『頼れ』と言われれば嬉しくて。さっきまで不安だった気持ちがスッと無くなりなんだか暖かくなって来た。



そんなポワポワした状態の私は熱に浮かされ心の声がぽろっとでる。




「ふふっ本当はお姫様抱っこ恥ずかしい。おんぶを断る口実だったのに。


でもはじめさんにしてもらって、、、(お姫様抱っこ)恥ずかしいけど大好きになりそう。またして欲しいなぁ。、、、でも他の人にしたら嫌。私だけ特別がいい。」



そう小さく独り言を呟いた。

すると先生の歩みが止まった。どうしたんだろうと顔を上げると顔が真っ赤な先生。



「えっ?!先生真っ赤ですよ!もしかして風邪移っちゃいました?!

大変!先生も保健室で休まないと!」



と焦って声を掛けると



「風邪より厄介かもしれん。」



と先生は言っていた。





余談。



やはりはじめ先生は熱があったらしく保健室のベットにて療養。

私は保健医の先生に家まで送ってもらった。


翌週、はじめ先生のお姫様抱っこ事件は先生が誘拐犯ではっ!と話題になっていたが私が熱で倒れた所を保健室へ運んでくれたと説明すると



「我らがゆづ葉様女神山先オークも陥落す!


女神を助けたオークヒーローを崇めよう!!」



と訳がわからない話が盛り上がり有耶無耶(?)になっていた。



「最近、RPGでも流行ってるのかな?」



と夕子に聞けば




「ふっ、、。教えない。心配かけた罰。」



と鼻で笑われた。



せぬ。

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