第6話

 私を散々いじめた挙句、すがるように手に入れたものまで奪っていく。


 なんて恐ろしいのだろう。沙織たちは、純然たる悪意を持って、とことん私を追い詰めてくる。きっと彼女たちは、それを悪意だと自覚もしていないのかも知れない。


 人の気持ちって、こんなに恐ろしいものだったっけ。


 しかし私は、徐々に恐怖心から怒りに変わっていくのを自覚している。


 沙織は、環奈以上に生きてはいけない人間だ。むしろ環奈は私の勘違いで殺してしまった。それでも、悪いとは思わないけど。


 でも沙織は、正真正銘、英二の仇である。


 こんなやつ、生きていてはいけない。私は多分、社会の役に立つ人間にはなれないけど。でも足を引っ張ることだってきっとない。でもこの女は、すでに二人の人間の足を引っ張っている。


 沙織の被害者が増える前に、殺すべきだ。


 私は心の中で言い訳を続ける。そうしなきゃ、やってられないから。


 跪いていた私は、ゆっくりと立ち上がる。沙織はそれを見て、一歩後ろに引いた。


 どうやって殺そう。今思えば、環奈の時は突き落とすだけで簡単だった。


 何か刺せるものはないだろうか。しかし、それらしき物も見当たらない。


 ふいに、マイクスタンドが目に入った。スタンドの先には当然、マイクがある。そのマイクの後端にはコードが接続されていて、ステージ袖の方に伸びていた。


 私はマイクをスタンドから外して手に取った。


 ああ、良いじゃん。


 そうだよ、これは断罪だ。日本の制度では、罪深い人間を絞首刑に処すのだ。


 こいつにぴったりの、殺害方法じゃないか。


「何? 急にマイクなんて取って。歌う気になったの?」


 そう言って沙織は、けらけらと笑う。


 あの日歌ったのは、星の光が綺麗だったから。


 今はもう、光なんて見えない。あんたが全て奪ったんだ。




「だから、公開処刑だ」




 そう言ってすぐに、私は沙織に近づいた。沙織が何事かと狼狽えている間に、私はマイクのコードを彼女の首に巻き付ける。


「ちょっ……!?」


 沙織が察したようで抵抗を試みる。しかし既にコードが首に巻き付いた後で、私が力を込める度に首が締まっていく。


 巻き付いたコードを解こうと、沙織は首に食い込んだコードに爪を挟もうとする。しかし強く食い込んでいるため、首に傷がついていくばかりだ。


「がっ……!」


 首絞めの嗚咽が、マイクに乗って館内に響く。あちこちから悲鳴が響く。


「あはは! みんな見て! 悪い奴って、こうやって殺すんだよ!」


 私は笑いながらみんなに言った。そうしている間に、沙織の抵抗が弱まっているのを感じた。息をせずに力んでいるものだから、顔が赤紫色に変色してきている。もう少しで、彼女は息絶えるのだろう。


「ほら、見てみんな! 変な顔! 悪い奴の、変な顔だよー!」


 楽しい。最高に楽しい。そうだ、環奈を殺した時も、そんな気分だった。


 悪い奴が死ぬって、こんなに良いことなのだ。

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