第7話 彼らはそれと旅をした (3)
ウィルは知らない森の中を歩いていた。彼が食料の調達のために行く領域からは、すでに村からの距離で倍ほど離れている。怯えながらも歩みを止めることはない。
知らない花、知らない川、知らない果物、それらを見つける度に彼は眼を輝かせてよく観察した。彼は青年から貰った紙とペンで、それらを記録してみた。夜の暗い森には怯えたが、青年が持っていたテントという家に入ると、恐怖もすっかり忘れて1日の感動を語っていた。興奮した様子で話していた彼だったが、歩き疲れたのか少しすると眠りに落ちた。
ウィルがふと目を覚ますと、まだ外は暗く、青年が持っていた道具で起こした火の光が家を照らしていた。彼が家から顔を出すと、青年は木の根に座って空を見ていた。
「寝ないの?」
彼が声をかけると、目が覚めたから見てたんだと空を指差した。暗い木々の向こうで、無数の様々な色の光が輝いていた。
「暗い中外に出たことなんてなかったから知らなかったよ。なんて綺麗なんだろう。何があんなに光ってるんだろう。」
無数の光が映る彼の目は、より一層輝いている。
「俺たちはあれを星と呼んでる。昼間に光っている太陽みたいなものだよ。太陽はわかる?昼間明るいのは太陽のおかげなんだけど。」
青年が説明すると、君はなんでも知っているなぁとウィルは感心してため息をついた。
「とても感謝しているんだ。君にも、彼女にも。君たちがいなければ、僕はこんなにもたくさんのことを知らなかったし、このドキドキした気持ちも知らなかった。」
本来であれば彼は他の人達と同じように、彼のするべき使命があったはずで、それを邪魔しているのではないか。そのことを旅に誘った時から青年は悩んでいた。よその世界のルールに干渉してはいけないと言っていたのに、これは明らかな干渉だ。それでも嬉しそうに語る彼の顔を見ると、間違いではなかったかもしれないと自分に言い聞かせることができた。
10日ほど歩いた頃、ウィルの体力は目に見えて衰えていた。それでも、見た物を記録することはやめなかった。初めはお世辞にも上手とは言えなかった絵も、この頃には見たものそのままをかけるほどの腕前になっていた。何より彼は絵を描くことを気に入ったようで、もっと早く知っていればと惜しんでいた。
彼の寿命がもうわずかしかないことは、口にはしないものの三人は悟っていた。ある日、夕日を見ながらそれを描いているとき、彼の手からペンがこぼれ落ちた。少女が拾って渡すがもう握る力も無いようで、ゆっくり首を横に振った。
「世界はこんなにも美しい。それを知れて僕は満足だ。」
日が地平線に消え、空に虹色のグラデーションがかかるのを、彼は惜しむようにずっと見つめていた。
「うちに帰るかい?」
その夜、並んで仰向けに寝て星を見上げている時、青年がウィルに尋ねた。少し間をあけて彼はうんと答えた。
青年がウィルを背負い、二人は急ぎ足で彼の故郷に向かった。丸一日歩き続けると、彼らはうちに辿り着いた。ほとんどの子供達が知らない顔ぶれになっており、二人を見た子供達は彼らの姿に驚き遠巻きに見ていた。ウィルはもはや呼吸も弱く、すでに歩くこともできなくなっていた。彼の寝床に寝かせてやると、近くの窓の外に見える大きな木を見て、彼は安心したように深呼吸した。そして、ありがとう、と小さく礼を言った後、目を瞑り眠りについた。ベッドの傍らでは少女がウィルの手を握りながら静かに泣いていた。青年はウィルの記録の絵をベッドの近くの壁に貼ることにした。
別れを言ってウィルの眠る部屋を二人が出ると、遠巻きに見ていた子供達がその部屋に入っていった。部屋を覗くと、子供達がウィルの体をペタペタと触っていた。彼らなりの弔いなのだろうか。
「準備できたよ。」
「大人に知らせないと。」
子供達が話している声が聞こえる。本当の別れを心の中で呟き、青年と少女は部屋を離れた。その時、背中越しに女の子の声が聞こえた。
「綺麗。これはなに?」
ウィルのように美しい世界に気づく者が現れるのだろうか。あの遠い場所を、あるいはさらに遠くの場所を目指して冒険に出るだろうか。
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