第3話 ルール

「ふぅ〜。疲れたね」

「生活はできるようになったし、今日はここまでにするか」


 生活する上で必要なテーブルだったり、布団だったり、そういったものは設置することができた。


 部屋決めも先ほど行った。当然といえば当然だが、部屋が二つあるので、俺たちは別々の部屋で夜を過ごすことになる。決して、残念な気持ちになんかなっていない。本当だからね?


「部屋以外にも色々ルール決めないとな」

「そうだね。私が寝てるときに襲われるかもしれないし」

「誰がおま──凪沙に欲情するか!」


 あぶねー。呼び方を急に変えるなんて結構難しい。何回かは『お前』って言って、凪沙に怒られそうな未来が容易に想像できた。


「私ってそんなに魅力ないかな……」


 俯いて、悲しそうな目をしてる。あれ、本気で落ち込んでる? 

 声にも覇気がない。今にも消え入りそうな声をしていた。

 

 い、言い過ぎたか?


「嘘だ嘘。そんな落ち込むなって」

 

 俺が慌てて言うと、凪沙の口元が緩んだ。


「へー! 嘘なんだ! つぅまぁりぃ! 陸人は私に欲情するってことでOK?」


 さっきまでの表情とは打って変わって、しめしめと言わんばかりの悪い顔をしている。

 こいつ演技上手すぎだろ。普通に騙されたわ。


「あぁ、するよ。一人の女として見てる」


 ムカついたので、仕返しとしてちょっと意地悪してみた。

 

「へっ!? ちょっ、やめてね!? ガチなの? そうなの? ねぇねぇ!?」


 想像以上に動揺してくれて、俺は嬉しい! 満足!


「バーカ。嘘に決まってんだろ。早くルール決めようぜ」

「むぅっ」


 怒ってる凪沙を尻目に汚れ一つない真っ白な冷蔵庫を開け、お茶を取り出す。

 二つ分のコップにお茶を注いだ。凪沙にテーブルの方へ来るよう手招きし、椅子に座った。


 不満げな顔をしながらもこっちへ来て、きちんと椅子に座ってくれた。


 一口お茶を飲み、喉を潤したところで、口を開く。


「まずお互いの部屋には基本入らない」

「賛成。陸人の場合、エロ本とか隠してるかもしれないもんね」

「あのなぁ、今の時代エロ本読んでるやつなんていないぞ」


 全てがスマホに集約される良き時代になった。べっ、別に、俺が見てると言ってるわけじゃないからね!


「そうなの? まぁ、いいや。あとは?」


 自分から話振っといて、『まぁ、いいや』はちょっと酷い。まあ、興味を持たれても困るところではあるけど。


「ご飯はどうする? 今夜もだけど」


 寝る場所は違えども、食べる場所は同じだ。昼は学校で食べるからいいけど、夕食をどうするか決める必要があった。

 同じ家に住んでいるのに、別々で食べるのも変な話だろう。


「私は料理とか好きだから作ろっか?」

「ほんとかっ!?」

「うん。陸人は全然できそうにないもんね」

「あぁ、何も作れん!」

「そんな自信満々に言わなくても……」


 生まれてこの方、ちゃんと料理をしたことがない。母さんの料理でずっと育ってきた。

 料理をした思い出が本当になく、学校であった調理実習くらいだ。


 凪沙が料理できることを知らなかったが、作ってくれるというのならそれに甘えよう。


「代わりと言ったらなんだが、掃除とかやるよ」

「うん。よろしくね。あとは何決めよ?」

「一番大事なこと決めるか」

「なにそれ?」


 凪沙は人差し指を白いほっぺたに当てて、小首を傾げ、訊いてきた。

 

 こいつわざとやってんのか……? あざとい。あざとすぎる。

 もしかしたら、俺のことを落とそうとしているのか? 本当は俺のことが好きで──ないな。一瞬よぎったが、ない。


 今日話すまで俺たちは3年近くまともに会話を交わしてこなかったのだ。こんな風に自然に会話できているのが不思議なくらいだ。

 

 ただ、いつの間にか背丈も少し伸びて、童顔なのにどこか大人っぽさを感じる不思議な容姿になっていた。大人っぽさを感じるのは、艶のある黒髪ロングのせいか、ただ俺の中の凪沙が中学生くらいで止まっていたからなのかはわからない。

 目の前にいるのはただの幼馴染。そう自己暗示をかけないと、可愛いと思ってしまいそうになる。あぶねぇ。凪沙にそんな感情を抱いた時点で同居生活は難しくなるし、俺が敗北感を味わうことになるから、なんとしても感じないように努めなければならない。


「……ただの幼馴染」

「へ? 幼馴染?」

「ん、悪い。こっちの話だ。オホンッ。えーっとだな、学校の奴らに絶対同居してることをバレてはいけない」


 凪沙は不思議そうな顔をしながらも、うんうん、と頷いた。


「冷静に考えて、高校生の男女が二人で住んでるなんて、変な噂が流れてもおかしくない」

「たとえば〜、どんなウ・ワ・サ?」

「どんなって、考えりゃわかるだろ」

「ワカンナイナー?」


 うぜぇ。絶対わかって訊いてるだろ、こいつ。


「自分で考えろよ」

「お姉さんに言ってごらん。ほらほら〜」

「いつからお姉さんになったんだよ。どちらかと言えば、いも──」

「ふんっ」


 顔面の前に拳がある。あと数センチずれてたらクリーンヒットしてるぞ、これ。

 目の前の凪沙さんは笑顔で、「なに?」とか言ってるし、サイコパスかよ。こえぇよ。

 

 きっと童顔であることを気にしてるんだろうな。


 凪沙は怒らせないようにしようと、心の底から誓った瞬間だった。


「わ、悪かった。あれだ。俺たちが付き合ってるとかって噂が流れたら、お前も困るだろ」

「あ、また言った」

「悪い。癖なんだよ」


 やはりそう簡単に矯正できるものではなさそうだ。


「まあ、たまには許してあげるよ。二人で住んでたら、そう思われても仕方ないかもね。陸人、見てくれだけは悪くないし」


 それはつまり容姿がいい凪沙とお似合いだと思われても仕方ないということだろうか? 自分の容姿がいいことを自覚している発言をさらっとするとか、すごい自信だな。感心する。


「見てくれだけってどういうことだよ」


 地味に容姿以外を全否定されていることに気づいた。


「だってクラスの子とか言ってるよ。隣のクラスの萩原くん、かっこいいよねぇって」

「ほんとかっ!? どこの誰ちゃんだ!?」

「いや、そんな食い気味で来られても困るんだけど……ちょっと引く」


 現在、彼女募集中であるため、取り乱してしまった。凪沙の顔がちょっとどころかガチで引いてるときのやつで、それを見ると理性が復活した。


「悪い悪い。で、誰だよ」

「まあまあ、待ってよ。この話には続きがあって、顔はいいけど、喋ると残念だよねーって言われてたよ」

「なっ」


 嘘だろ……?


「俺のどこが残念なんだよ……」

「うーん。子どもっぽいとこ。あと、男らしくなくて、なよなよしてるとことか。あとあと女々しかったり。それとそれと──」

「もういいもういい! 俺のライフはもうゼロだから。マイナス突入しそうだから!」


 俺に関するマイナス評価、女々しいの一言で言い表せない? どうしてそんなに言葉を変えて、俺をいじめるの? 泣くぞ?


「容姿だけは褒められてたんだし、元気だしな」


 凪沙は今までにないくらい優しい顔で、俺の肩をぽんぽんと叩いた。


 容姿じゃ挽回できないくらい俺に悪いところがあることを知り、元気でいられると思うか? いや、思わない。


 今日は泣こう。あぁ、自分の部屋があって良かった。


「どこ行くのー」

「そっとしといてくれ。すぐ戻る」


 気持ちを切り替えるためにも顔でも洗ってこよう。まだ決めなきゃいけないことがあるから、それまでは頑張るんだ。俺。

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