2 進展

 それから五年後。

 彼女のもとにこの土地の領主がやってきた。

 領主は髭を生やした小太りの男性で、十人以上の兵士と馬車を連れていた。

 彼女は驚きで固まっていた。無理もない。今まで複数の人が彼女を尋ねるどころか、留まることなんてなかったからだ。

「シリル・アン・フリーガ」

 領主に名前を呼ばれた彼女――シリルは何度も頷く。

 領主は筒状の紙を取り出し、広げると言った。

「命令だ。本日付で都に出向せよ。詳細は追って知らせる」

「都?」

「馬車に乗り、王城に向かえ」

 シリルは泣き崩れる。この土地を離れ、誰かが迎えに来るという、待ちに待った日がやってきたからだ。

 シリルは泣きながら馬車に乗り、この土地を去る。

 その後、領主は小屋を見上げて言った。

「ということは、もうこの小屋は必要ないな。壊せ」

 兵士達が小屋を壊しにかかる。そして領主はあたりを見渡し、小高い丘にある大木に目を付けた。

「あの大木も必要ない。切って薪にしろ」


           *


 大木はずっとシリルを見ていた。

 毎日同じ絵を書き、木に話しかけるシリルが愛おしかった。

 春の日は花を散らした。彼女は嬉しいと言った。

 夏の日は強い日差しから守った。彼女は心地よいと言ってくれた。

 秋の日は美しい葉を地面に敷いた。彼女は地面が柔らかくて良いと言った。

 冬の日は春への希望を与えた。彼女は次の年が良いものになりますように、と願った。

 大木は春夏秋冬に見せるシリルの笑顔が大好きだった。同時に、彼女が笑顔でいられるよう、守りたいと強く思った。

 だが、シリルはこの地を離れた。

 そして今、大木は切られようとしている。

 もう雨から、風から、彼女を守ることができなくなる。


 ああ、嫌だ


 大木は涙を流した。

 俗にいう樹液なのだが、幹から漏れたそれは紛れもなく涙だった。

 


 大木は切られ、切り株になった。

 夜になり、月が真上に差し掛かった時、切り株の傍で変化が起きた。

 草についた大木の涙が変形し、次第に人の形になっていく。

 赤色の液体は次第に様々な色を帯びる。

 どこからどう見ても人にしか見えない容姿になった時、それは開眼した。

 生まれたばかりで、誰かから教えてもらっていないのに、自分が何をすべきか分かった。


 まずは王城に向かわなければ。


 そう思って立ち上がった。


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