第53話ベンチ
理久とクロは、理久の世界、すっかり夜になった東京の、理久とクロの世界を繋ぐ扉のある公園の中の木の前に戻ってきた。
二人の回りを、キラキラ輝く、異世界転移の魔法の粒子がまだ舞っている。
そして理久とクロは、まだ抱き合ったまま、唇同士を重ねていた。
そこに突然、クロが背後に何かの気配を感じ、ハッとして理久から唇を離した。
「どうしたの?クロ」
理久が怪訝そうに尋ねた。
「いや……何でも無い」
クロは、理久の背中に腕を回したままニコリとしたが、内心穏やかでは無かった。
確かに何かがいて、すぐ気配が消えた気がしたのだ。
まさかクロの世界の何かが偶然クロ達に付いて理久の世界に来ていたとしたら、とんでもない事だった。
それでもクロは、理久を心配させたく無かった。
そこに、理久がクロを見詰めてシュンとして呟いた。
「クロ……ごめん。やっぱり俺に付いて来なくちゃいけなくなって」
クロは、クロを見上げる理久の左頬に、クロの右手の平を添えた。
「大丈夫だ、理久。やはり俺が理久の両親にちゃんと会って理久との結婚を許してもらうべきだし…それに…」
「それに?…」
理久は、少し首を傾げた。
「それに……今離れたら、もう二度と理久と会えない気がした」
そう言い、クロは理久を強く抱き締めた。
理久は驚いた。
クロが、理久と全く同じ事を考えていたからだ。
そして、それが不思議だった。
「クロ…」
でも理久はそれ以上何も言わず、クロの逞しい体を抱き締め返した。
クロは、尻尾と頭の犬耳を隠し人間に扮した。
理久の方は、たった1日理久の世界を離れてただけだ。
しかし、まるで何十年ぶりに帰ってきた感覚だ。
公園内は、所々に電灯があるだけでかなり暗い。
その中を、理久とクロは手を繋ぎ理久の家へ急ぐ。
だが理久は、隣にいるクロが握ってくる手の確かな温もりを感じているのに、何故か犬のクロをこの公園で何日も何日も探し回り泣いた事を思い出した。
すると、理久の両目から、又涙がながれ出した。
驚いたのは、クロだった。
「どうした?!理久!」
「うん……ちょっと…」
「理久、少しあそこに座ろう」
クロがそう言い指さしたのは、理久とクロが初めてキスしたベンチだった。
クロは、理久を先導しベンチに連れて行くと理久だけを座らせ、クロは理久のすぐ目の前で膝を折りしゃがみこんだ。
ベンチ横の電灯の明かりが、理久と見詰め合うクロの青い瞳を輝かせる。
そして、クロは、理久の膝の理久の両手をクロの両手で握った。
「何度もごめん、クロ……でも、いつもの俺は、こんな泣き虫な男じゃないよ」
理久はまだ泣きながら、訴えるようにクロに言った。
クロは、ニコっと優しく微笑んだ。
「それは分かってる。俺は以前この世界にいた時はほとんど犬だったけど、ずっと理久を見てきた。理久だけを見てきたから」
クロは、相変わらず優しくて、愛情表現が理久が照れまくるレベルだ。
実際、理久は顔を紅潮させたが、まだ涙は止まらない。
「この公園で、凄くクロを探し回ってた事思い出したら、俺、なんか泣けてきた…」
「理久…もう大丈夫だ。俺は理久の側にいるし、これからもずっと側にいる」
クロは、理久の手を握る手に、ぎゅっと力をこめた。
そして不意に、理久の唇にクロの唇を重ねた。
昨日、理久がクロと再会して初めてキスしたシーンが、細かな違いはあれ再現されたかのようだった。
やがて、そっと優しいキスで唇同士は離れた。
クロは、理久が獣人を本当は恐れてるいるのでは?と言う疑念が拭い切れず、理久を怖がらさないよう、守るよう、壊れ物に触れるようなキスをしていた。
「クロ…」
そんな事をクロが考えていると知らない理久は、もう一度キスが欲しくてその名を呼んでみた。
しかし…
距離のある暗闇の向こうから、人がこちらに来る足音がして、クロは立ちあがりそちらの方を見た。
クロは、耳が良い。
そしてクロは、この足音に聞き覚えがあった。
「クロ?…」
理久は座ったまま、不思議そうにクロの顔を見た。
やがて、こちらに来た人物の顔が電灯の光で明らかになる。
そしてそのイケメンは、理久に向い声をかけた。
「よう!理久!やっぱここか。用事でお前んち行ったら、おじさん達、旅行から帰ったらお前がいないって心配してたぞ。多分まだクロを探してこの公園だろうから、探しに来てやったぞ」
イケメンは、理久と同い年のいとこの翼だった。
そして翼は、理久の横にいる、人間に扮したクロを今やっと見た。
そして更に翼は、クロを下から上へ品定めするように見たら、何を思ったのかニッと笑って言った。
「あなた誰ですか?でも……なーんか、雰囲気が犬のクロみたいなんだけど…」
理久は、以前から翼が犬のクロが欲しいと理久に譲って欲しいと言っていた事や、必要以上にやたらと犬のクロを撫でたり触ったりした事を思い出し、顔を硬直させた。
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