第52話侵入

理久とクロは途中、別室で食事休憩していたアビとレメロンを迎えに行き、4人で魔法陣の部屋に入った。


部屋は長く封印されていただけの事もあり、やはり入る度にカビ臭い独特の匂いが鼻をかすめる。


アビは、普段の雰囲気が嘘のように、締め切った部屋の中を端々まで警戒してピリピリしているのが理久にも分かった。


その理久の視線を感じ、アビがハッとして、少しだが雰囲気を軟化させ言った。


「すいません。これからこの城にお住まいになる理久さんを無駄に怖がらせるつもりは無いのですが…この城は国の上級魔術師により高度な結界が張られてますから、何か良からぬモノが入る事は可能性としては低いのですが…可能性は…ゼロではありません。しかし、もし入ってきたならこれはかなりの魔術の持ち主の力によるものですので、その者にこの魔法陣を知られるのは非常に危険です」


その言葉に、理久も気を引き締めた。


そして、いよいよ自分の世界に一人で帰る気合を自分に入れてクロに聞いた。


無理やり笑顔を作って。


「クロ。俺、あの魔法陣の中に立てばいい?」


「ああ…」


理久を見詰めるクロも、一度微笑んだ。


しかし、理久には分かっていた。


クロも、理久を安心させようと無理をして笑った事が。


クロの笑い方の雰囲気もだが、クロの頭の黒い犬耳もぺたんとなっていて、尻尾もしおしおにしおれているのを見たら一目瞭然だ。


そしてその笑顔を見て理久は、返って不安な予感を感じた。


以前から何度も何度も感じているモノと全く同じだ。


どうしてこう、今離れたら二度とクロに会えないような不安をこんなに感じるのだろう?…


と、理久は酷く動揺した。


そして、自分に言い聞かせる。


(大丈夫。ほんの少し、離れるだけ。もう俺はクロをあんなに探し回って泣かなくてもいいし。もう俺は二度と一人になる事は無い)


だがそうしていると、再びクロは理久を抱き締めた。


いつもなら焦る照れ屋日本男子の理久だったが、この時はアビ達が見ていてもクロを抱き返し、泣きそうになるのを堪え囁いた。


「待ってて、クロ。俺、すぐここに帰ってくるから」


「理久…理久…理久…」


クロは呟き、更にギュっと理久を抱き締めた。


やがて、名残り惜しそうに、離れ難そうに理久とクロは体を離した。


理久は、木床に描かれた消えかけの魔法陣の中に立った。


ゆっくりクロが、魔法陣の横に描かれた王族以外を異世界に転移させる古代文字を詠唱した。


途端に、明るい光が理久に差し、

その粒子が理久の周囲に降りしきり…


理久から見て、どんどん見詰め合うクロの姿が霞んでいく。


本当に、ほんの少しとは言え、理久とクロは別れ別れになってしまう。


(クロ…クロ…クロ!)


理久は、やはり嫌な予感に心の中で思わずその名を呼んだ。


苦しい程の感情が、理久の胸の中で荒れ狂う。


すると…


「理久っ!!!」


クロが突然叫んだと同時に魔法陣に走り出し、その中に入り理久を抱き締めた。


「クロっ!」


この世界に残る予定だったクロのこの行動に理久は驚くが、理久もクロを抱き締めた。


理久も、どうしてももうクロを離せなかった。


クロは、自分も理久の世界に転移する呪文を唱えた。


「陛下!」


レメロンもクロを止めようと魔法陣に走ろうとしたが、アビがそれを止めた。


「レメロンさん。それは野暮ですよ」


「しかし!」


「大丈夫ですよ。陛下は必ず、必ず、明日の約束の時間までに理久さんと一緒にこの世界に戻られますから」


アビはそう言い、レメロンにニコりとしてみせた。


そして、王も使うとなれば魔法陣が消える速度も早くなると、一刻も早く魔法陣を直さなければと意気込みを新たにした。


クロと理久は強く抱き合いキスをしながら、静かに一緒に金の光の粒子の舞う魔法陣の中に消えようとしていた。


アビはレメロンとともにそれを黙って見送る。


そしてアビは、これで良かったのだと、静かに心の中で思いかけた。


だが…その時…


だが…すぐに事態は急変した。


その時突然、アビは何かの気配を背後に感じた。


明らかなのは、それが魔術の気配という事だけだが…


気付いた時には、すでにその気配を纏った何かは目にも止まらぬ速さでアビの顔の横を飛び去り、理久とクロのいる魔法陣の光の中に飛び込み…


やがて理久とクロと共に消え、異世界へ転移してしまった。


レメロンは、一切何も気付いていないようだった。


しかしアビは、この世界の魔術のかかった何かが異世界に行ってしまった事の余りの重大性に…


その何かが、直前までアビに気配を悟らせなかった程の強い魔術を持っているだろう重要性に…


そして、理久とクロの危機かも知れない事に唖然として体が固まり、すぐに声を発する事が出来なかった。
































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