第45話エーヴィゲ、リーベ

婚約式と言う、聞き慣れないワードに理久が小首を傾げていると、クロが、理久を左腕に抱いたまま告げた。


「俺の国の神の前で、婚約指輪を交換するんだ。エーヴィゲ、リーベの宝石で婚約指輪と結婚指輪を造りたいが、今は魔法陣が先だ。行く予定だったこの近くの宝石店は今日は無理だな…」


クロが少し残念そうに言うと、アビが突然、跪いたまま上を向き、理久とクロの前に右手を出して開いた。


そこには、流石、元魔法使い…


一体どこから出したのか?


サランデの花とは又違う感じの赤い大きな、兎に角美しい宝石があった。


「エーヴィゲ、リーベでございます。理久さんと陛下が行く予定だったその宝石店は、多分、兄と私の共同経営です」


「えっ?!」


理久とクロが同時に驚き、声が重なる。


「これは、僕からの、理久さんと陛下への結婚祝いと言う事で、お二人に贈ります。まず魔法陣を見せてもらった後、指輪のデザインはお聞きする事にしましょう」


「でっ…でも…そんな高価そうなモノ…」


理久は、その石の大きさと、余りの美しい輝きに引き気味に尋ねた。


「そうですね…小さな町2つ位は買えますかね…」


アビは、事も無げににっこり笑った。


「えっ?!」


理久が更に引いたが、クロは冷静だった。


「アビ…今は…その気持ちだけ…受け取ろう。お前のこれからの働き次第で、受け取るか否かは決めたい」


クロはそうアビに静かに言うと、今度は、理久に顔を向け尋ねた。


「理久…今は、これでどうだ?」


クロは、いつも理久を尊重してくれる。


そして、クロが、まだアビを完全に信用するに至らないのは至極当然だろうと理久は思う。


「そうしよう」


理久は同意して頷くと、アビに謝る気持ちで言った。


「アビさん、ありがとう。今は、お気持ちだけいただくよ」


「そうですか…なら、良い働きをして、堂々とお二人に指輪を贈る事にいたしましょう」


アビは言うと、アビの手の平で、乗せていた宝石を包む。


すると…


アビのその手から、エーヴィゲ、リーベは消えていた。


日本人の理久がどんなに考えても、その魔法の原理と概念が分からず困惑していると…


「そろそろ…城へ帰るか。外でみんな待ってる」


クロが理久に、微笑んで言った。


「みんな…って?」


理久は、更にポカンとした顔をした。


「さっき理久を探して俺が理久を呼んでいた時、レメロンや護衛兵も異変に気付いて俺の近くに集まったが、俺だけアビの作った異空間に入って、レメロン達はこっちの世界で待機させていた。それに、ジュリの子守りを護衛兵に引き継いである。みんな、理久と俺がこの小屋から出てくるのを待ってる」


実は、クロは、偽の理久に強引に家から連れ出された時、合間に隙を見て、ジュリを見るように騎士に命じていた。


今になって理久は、レメロンや獣人騎士達が、クロや理久の側にちゃんといてくれた事を知り安堵した。


そしてやはりクロが、ジュリの事もちゃんとフォローしていた事には流石だと思った。


しかし、必然的にあの人物の事も思い出し、戸惑いながらクロに尋ねた。


「クロ…あの、俺の偽者はどうしたの?」


「…消えた。この世界とさっき理久がいた異空間が繋がっていた部分の亀裂を俺に教えてくれて、亀裂を崩して理久を助けに入れと言って…」


クロの言葉が以外で、理久は唖然とした。


あの…偽者が、本当の理久を助けてくれたのだ。


「あの…偽者の理久さんは、陛下に拒絶されれば消えるよう、そう僕が作りました…」


まだ床に跪いたまま、アビが申し訳なさそうに理久を見て言った。


「申し訳ありませんでした。僕は、この年になっても恋と言うものがよく分からなくて…理久さんと陛下の関係を安易に考え過ぎてました。魔法使いは引退しもう修行はしてませんが、…これから人としての修行は続けますので、理久さん…どうか許して下さい…」


アビはそう言うと、頭を下げた。


そんなアビを見て理久もクロも、これ以上偽者については何も言えなかったが…


理久は偽者に、愛を得られず泡と消えた人魚姫を思い出し気が重くなった。


「理久…大丈夫か?…」


クロが、理久の顔を覗き込んだ。


「あっ…うん…大丈夫」


理久は、元気な笑顔を造った。


「じゃっ!行くぞ!」


クロが足を進め、小屋の戸を開けようとした。


「ちょっ!クロ!下ろしてくれ!」


理久は、まだクロに片腕で抱っこされたままで慌てた。


だが…


「しっ…大人しく、俺の腕に抱かれてくれ…我が婚約者殿」


クロは、甘く理久の耳元で囁やき微笑むと、今度は理久を両腕でお姫様抱っこした。


クロが理久に何もかもが甘々で、理久がドキドキしていると…


クロは、バンっと音を立て扉を勢い良く開けた。


すると…


アビの家のこじんまりした庭一面に、レメロンを最前列に沢山の私服の護衛騎士が立ったまま整列し、本当にクロと理久を待っていた。


そして、その異様な雰囲気に、アビの近所に住む多くの獣人達も外に出て来て、アビの家を囲む冊の外からその様子を固唾を飲んで見ていた。


一瞬…


辺りが無音になった。


鳥の声も、風さえ止まった。


そこに、クロが堂々と、声高らかに宣言した。


「皆に知らせがある!私は婚姻する事に相成った。この、私の腕の中にいる理久が、私の婚約者となった!理久をもう一人の私だと思い、誠心誠意護り尽くすよう皆に申しつける!」


「御意!」


レメロンがそう大きな声で応えると、レメロンをはじめ沢山の騎士達が全員一斉に、左腕を胸に当ててその場に跪き頭を下げた。


そして、回りにいた、近所の住民達も同じ行動をとった。


その様子は、まさに圧巻だった。


理久は、目の前の光景に圧倒されて、ただそれを呆然と眺めてしまった。


再び静まりかえる中に、理久の体の…


ドク、ドク、ドク…と言う緊張の音だけが、理久に響く。


しかし…


もう、理久は、後戻りする気はないが…


本当に、後戻り出来ない…


大きな一歩を踏み出した。














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