Purple Ass(紫のケツ)

「俺を置き去りにして幸せになっているのが許せない」


そのように、白昼の路上で呟いたのは久保田ヨシノリ41歳独身。


全体の皮膚が黒ずんでいる。額は禿げ上がり痩せており、目は細く、鼻はデカく吹き出物だらけで、口は小さい。


小さい口にはガタガタの歯並びの悪い歯。とても黄色い歯。


ボロボロの赤いTシャツ、破れたジーンズ。


見るからに不潔な人物。


彼はいきなり「キエ!キエー!」などと奇声をあげながら前方にいる女性が押しているベビーカーを蹴り、乗っている赤ん坊の顔面を数発殴りつけた。


赤ん坊は鼻血を噴き出して泣き出した。


「なんだお前は!」


女性の隣にいた屈強なタンクトップ姿の男性が叫び、久保田ヨシノリの顔面を殴り、地面に押し倒して抑え付けた。


久保田ヨシノリは静かに泣いていた。もう殺してくれ、頼むから殺してくれ、彼は何度も呟いた。警察に連行された。


***


「気持ち悪い奴だったよな。」


ベビーカーから赤ん坊を抱き上げながら男性が言った。


屈強だ。丸太のような腕だ。


赤ん坊は鼻に紙を詰めている。笑っていた。


「ええ、あれが無敵の人なの?痩せていて、見るからに陰気で、友達も恋人もいない、みたいな。」


女性が言って、男性に抱かれている赤ん坊の頭を撫でる。


柔和な笑顔。


「ああいうのは危険分子なんだから、国が逮捕して死刑にすべきだよなあ。」


「あたしもそう思う。この子たちが危険な目に遭わないようにして欲しいよね。」


***


バーン!ドガーン!!


二回鳴った。何の音かと思われた。


音の直後、バス停で多くの人々と談笑していたマティアス田部が倒れた。


不思議な倒れ方だ。


一回目の音の後、マティアス田部の衣服が全て吹き飛び、彼は全裸に。


間もない二回目の音の後、彼のチンポが吹き飛び、彼の股間からは止めどない出血、周囲の人々はその姿にドン引きし後退りした。


誰も、マティアス田部を助けなかった。


ただ、見守る。


股間から血を流す全裸の老人に近づきたくないというのが、多数派の意見だった。


マティアス田部は、白昼の路上で、全裸、股間から大量の出血をするなか、安らかな表情で死んでいった。


人々の見守り行為による祈りをもってしても、消えゆく命を引き止めることは出来なかった。


残念なことだ。


***


マティアス田部 享年69


2005年から2021年まで全国談笑の会理事長を務めた。これは歴代最長。


全国の人々に気軽に談笑をして欲しい、楽しんで欲しい、その一心で談笑活動に邁進した人物。


「みんな集まって!これから楽しい談笑を開始するよ!」


明るく優しげな彼の声が響く。


彼のおかげでお喋りする楽しみを知った、人生が豊かになったという人は多い。


特にバス停で、マティアス田部はいつも猥談をしていた。


エロすぎる内容に、近隣の小学生、中学生、高校生の男子たちが集まり、興奮してはその場でまだ未熟な下半身を露出し、シコシコ行為に邁進、あたりは濃厚なイカ臭さに覆われた。


***


2022年7月1日の出来事である。


昨年、任期満了で、多くの談笑ファンから拍手を送られながら勇退したマティアス田部が、謎の死を遂げたのだ。


役職を離れ、より自由な談笑の可能性を追求しようと始めた矢先の悲劇だった。


***


「マティアス田部さんが来るだけでその場がパッと明るくなって、なんでもない話題でも、なんか楽しい気分になる。彼がいると談笑の場が、単なる談笑の場が極上のエンターテイメント空間に変わるんです。これは凄いことですよ。そんな人、他にはいない」


そう語るのは40年以上の交流関係のある全日本猥談協会理事・ゴジュラス井ノ上氏(92)。


***


バーン!ドガーン!!


あの音は何だったのか。


攻撃があったのかさえ、定かでなかった。一瞬で対象者の衣服だけを剥ぎ取る武器などあるだろうか。


そして二回目の音の直後には、マティアス田部のチンポが弾け飛び、股間から大量の出血……。


チンポだけ。他の部分は無傷だった。


わからない。


音とマティアス田部の死に関連はなく、偶然あの瞬間にマティアス田部が謎の病気を発症し、チンポが内側から爆発した可能性も、あるようだった。


***


全ての衣服が弾け飛びチンポだけが爆発して死に至る病。


それはまだ憶測でしかないにも関わらず非常にセンセーショナルに報道された。


多くの男性が、自分の股間が突然爆発し死ぬのではないかと、びくびくして過ごすようになった。


何が原因なのだろう。ウイルス?最新の兵器?


不安が蔓延した。


「チンポやだ!チンポ爆発やだ!」

不安に耐え切れず、そう叫びながら、自らのチンポを包丁で切断し、大量出血して死ぬ者も、複数いた。


週刊誌やテレビは、男性たちのチンポが爆発する危険性を、何の科学的な根拠もなく報じた。


それが一般大衆にスリルを与えた。刺激的だ。大いに需要がある話題であった。


***


「いつもバス停で、あいつは楽しそうに談笑していて、それが、自分たちだけ幸せならばそれでいい、側で誰かが凄絶な悲しみを抱えていようが知ったことではない、という風に思えて嫌だった」


そんなことを語る人物も、取材を進めていくといる。それは事実だ。


全ての人に好かれる人などいない。


当たり前のことである。


マティアス田部も、その例に漏れない。


***


久保田ヨシノリは釈放され、ふらついた足取りで路上を歩いた。


「お前みたいな奴が生きていると世界が汚れるから早く死んでくれ!」


警察からはそのように言われた。


痩せ細り髪はボサボサで笑うこともないから顔は無表情で常に死んだ魚の目をしている。


前方から走ってきた自転車にぶつかられた。


「邪魔なんだよ!死ねや!」


自転車に乗っている禿げた爺さんが怒鳴る。

自転車はすぐ、遠くに消えていく。


「うう……。」


久保田ヨシノリは転び倒れた。


「うう……。」


悲しみが溢れて涙を流していた。

久保田ヨシノリの泣き顔はグロテスク。


「見て!キモいのいる!」


若い女性の団体が現れ、所持しているシャネルのハンドバッグから石を取り出して投げ始める。


丸っこい石が大量にカバンに入っているようだ。


「キモい!死ね!死ね!」


「うう……。」


久保田ヨシノリは蹲り泣きながらウンチを漏らす。凄絶な悪臭が広がる。


「ああ、でる、でてる、うう……うんち……。」


気分が悪くなり、石を投げていた女性たちがその場で激しく嘔吐する。

「臭い……無理……ヴォエ!ヴォエ!」


黄色い酸っぱい臭いの吐瀉物。

夏場、激しい日差し、白昼の路上で。地獄のような風景。


珍しい場面はスマートホンで撮影されネットにアップされた。


***


少子化問題について思うのは、カップル自体はそこら中にいる、という事実だ。


私はよく池袋に行く。手を繋ぎイチャイチャしているカップルばかりだ。


周りを見れば、ロンリーは私だけという場合もある。


要は彼らがホテルに行ってセックスする際に避妊するから子供が増えないのだ。


全裸になる男女。興奮する男の赤黒いチンポは硬くなり先っぽは濡れて。


「はい、これ。」


女がイチゴフレーバーの付いた極薄のコンドームを差し出す。


ピンク色のコンドームを、男はギンギンのチンポに被せる。


ピンク色コンドーム装着のチンポが、女の赤黒いマンコにズブズブと入る。


「ああ!気持ちい!」


2人は叫ぶ。激しい出し入れ。


パン!パン!パン!


激しい腰振り。

男のキンタマがぶらんぶらん揺れる。


「イグイグ、イグッ!」


白目を剥き、涎を垂らしながら、男が発射。


「キャー!キャー!」

猿みたいに甲高い声で叫ぶ女。


もちろん精液はピンク色のコンドーム内部に溜まる。


女のマンコには、精液は触れない。


赤黒い肉穴はクパクパし、悪臭を、恥知らずに撒き散らす。


「気持ちよかったです……。」


男は精液まみれの臭い赤黒いチンポを未だ興奮からかヒクヒク動かし、女の臭いマンコにキスをする。


女のマンコは種付けされていない。


せっかく発射された、命の種は、ピンク色のコンドームもろとも、ゴミ箱行きである。


だから、子供ができないわけだ。

それだけのことではないか。


避妊禁止法案を制定し、カップルが子供を望んでいないならば生まれた子供は国が引き取り国営の子育て施設で養えばいい。


また、とにかく子供を増やしたいならレイプ推進法案も、真剣に議論すべきだろう。


***


一体、何を書いているのか。相変わらず酷いイマージュが、不謹慎極まりない反道徳的な断片が、特段ストーリーもないままに羅列されている。自分で読み返して唖然とするばかりだ。


***


前作から1ヶ月以上の間がある。


誰にも、ほとんど読まれていないから、別段指摘すべきことでもないが。


その間に、歴史に残るであろう事件があった。


私が、選挙には行かない、政治家など全て税金という果実に群がるハエでしかない、そう書いた作品をアップして数日後の出来事であった。


また、私は選挙演説中の政治家があまりにも綺麗事ばかり並べているため、大衆に襲撃され衣服を剥ぎ取られチンポを刃物で切断され滅茶苦茶なやり方で殺害される作品を、過去に書いたことがある。


今も公開されている。撤回はしない。


事件後も、その心情は全く揺らがない。


権力者とは、常に襲撃されるリスクがあるものなのだ。

それでこそ権力者である。


だが、一部で現実における殺人をやむを得ない、やられて当たり前、などとする言説がある。


犯人に対する減刑嘆願なども行われているらしい。


それは是とはしない。


殺人が是認されれば、簡単に人が人を殺すようになり、罪にも問われないわけで、それではまともな社会生活など不可能。


常に誰かが誰かを殺すし、いつ殺されるかわからない恐怖から発狂する人も、かなり出るだろう。


誰にも狙われていないのに「殺さないで!やめて!」と絶叫しながら、路上で脱糞する者が多発するに違いない。


その他にも狂気としか思えない行動を示す輩が大勢でてくる。


今でさえ「こいつ頭おかしい」と思う奴が少し外を歩けばゴロゴロいるというのに……。


そうなれば、もはや社会は崩壊すると言っていい。


溢れる絶叫、溢れるウンコ。悪臭。殺人の容認による世界の混乱と破滅。

殺人が違法行為の最たるものと設定されている理由であろう。


殺人を容認すれば社会のあらゆる規律が意味をなさなくなる。


「殺してしまえばいい」それだけが支配する世界になるのだ。


とにかくいかなる理由であれ殺人を是認し、ましてや奨励する奴が現実に多数いると知りかなりゲンナリしているし、ますますこの世界が嫌いになったのは事実。


いい歳したおっさんが「次はお前だ」などと脅迫文を送りつけたり。

うんざりする愚かしさだ。


そんなムーブメントには関わり合いになりたくないし、ひたすら気持ち悪い。


政治家も殺人鬼も両方嫌いだ。それらを支持する連中もまた嫌いである。


お互いにお互いを口汚く煽り立てる。

それをエンタメ化、動画をアップする者もかなりいる。


対立を楽しみ、相手をけなすことを楽しみ、殺人を容認、推奨する連中。


そんな奴らは、全員、秘密警察が捕縛、生きたままドラム缶に入れてガソリンかけて燃やしちまえ!もちろん本人だけでなく一族郎党全員捕まえて死刑だ!!

……そのような言葉を、モゴモゴと、不明瞭に話していた……。

その人物の名前は作田直哉。極貧のフリーター41歳である。今は、男性専用のサウナ施設で清掃のアルバイト(月給16万円)をしている。


そうして、彼は、壁を向き、路上に、ケツを突き出していた。

彼は、下半身には何も着用していない。


上半身にはスヌーピーのティーシャツ。


彼のケツは、剥き出しである。

毛深いケツだ。ウンチが、少し付いている。

そのケツの表面は、油絵具により、紫色に塗られている。


今は、お盆である。


お盆にはナスに割り箸を刺す。


ナスは紫色だ。

だから、ケツ紫だ。

それは、彼なりのお盆という時期に対する尊崇の念の表明だったのだろう。


塗料により紫色に塗られた毛深いケツを、彼は揺らした。


白昼の路上だ。


人々が、気持ち悪いもの見る目、蔑みを含んだ目で、その様子を見た。


ご先祖のためにやってることを軽蔑する意味わからない。あいつらは愚か者なんだ。

……彼は毛深くウンチの付着したケツから屁を出しながらモゴモゴと話した。


すみやかに警察官たちがやって来て彼をボコボコに打ちのめした。


***


作田直哉は「ウギャアアア!」と悲鳴をあげながら大量にウンコを放出した。

白昼の路上である。


***


お盆のため、ご先祖たちのためにケツを紫に塗り、尊崇の念を示すためにケツを揺らし舞を舞っていただけであるのに。


***


日本人の心からは、いつからか、ご先祖に対する敬いの気持ちが、なくなってしまったのだろう。


残念なことだ。


***


そんなことで「美しい国」を実現できるのか。甚だ疑問である。


***


「俺を置き去りにして幸せになっているのが許せない」


そのように、白昼の路上で呟いたのは久保田ヨシノリ41歳独身。


全体の皮膚が黒ずんでいる。額は禿げ上がり痩せており、目は細く、鼻はデカく吹き出物だらけで、口は小さい。


小さい口にはガタガタの歯並びの悪い歯。とても黄色い歯。


ボロボロの赤いTシャツ、破れたジーンズ。


見るからに不潔な人物。


彼はいきなり「キエ!キエー!」などと奇声をあげながら前方にいる楽しそうに笑っている男子小学生の集団に突撃した。


「お前たちは世界の不幸に少しは気を遣え!バカ!バカ!」


久保田ヨシノリは1番弱そうな華奢な男の子の顔面をぶん殴る。


「キャヒイン!」


男の子は悲鳴をあげて倒れた。男の子は白目を剥いて血を吐いている。仲間の男子小学生たちが駆け寄って抱き起し「キヨシ!死ぬな!北野キヨシ!」と叫んでいる。


「なんだお前は!」


ベンチに座って缶コーヒーを飲んでいた屈強なタンクトップ姿の男性が叫び、久保田ヨシノリの顔面を殴り、地面に押し倒して抑え付けた。


久保田ヨシノリは静かに泣いていた。もう殺してくれ、頼むから殺してくれ、彼は何度も呟いた。警察に連行された。


***


何を書いているのか。あまりにも不謹慎だし、酷すぎる。大して面白くもない。そんなことは書いている自分が、一番よくわかっているのだ。だが、この酷さを示さねばならない。謎の使命感のようなものが、これを書かせているようにも思えるが、それは妄想なのかも知れない。


***


「偉大な存在だったマティアス田部は国葬に値する人物だと思います」

そう涙ながらに述べたのは全国談笑の会副理事長・モーティアス勝木(57)。


頭は禿げているがスマートで、ブルーのタイトなスーツがよく似合う。イケメン紳士おじさんと言っても、過言ではない。


事実、彼には愛人が8人いて隠し子が24人いる。


全国談笑の会の理事たちが、賛意の拍手を送る。

「国葬は当たり前だ。やらないのはバカだ」


モーティアス勝木は、現場で拾ったマティアス田部の吹き飛んだチンポを立派な木の箱に入れ、それを持って首相官邸に向かった。


もちろん、全国談笑の会とかいうわけのわからない団体の、副理事長を自称するわけのわからない人物など、入れるわけがない。


懸命に全国談笑の会の歴史、存在意義、その偉大な足跡を説明するモーティアス勝木。だが、警備員たちは無表情。厳しい目をしている。


「マティアス田部ですよ!知らないのか!あんな立派な人、他にいないんだ!」

モーティアス勝木は叫んだ。顔を真っ赤にした。


首相官邸の警備員たちが無表情、厳しい目をしたまま、モーティアス勝木を押さえ付けようと試みる。


モーティアス勝木は木の箱を取り出し、開けた。


「くっせええ!!!」

即座に凄絶な叫び声をあげ、警備員たちはその場に倒れ、白目を剥いて泡を吹いた。


すでにマティアス田部の死から1カ月以上が経過している。

当たり前だが、そのチンポも十分に腐っているのである。


「臭いとか言うな!マティアス田部のチンポだぞ!お前らごときのチンポより数百倍は立派な、偉大なチンポだ!」


モーティアス勝木は木の箱の蓋を閉めた。モーティアス勝木はこの凄絶な悪臭を、自己暗示により「偉大なる臭気」だと感じるようになっていたのだ。


首相官邸の正面を突破し、内部に駆け込んでいく……。

「絶対に国葬だ。マティアス田部が国葬されなくて、誰が国葬されるというのか。全ての人類の中でも特別に偉大なんだ。マティアス田部だぞ。あのマティアス田部なのだぞ……」


「総理!総理!いるのか!総理!総理!!でてこい!!」


***


これは何だろうか。不謹慎だし、汚らしいだけで、大して面白くもない。これが書かれている意味がわからない。書いていて、そのような思いが去来する。


前作を公開してから1カ月以上が経過している。

前作を読み返した。これは何だろうかと、また思った。

自分が、なぜこんなものを書いてしまうのかが、理解できない。


何一つわからないまま、文章だけが進行してしまう。これは恐ろしいことだ。どうすればいいのか。読んでいる人にはわかるのだろうか。


疲弊し続けて病んだ精神が書いた妄言。そのように吐き捨ててしまえば楽であろうが。果たしてそうなのか。


***


文章が進行してしまう。


***


ピンク色のコンドームを萎んだチンポから剥ぎ取り、精液が出ないように結んでゴミ箱に捨てた。


ティッシュでチンポを拭いていた。


「ねえ、コンドームの中に発射する時に、いつも少子化問題について考えてるの?」

マンコをティッシュで拭きながら、若い女が言った。若いのに、すでに乳首が黒く、おっぱいも垂れている。体も贅肉でぶよぶよしていて、締まりがない。


若い男は、無視してチンポを拭き続ける。若いのに、男の下腹部はぽっこりしている。贅肉が脇腹にたっぷりついていて、全く締まりのない体である。


「ねえ、コンドームには生まれるはずだったたくさんの命が……」

「うるせえ!!」

若い男は、怒りの形相で女の髪の毛を引っ張り、何度も顔面を殴った。女の鼻が潰れて血が噴き出した。

「アギャアアアアア!!!」

猿みたいな甲高い悲鳴をあげる女を「きもちわり」と呟いて床に捨てる若い男。


***


「うるせえや……」


静かに呟きながら、全裸でベッドに座り、タバコを吸う若い男。煙が、天井に上って行く。安っぽいシャンデリアが、天井にはついている。そういうコンセプトのラブホテルなのである。


***


白と黒のタイルの床に、若い女が倒れている。

鼻が潰れ、顔中血まみれで、白目を剥いて、口を大きく開けている。


仰向けで、赤黒い、ぱっくりと開いたマンコに、安っぽいシャンデリアからの光が、降り注いでいる。


***


「それで?彼から連絡あったの?」


「ないわ。電話もでないし」


「確か顔面を殴られて、鼻が潰れたのよね?」


「ええ、完全に治るまで半年かかって……」

若い女は泣きそうになりながら、テーブルの上にある白いコーヒーカップを手にし、口元に持っていく。


「あまりにも非道じゃないの?あんた、それでいいの?」

相手の女、向かい側に座っている痩せた、黒縁眼鏡を掛けた女が言った


そこは二人が良く行く喫茶店「エテコール」。


「そりゃ、許せないけど、怖いわ。もう、近づきたくないのよ……」

ズズズと鼻を啜りながら、若い女はコーヒーカップをテーブルに戻す。コトリと、カップが着地する時に音が鳴る。


その時、喫茶店「エテコール」名物の店員、ジョナソン町川がチンパンジーの被り物をした状態で登場、フルートでバッハの名曲を演奏し始める。


フルートの繊細な響きが、店内を満たした。


「素敵だわ」


「ええ。とても素敵。フルートってただの木の棒か金属の棒かと思ってたけど、こんな繊細な音を出すのね。なんだか信じられない。ただの棒にしか見えないのに」


***


2人の女性はしばらく優美なフルート演奏を聴きながら特製コーヒーを堪能した。


***


色々と不愉快な話もしたようだが、音楽の力が大いに働いたためか、別れる際には不思議と爽やかな気分だった。


***


しかし、喫茶店「エテコール」の名物の店員だと、誰もが思っていたジョナソン町川であるが、実は店員でもなんでもないのだ。


誰に依頼されたわけでもない、彼はいつのまにか店内に、チンパンジーの被り物をした状態で現れ、特に飲み物を注文することもなく、数時間、壁際に佇み、なんの前触れもなく、突然にフルートを演奏し始めるのである。


店員ではなく、ただの不審者の可能性が、極めて高い。

町内会では彼のことを警察に通報するかどうか、現在検討中だとのこと。


***


「俺を置き去りにして幸せになっているのが許せない」


そのように、白昼の路上で呟いたのは久保田ヨシノリ41歳独身。


全体の皮膚が黒ずんでいる。額は禿げ上がり痩せており、目は細く、鼻はデカく吹き出物だらけで、口は小さい。


小さい口にはガタガタの歯並びの悪い歯。とても黄色い歯。


ボロボロの赤いTシャツ、破れたジーンズ。


見るからに不潔な人物。


彼は懐からナイフを取り出すと、暗い目をして前方を見つめた。


幸せそうに手を繋いで歩くカップル、笑顔の家族連れ、無邪気な子供たち、スマホに夢中になっている中年男性……様々な人が、路上を歩いている。


「キエ!キキエエエエエエエエ!!!」


突然の奇声。彼は群衆に向かい突進していった。俺も仲間に入れてくれ。みんなで死んで、みんなで国葬になろう。みんなで天国に行こうよ。ダンスしよう。幸せそうに笑顔、手をつないで、輪を作って、みんなでダンス……。


***


久保田ヨシノリは、一体何度、他者に襲い掛かっただろうか。

そんなことを数えたところで別に金が貰えるわけでもないし、特に意味はないが……。


***


白昼の路上で、鬼の形相でナイフを振り回し、10人以上を大量出血させている久保田ヨシノリ……。みんな悲鳴をあげて逃げ惑うばかり。


***


「大変だなこりゃ。でも、みんな異世界転生するんじゃね?どうせ。まあ、知らんけど。どうでもいい……」


その殺害場面を横目で見ながら、若い男が通り過ぎて行く。

彼は、ポケットにイチゴのフレーバーの、ピンク色のコンドームを持っている。


これから女とセックスするのだ。

それは、少子化社会においては何より重要なことではないか。


「でも、俺は子供はいらねえんだ……子供は自分勝手で、平気で嘘をつくから、嫌いなんだ……」


***


突然、得体の知れない痩せた男にぶん殴られて路上に倒れた男子小学生・北野キヨシは、仲間の男子小学生に抱き起され、見守られるなかで目を覚ました。


「キヨシ!大丈夫かよ!」

涙ぐんで、心配そうな様子で、複数の男子小学生たちが言った。


キヨシは「お腹すいたよ。ドーナッツ食べたいよ」

と少年らしい可愛い声で言った。


みんなが少しだけ笑った。


「キヨシ、俺たちがドーナッツたくさん食わしてやるからな!キヨシ!北野キヨシ!!」



2022/9/4(了)

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