ナインストーリーズ

モグラ研二

火の鳥

深夜、居酒屋の帰りに乗ったタクシーの運転手があまりにも酷い対応をしてきたから全て動画に撮影して後日ネット上に晒した。


タクシーの運転手は多分50代で結婚指輪をしていた。


発情期の猿のように顔を真っ赤にして歯を剥き出しにし、醜い表情で絶叫する男にも、妻子がいるのか。


延々と、ボケとか若造がやってみろやとかお前なんで死なないのかとかその運転手は怒鳴っていたと、俺は動画を見せながらカツアキに言った。


カツアキは本名ロドリーゴ・アンドレアス・カツアキ。


路上で酒を飲みながらギターを弾いている男。


長身、褐色の肌、スキンヘッドで、サングラスをしている。


頭の中を音楽でいっぱいにするのは幸せ。だから、俺は路上でみんなを幸せにするため、ギターを弾くんだ。


カツアキは純粋無垢な目をして言う。


そして俺の知らない、ラテンアメリカの民謡だという曲を、ギターで弾いた。甘い音色、異国情緒あふれる旋律。


動画を指差し、ならさ、こいつの妻子を、こいつの目の前で生きたままガソリン掛けて焼いてやるか?とニヤニヤしながらカツアキは言って、俺はそれは良い考えだと思って賛成した。


カツアキには同郷の人間を中心とした独自の暴力系の人脈があり、調査なんかもかなり細密にできるらしい。


地域を流しているタクシー1台1台を調べていく。


すぐに酷いタクシー運転手の素性が判明した。名前はナカスギタカシゲ。54歳。自宅住所も、そして、50歳の妻とまだ小さな娘がいることも、わかった。


俺とカツアキはユキの小屋に行った。


瓦礫を積み上げただけ、みたいな粗末な小屋が、雑木林の中にある。


もわっと漂う草のにおい。


あー!イクイク!


真昼間の明るい雑木林で、ユキが全裸でマンコに大きなディルドを挿れて絶叫していた。


ユキは、小屋の前にある切り株に腰掛けている。


ああ!イクわ!ああ!ああ!


ユキの赤黒いマンコは痙攣し、クパクパ開閉を繰り返していたが、完全には閉じない。


黒いシリコン製のディルドが、ずっぷりと、ユキのマンコには刺さっているからだ。


クチュクチュと卑猥な音が鳴る。ユキのマンコにはたっぷりとローションが与えられている。


あん!イク!イクイク!イクのよー!


アフロヘアーのユキは白目を剥いて絶叫して気絶した。


小屋の中は意外にも綺麗でカウンターがあり、洒落たバーのような雰囲気。


はい、マティーニよ。


ユキはカウンターの向こうで微笑み、白い指でグラスを渡してくれる。


今は全裸ではなく、白いドレスを着ている。真珠のネックレスが、大きく開いた胸を飾る。


何人くらい集められる?


カツアキが言った。


面白そうだから、けっこう集まると思う。10人くらい?エンリケが話に乗ってくれたらその倍は集まるわね。


後でエンリケに電話するよ。


それがいいわ。


俺はカウンターの向こうの壁に掲示されている写真を見た。


白黒の写真だ。


砂漠、何もない砂漠の真ん中で細くしなやかな肢体のバレリーナの女が、全裸で、高く脚を上げている。


気になる?


ユキが言った。


これ、何?


有名な写真家って名乗る禿げたおじさんがいきなり来てここに飾って行ったのよ。


禿げ?カメラマン?


そうだって自分で言っていたわ。証拠なんてない。この写真だって、あいつが撮影したのか、証明しようがない。


気持ち悪くないの?変態みたいだ。


別に。何とも思わないわ。


そうなんだ。


ああいう人って、こちらが何とも思ってしまうから調子に乗るの。何とも思わないこと。凄く大事なことだわ。


なあ、音楽をでかい音量で鳴らしてくれや。脳みそ音楽でいっぱいにしてえよ。


カツアキがマティーニを舐めながら言った。


ユキは魅力的な微笑を浮かべ、オーディオ装置のボタンを押した。


ユキの父親はドイツでオーケストラの雑用みたいな仕事をしていた。


その父親が音源を大量に送ってくるから、ここにはかなりの数、良質なクラシックの録音CDがある。


送られて来る荷物には必ず手紙が付いていて、


ユキちゃん、人類の知性、美しい心が生み出した芸術作品を聴いて、品性溢れる魅力的なレディになるんだよ、パパより。


という内容の文章が、書かれていた。


ユキがオーディオを起動させる。


いきなりブルックナーの交響曲が大音量で始まった。第8番のフィナーレ。金管楽器の咆哮。カウンターがびりびり震える。壁が軋み、揺らぎ始める。ガタガタと床が騒ぐ。それは激しくなる。


あまりにも激しい。


床が割れてきた。

壁板が剥がれた。

剥がれた壁板は床の上で跳ね回る。

空気がビリビリ言っている。


あまりにも激しい。


やべえ!


ダメ!ダメだわ!


逃げろ!


死ぬ!死ぬ!早く!外だ!


俺とカツアキとユキは慌てて小屋から出て行く。雑木林に出る。遠巻きに小屋を見る。小屋はかなり激しく、左右に揺れていた。そして、小屋はブルックナーの大音量に耐えきれず爆発し、粉々になった。あと一瞬でも小屋に滞在していたら、俺たちは悲惨なことになっただろう。


***


日曜日の夜すでに遅い時間のこと公園で縄跳びをしている緑色のスカートを穿いた小さな女の子に声を掛けたらこちらのことをまるで不審者を見るような酷く攻撃的な目で見てきたので


私は怒りゴラ!カス!と叫びながらその女の子の腕を引っ張り


首を激しく横に振り嫌だ嫌だおじさんキモイ嫌だ臭いキモイ死んで死んでおじさんキモイから死んで嫌だ嫌な人死んで死んで死んでと言い続ける女の子を力いっぱいにこちらに引き寄せて


懐に仕舞っていたバタフライナイで的確に頸動脈を切断したところ女の子の白い首から噴水みたいに血がドバドバ噴き出し


女の子は途端に無言になり


私は全身に血を浴びていつまでもそうしているわけにもいかない腹が減ってきてもいたから


私は白目を剥いてぐったりして動かない女の子を放置して公園から出て行き近くの遅い時間でも営業しているあまり美味しくはないが特段不味いわけでもないラーメン屋に向かうことにした。


ラーメン屋に入ったら店主の顔中に緑色の吹き出物がある60代のおっさんがなんだ血まみれじゃねえか気持ち悪いから出て行ってくれと怒鳴りつけてきて


それを受けて気持ち悪いのは得体の知れない緑色の吹き出物を長年放置して衆目に晒し続けているお前の方だろうがと心底で思いながら


私は別に血まみれでもラーメンは食えるのだからさっさと醤油ラーメン油多めを作れよこのバカ野郎がと怒鳴り返したが


おっさんは納得しなくて私に向かって大量のオタマを投げつけてきてそれは体中に当たって凄く痛くて私は痛いのは嫌だと叫んでラーメン屋から逃げるように立ち去った後に


しかたなく公園に戻り水道の水で空腹をひとまず満たすことにした


そのときに目の端に倒れている緑色のスカートを穿いた小さな女の子が映り


そういえば殺したような気がすると私は思い


近づいてみるとあの時の状態のまま白目を剥いて首から血を流していて周囲には大量の血によって血だまりができていて


私は少し興奮しチンポが硬くなってきて誰もいないことを確認すると女の子のスカートとパンツを剥ぎ取りまだ毛の生えていないマンコに指を強引に入れて遊ぶことにした。


それにも10分かそれくらいで飽きたのでバタフライナイフを取り出して女の子の毛の生えていないマンコだけ切り取ってポケットに入れ


血まみれがダメならと思い水道の蛇口をひねり私は全身の血を洗いながし鼻歌で「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」を正確な音程で歌いながらまたラーメン屋に行ったら


あの吹き出物だらけのおっさんは今度は上機嫌で出迎えて席に案内し椅子まで引いてくれてきちんと作ったばかりの醤油ラーメン油多めを出してくれたので食べてみたがやはりあまり美味しくはなかった。


***


わかった。15人は集める。日程が決まったら改めて連絡してくれ。


高橋エンリケ。24歳。この地域における不良たちのリーダー的存在。


身長が高く細身、褐色の肌、黒のシャツに黒のジャケットを羽織る。スキンヘッドで、額に薔薇のタトゥーがある。


唇が分厚く、大きな、情熱的なまつ毛の長い目をしていて、男臭いエロスに溢れている。


カツアキは彼に電話したのだった。15人以上の屈強なラテンアメリカの若者を、エンリケは集めると約束した。


ただ条件があった。


それは、母子がガソリンを掛けられ焼き尽くされ死ぬところを撮影することだった。


日本人のおばさんと可愛い少女が惨たらしい死に方をしグロテスクな焼死体に変貌を遂げる動画を、海外には大金出してでも見たいって奴がいる。それも少なくない数いるんだ。そいつらに動画を売りつける。いい儲けになるよ。


エンリケは白い歯を見せて笑い、ミックスナッツを摘んで口に入れた。エンリケの強靭な顎が動く。


俺とカツアキはカウンターにあるグラスを舐めていた。ウイスキーのどろっとした感じを楽しんだ。


ここはユキの小屋だ。


小屋は完全に修復されていた。


雑木林の木を利用して、屈強なラテンアメリカ人たちが3日で直したのだ。


ユキは喜び、褐色の肌をした若者たち一人一人にキスをした。


カウンターの向こうではユキがグラスに入った透明な液体を飲んでいる。


明日、13時だからな。


カツアキがエンリケに言った。エンリケは頷き、席を立つと小屋から出て行った。


***


「みんな最近は路上でスマホを凝視してますよね」


「ええ。私もやります。路上だけじゃなく駅のホームを歩いている時とかにも。漫画とか動画を見ちゃいますね。後はLINEでお喋りしたり」


「暇な時間というか、空白の時間をなるべく作りたくない。すべての時間を何らかの充実した時間にしたいって思うから」


「ええ。私も同じ気持ちですよ。ぼけーっと歩いているのは嫌。歩いている間にも、自分の好きなもので楽しんでいたい。イヤホン。ノイズキャンセリング。自分だけの世界。好きなものだけがある世界。そんな感じ」


「そういう人間の素直な欲求がスマホによって満たされるようになった」


「ええ。とても良い時代になりました。私は歩きスマホ推進派で、歩きスマホこそ現代人の最も優れた行動の一つだと考えています」


「それはそう。歩きスマホを否定してくる人は前時代的で野蛮な人が多い。ね?たとえばわざと歩きスマホしてる人にタックルする人とか」


「ああ、聞いたことあります。野蛮ですよね。なんていうか動物みたい」


「そうです。歩きスマホを否定する人は基本的に人間じゃないんです」


「あっ、そうか。そうなんだ。確かに歩きスマホがどれだけ人生を充実したものにするかとか、そういう思考をしたことがないって、人間としてあり得ないですもんね」


「それと、歩きスマホって無防備になるじゃないですか」


「はい。夢中になります」


「それって凄く便利なんです」


「というと?」


「あのね、昔に比べて人殺しがしやすくなったんですよ。歩きスマホしてる人って警戒心が全くなく無防備で。そういう人の首とか脇腹なんかを通りすがりにナイフとか包丁とか、あるいは小さなカッターでもいいかな、的確に大きな血管が通っている部分を切りつけると、簡単に殺せるんです。人殺しが趣味の人には、大変良い時代になった。まあ、人殺しにハンティングとしての難しさとかスリリングを求める人には逆に退屈になってしまった、とも言えますが。あまりにも、簡単に仕留められるわけですから」


***


私がラーメン屋をでて深夜の路上を歩いていると電信柱に寄りかかって泣いている若い男がいて声を掛けて理由を聞いたらチンポが小さいという事情によりホテル個室で彼女にビンタされフラれてしまい酷く悲しいしセックスできるつもりでいたのに出来なかったから凄く欲求不満でやりたくてやりたくてでもやれないから悲しいと本当にボタボタと涙と鼻水を流して泣いていて流石の私もその様子を可哀想に思ってポケットに入れていたあの小さな女の子の毛の生えていないマンコをプレゼントしたんだ若い男は途端に笑顔になったし何度もありがとうありがとうと繰り返し言っていて私は気分が良くなって人の役に立つならこれからも小さな女の子を殺害するのも悪くないなと思ったんだ。


***


インターホンを押すと痩せたおばさんが出てきた。顔立ちは鼻筋が通っていて目が細い。肌が白い。皺だらけのネグリジェを着ていた。


俺は配達員のフリをして、Amazonの空箱を差し出して小さな紙にサインするよう、おばさんに言った。ええ、わかったわ、何かしら、白髪染が届いたのかしらね。おばさんは扉を全開に開けて箱を受け取ろうとした。


エンリケ率いる屈強なラテンアメリカの若者たちが一気に駆け寄る。


おばさんは叫ぶ間も無く腹を殴られてその場に四つん這いになりどろどろして臭いゲロを吐いた。


くっせえババアだな!ゲロ吐いてきめえ!


おばさんは何発か蹴られ、口にタオルを突っ込まれ、衣服を剥ぎ取られ、全裸にされた。


若者がおばさんを担ぎ上げて部屋に入る。


おばさんは虚無の目をして涙を流しているが悲しい感じには見えない。


悲しむ余裕などないほどの素早さだからだ。おばさんの感情の動きよりも、この若者たちの動きは早いのだ。


俺とカツアキとエンリケ率いる屈強なラテンアメリカの若者たちが、続々と粗末なアパートの部屋に入る。


リビングでピンク色の花柄のパジャマを着た小さな女の子がテレビを見ていた。


可愛い動物のキャラクターが仲間たちと仲良く遊ぶという番組だ。


エンリケが女の子を全裸にして縛るよう屈強な若者たちに命じた。


女の子は叫びそうになるがその前に猿轡を噛まされた。


若者のうちの一人がニヤニヤしながら女の子の毛の生えていないマンコを触っていた。


やりたいけどこの子すぐ焼死体にするのですね?それは残念ですね?ピンク色で綺麗なマンコなのに、すぐ黒焦げなる。残念ですね?


ただいまー、と玄関で声がした。あの乱暴極まりない最悪なタクシー運転手、ナカスギタカシゲが帰宅したのだ。


なんだよ!お前ら!なんだ!犯罪者か!


馬鹿みたいに驚いた表情で叫ぶナカスギは一発顔をぶん殴られ、後ろに吹き飛ぶ。襖がめちゃくちゃに破壊された。


呻くナカスギの口にタオルを突っ込み、縄で動けないよう縛る。


よう、おっさん。俺のことわかるか?この前さ、タクシーで俺に対してすげえ暴言しまくってたよなあ、おっさん、わかるか?


俺が言った。


ナカスギは目を見開き首を振る。タオルが口に入っているから、声は、モゴモゴとしか聞こえない。


何を否定しているのか。わからない。


こいつには反省とか謝罪の気持ちなんて生じないのだろう。


エンリケの連れてきた若者のうち一人が、スマートホンで撮影を始めた。


おっさんよお、あんたは見ることになるよ。ああいうことしたら、こうなるのは当たり前なんだ。あんたのせいで全部がこうなる流れになったんだ。俺たちを責めるな。これは、あんた一人が全部悪い。そのことは理解しとけよ?な?いいか?


俺はナカスギの股間を強く踏んだ。ウゴ!ウゴゴああああ!という籠った叫びをナカスギは発した。白目を剥いて、体をのけぞらせて天井に顔を向けていた。


ナカスギの目の前に、全裸で縛られたナカスギの妻と、まだ小さな、マンコに毛も生えていない娘が、並んで横たわる。


二人とも涙を流しているが、虚無の目で、表情はない。


ナカスギは目を見開いている。ナカスギの眼球には、悲惨なシーンが全て、これから映ることになる。そうでなければならない。


アンチモラルの権化であるナカスギは、アンチモラルな世界を容認していなければおかしい。


容認していないなら、タクシーであんなふうにすべきではなかった。


若者がニヤニヤしながら、タンクに入れてきたガソリンをナカスギの妻と小さい女の子に掛け始めた。


チャッカマンで新聞に火をつけて投げ入れればいい。すぐやれ!


エンリケが命じた。

全てはその通りになった。


動画の撮影は上手くいき、ニューヨークの金持ちがそれなりの値段で買ってくれたらしい。


ナカスギはその後、ほとんど全裸で、虚無の目をして、ゾンビみたいに街を徘徊しているようだが、どうでも良かった。


俺とカツアキはユキの小屋で酒を飲んでいた。


俺は、壁に掲示してある写真を見た。


白黒の写真。

砂漠、何もない砂漠。

全裸のバレリーナの女が、高く、脚を上げている。


また見てるの?欲しい?この写真。そうなの?


俺は、ユキの問いかけを無視して、ポケットから小さい一枚の写真を出しカウンターに置く。


見てよ、これ、飾らない?


何?


ユキが写真を見る。


嫌だ!気持ち悪いわ!


その写真には、全裸にされて立たされ、股間、陰毛に火を放たれた瞬間のナカスギが映っていた。


苦痛に顔を歪め、白目を剥いて、口を大きく開けている。


淫毛が燃える。


チンポは小さく、めちゃくちゃ萎んでいる。


エンリケは火の鳥ってタイトルを付けていたよ。ストラヴィンスキーの火の鳥の音楽が、この写真の雰囲気に合うって。


気持ち悪いわ。汚らしい死ぬべきおっさんの淫毛が燃やされてるとこなんて、誰も見たくないわよ。


それまで黙ってグラスに入っているウイスキーを舐めていたカツアキが、なあ、音楽を掛けてくれよ、頭を音楽でいっぱいにしてえよ、と言った。


ユキが、魅力的な微笑を浮かべ、背後のオーディオ装置をいじり始める。


ブルックナーの交響曲が、聞こえ始めた。


(了)

2022/6/11

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