帆地槍(ぽちやり)さんは愛したい
おひとりキャラバン隊
第1話 お買い物デート(前編)
「次は、上野~、上野に停まります。お出口、右側が開きま~す」
と車掌の車内アナウンスが聞こえる。
僕は
池袋にある小さな雑貨販売の会社に勤める営業マンです。
今日は10月12日の水曜日。
9日の日曜日は、取引先のデパートの催事で出張販売員を務めたので、今日は代休で会社はお休みです。
イベントでは
花頼さんとは、花頼友子さんの事だ。
今年の8月に恋人同士になった、僕が大好きな女性です。
昨日は体育の日で、運動会をしていた学校も多かったみたい。
だからかどうか、今日は平日なのに電車はいつも程には混んでなかった。
僕はJR京浜東北線で上野駅まで来て、今から東京メトロの銀座線に乗り換える。
花頼さんとは銀座の駅で待ち合わせをしているので、銀座でお買い物をするんだと思う。
花頼さんは、会社が休みの日には僕を色々な所へ誘ってくれる。
僕はそれが嬉しくて、いつも誘われるままにお出かけをする。
僕は、今日は会社に行く時と同じ様な服装で、いつも持ち歩いてるカバンを脇に抱えて、少し急いでいた。
昨日の夜にズボンを洗濯して、今朝それを履こうと思ったら、ズボンのお尻の部分が破けてたので、慌てて他のズボンを出してきて着替えたりしたので、少し家を出るのが遅くなってしまった。
花頼さんを待たせちゃいけないので、僕は少し急いでて、いつもより早く歩いていた。
いつもの様に改札口で駅員さんに精算してもらおうと思ったけど、駅員さんがお婆さんに話しかけられていて、なかなか精算が出来なかった。
しばらく待ってるとお婆さんが改札を出て行ったので、僕は駅員さんにスイカと身分証を渡して精算してもらった。
僕はものすごく急いでいた。
改札でも時間が掛かってしまったので、はやく地下鉄に乗らないと、花頼さんとの待ち合わせに遅れてしまう。
僕は頑張って走った。
次の電車に乗らないと、待ち合わせに遅れてしまうかも知れない。
僕が遅くなったら、花頼さんが心配してしまうかも知れない。
地下鉄の改札を入って階段を降りるとホームが見えて来る。
今日はなんだかホームの人も少ないみたいだ。
駅には既に電車が到着してて、扉が開いている。
これなら走れば間に合うかも知れない。
その時電車の発車を告げるアラームがプルルルルと鳴って、
「間もなく、扉が閉まりま~す」
と駅員さんが言っている。
僕は
「乗りま~す!乗りま~す!」
と声を上げて、息を荒げながら電車の扉に向かって走っていた。
「駆け込み乗車はご遠慮ください~」
という放送が聞こえたけど、僕の身体はもう止まらない。
プシュー、と音がして扉が閉まるのと、僕が電車に乗り込むのとがものすごいタイミングで重なった。
バタン!
と音がして、僕が持ってたカバンが車内に落ちていて、僕は車両の扉に、ちょうど体半分で挟まれていた。
僕はびっくりして頭が混乱してしまったと思う。
扉は僕を挟んだままなかなか開かなくて、このまま走り出して大事故になるかも知れないと怖くなって
「ちょちょちょ、挟まってましゅ!挟まってましゅ!」
と必死にもがいて車掌さんに僕が挟まっている事を伝えようと思った。
そしたら
「いったん、扉が開きま~す」
と車掌さんの声がして、プシューっと扉が開いたかと思ったのにすぐに扉が閉まって、その間に車内に入ろうと思った僕の、片足がまた扉に挟まってて、
「あにょにょ! 挟まってましゅ!挟まってましゅ!」
と僕はとても混乱してたけど、花頼さんに元気な姿で会いたいと思って一生懸命頑張って、車掌さんに届く様にと思って声を出した。
そしたら扉がまた開いて、僕は何とか車内に入れた。
車内に落ちてたカバンを拾って、電車が動き出す前に吊り革を持った。
「ふう、暑い」
と僕は言って、ポケットからハンカチを取り出して汗を拭いながら、通学途中なのか、私立学校の制服を着た女子小学生が鼻水を飛び出させながら真っ赤な顔で息を止めてるのを見て、「この子、大丈夫かなぁ」と少し心配になった。
だけど、電車に間に合って良かったな。
10月になってずいぶん涼しくなってきたと思うけど、今日はいっぱい走ったから、汗が止まらないな。
「次は~上野御徒町~、上野御徒町です。お出口左側が開きます」
と車内アナウンスが聞こえて、電車が減速を始めた。
やがて電車が停まると、後ろから小学生らしい男の子が僕の脇の下をすり抜けて、目の前の女の子にハンカチを手渡した。
男の子は女の子に小声で何か言ってから、すぐに後ろの扉から電車を降りてホームの向こうに行ってしまった。
親切な男の子だなぁ。
と僕は思いながら前を見ると、座席に座ってた女の子がそのハンカチで鼻水を拭いて、何故か涙も流していて、顔中をゴシゴシ拭いていた。
季節外れの花粉症なのかな・・・
と僕は思ったけど、それよりも女の子にハンカチを渡した男の子の事をスゴイなぁと思っていた。
僕も花頼さんが花粉症になったら、ああやってハンカチを渡せる様にならなくちゃ。
そう思って手に握った自分のハンカチを見ると、僕の汗でビチャビチャになっている。
こんなハンカチじゃ、花頼さんのきれいな顔を汚してしまうかも知れないから、やっぱりダメかな。
と僕は思いながら、また吊り革を持って電車に揺られるまま、銀座の駅まで車窓から見える真っ暗な景色を眺めていた。
いくつかの駅に電車は停まって、京橋の駅を過ぎたら、次が銀座の駅だ。
「次は、銀座~、銀座で御座います。お出口右側が開きます」
と車内アナウンスが鳴って、僕は正面のガラスに映る自分の姿を見ていた。
そしたら、僕のズボンのチャックが開いていた。
「あ・・・」
と僕は短く言って、ズボンのチャックを締めようとしたら、チャックでシャツの生地を挟んでしまって半分閉まったところで動かす事が出来なくなってしまった。
そうしているうちに電車は銀座駅のホームに入っていき、やがて停車してしまった。
僕は急いでカバンを持って電車を降りた。
そして、ホームの真ん中にある柱の横で、ズボンのチャックを何とかしようとしたけど、チャックはシャツの生地をガッチリ噛んでいてピクリとも動かなかった。
「ああ・・・、もう約束の時間になっちゃう」
と僕はちょっと混乱していたかも知れない。
僕はチャックを諦めてカバンを抱えてホームから階段を昇って、花頼さんと約束していた「A9」と書かれた出口の方へと走って行った。
今日は走ってばかりだから、シャツはもう汗でビチョビチョだ。
だけど花頼さんと約束していた9時半に、何とか間に合う事ができそうだった。
僕はいつも通りに駅員の居る改札口でスイカと身分証を見せて精算してもらう。
そして出口を出て行くと、出口の側に、ベージュのワンピースに薄い緑のカーディガンを羽織って、栗色の長い髪が日差しを受けて天使の輪のような輝きを放つ花頼さんがこちらを向いて立っていて、僕を見つけると駆け寄ってきて、僕の腕に自分の腕を絡めて
「おはようございます!」
と笑顔で挨拶してくれた。
「あ、お、おはようございます!」
と僕も挨拶をした。
花頼さんの姿を見ると、僕はいつも元気になります。
もうズボンのチャックの事なんてどうでも良くなってしまいます。
花頼さんは、本当に天使なんだと思います。
「帆地槍さん、すごい汗ですよ?」
と言って、カバンからタオルを取り出して僕の汗を拭いてくれた。
僕は花頼さんに汗を拭いてもらいながら、
「は、花頼さん、いつもありがとうございます」
と、きちんとお礼を言った。
花頼さんは
「こちらこそ、ありがとうございます」
と言った。
僕は何もしていないけど、花頼さんはいつも「ありがとう」って言ってくれます。
僕はこれから、花頼さんが言う「ありがとう」に、ちゃんと応えられる様に頑張ろうと思ったのです。
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