第12話 セレナ
わたしとお姉ちゃんは、街の大通りを二人で歩いていた。
春の穏やかな風を通りを吹き抜ける。
もう夕方だから、日は傾いているけれど、まだまだ明るい。
それに、人もいっぱいだ。
立ち並ぶ屋台には、雑貨や美味しそうなお菓子が並び、人だかりができている。
通りを歩いているのは、流れの商人風の若い男性もいれば、小さな女の子を連れた母親もいる。
辺境伯のお膝元の港町は、とても栄えている。しかも、治安もかなり良いみたいだ。
わたしは思わずつぶやく。
「王都とは違うね」
「そうね」
お姉ちゃんも、うなずいた。
王都ミストラスは、王国最大の街ではある。
でも、王国の国力が衰退していくにつれて、街は少しずつさびれていた。
貿易の拠点を北方の商都キリキアに奪われ、銀鉱山も枯れたせいもある。けれど、王国政府の政治が上手く行ってないせいのも原因だ。
治安もどんどん悪化していて、ひどい犯罪もたくさん起きていた。
でも、この街は違う。
住んでいる人たちの顔は明るいし、街にも活気がある。
「辺境伯も、立派な人なんだよね」
「そうだって聞くけど、私も会ったことがないのよね」
お姉ちゃんは、大貴族ならたいていの人と会ったことがあるらしい。
公爵家の長女としても、王子の婚約者としても、パーティみたいな社交の場で挨拶する機会が多かったんだと思う。
わたしは肩をすくめた。
「王家の人たちが、辺境伯ぐらい優秀だったら……良かったのにね」
わたしやお姉ちゃんが追放されるなんてことは起きなかったかもしれない。
アトラス王子の行動は感情任せにしか見えなかった。国王陛下も暴君とまではいえなくても、あまり評判は良くない。
お姉ちゃんは微笑んだ。
「そうね。でも、私にはもう関係ない人たちだもの。私は、あなたと一緒に、この街で生きていくんだから」
「うん。わたしもお姉ちゃんと一緒の生活が楽しみ」
アトラス殿下も、王国も、お父様も、ここにはいない。
わたしの唯一の家族はソフィアお姉ちゃんで、お姉ちゃんのただ一人の家族がわたしなんだ。
この平和な街で、わたしたちは日常生活を、きっと楽しく送っていける。
そのとき、曲がり角から人影が現れ、お姉ちゃんにぶつかった。
お姉ちゃんが「きゃっ」と悲鳴を上げる。
わたしは、すりや強盗ではないかと思い、戦闘態勢を取った。
リトリアみたいな良い街でも何が起こるかはわからない。大通りで、明るい時間でも、襲われる可能性は皆無じゃない。
でも、お姉ちゃんにぶつかった人は、慌てた様子で頭を下げた。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
お姉ちゃんはこくりとうなずく。
相手の子は、小柄な女の子だった。フードとマントのついた質素な服を着ている。
外見だけなら、ごく普通の街の女の子に見えた。
わたしはほっとしかけて、次の瞬間、その顔を見て、かなりびっくりした。
相手もそれは同じようで、目を見開く。
「リディア先輩? なんでここにいるんですか?」
その少女は顔見知りだった。銀色の髪に青い瞳で、可愛らしい見た目。見間違えるはずもない
すりや強盗の方がマシだ。
強盗でも、わたしの実力なら、問題なく倒せる。
でも……相手は、敵に回したくない子だった。
「……セレナ」
わたしはその子の名前を呼ぶ。
セレナは首を小さくかしげた。お姉ちゃんが不安そうに、わたしとセレナを見比べる。
セレナは、わたしの仲間だった。つまり、わたしと同じで、公爵家に仕える暗殺者の一人だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます