第7話 二人でいれば
魔法陣が検知した敵は二人。
何者かはわからない。けど、この部屋に無理やり押し入ろうとしていることは確実だ。
この部屋は宿の二階にあるけれど、いざとなったら窓から逃げよう。
魔法の強化があれば、わたしの体でも、お姉ちゃんを抱えて一階へと降りることができる。
うん。お姉ちゃんをお姫様抱っこする騎士のわたし。
悪くない。
そんなことを考えたのは、現実逃避だ。
もし、敵が王国からの追手で、優秀な魔術師だったら、わたしが負ける可能性もある。
最初から逃げる選択肢を選ばないのは、逃げても追いつかれるかもしれないからだ。
窓から飛び降りるときに隙ができて、かえって不利にもなる。
だから、不意打ちして、先手必勝で倒す。
わたしは深呼吸した。わたしは扉の影に隠れていて、お姉ちゃんはベッドと窓の間の隙間に身を伏せてもらっている。
窓からの月明かりだけが、部屋を照らしていた。
扉が開いた。
男が二人。どちらも30代前半ぐらいで、剣を腰に下げている。無精髭を生やした冒険者風の二人組だ
男の片方が声を上げる。
「おいおい、美人姉妹が泊まっているっていうから、来てみたら誰もいないじゃないか」
「いや、間違いなくこの部屋のはずだ。結界も張ってあったし、隠れているんだろ」
「そうか?」
「ああ。さらって奴隷にして売れば、いい金稼ぎになる。だが、気をつけろよ。結界があったから、少なくとも片方は魔術師だ」
わたしは二人の会話を聞いて、ほっとした。
王国からの追手ではない。ただの冒険者くずれの犯罪者だ。
それなら、わたしにも勝機がある。
相手は、わたしたちを奴隷にして売ろうという、明確な敵だ。
遠慮はいらない。
わたしは、短剣を握りしめた。傭兵から手に入れた荷物にあったものだ。
男の片方が一歩、部屋へと踏み入る。そのタイミングで、わたしは飛び出した。
わたしの短剣が、男の胸に深々と突き刺さる。
男は声もなく、どさりとその場に倒れる。
あと一人。
わたしは短剣を最初の男の体に突き刺したままにして、次の男に向かう。
男は怒りに顔を歪めて、剣を抜いた。
わたしは手のひらに魔力を込める。
「ファイアボール!」
わたしの魔法が男の胸を貫いた。
けれど、ほぼ同時に男の剣がわたしの左肩に振り下ろされた。
男は倒れた。わたしは……勝ったんだ。
でも……。
「痛い……」
悲鳴を上げるのは我慢したけれど、相手の剣で傷を負ってしまった。
その場に倒れ込み、部屋に壁にもたれかかる。
わたしは左肩を手で押さえた。手にべっとりと血がつく。
大丈夫。深手ではあるけれど、致命傷ではないはずだ。
早く治癒魔法をかけないと……。
でも、わたしの意識が遠のいていく。治癒魔法を使う余裕すらない。
このままだと……。
そのとき、わたしの目の前を白い光が包んだ。
「エクス・ヒーリング」
その綺麗なつぶやきとともに、わたしの肩の痛みが消えていく。
わたしはおそるおそる自分の肩を触った。血の跡は残っているけれど、傷口はふさがっている。
わたしが見上げると、そこにはソフィアお姉ちゃんがいた。
お姉ちゃんは翡翠色の目に涙をためて、わたしを見つめていた。
「良かった。あなたが死んじゃうんじゃないかって……思ったら……」
わたしは微笑む。
「お姉ちゃんがわたしを癒やしてくれたの?」
「私だって、魔法を使えるの。あなたとは系統が違うけれど……」
「知っているよ。わたしはお姉ちゃんのことなら、何でも知っているもの」
でも、実際にお姉ちゃんの魔法を見て、そのすごさをわたしは改めて思い知った。
お姉ちゃんはやっぱりすごい。
「お姉ちゃんは……聖女様だものね」
「今の聖女は、アイリスよ。私は元聖女」
お姉ちゃんは目をそらした。
そう。お姉ちゃんは、聖女だった。教会の祝福を受けた特別な存在。その女性に与えられる称号が聖女だ。
お姉ちゃんは、王国の未来の妃として、教会式魔術の教育を受けていた。代々、この国の王妃は、癒やしの魔法の奇跡を司る「聖女」であることが求められる。
だから、異世界から来たアイリスという少女が、新たな聖女に選ばれるまで、お姉ちゃんは聖女だった。
アトラス殿下が、アイリスさんにこだわったのも、教会がアイリスさんを聖女に選んだからかもしれない。
でも、わたしにとってはそんなことはどうでもいい。
「わたしにとっての聖女は、お姉ちゃんだよ。傷を治してくれてありがとう」
わたしは対人戦闘特化の魔法剣士なので、簡単な治癒魔法は使えるけれど、それほど上手くない。
一瞬で深い傷を治せたのは、お姉ちゃんのエクス・ヒーリングだからだ。
お姉ちゃんは首を横に振った。
「お礼を言うのは、私の方。あなたにばかり無理をさせて、危険な目にあわせて……。私は、あなたみたいに、多くの種類の魔法が使えるわけでもなければ、戦えるわけでもない。私は……弱いの」
わたしは少し考えてから、お姉ちゃんの手をそっと握った。
びっくりした表情で、お姉ちゃんはわたしを見つめる。
わたしはにっこりと笑った。
「わたしも強くないよ?」
「嘘。あなたはこんなに強いじゃない」
「わたしが強いんだとすれば、それはわたしにお姉ちゃんを守るって目的があるから。わたしはお姉ちゃんを守ることができる。でも、お姉ちゃんもわたしを助けることができるもの。今だって、お姉ちゃんがいなかったら、わたしは死んじゃってたと思う」
「でも、あなたがいなかったら、私も死んでたわ」
「うん。だから、わたしたちは一人では弱いかもしれないけれど、二人でいれば最強なんだよ」
お姉ちゃんは顔を赤くして、そして、窓の外に目を向けた。
窓の外には、静まった街が月明かりに照らされている。
騒ぎになる前に、宿を出ないといけない。
お姉ちゃんはつぶやく。
「私たちは……この世界で生きていくことができるのかしら」
「大丈夫。わたしがお姉ちゃんについているし、お姉ちゃんがわたしについていてくれるもの。そうでしょう?」
わたしの問いにお姉ちゃんはうなずいた。
「そうね。私たちは……最強、なんだものね」
そして、お姉ちゃんはくすっと笑った。
きっと、わたしたちはどこかで幸せな生活を送ることができる。
まだ見たことのない辺境の街に、わたしたちの居場所があるはずだ。
<あとがき>
・二人が可愛い! 頑張って! と思っていただけましたら
・☆☆☆レビュー
で応援いただければ幸いです!
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