第23話 初めての魔王退治(5)

 三人の少女たちは洞窟の前に立ち、緊張の面持ちで中を覗いていた。

 俺は彼女らの後ろで、様子を見守っている。


 洞窟の壁はごつごつとした岩肌で、少しだけ茶色みを帯びていた。


 洞窟の天井までの高さや道幅は、巨体のオークが根城としているだけあってかなり広々としたものだ。

 天井までの高さはリオたちの背丈の倍以上もあるし、道幅はそれ以上ある。


 洞窟の明るさは、入り口付近は昼下がりの陽光が入り込んでまだ明るいが、奥に進むにつれて真っ暗闇になっている。


 闇の眷属であるオークは、暗視能力──暗闇の中でも問題なくモノを見ることができる能力を持っているが、俺たち人間はそうはいかない。


 洞窟探索には、灯りが必要だ。


「──【ライト】!」


 イリスが魔法を唱えた。

 彼女が手にした弓が、まばゆく輝きを放つ。


ライト】は物品にかけると、その物品が照明のように明るい光を放つようになる魔法だ。


 それから、洞窟を覗き込んでいたリオ、イリス、メイファの三人は、互いにうなずき合うと、今度は後ろにいる俺のほうを窺うように見てきた。


 このまま進んでいいのか、不安なようだ。


「気になるところがあったら助言するから、まずは思うようにやってみな」


 俺がそう言うと、三人はこくんとうなずいて、おっかなびっくりという様子で洞窟の中へと足を踏み込んでいった。


 リオが先頭になって進み、イリス、メイファが後ろについていく。

 イリスが手にした弓の灯りが、周囲の壁にゆらゆらとした影を作り出していた。


 俺は彼女らの数歩後ろをついていきながら、自分でも【ライト】の魔法を使い、持っている短剣の一本を照明に変えて鞘にしまっておく。

 いざとなったときにイリスの灯りが頼りだというのでは、引率の先生として十分な仕事はできないからな。


 少女たちは周囲を警戒しながら、洞窟の道をゆっくりと進んでいく。

 道はしばらく一本道で、うねうねと蛇行しながら続いていた。


「ねぇ、リオ……」


「なんだよ、イリス」


「【ライト】の魔法、リオの剣にもかけておいたほうがいいかな……?」


「あー、まあな、あると助かるかも。オレがイリスの前に立つと、前が暗くなっちまうんだよな。魔力は大丈夫?」


「うん。【ライト】はほとんど消耗しないから、大丈夫だと思う」


「じゃあお願い」


「分かった。──【ライト】!」


 俺はそんな二人のやりとりを見ていて、よしよしと思う。


 彼女たちにはそうやって、自分たちで考えて動けるようになってほしいと考えているからだ。

 教師の指示を受けないと何もできないような勇者には、育ってほしくない。


 そんなことを思っていると、メイファがイリスの横に寄って、うりうりと肘を入れる。


「……そんなこと言って、本当は、暗いとイリスが怖いだけ。……イリスは怖がり」


「ちちちち、違うもんっ! メイファはそうやって、すぐにからかう!」


「……だったら、こうしたらいい……ごにょごにょごにょ」


 メイファは何やらイリスに耳打ちをする。

 その際に、いつものいたずら好きの顔で俺のほうをちらと見た。


 一方でメイファから耳打ちをされたイリスは、ぼんっと顔を赤くした。


「そそそ、そんなことできるわけないでしょ! 何考えてるの、メイファのバカ!」


「……そう言いながらイリスは、まんざらでもないと思ってる」


「違うもん! 私、そんなこと──」


 そう言いながら、今度はイリスが俺のほうを窺うように見てきた。

 それからまた顔が真っ赤になり、ぶんぶんと首を振る。


「……そんな迷惑なこと……思ってないもん……」


 そう言って、イリスはしゅんとなってしまった。

 まったく、いったい何なんだ。


「おいメイファ、何だか知らんがイリスが困って──」


「……そんなお兄さんに……イリスをどーん!」


「うわわわわわっ……!」


「って、イリス!? ──おっととととと」


 何を思ったか、メイファがイリスの背中をドンと押して、俺のほうへと突き飛ばしてきた。

 俺は慌ててイリスを抱きとめる。


「っと……大丈夫かイリス」


「は、はい……。……でも、先生の胸に抱かれて、先生のにおいで、くらくらして……」


「……は?」


「はっ……! ──いいいいいえ、なんでもありません!」


「お、おう、そうか。それならいいんだが」


 なんか今、不穏な言葉が聞こえたような、聞こえなかったような。

 だがそれよりも、今はあいつだ。


「おいメイファ、お前いったい何やってんだ、真面目にやれ。いつどこからオークが襲ってくるか分からないんだぞ」


 俺はメイファにそう注意する。


 もっとも、俺が【拡大聴覚ハイヒアリング】で確認している限り、まだ近くにオークがいる様子はないから、実際は大丈夫なのだが。


 そんなことは、メイファは知らないはずだ。

 なのにふざけるというのは、緊張感が足りないということで──


 などと思っていたのだが。

 メイファは首を横に振る。


「……大丈夫。……まだ近くにオークはいない」


「なんでそんなこと分かるんだよ」


「……お兄さんも、分かってるはず。……だって、さっき使ってた」


「はぁ? お前何言って──」


 そこまで言って、俺は脳内で一つの可能性に行きついた。


 そしてその可能性は、メイファの性格や能力と合わせて考えれば、すぐさま確信に変わった。

 まさか、こいつ──!?


 一方メイファは、俺の表情の変化に気付いたのか、ニヤァっと笑う。


「……気付いたみたいだね、お兄さん。……その顔が見たかった。頑張った甲斐があった」


 そう言って、メイファが今度はにっこりと微笑んだ。

 いつか聞いたようなセリフに、いつか見たような天使のような悪魔のような笑顔。


 俺はメイファに問いかける。


「メイファ、お前──【拡大聴覚ハイヒアリング】、いつの間にか修得してたのか? それで今、使ってるってことか……!?」


「……正解。……教科書を見て、面白そうな魔法だと思ったから、この一週間の間に勉強した」


 にこにこ笑顔で答えるメイファ。


 確かに【拡大聴覚ハイヒアリング】は初級魔法だし、メイファが特に得意とする風属性の魔法だ。


 だが初級は初級でも、【発火イグナイト】や【水作成クリエイトウォーター】、【ライト】などの基礎魔法と比べると一段階上、【炎の矢ファイアボルト】や【癒しの水ヒールウォーター】などと同レベルの初級中位魔法であり、そう易々と修得できる魔法ではないはずなんだが──


 メイファのやつ、相変わらずバケモノっぷりだし、相変わらずの才能の無駄遣いだ。


 だがこれを頭ごなしに否定するのも良くない。


 それを修得する余力があるならこっちを覚えたほうが──なんて教師が考える最適解の押しつけをして、生徒が自ら楽しんで学ぶ芽を潰してしまっては逆効果だ。


 メイファのやつは多分、ある程度自由にやらせた方が伸びる。

 だったらこれは注意せず、放置だ。


 それはそうと──


 俺は自分の腕の中に収まっているイリスに聞く。


「ところでイリスはさっき、メイファから何を言われたんだ?」


「うっ……せ、先生には、内緒です……(……怖いから先生の腕に抱きつきたいなんて、言えるわけないじゃない……メイファのバカ)」


「ん……? 今ボソボソっと何か言ったか?」


「いいいいいえ! 何でもありませんっ!」


 イリスは顔を真っ赤にして、わたわたしながら全力否定した。


 俺の天使が壊れ気味な気がする今日この頃である。

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