将軍を拾った。

うなぎの

第1話

 真夜中、爺が血相を変えて寝室のドアを開けた。

屋敷の西館に当たる場所に雨のようにロケットが撃ち込まれているのがここからでも見える。恐らくは、クーデターが起きたのだ。


「お坊ちゃま!ジョンソンお坊ちゃま大変でございます!!」


「わかっている・・・爺。皆は?」


「わたくしたちの事などどうだっていいのです!さ!お早く!」


爺はそう言って、部屋に入ってくるなり寝室の壁を叩き、隠し通路の扉に手を掛けた。爺とは生まれる前からの付き合いだ。誰よりもこの屋敷に精通し、祖父や父上の代から仕えてくれている。とても信頼できる人物だ。非常事態だが、この人物に任せておけばきっと間違いない。うん。大丈夫に決まってる。


「お坊ちゃま。ここはあなた様方キム家と、代々お仕えしております私共の一族しか知らない秘密の通路でございます。安心して避難艇までたどり着けるでしょう。さ。お早く」


ガチャ・・・・。


爺が隠し扉を開けた。すると。


『っ!!!!!!』

『だッ!誰だっ!!』

『いや待てこいつは!執事長だ!』

『いたぞ!!!』

『こっちだ!!』


ガチャ・・・・(そっと締める音)


「・・・爺?」


・・・ふるふるふるふる・・・・!


「じ・・・爺?!大丈夫なのか?」


「おのれ俗どもめ!我が君の魂が宿るこの地を汚い足で踏みにじりおって!!!決して許さん!!許さんぞぉっ!!!おおお!!!おおお!!!!おおおおおおおお!!!!」


「爺!爺!!落ち着け!落ち着くんだ!そんな事より早く別の道から逃げよう!」


ガンガンガンガンガン‼‼‼

ガンガンガンガン‼‼‼


「まずい!」


『ここだッ!ブリーチを持ってこい!!』

『急げ!奴も居た!!』


「爺っ!!こっちだ!!」


ドグァ!!!!!!!!!!


『・・・っ!!!』


「爺!?爺!!」


「ああ・・・・・ああ・・・・・お坊ちゃま・・・よかった・・・おげんきそうで・・・しかし、ああ。わたくしの足が・・・わたくしの足の感覚が・・・」


「心配するな!どちらもある!」


「え?本当に?で・・・では両手」


「大丈夫だ爺!さっきの爆発音は、屋内ブリーチング用の超新星6号。人体への影響はほとんどない」


『部隊に通達!退路を塞げ!!いそげっ!3秒後に突入!おまえ!俺の後ろに付け!!』

『了解!!』


「そうでしたか。よかった・・・しかし、わたくしめはここまででございます。どうかわたくしの遺灰は、亡き旦那様と奥方様のお墓の良く見える場所へ撒き、その近くにわが故郷の桜の木を植えて下され。そして、毎年この時期になったら、わたくしの事を思い出し、南の夜空を見上げてください。そこに浮かぶ1等星、それこそがあなた様でございます・・・・」


「ああもう!!こんな時になにを言うんだ!とにかく逃げるぞ!」


「ああん」



『いたぞ!!こっちだっ!』



ダダダダダダダダダッ!!!!!!



駆け付けた兵隊たちのライフルが一斉に火をふいた。

とっさに逃れたテーブルにいくつもの風穴があく。磨かれた花崗岩の床の上に空になった薬きょうがいくつも散らばり音を立てた。


「・・・鉄龍九号・・・3・・・・6・・・12・・6・・・・3・18・・・・・・12・・9・・・・・・・・36!」


『そうてんっ!!!』


「爺!こっちだ!」


『ッ!!!』

『隣の部屋だッ!!』



ダダダダダダッ!!!!!!!!



「ひ・・ひぃーー!!」


「大丈夫だ爺あの弾はこの壁を貫通できない!行くぞ!」


「行くってお坊ちゃまわたくしまだ心の準備が・・・あ~~~~!」


パリーン!!!


3階からの高さだったが。庭師が丁寧に丁寧に剪定してくれている椿のおかげでケガはない。見た目も美しいこの植物をこの場所に植えたのはきっと気まぐれなどではないだろう。


「ご先祖様、ありがとうございます・・・・爺ッ!」


「ここでございまする・・・」


「いそげ!行くぞ!」


「あ・・・足が・・・・」


「どっちもあるからッ!」


噴水やご先祖様の胸像を挟んだ向かいの通路をフラッシュライトの閃光が揺れながらいくつも通過するのがぼんやりと見えた。それらは不自然に立ち止まり、一斉にこちらを向く、報告が入ったのだ。


「こっちだ!」


『いたぞ!!』


ダダダダダダダダダダダ‼‼‼‼‼


「ひえええーーー!」


「っ!一瞬でも遅れていたら・・・しかし、どこに逃げれば・・・」


「お坊ちゃま!お坊ちゃま!こちらでございます!」


「壁・・・?いやそれはいったい?」


「我が国に伝わりまするどんでん返しでございます。さぁ音を立てないように・・・」


「こんな所にも。爺、感謝する。君には助けられてばかりだ」


「・・・」

「・・・」


『どこへいった・・・・?近くだ!探せ!!』


(しぃー)


頷くジョンソン。

頷く爺。


「は・・・・!」


(爺?まさか!くしゃみなのか?)


「・・・ハ!・・・・ハッ!!!」


(ダメだ爺!辛いかもしれないが!今は耐えてくれ!)


「ハッ!!!」


(そうだ!!)


人差し指と中指で人中をそっと抑える。するとなんという事でしょう!くしゃみがピタリと収まってしまいました!


「・・・ふぅ」

(よかった・・・)


ぷうううううううっ!!・・・ギッ!


(爺!・・・くさいぞ!)

(申し訳ございませんお坊ちゃま。夕食で食べた納豆が腐っていたようです・・・・)

(納豆ははじめから腐っている)

(なんですと?お言葉を返させて頂きますがあれは発酵!発酵でございますお坊ちゃま)

(わかったわかったからハッコーだな?キムチと一緒だ)

(左様でございますお坊ちゃま)


『今何か聞こえなかったか?』

『俺じゃない』

『俺でもないぞ』


(あ・・・わしわし)

(いいから!しかし、ここは?)

(この場所はミンヒ司令官が秘密裏に作らせました隠し通路でございますお坊ちゃま)

(ミンヒ司令官が?彼は今無事なのか?)

(どうでございましょう?優秀な男です・・・実に優秀な男でございます)

(そうか、ならばきっと無事でいてくれるな・・・彼に感謝しなくては。無事でいてくれ・・・みんなも・・・)

(お坊ちゃま。きっと皆さまもお元気でおられるはずでございます。またどこかでお会いできますように、まずはあなた様が健やかで居なければ)

(そうだな・・・爺。行こう)

(はい。こちらでございますお坊ちゃま)



隠し通路を抜け、開けた場所へ訪れる。ここは、格納庫?



「・・・爺」

「・・・」


一部が海へと直接つながるその場所には、構想段階で開発中止となった兵器の数々がずらりと並べられていた。


「爺!いったいこれは何だ!鉄槍に、超火砲、天輪まで・・・」


「落ち着いてくださいお坊ちゃま。これも我が国を守るためだったのでございます・・・ですが・・・あなただけでも」


「爺危ない!!」


ダダダダダダダッ!!!!


『ちっ!』

『ここだぁ!ここだ!』


「爺!逃げるぞ!」

「はいお坊ちゃま」


数々の没アイデアの中に偶然か、必然か。それはやはり在った。


「起死回星1号・・・」


誇り高きわが民族の風習にあまりにも相応しくないという理由で製造されなかった万能脱出艇だ。しかし、これがあれば父上や母上は助かったかも知れないな。


「さあ、爺」


「いいえお坊ちゃま。ここからはあなた様お一人で行くのです」


「なぜだ!」


「ここにあるシークレットウエポンにかかれば、たとえこの起死回星1号であっても我々は簡単に海のモズクと化す事でしょう」


「食物連鎖(Food chain)の過程で、そうなるかもしれないが・・・何故モズク(藻類の一種)なんだ?」


「・・・」


『いたぞおお!!』


やはりわが国が誇る優秀な兵士だ。一人がそう言うと、次から次へと、通路や、ダクトや、何の変哲もないゴミ箱の中から屈強な兵たちが飛び出し、ライフルが火を噴いた。


「お坊ちゃま!!」

「爺!爺!」


なすすべなく脱出艇に押し込まれ、特殊な樹脂でできた扉が閉じられる。


「爺!!」


爺が脱出艇を押し出す。


「お坊ちゃま!必ずこの爺やあなた様の元へと馳せ参じまする!ホアアアアアアッ!!!!アチャアアアアッ‼‼‼‼」


「爺いい!!!!」


・・・・・・・・・・・・どんぶらこどんぶらこ・・・・・・。


「・・・・爺・・・」


ジョンソンを乗せた脱出艇は暗く冷たい水の上を漂っていた。この起死回星1号が彼の設計通りに製造されているのなら、これは地球の裏側まで逃げることが出来るはずだった。ジョンソンは暗く、せまい空間が与えるストレスを減らすために透明部品にした足元を覗き込んだ。


「ここをシースルーにしたのは間違いだった・・・」


足元には永遠と冷たい暗闇、ただそれだけが広がっていた。


「・・・釣りでもしよう」


ジョンソンは壁のスイッチを操作した。やはり、我が国の優秀なエンジニアたちだ。備え付けられた釣り機能は正常に動作して、てっぺんから伸びた釣り竿が糸を海へとたらす。エサは濃縮された練り餌。桃源12号。あとは待つだけだ。


ジョンソンは座り直し、もう一度海の底に目を凝らした。

はじめこそ闇ばかりが広がるような陰鬱な場所に見えたがじっくりと落ち着いて観察してみるとそこには豊かな生き物たちの生活が広がっていた。図鑑で見るのとはまた一味違う、新しい発見だ。悪い事ばかりじゃない。


「あれは!ラブカ!?こんな海面近くに!それに、オキアミの群れだ・・・サバに・・・それを追うバンドウイルカ・・・あっ!メンダコだ・・・かわいいな・・・」


・・ふわふわ・・・ふわふわ・・・ふ・・・!?・・・ササーッ!。


・・・・・・・ずぉおお・・・・・・・・・!


「ん!?あれはなんだ?!大きいぞ!?クジラじゃない!もっともっと大きい生き物だ!あの隆起した背中の骨格!まさかゴジ・・・!いや違う!!まさか!本当に居たのか!あれは海溝に住まう者!巨大怪獣デカゴン!!」


ぎゃあああああおおおおおんん!!!!!!!


「・・・まずいっ!うわあああ!!!!!」


***


ざざーん・・・・ざざーん・・・・。


鋭角に差し込む朝日が通学路に差していた。この日も平凡に、学校へと向かう女子高生が二名。名を渚(なぎさ)と、由夏(ゆか)と言った。


「あ・・・ぁ・・・・あ・・・あ!あかえんぴ・・つ」


「つ・・・つつつ・・・ツンデレ!」


「れ・・?れ・・・れ・・・レターボックス」


「す?・・・すす・・す・・・・酢!」


「!」


向かいから小学生たちがやって来る。どこで毟ってきたのか、手には青々とした草の茎が握られていてその先で熟しきっていない穂がふさふさと揺れていた。焼けた半そでとそれを振り回しながらすれ違いざまに言う。


『お姉ちゃんたち高校生なのにしりとりなんてしてるの?!』

『子供じゃん!子供じゃん!!』


「・・・ッ!」

「んあ?いいじゃんかぁ。そんな事より、君たち気を付けて学校いきなよ!」


『はーい!!』


笑い声

叫び声


「まったく、口の減らない子供達だこと」

「・・・・」

「どしたの?」

「その、やっぱり変だよね?しりとり・・・なんて?」


「そう?」


「うん・・・ごめんね渚まで・・・私と一緒に変だと思われちゃって・・・」


「あは。別にいいじゃん。変なの。ゆかちん」


由夏、顔を赤らめる。


「!その呼び方・・・二人だけの時だから・・・いつも、嬉しいけど・・・そのちん・・・って・・・・いうのは」


「あーー!!」


渚が波打ち際に何かを発見する。彼女は目がいいのだ。


「なにあれ!!でっかい玉みたいの打ち上げられてる!」


「玉?!でっかい玉!?どれ?!どれ?!」


「食いつきw・・・あそこあそこ!ほら!」


「ほんと・・・なんだろう。つるつるに剃ってある・・・みたい。それに、色もセルリアンブルーだし、ひとつだけ・・・だね?」


(しょんぼり)


「なあにガッカリしてんの。ねえ行ってみよ?」


渚、由夏の手を引いて防波堤の階段を駆け下りる。


「渚・・・!靴に砂が・・・入っちゃうッ!」


「気にしない気にしない!後で払えばいいじゃん」


「え・・・うん・・・そう、だね?」


とたたたたたたたた・・・・。


「走るの久しぶりー!楽しいね!」


「え!・・・うん」


「ふぅついた。近くで見ると結構大きいね。なんだろう?もしかして宇宙船だったりする?」


そう言って渚は靴に付いた砂を払い落とす目的も含めて、球体を一度蹴った。けり心地は固く、中はどうやら空洞になっている。


「えっ!!えっ!!エイリアン!?わたしやだよぉ!やだよぉ!渚ぁ!」


「だいじょぶだいじょぶ。エイリアンは地球の重力とか気圧とか温度とか降り注ぐ宇宙線とかの環境に適応できないんだから」


「本当?」


「ほんとほんと。コーシローが言ってたし」


「よかった」


「それに、なんか壊れてるみたいだし、へいきへいき」


渚は、レスリングさながらの勢いですがりつく由夏を落ち着かせて、球体のてっぺんを指さした。


「アンテナかな?」


「どうだろ・・・?折れてるみたい?渚・・・気を付けて!」


「うん。ああこれ!アンテナじゃなくて釣り竿だよ。糸も針が取れちゃってるけど。大物がかかったのかな?・・・エイリアンも釣りするんだねえ」


「えっ・・・竿?・・・竿・・・・だったんだ・・・折れちゃったんだ・・・ね?」


(しょんぼり)


「そおみたい。こっち来て!開けられそうだよ」


「溶ける汁とか出てない?大丈夫渚?」


「もし出てきたらすぐ海で洗わないとねー・・・・うん!しょ!由夏!そっち回してみて!」


「うん。私も・・・もし、汁が出てきたら渚といっしょに洗うね?」


「学校もさぼっちゃおうか?ぅんっ!!!」


「でも・・・テストも近いし・・・・・ん!!!!!」


「あはは、そうだね。うんっしょッ!!!」


ぶしゅう・・・・・・。


『!!!』


「開いた!!」


「よかった。なんとも、無い、みたい・・・」


「あっ!!由夏!頭!頭!!」


「ひっひやぁあいっ!!!取って!!取って!!」


「なんてね」


「んもう。でも、よかった」


「ごめんごめん。さてと中身はと」


「渚・・・気を付けて」


「うん。ああっ人だ!人だよゆか!白目向いてる」


「えっ?あっ!よだれもたれてるっ!お腹空いてるのかも・・・!気を付けて!」


「違うでしょ。・・・ぁあ、大変だ。この人息してないや。引っ張り出すから手伝って!」


「え!?うん!」


『うんしょ・・・!』


「どうしよう・・・渚。誰か大人の人。呼んだ方がいいんじゃ、ないかな?」


「ううーん。まぁ任せて!」


「え!?」


「気道確保!舌根沈下なし!」


「えっ!!えっ!!!!渚!!!!???」


ふうううううううう・・・・!


『!!!』


がばっ!


『・・・縺薙%縺ッ荳?菴薙←縺薙□?滂シ!!!!』


「うわぁっあ!起きた!」


「わあ!!すごいすごいよ渚!王子様みたいッ!」


「ふふん。まあね、ざっとこんなもんだって。ってか、何語?」


「・・・未知との・・・遭遇。だね?」


「はあ・・・・はあ・・・幸い、僕はその言語を知っている。まずは、あなた方の救護活動に感謝いたします。僕はジョンソン。僕は。とある国の最高指導者。あなた方の言葉でいうところの・・・」


「・・・」

「・・・ドキドキ!」


「将軍です」



 





             第一話 将軍を拾った。








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