怪人雨女
夏川冬道
第1話
糸井咲子は自他に認める雨女である。小中学校の行事はことごとく雨に降られ、高校の修学旅行の時はディズ〇ーランドに大雨が直撃した。それからも咲子のイベントにはいつも雨降りが続いていた。こうなったら咲子は雨女として開き直るしかなかった。
その日、咲子はとあるショッピングモールに来ていた。彼女のお目当てはそこのショッピングモールに新しく出店したクレープチェーンで、女子高生の中では人気を博しているらしい。咲子はOLという仕事の傍ら、主に食レポの動画配信を細々とやっていた。今日はオフの時間を利用してそのクレープ店に取材にやってきたのだ。カメラの準備もばっちりでバッグには折り畳み傘が入っている。いつ雨が降っていてもいいようにだ。とにかく咲子は万全の準備を整えて今回の取材に臨んでいるのだ。
「……久しぶりの取材でドキドキする」
咲子の胸の中はクレープのことでいっぱいだった。流行る気持ちを抑えつつショッピングモールに足を踏み入れた。そしてその頭上には分厚い雲が不穏に広がっていた。
◆◆◆◆◆
ショッピングモール内部にある情報端末は小さく天気情報が書かれていて、今日の天気は曇り時々雨、降水確率は20%と書かれていた。
しかしそのことに買い物客はあまり気にしておらず大盛況だった。こころなしか女子高生が多いような気もした。そんなショッピングモール内を縫うように咲子は歩きフードコートを目指した。フードコートに行けばクレープを食べられる。それ故に足取りは軽く迷いはなかった。
やってきたフードコートは照明が明るく多くの家族連れに賑わっている憩い場のようだった。咲子は素早く空いている席にエコバッグを設置して場所を確保すると素早くお目当てのクレープ屋『ネイヴェルクレープ』に向かった。やはり都会の人気店は格が違いクレープを目当ての女子高生が列をなしていた。咲子は決断的に行列に並んだ.。虎穴に入らずんば虎子を得ず。咲子は行列に並ぶときそのことわざが脳裏に浮かんだ。
行列は一人ずつゆっくりと動いていき、ついに咲子がオーダーを受ける番になった。ニコニコと温和そうな雰囲気を持つ店員が笑顔で咲子を出迎えた。
「ご注文は何にしますか?」
「バナナクリームクレープで」
「かしこまりました」
すんなりとオーダーはうまくいき、咲子はレジで代金を払い、バナナクリームクレープが出てくることを待った。数分後、もう一人の店員がバナナクリームクレープを咲子に渡した。ミッションは達成だ。あとはエコバッグのある席に戻るだけだ。咲子は無事にバナナクレープを買うことができて安心した。
その時、咲子のスマホにLINEの着信音が鳴った。咲子は大急ぎでエコバッグのある席に戻り、クレープをテーブルの上に置きスマホでLINEを確認した。内容は大学時代の友人からだ。内容は大学時代の友人とそのボーイフレンドが海外のリゾート地で楽しそうなツーショット写真だった。その写真にはボーイフレンドにリゾート地でプロポーズをされたことが掛かれた文章が添えられていた。
咲子は大学時代の友人におめでとうとこころの中でエールを贈った。
咲子はスマホを置き、改めてバナナクリームクレープに向き合った。素早くエコバッグに小型デジカメを取り出しバナナクリームクレープを撮影した。あとは実食のみだ。そう思ったとき、ふと咲子は誰かからの視線を感じた。
咲子は気のせいだと思いつつ視線の主を追って周囲を見渡してみた。しかし、周囲には仲良さそうな家族連れか高校生カップルぐらいしか見当たらない。
「おねーさん、誰か探しているの?」
ふと顔を見上げれば正面に見知らぬ少女がいた。小学校高学年から中学生ぐらいに見えるが、それにしてはどこか浮世離れした空気を感じた。
「だ。誰なの……私は見世物じゃないよ」
「驚かせちゃった? 私の名前は笛吹レナ。見ての通りただの通りすがりだよ」
「ただの通りすがりが私に何の用……底辺動画制作者がそんなに珍しいかしら?」
咲子は困惑した表情でレナを見るがレナはどこ吹く風のようだ。
「別におねーさんがやってることには興味がないんだ」
「え?」
「私が用事があるのは……おねーさんの中にある龍の力だよ」
そう言うとレナは謎の光弾を咲子に向かって発射した! 咲子は突然の光弾にまったく反応できず光弾をもろに命中してしまった。咲子はそのまま机に倒れ伏せてしてしまいデジカメをフードコートの地面に落とした。レナはそっと落としたデジカメを咲子のエコバッグに戻した。
咲子は倒れ伏せながらうんうん唸っていた。
「おねーさん、手荒な真似をしてごめんね。でもおねーさんの身体に隠された龍の力は人の身には有り余るもの……だから回収させてもらうね」
レナは咲子に謝罪の言葉を述べるとしめやかに咲子の身体をまさぐった。咲子の身体に眠る龍の力の根源を探り当てようとしているのだ。
「ここかな? いや、ちょっと違うかな……龍の力は確かに感じるのになかなか場所が絞り切れないな」
レナはもぞもぞと龍の力の根源の所在を探ろうとする。だが突然レナの腕が掴まれた。糸井咲子の腕だ。咲子の意識はもうろうとしているはずだ。いったい何が起きているのだ。
「腕をつかむ力が強い……ひょっとしておねーさんの中にある龍の力が暴走しているの!?」
咲子が恐れていた事態が脳裏をよぎりだしたとき、突然、ショッピングモールのスプリンクラーが暴走しショッピングモールに突然、雨が降り出した! たちまちショッピングモール内はパニックに陥った!
「なんだなんだ!?」
「火事か!? 火事なのか!?」
混乱するショッピングモールの客たち! モール店員が大慌てで避難誘導を開始した!
「ぐぬぬ……ただの底辺動画配信者だと思えない力だ。恐るべきは龍の力か!」
レナは咲子に眠る龍の力に恐怖した!だがそのまま咲子はレナを投げ飛ばした! そのままレナはフードコートの床にたたきつけられた!
「フギャーッ!」
レナは思わず悲鳴を上げた! しかしレナは痛みに耐えながら立ち上がり見た。幽鬼のごとく立ち上がる糸井咲子の姿を!
咲子の眼は黄金に輝き、咲子の身体からものすごいオーラがほとばしっていた。
「我の眠りを妨げたのは貴様か……極刑に処してやる」
普段の咲子を知る人が聞けば卒倒するような恐ろしく低い声色で咲子はレナに宣告した! もはやこれは糸井咲子ではない! 激しい憤怒に高ぶる龍神だ!
「ひっ!?」
レナは根源的な恐怖に身震いした!歴戦の退魔師ですら戦慄する! これが世界最強クラスの妖魔の力を宿すものの潜在能力か!!
咲子の意識を乗っ取った龍は右手をふるい電撃をレナに向かって発射した! レナは急いで回避したが電撃はフードコートの椅子に命中!バリバリと音を立てて破砕された!
「なんて強力な電撃! まともに当たったら無事じゃいられないよ!」
レナは恐怖に震えながら打開策を考えた! 目に留まったのはバナナクリームクレープ! 一か八かやるしかない!
「えーい! なるようになれ!」
レナはバナナクリームクレープを拾うとそのままレナに向かって投げつけた!よい子はマネしてはいけない!
「……我の恐ろしさにトチ狂ったのか?」
咲子はいとも簡単にバナナクリームクレープをキャッチした。
だがその時、咲子の意識を乗っ取った龍に異変が起きた! 突如バナナクリームクレープを食べたいという衝動が芽生えたのだ! これは糸井咲子の意識が覚醒する前兆か!
「貴様……何をした! 我がこんな食べ物で制御できると思うておるのか!? ……でもおいしそう!」
食欲と理性の間で葛藤する龍!だが食欲には勝てなかった!咲子の意識を乗っ取った龍はしばらく唸り声をあげた後、バナナクリームクレープを食した!もぐもぐと勢いよくバナナクリームクレープを食べ進み、ついに完食した!
「バナナの素朴な甘みと厳選された北海道産牛乳を使用した生クリームの濃厚なうまみの相乗効果でものすごくおいしい!」
咲子の意識を乗っ取った龍はバナナクリームクレープの感想を述べるとそのまま床に倒れ伏せた!
「これはなんとかなったの……」
咲子の意識を乗っ取った龍が倒れた姿を見てレナは思わず脱力した。そしてとりあえずおねーさんを連れてショッピングモールを脱出しなければならないとレナは思った。とりあえずレナは咲子の身体を揺り動かしてみた。
「あれ……少し記憶が飛んだような気がするって、なんでフードコートが水浸しになっているの……それにフードコートに人がいない……さっきまで高校生カップルと家族連れに賑わっていたのに」
「えっと、詳しい話はあとでするから早くショッピングモールから脱出しないと!」
レナは咲子にショッピングモールから出ることを促した。
◆◆◆◆◆
ショッピングモールのスプリンクラーは機械の突然の故障ということになり、ショッピングモールは数日間の休業を余儀なくされた。しかし大事にならなかったのは不幸中の幸いだった。そして何事もなかったかのように日常が戻ってきたのだ。
そしてその日は朝から雨が断続的に降っていた。降雨量は少ないがなんとなくうっとおしい。糸井咲子は折り畳み傘エコバッグから取り出し、笛吹レナに渡した。
「おねーさん、この折り畳み傘を私にもらっていいの?」
「実は折り畳み傘をもう一つ買ってみたんだ……」
そう言って咲子はエコバックからもう一つの折り畳み傘を見せた。
笛吹レナはあの後、所属する組織に始末書を提出したあと、糸井家に監視の名目で居候することになったのだ。そして咲子はレナを動画制作の助手として一緒に食レポ動画やゲーム実況動画を制作しているうちに登録者数が微増したのだ。
咲子に眠る龍の力は今のところはぐっすり眠っている。だが龍の力を狙う輩も少なくないのでまだ油断はできない。時が来ればまた咲子の身体を乗っ取り暴れだすだろう。
「今日に向かうのは最近できた次郎系ラーメンの店だっけ?」
レナは咲子に今日動画撮影のため向かう店の確認をした。
「そうそう、確か名前はラーメン浦次郎とかいう名前だったような」
わいわいと会話しながら雨降る道を二人は歩いて行った。
怪人雨女 夏川冬道 @orangesodafloat
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