忘れない

「じゃ、まずは俺から。55点! 頑張ったんだけどねー。これでもたぶん下の方なんだよね。今回はみんな強かったわ」


 ほらっちさんは55点。普通なら勝っててもおかしくない点数なんだけどね。そういえば、大進歩1枚も取ってないんだ。盤外点は野菜スライサーと飼料部屋だけ。飯はほとんど煮沸窯と段丘だけでなんとかしてた。動きに無駄がなくて、ホントうまかったな。


「石積君は59点! いやー、やっぱり最後のほら吹きは止めてやればよかったかなー」

「勘弁してくださいよ」


 59点か。60点いってると思ってた。途中石窯取り損なったミスが響いたのかな。

 次は私。自己ベストなのは間違いないんだけど、どうせ2位なんでしょ。2位コレクターですから。はいはい、知ってます知ってます。


「織木さんは60点! 大台に乗ったねー」

「えっ!? 60点!?」


 椅子の背もたれに身を預けた体勢から、思わずガバッと身を起こした。全然計算してなかったけど……私、そんなにいってたの!? てか、石積君に勝ってたの!?


「マジですか!? ホントのホントに60点!?」

「ホントのホントに60点だよ」


 え……じゃあ、もしかして、もしかして……。


「くびきさんは51点。すごいね。5グリで全員50点越えてるよ」

「ホントにねー。51点で最下位とか魔境過ぎるでしょ」


 最後は甘菜ちゃん。えっえっ、どうしよう。甘菜ちゃんも60点いってるとかないよね? さすがにないよね?


「甘菜ちゃんは59点! いやー、ホント大接戦だったね! お疲れ様でした!」


 え、と……これ、私が1位ってことでいいんだよね? 私が1位ってことでいいんだよね? 思わず周りを見回したら、甘菜ちゃんが一瞬悔しそうに顔を伏せたのが目に入った。でも、すぐに精一杯の笑顔を作って、顔を上げる。そして私に向かって、こう言ってくれた。


「やりましたね、織木さん! おめでとうございます!」


 ……勝った……? 私が……?

 ホントのホントに、私が勝った……?


「やったああああああ! アグリコラで、初めて勝ったああああああああ!」

「やったね、織木ちゃん!」

「初勝利おめでとう、織木さん」

 

 くびきさんとほらっちさんも、お祝いを言ってくれた。


 誰が見ているわけでもない。どこかの団体の公式記録に残るわけでもない。この試合を記録しているのは、同梱されていた小さなスコアシートだけ。サンナナという店で、5人でアグリコラというボードゲームをした。勝者は織木羊子。ここにいない全ての人にとっては、取るに足りない小さな小さな出来事だろう。だけど、私は忘れない。きっと、一生忘れない。今日この5人でアグリコラをして、こんなに良い試合が出来て、そして初めてアグリコラで勝てたこと。そのことを、私は一生忘れない! そのぐらい、ムチャクチャ嬉しい!


「ありがとうございます! 嬉しい! ホントにムチャクチャ嬉しいです! ありがとうございます! ってあれ……甘菜ちゃん?」


 ふと目をやると、甘菜ちゃんが泣いていることに気が付いた。


「え、え、どうしたの、甘菜ちゃん」

「あ、いえ、大丈夫です、織木さんが勝ったのが嬉しくして……」


 涙を拭いながら、たどたどしく説明を始める甘菜ちゃん。


「織木さん、アグリコラを始めてからすぐに強くなって、すごく頑張ってて、それでもなかなか勝てなくて、だから私ずっと心の中で織木さんを応援してたんです。もちろん自分が勝てそうなときは別ですけど、織木さんとお兄ちゃんの勝負になったときはずっと応援してました。だから、今日織木さんが勝ったのが自分のことのように嬉しくて」


 ……甘菜ちゃん……甘菜ちゃん、甘菜ちゃん! あああああ、なんて良い子なの、甘菜ちゃん!


「……もー、やめてよ甘菜ちゃん、今涙腺ヤバイんだからー」

「えへへ。すいません」


 それでも甘菜ちゃんは、涙を拭った後、私に向かってこう言った。


「負けたのは、やっぱり悔しいですけどね」


 ……そうだよね……。甘菜ちゃんも、メチャクチャうまく回ってたもんな。家具職人小屋と塗装美術家と家族向け住宅のコンボは本当にヤバかった。ホエイ桶と厩の木と厩見本作りのコンボも強かった。あそこからファサード彫刻が出てきたときは、拍手しようかと思ったぐらい。本当に強かったよ、甘菜ちゃん。


「あのー……終わりました?」


 予想外のところから、声をかけられた。

 あー! さっき、自習スペースで勉強してた人だ!


「さっきの子が勝ったんですね。おめでとうございます」


 えー! すごい! 見ず知らずの人から、おめでとうって言われちゃったー!


「あ、ありがとうございます! さっきはなんていうか、その……えーと、とにかくありがとうございます!」

「あ、いや、あれからどうなったのかなって、様子を見に来ただけだから」

「すいません、うるさかったですか?」

「勉強中はヘッドホンをしてるから大丈夫です。じゃ、僕はこれで」


 去り際に、その人はこうも言ってくれた。


「今度、僕もボードゲームやってみようかな」


 その言葉が嬉しくて、嬉し過ぎて、私はまた涙がこぼれないように気を張りながら、言葉を返した。


「はい! 是非!」





「良かったね、織木ちゃん」

「はい」


 ああ……今日はなんて良い日なんだろう。こんな嬉しいことってあるんだろうか。天にも昇る心地とはこのことだね。本当に本当に、アグリコラをやってて良かった。あ、もうこんな時間か。アグリコラを片付けて、帰り支度をしないとね。

 そう思ってアグリコラをしていたテーブルに目をやると、石積君が1人、むっつりとした顔でスコアシートを、穴が空くほど見直していた。


「あれ、マナブーどしたん? どっか計算間違えてた?」

「いえ。合ってます」


 そう言うと、石積君は手にしていたスコアシートを置き直した。

 そっか。石積君、悔しいんだね。確かこの前、まだアグリコラで60点台を出したことがないって言ってたっけ。ほら吹きを使ったのに60点いかなくて、60点出すのも私に先を越されて、負けちゃったんだもんね。うんうん、それはさぞかし悔しかろうて。


「ほれほれ、記念すべき織木ちゃんの初勝利だよー? マナブーも何か言ってやりなよ」


 くびきさんに促されても、なかなか煮え切らない様子の石積君。ようやく心の整理がついたのか、口を開きかけたそのとき、私は手を突き出して石積君の言葉を制した。


「ストップ! いいよ、言わなくて!」


 キョトンとした様子で、訊き返してくるくびきさん。


「いいの? 織木ちゃん」

「……みんなに散々おめでとうって言ってもらった後に、こんなこと言うのもなんなんですけど……」


 ちょっと気まずくなって、頬をポリポリとかきながら説明する。


「私、勝負事で自分に勝った相手に、おめでとうって言ったこと、一回もないんですよね……だから、おめでとうを言いたくない石積君の気持ち、わかるんですよ」


 バドミントンであれなんであれ、勝った相手を称えるなんて、一度たりともしたことがない。勝者に対して思うことなんて、「今に見てろよ」「覚えてろよ」以外に思い浮かばない。とはいえ、あれだけ祝福してもらった後にこんなことを言い出すのは、いかにも気まずかった。


「やっぱり、心、狭いですかね……?」

「いいんじゃない。織木ちゃんらしくて」

「私はカッコイイと思います! お兄ちゃんはカッコ悪いけど!」


 くびきさんと甘菜ちゃんは、認めてくれた。カッコイイ……か。そういえば石積君、私のポニーテールもカッコイイって言ってたな。まったく、石積家は人のことを褒めるときはカッコイイって言うように教育されてるのかね。私、これでも女の子なんだけどな。


 さて、そろそろ石積君のことも構ってやるか。いつまでも1人でいじけさせておくのも可哀相だしね。


「だから、いいの。おめでとうなんて言ってもらえなくても、私はさ」


 石積君のそばにちょこんとしゃがみ込んで、優しく笑いかける。


「こうやって、石積君の悔しそうな顔を眺めていれば、それで十分幸せだよ」


 私の最高の笑顔を、しばしの間無言で見下ろす石積君。やがて、掃除に使った雑巾から汚い水を絞り出すかのように、苦しげに言葉を吐き出した。


「織木さん、性格わる……」

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