終わってなかった

「……やっぱり、先に改築しておけば良かったのかな……?」


 点数を聞いた後、私は後悔する気持ちを絞り出すように、石積君に問いを投げかけた。


「……うん。織木さんが先に改築してたら、僕と織木さんで、畑種と改築を入れ替える形になってたと思う。織木さんは改築と畑種のどっちも4点行動だから最終的な点数は変わらないけど、僕の改築は5点行動で、畑種は3点行動だからね。織木さんが改築してたら僕の点数は2点下がるから、織木さんの勝ちだったんじゃないかな」

「3点行動? 畑種って、畑で2点、小麦と野菜が1点ずつ増えて、4点行動じゃないの?」

「畑種のところだけ見たらそうなんだけど、結局柵で空き地は全部埋まるからね。畑種に行ってたら柵が5マス、行かなかったら6マスになるだけだから。畑の2点て、畑自体の1点と、空き地のマイナス1点が埋まる分を合わせて2点ということなんだけど、どちらにしても最後に柵で空き地が埋まるなら、トータルで見たら畑で増える点は1点だけということになる。だから、畑種は3点行動なんだ」

「あ、そうか」


 石積君がわかりやすく説明してくれたので、合点がいった。


「じゃあ、陶磁器を見落とさないで改築していれば、私は50点のままだけど、石積君は49点で、私の勝ちだったんだ……」

「……そうだね」

「……そっか……」


 もし仮に、勝ちたい気持ちの強さが努力の質と期間の長さに比例しているのだとしたら、アグリコラを初めて間もない私なんかより、石積君や甘菜ちゃんの方が、ずっとずっと勝ちたい気持ちの強さは上なんだろうと思う。私だって、バドミントンだったら初心者なんかには絶対に負けたくない。

 私はたくさんミスをした。その原因は、経験不足だからとか実力不足だからとか、いろいろな言い方は出来るだろう。ミスをしたという事実は、次に繋げるためにきちんと受け入れないといけない。

 だけど、私は勝つつもりだった。確かに私は初心者で、石積君と甘菜ちゃんは経験者だけど、そんなことは関係ない。マグレでもビギナーズラックでも、何でも良かった。

 経験でも実力でも勝ちたい気持ちでも、その全部で石積君や甘菜ちゃんに負けていたんだとしても、それでもやっぱり私は――。


「勝ちたかったなぁ……」


 ……あれ……?


「織木さん……?」


 なんで……たかが、ボードゲームで負けたぐらいで……だけど、次から次へと溢れてきて、止まらない。


「ははっ、なんだろね、おかしいな、やだっ、かっこわるっ」


 必死に取り繕って、明るく振舞ってみようとはするんだけど、涙腺が制御不能で、全然言うことを聞いてくれない。拭っても拭っても、後から後から溢れてくる。


「……カッコ悪くなんか、ないよ」


 そう言って、石積君はティッシュを差し出してきた。


「えっと……織木さん、本当に強くなってて、びっくりした。こんなに真剣にアグリコラをやる気になってくれて、すごく嬉しかった。今の試合、メチャクチャ楽しかった。……だから……その……自分のことを、カッコ悪いとか、言わないで欲しい」


 石積君……私のこと、一生懸命、励ましてくれてるんだろうけど……私は石積君の言葉を聞きながら、失礼極まりないことに、頭の中では全然違うことを考えていた。


 石積君、勝ったのに、なんでさっきから全然嬉しくなさそうなんだろう……。ひょっとしたら、私のミスで勝たせてもらったように感じてるのかな……。


「そ、そうですよ! 織木さん、カッコ良かったです! アグリコラ2回目でこんなに強くなるなんて……感動しました! 私なんて、毎日やっててもお兄ちゃんと良い勝負が出来るようになるまで、1か月はかかったのに!」


 いや……1か月もお兄ちゃんにボコられ続けて、それでもアグリコラを嫌いにならなかった甘菜ちゃんも、相当なもんだと思うよ……。


「……2人とも、ありがとね」


 終わってなかった。私、まだ終わってなかったよ。バドミントンが出来なくなってから今までずっと自分のこと、何をやっても熱くなれない、何をやっても暇つぶしとしか思えない、終わった人間なんだと思ってた。でもそうじゃなかった。終わってなかった。

 負けたら悔しくして泣いてしまうぐらい、楽しくて、夢中になれて、情熱を預けても良いと思えるものに、また出会えたんだ。


 渡されたティッシュで、涙を拭う。もしかしたら悔し涙の中に少しだけ、嬉し涙も混じっていたかもしれない。







「2戦目は……ちょっと待ってもらっていいかな。煮え切っちゃって、頭回んないや」

「じゃあ、ちょっと休憩にしようか。僕も今の試合は、すごく疲れたよ」


 あ。勝った後に、やっと笑ったな、この野郎。


「そうだ! 織木さん!」


 何かを思い出したように、甘菜ちゃんが両手を合わせた。


「冷蔵庫に、お母さんが買ってきてくれたケーキがあるんですよ! 今、食べちゃいましょう!」

「ホント? 嬉しい! ちょうど甘いものが欲しいと思ってたんだよね」

「じゃあ私、取ってきますね!」

「飲み物も頼むなー」


 こうして甘菜ちゃんはパタパタと階段を降りて行き、後には私と石積君だけが残された。


「じゃあテーブルの上、軽く片付けようか。2戦目はケーキを食べ終わってからにしよう」

「そうだね」


 テーブルの上のカードやコマを片付けながら、チラリと石積君の顔を盗み見る。

 うーん、今のところはやっぱりないかな。だって石積君て私より背は低いし、学校じゃ地味でいるんだかいないんだかわかんないし、甘菜ちゃん相手にだけは偉そうにしてる内弁慶だし、玄関で靴は揃えないし。うん。石積君だけは絶対ないわ。


 だけど。それでも、悔しいけど。

 石積君のおかげで好きになれたものが、確かにあることだけは、認めよう。




 アグリコラのことは好きになったよ、石積君。

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