短編・お題作品など
佳乃
お題(バス停の映る写真より)
「ふう…着いた。ここも……変わっちゃったな…昔はあんなに人が通ってたのに。」
緑生い茂る道路は何年も使われていないのを語っている。ところどころひび割れたアスファルトと、何度も修正された跡がここの古さを如実に表している。
大学を卒業し、社会人になった僕は夏の長期休暇を利用して実家に帰っていた。大学はなんやかんやあって帰れなかったから、5年ぶりの地元。あったものは廃れ、使われていた物は廃止され…この町もどんどん変わってしまっていた。
僕は欲しかったスポーツカーを手に入れて、その…少しヤンチャをしている。山道や峠道をスーッと走らせる快感が好きなのだ。もちろん事故するような運転はしていないし、迷惑をかけるつもりもない。
ただ、地元にもそれなりに往来のある峠があったと思って、少しワクワクしながらこの場所に来たという訳だ。
車を路肩に止め、少し様子を見てみる事にする。少し歩くと、比較的真新しいバス停と、ベンチが見えてきた。
「まだ、バスが走ってるのかな。こんな所もバス、走ってたんだ…知らなかった…」
車は通っていないものだと思って真ん中を歩いていたのだが、危険かもしれない。端を歩き、件のバス停まで歩いてみようと思った。その時だった。陰に隠れて見えなかったが、確かにベンチの端に麦わら帽子を被った白いワンピースの女性が座っていた。
「あ…本当に走ってるってことか。とはいえ…知らなかったのは不思議だな…ちょっと聞いてみようかな…?」
僕は大学に進学するまでずっとこの町に住んでいた。そんなに大きな町でもないから、地名も全部知ってる。走っているバスだって数が知れてる。だから、知らない、なんて事は無いはずだ。ここ5年の間に出来たと言うなら話は別だが。
「あの…すみません。」
「…あら?人が来るなんて珍しい。どうか、されましたか?」
「や、いえ…その…」
近づいて話しかけた。顔を上げて驚いた顔をする女性はとても美しかった。次第に驚いた顔を可憐な笑みに変えて、僕に用件を尋ね返してくる。あまりの美しさに僕はどもってしまった。
「…実は、地元出身で。久々に帰郷したんですが、見覚えのないバス停が出来ていたので、気になって…」
「ああ…実はほんの前に出来たばかりでしてね…作ったのはいいですが、今じゃ人も通らないこんな森の奥。誰も使わないので本当に勿体ない限りです。ふふふっ」
「確かに、お姉さん以外の利用者が見当たりませんもんね…不思議だ。」
「そうでしょう?それに、もっと不思議な事があるんです。実はこのバス、時刻表が無いんです。」
「えっ…?」
慌てて、バス停の張り紙を見る。……行、……行……行先が書かれていない。それに、時刻も確かに無い。
「私の推測なんだけど、実はここにバス停を建てる予定だったのだけど、ボツになったんじゃないかなーって。」
「ええ…!?そんな事、ある…のかな?」
「でも、もし本当にバスが来たらロマンチックじゃない?もう、来ないのは分かっているのですが、待たずにはいられない…というか。」
「な、なるほど…」
そう話すお姉さんはとても楽しげで、大人の表情というよりも、イタズラを思い付いた少女のような笑みで…魅力的だった。
「それで、なぜ君はここに来たの?」
「え!?…いや、それは…その…」
「…もしかして、そこの路肩に停めた赤い車が関係したり?」
ニヤニヤと意地悪そうな顔をして、僕が困るのを楽しんでいる。
「…そうです。近くに峠あったしちょっと走ろうかなって。だけど、こんなに寂れちゃってるなんて思ってなくて。流石に、僕には少し厳しいかもですね…ははは…」
「やっぱり。若い子がこんな所に来るなんて、それぐらいしか考えつかないもの。……実は、私も少しだけだけど車に詳しいの。良かったら…見せてくれない?」
「ええ、いいですよ。」
綺麗な女性にせがまれたら断れない。それに、車好きは見せて欲しいと言われるのが1番嬉しいのだ。
少し駆け、車をゆっくりとバス停へと近付ける。外見はほとんど弄っていないのに、お姉さんは驚きの顔をしていた。
「…へえ…これはEKの最新モデル…なのかな?」
「んー…それは何世代も前ですけど、確かに車種は合ってますよ。」
「知らない内に、進化してるんだね…また、見れるなんて…」
「EKは相当古いと思いますが…?それに、また…って」
「…いや、ええと。そうね。昔付き合っ…てた男の人がEK乗ってて。それ以来だから。」
どこかモヤっとした言い方に違和感を覚えたが、一々突っかかるのも野暮だろう。
「いい車だと思う。大事に乗ってあげてね。」
「ええ。…折角なんで、少しだけドライブなんて…どうですか?」
「…ふふっ…お誘いはとっても嬉しいけど、もしドライブ中にバスが来たら今まで待った時間が台無しじゃない?」
遠回しに、お姉さんなりに優しく断っているのだと思った。これ以上は押さない方が身のためだろう。
「…まあ、それもそうですか。もう少ししたら帰ります。すみません、わざわざ時間取ってもらって。」
「いやいや!こちらこそ久しぶりに人と話せて楽しかった!もし時間が許すなら、明日もきっとここに居るから。」
「…!はい、また…時間があったら。」
遠く滲む蝉の声。弾ける笑顔が僕の心を揺さぶった。
――
次の日。昨日と同じぐらいの昼前。バス停には昨日と同じ場所に同じ服を着てお姉さんは座っていた。
「お、いらっしゃい。今日も来なかったね…残念残念。」
「車の走った跡さえ僕以外ありませんからね…お姉さんは一体いつからここで待ってるんですか?」
「…いつからだろう。だけど、始めたからには絶対にバスを見て終わりたいなって、ずっと思ってる。」
「そりゃ見れるなら僕も見たいですよ…」
「ちょっとバス借りてきてよ。もうそれでも満足できる気がするんだよね…」
「あんな大きい物をこんな狭くて脆い道路、渡らせませんよ…!……って、冷静に考えるとそうですよね。小さい頃によく歩いた記憶がありますけど、車がやっと入るかどうかぐらいの狭さで、バスなんて幅が入らないような…」
「あー、歩いたねぇ…ここの桜、綺麗だった。確かにそんなに広い幅じゃなかったと思うけど…でも、プロの運転手なら出来ちゃうんじゃないかな…?」
かつてはここは桜の名所として、街の人が沢山集まる場所だった。峠を挟むように並んだ山桜が見事なもので、揃いも揃って麓から峠を歩いて桜を楽しんだものだ。所々の休憩エリアには出店が並び、その日だけは何処にでも自慢できるお祭り騒ぎと言えた。
「…なんで、無くなっちゃったんだろ。」
「……。無くなったのは…ううん、仕方ないんだよ。時代の流れってやつだね。」
「…ですよね。今じゃ車で少し走れば桜は見れますからね。」
朽ちた峠にぽつんと置かれた真新しいバス停。異質なその空間で、ただ2人…昔に思いを馳せていた。
――
その次の日も、その次の次の日も。僕は毎日そのバス停に通った。昼前だった僕の行く時間はどんどん早くなり、少しずつ話す時間を伸ばしていった。
お姉さんがいつ来て、いつ帰るのかはまだ知らない。だけど、そんな事はどうだっていい。色々話して、昼には帰る。それだけで僕は満足だった。
色々な知識のあるお姉さんだったが、話しているうちに色々と分かってきた。
まず、最新の知識には相当疎い。俳優やファッション、車に至るまで知識が一昔前だ。どうやら携帯も普段は持ち歩いてないらしく、1人だと危ないと何度も諭したのだが、大丈夫の一点張りで聞いてくれなかった。これも最近気付いたが、お姉さん相当頑固。
後、話してくれない事…いや、話したくない事もあるようだった。例えば年齢や名前。まあこの辺は僕じゃ信頼関係が足りないだけだろう。
他にも家族や仕事、毎日の生活なんかまで。自分を隠したがってるというか、前に出したがらないというか…
特に嫌そうなのは恋人の話。前の恋人の事になると、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでしまう。相当な嫌な出来事があったに違いない。
その背中は頼りなくて、どこか弱々しくて。僕は自然と守りたい気持ちが出てきていた。何も知らなくてもいい。教えてもらわなくてもいい。ただ…この人を見守っていたい。
僕は恋をしていた。短い夏の…苦い恋を。
――
残る長期休暇も3日となった日…大変言いにくかったが、伝えるべきだと思い、僕は話した。
お姉さんはとても悲しそうな、寂しそうな顔をして、仕方ないよね…と小さく頷いた。
重い空気が流れる。…その時、お姉さんはおもむろに語り始めた。
「実はさ…君、私の昔の彼に似てて…なんだか、びっくりしちゃってさ。君と…彼を重ねてたのかもって。」
「そう…ですか。」
「…………1つ、お願いをしても…いい、かな?」
「何でも…とは言えませんが、聞きますよ。」
「その前に…話をさせて欲しいの。」
お姉さんはあれだけ渋っていた、彼氏の話をし始めた。
お姉さんと彼氏が出会ったのはこの町。彼は走り屋だったらしく、EKに乗って、毎日のように峠を走らせていたようだ。その運転技術は相当高かったらしく、この界隈では負け知らず。
そんな彼だったが、デートの時には同じ車なのに、揺れ一つ起こさないほど丁寧で優しい運転だったそうだ。本当に上手い運転手ってこういう事なんだな…そう感じたお姉さんは益々惚れ直したんだとか。
「それでね。ある夜…私達は夜景を見に行く事になっていたの。このバス停で集合して、一緒に行く…そのつもりだった。だけどね…私、急に身体がおかしくなっちゃって。」
「丁度このベンチ…ベンチに寝込んだの。それで、思ったよりも咳き込みが凄くて、なんだか意識も朦朧としてて。彼に連絡をしたの。今起こったまま、全部。」
「じゃあ、彼…すぐに行くって。本当にすぐだったわ…山の麓から大きなエンジン音。ああ、彼だって思った。少し、耐えれば大丈夫だって。」
「徐々に近付いてきたわ…だけど、一瞬の事だった。2つのクラクションと、大きなブレーキ音とタイヤの擦れる音…そして、金属同士の…当たる…衝突…音。」
「音は止んだ。何もかも、消えたわ…嫌な予感しかしなかった。もう…こんな風に倒れてる暇なんて…なかったのに…!」
「…次の日確認しにいったけれど、彼の車は見つからなかった。もちろん相手の車も。…もしかしたら、私の聞き間違えとか、幻聴なのかもしれない。彼は生きてるかもしれないの。」
「…だけど、彼氏さんからは」
「連絡は来てないけど…私も携帯を変えてしまったから、きっと連絡出来ないだけ…なの。そうに、決まってるわ。それ以外、考えられないもの。考えたく…ないもん。」
僕が背負うには重すぎる話だった。だけど、もしその確認がお姉さんの肩の荷を少しでも下ろせるのならば。
「…分かりました。僕が確認してきます。お姉さんは付いてこなくていいんですか?」
「うん。何度か確認したのだけど、私じゃ見つからないわ…もしかしたら君の目線からなら変わった結果が出るのかもって。それに…私、待ってるから。彼はここに来るの。」
「そう…ですよね。すぐにでも来ます、よね。じゃあ…行ってみます。」
「ああ待って!絶対に上からおりちゃ駄目!」
「……どうして?」
「分からない!けど、なんだか嫌な予感がする…!面倒だけど、麓からここまで登ってきて…私、きちんと君が帰ってくるのを見たい…」
「ええ、分かりました。ちょっと時間かかりますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。待つのは、慣れてるの。」
強がるように笑うお姉さんの顔が見ていられなかった。すぐにでもその不安を取り除いてあげなければ。
――
「やっぱり…彼氏さんが生きてる可能性なんて…これっぽちしかない…よな。」
運転しながらも、頭を働かせて状況を纏めていた。
事故の音を聞いた。それ以降連絡が無い。だけど後日事故車は見つかっていない…普通に考えれば警察に確保されたのだと思うのだ。だが、それだとしても彼女への連絡がひとつも取れていないのはおかしい…親族や、警察からでも話は付けられるだろう…
「駄目だ、僕じゃ頭が足りないや…」
もうすぐ着く。自分の目で見れば、ある程度は進展するだろう。
「あれ…こんな所にも新しく出来てる…」
丁度麓から100m程の位置。上にあった物と変わらないデザインの看板とベンチと屋根。
「どうして、峠を挟んで用意したんだ…?通れる訳もないのに…」
疑問は疑問を呼ぶ。だが、そんな気持ちもすぐに霧散した。
「あ……懐かし…」
すっかり緑に覆われてしまっているが、この木製のアーチは見覚えがある。何度も花見祭りが始まる合図をしてくれたアーチ…
対向車が来ても、この狭さじゃ避けきれない。常に低速を意識して、ゆっくりと…歩いていた時のようなスピードで進む。確かここを曲がった所に大きな休憩ポイントがあったような…
記憶通り、大きな休憩ポイントがあった。あの時は複数の出店がでてたものだが…
「…?人がいる…赤のEK…まさか!?」
変わらずノロノロと上げ、ゆっくりと休憩ポイントへと近付く。あちらもこちらに気付いたのか、視線をこっちに合わせてじーっと車を見ていた。
助手席の窓を開けて、挨拶してみた。
「すみません、隣停めていいですか?」
「構わないさ。ここは俺の駐車場じゃないしな。」
駐車し、隣を見るとやはり存在感のある赤のEK。古い車だというのに一切の劣化を感じさせない。相当な車好きである事を表していた。
「へえ…その車なんて名前だ?」
「同じ車種です。EKの二代後のFDって型…ですけど。」
「ええ!?もう新しい型が出てるってのか!?」
「…結構古い話ですけど。」
「マジか…ちょっとコイツと遊んでる内に色々と進んじまってるもんなんだな…」
どれだけ遊んでんだこの人…数年間どころじゃない。
といいたいとこだが、世の中には数十年同じ車な人もいる。好きな車に出会えたら、案外新しい車に興味も無くなるものだ。
「で、こんな辺境に何の用だ?まさか昼間っから攻めに来たわけじゃあ無いだろ?」
「ええ、まあ。ちょっと頼まれ事がありまして。」
「へぇ…こんな場所でねぇ…」
「一つだけ質問、いいですか?」
「……?」
「あなた…麦わら帽子に白いワンピースの似合う女性と付き合ってます?すんごい美人の。」
「え、おう…美人なのは違いないが…」
「あなたの事、ずっと探しておられますよ。あなたがこの峠で事故を起こしたんじゃないかって心配で、僕に頼んだんです。」
「…本人が来ないってのは、やっぱり嫌われちまったのかね…」
「……やっぱり?」
「ああ…きっと彼女が聞いたのは俺とバスの運転手の野郎がぶつかりそうになった時のブレーキ音だろう。間一髪だった。ギリギリだったぜ。」
「え…じゃあ、ぶつかってない…ってことですか?」
「ああ。で、嫌な気分だったが少し下がって道を譲ってやった。そして急いで登ったんだが…彼女はいなかった。」
「聞いてた話、体調を崩していたと…だから急いだんだが…きっと彼女からすれば遅かった。待てる時間じゃなかったんだろう。それから…出会えていない。病院も、彼女の家にも行ったが…彼女はいなかった。もう…謝る時間も無いうちに…手の届かない所に消えてしまったんだ」
「あの時…!あの時バスの運転手の野郎が走ってなかったら!!俺は!もしかしたら…!」
「落ち着いてください…一つ一つ、話をしましょう。」
「…すまん。」
「…いえ。まず1つ。本当にバスなんですか?」
「ああ。知らないのか?丁度春になると大きな祭りがあるだろ。あの季節だけ限定で、峠を通る観光バスを出す…なんて腑抜けた事言ってるクソジジイが居るんだ。麓で見なかったか?」
「え…?あの何も書いてないバス停?」
「それだそれ。そこに春っぽい飾りでもつけて運営するつもりなんだろ。俺達走り屋からすれば商売に俺達の道を使われるのは嫌だったし、そもそもあれは歩くから楽しいんだ。バスなんて通っちまったら誰も歩けなくなる。だから俺達とクソ野郎は対立しててよ。夜な夜なメンバーの誰かが走ってバスのテスト走行を出来ないようにしてた訳。んじゃあ、あの日、強行しやがってよ。あんな大きいのに当たればぺちゃんこだ。そんなのやらなくたって分かる。」
初耳だ…つまり祭りで稼ぐ為に動いたバス運営と、それを阻止するのと自分達の自由を取るために対抗した走り屋って構図か…それをお姉さんは知らなかった訳だ。じゃあお姉さんが待ってるバスって祭りが無くなった今は…
「…なるほど……それで、お姉さ…彼女さんに会えなかったというのは?」
「まんまの意味だ。どこ探してもいなかった。彼女の家はあの近くだしな…親でも呼んで帰ったか病院に行ったか…すぐに駆けつけられなかった俺は彼氏として失格…なんだろうな。」
「…一つだけ、話しておきますね。今、彼女さんはこの峠の上であなたを待ってます。僕は彼女さんからあなたを探して欲しいと頼まれてここにいます。」
「ほ、本当なのか!?」
「ええ。彼女さんは怒ってませんよ…あなたをただ、待ってます、から。」
「そっか…俺には、まだチャンスがあるのか…」
「すぐにでも向かいましょう。彼女さん、とても不安そうでしたから。」
「…そうしたい……んだが、悪い、すぐには動けそうにない。」
「ど、どうして?」
「コイツが動かねぇんだ。」
「僕の車がありますよ。これなら…」
「駄目だ。何故かは分からないが…コイツが治ってないなら動けない…だけど、原因は分かってる。だから、先に行って伝えてきてくれないか?俺は無事だ。すぐに会いにいく…と。」
「彼女さんより、車なんですか?」
「違う!俺にも分かんねぇんだよ!こいつとは一心同体だと思ってる!だけど…だからって俺まで動けなくなるのは違うだろ!?どんな金縛りだよ!」
「引っ張りましょうか…」
「頼む…!」
ビクともしない。それはまるで鎖で繋がれているように動かない。
「な…んで?」
「分かったら苦労しねぇよ…かれこれ数日がかりで直してきたが、確かにもう少しなんだ!だから…!」
「分かりましたよ…」
僕には長い間会えてない罪悪感や申し訳無さから来ている心的不安だと思うのだが、落ち着かなければどちらにしろどうしようもない。1人になる時間も必要なのだろう。
車を発進させた。
誰も通らなくなった峠は辛うじて視界が確保できるぐらいといったところか。常に足元を注意しながら、ゆっくりと進む。右に左にウネウネと進む。彼氏さんはここを走っているのだろうか。そりゃここを走れるなら相当な実力者なのだろう。
暫く走らせていると、随分小綺麗な道に出る。ここだけ、劣化していないような…日光が当たっているからか?
ゆっくりと進む。すると、路肩に光るものを見つけた。
「これって…!」
瓶の日本酒と、なんだろ…ステッカー…みたいな。相当時間が経っているのか、クタクタになっていて、地面とくっ付いてしまっている。
「これだけ狭い道なら、事故も起こるか…」
だが、彼氏さんは無事だった。なら、ほかの走り屋の人が命を落とされたのかもしれない。軽く黙祷する。
「さあ…そろそろ上がらないと」
もうお昼は回っていた。早く、戻らないとお姉さんも心配するだろう。
――
程なくして、頂上に戻った。お世辞にも何度も通りたい道だとは思えない。
上がってすぐ見えるのはやはり真新しいバス停。少し先に車を停め、お姉さんを確認する。
「あれ……?いない……」
少し見渡したが、見えなかった。帰ってしまったのだろうか。待っていると、言っていたのに…
「…おかえりっ!」
「うわぁ!?…もう、驚かさないで下さいよ…人が居ないんだから余計びっくりしますよ。」
後ろから大きな声を出すお姉さん。思わず飛び上がった。
「ごめんごめん。…どうだったかな?」
「ああ、その話をしなくちゃいけないですね…」
ゴクリと、お姉さんが緊張の眼差しで僕を見る。
「…彼氏さんなら、生きていらっしゃいましたよ。赤いEK、ですよね?」
「……!うん、そう。良かった…!聞き間違え、だったんだね…!」
「それで、どこ?何で来てないの…?」
「それは…」
僕はさっき会った話を全て話した。
「…そう。まあ車を愛しすぎている所もあったし…車に呪われても仕方ないわね…あの人が生きてるなら、それでいいの。」
「生きてる事も分かった事ですし、お姉さん。彼氏の所へ行きませんか?」
「…それは、駄目。」
「どうして?」
「だって…バスが…」
「説明しましたよね?バスは走ってません。お姉さんの予測通り…バスの話は無くなったんです。」
「なんでそんなこと言うの!?私の気持ちを考えてよ!!」
何故か、癇癪を起こすお姉さん。バスは、無い。彼氏は、生きている。なのに待つ理由が分からない。どうしてそこまでこだわるのか、分からない。
「でも…会いたくないんですか?」
「会いたい!だけど、会えない…!私、何度も確認しに行ってるもの!何度だって!なのに1度も会えてないのよ!?なのに君は1回で見つけた!彼だって…私が嫌に決まってるの!私はいつまでも好きなのに、彼は…もう!」
「いいえ!彼氏さんはあなたに会いたいと強く願っておられました!貴方を迎えにいくのが遅れた事を激しく後悔してました!」
「嘘っ!!私、ずっとここで、ずーっと此処で待ってるの!彼がここに来た事なんて1度も無いわ!あの日も、次の日も!」
「……えっ?だって、彼氏さんは…ここに来たって」
「いいえ…来てないわ」
「体調が悪くなったから帰ったとか、病院に行った間に…とか」
「行ってないし、動いてない。私、信じてたから。ずっと待ってた。体調がいきなり回復して、元気になってからも…ずっとよ…」
どうして…!?話が噛み合わない…
「分かりました…2人とも動けないなら仕方、ありません…よね。だけど、連絡先なら僕を通して交換し直せるかも。連絡先、教えてくれませんか…」
「…ええ。」
電話番号を貰ったが、相当古い番号だった。そもそも、スマホじゃなくてガラケーだ。
「まだ、使ってる人がいるんですね…」
「そっちの箱みたいなのは何?それもケータイなの?」
「スマホ…を知らないんですか?ちょっと…それは流石に田舎すぎるいうか」
「んもう!田舎臭いのは知ってるわ!知識が少なくてごめんなさいね!」
「別に責めてませんよ…珍しいなってだけです。」
「…そう。ごめんなさい、怒鳴ったりして。私達のために色々としてくれているのに…」
「いえ…2人が運命的な再会ができるなら…僕も万々歳ですよ。」
「ありがと。…お願いなんだけど、明日彼に連絡先を貰えたら、私に連絡してくれないかな?…やっぱり心の準備がしたいから…」
「ええ。了解です。また、明日…絶対に交換してきますから。」
すっかり夕方になっていた。夜にあんな所は走れない。
…そういえば、車から離れられない彼氏さんはどうやって……車中泊なんだろうか。
それに、一旦まとめる時間が欲しかった。僕は混乱した情報を整理する為にも、この日はそのまま家へと帰った。
――
両親の話を聞き流しつつ、今日の内容を纏めていた。矛盾する2人の話。新しく出たバスの話。廃れた峠の話。
「あ、そうだ。親父。なんであの峠って祭りしなくなったの?」
「人の話をぶった斬る所じゃねぇぐらい清々しい切り口だなお前……まあいいが。あそこはな、呪われてるからだ。」
「呪われてる…?」
「ああ。なんでもあの道の利用権をもぎ取ろうとした1人の人間が居たらしくてな…観光で一儲けする予定だったみたいなんだが、周辺の若者に猛反発食らってな。結局、バスの運転手と若者の1人が正面衝突を起こして話はパー。だが、それ以来あそこを通ると事故が多発するようになってな…」
「へぇ…」
「ま、もとより狭い道路だったし、事故なんてしょっちゅう起こしてたからな。たまたまそういう取り憑かれそうな話があったって訳だ。わざわざ狭くて嫌な噂がある峠なんざ近づきたくない。だから自然に無くなっちまったわけだな。」
「なるほどね…」
「なんでそんな話聞くんだ?お前、あの峠だけはやめとけよ?」
「分かってるよ…ただ、ちょっと気になっただけ。」
やはりあのお酒とステッカーは事故のお見舞い品なのかもしれない。お姉さんが聞いた事故の音。彼氏さんの話した話…どちらにも整合性はある。
あとは2人の話の食い違いを聞かなきゃな…直接聞いた方が早いか。
「おーい?お前、自分の話したらこっちの話は無視か?んん?」
「…悪い、聞いてなかった。なんて?」
「てめぇな…!」
今は忘れよう。遅くても明日には、全部わかる。
――
次の日…僕は車を麓の方に走らせていた。日の出前の事だった。早く行動して、日の出をついでに見られたら。そんな気持ちだった。
一応お姉さんの忠告に従って、下から彼氏さんに会う予定だった。
「ガソリン……めちゃくちゃ減ったな…大赤字だ」
だけど、嫌じゃなかった。なんというか充足感に溢れていた。
何度来ても細い道をゆっくり上がる。軽自動車だったらもう少し楽なんだけどな…セダンは長くて辛い。それがいいのだが。
休憩ポイントまで上がると、朝早いにも関わらず、彼氏さんは作業をしていた。
「おう…どうだった?」
「ええ。嬉しそうにしてましたよ。早く会いたいと。」
「マジか!なら、早く……直さなきゃな?」
「そうですよ。……あ、そうだ。彼女さんから連絡先の交換をお願いされてまして。携帯電話変えてしまったらしくて、繋がらないのをずっと気にしてらっしゃいましたから。」
「ああ、そうだったのか。音信不通なのはすこし不思議だったんだ。そういう事なら…仕方なかったか。」
やはり古い携帯電話を取り出し、古い電話番号を貰った。
曰く、
「車と彼女以外にはかける金が勿体ねぇ…」
だ、そうだ。
「それじゃ、彼女さんから連絡をお願いする為にちょっと電話してきます。…心の準備をしてて下さい。」
「そりゃ親切にどうも。…久しぶりだな。」
嬉しそうにする彼氏さんを裏手に、僕はお姉さんに連絡を入れた。
「あ、もしもし。彼氏さんと連絡がついて」
「う……うぅ…」
「大丈夫ですか!?」
「苦しい…の…とっ……て……」
「すぐ行きます!ちょっと待ってて下さい!」
一大事だ。急がなくちゃ…!
何故僕は気付かなかったのだろう。こんな早くにお姉さんが上にいるわけも無い。こんな早くに彼氏さんが作業している訳が無い。なんせ日の出前。ライトが無くちゃ殆ど見えない。
そもそも、僕はなぜこんな早くに出たんだ。
その答えは全て…"呼び寄せられた"というのが正しいだろう。
「すみません!彼女さんがまた体調が悪いみたいで!僕、行ってきます!」
「何…!?俺が動けたら…クソっ!!…お願いだ、頼む…どうか、俺みたいにならないでくれ…!」
「はい…!」
峠を思い切り走らせたことなど無かった。ましてやこんなにも古くて狭い峠など。だけど、急がなくちゃいけない。
思い切り加速する車は今まで聞いたことも無いほど攻撃的だった。思わず足が震える。
だけど、僕しか…今僕しかいない。二人の再会を繋げられるのは、僕だけだ。
「…うわっ!?」
タイヤをコケに持っていかれる。滑る感覚。思わず声が出る。耐えた。冷や汗が止まらない。
怖い怖い、だけど、少し楽しい。すぐに会いにいく。
その時だった。まさかの出来事が起きた。目の前に…車のライト。人がいる…!?
右コーナー。曲がる先には大きなバス。有り得ない。どう考えてもギリギリ所ではないほど幅いっぱい使って走っている。
思い切りブレーキを踏む。間に合うわけも無い。だが、左に窪みがあるのを素早く見つけた。無意識的に左へとハンドルを切る。その砂利に乗った瞬間に完全に車の制御が出来なくなった。大きく滑り、ガードレールへと吸い込まれる。……が、ほんの少し…数センチ残して車は止まった。
バスが前を通る。有り得ないほど轟音を立てて、ガードレールにぶつかる。丁度同じようにあった下の窪みに頭を突っ込む。またしても轟音。そしてその重い頭を中心にテールが流れ、バスは止まった。ボロボロ所じゃなく、所々何か漏れていた。運転手は…生きてるのだろうか。
その時だった。着信がなった。お姉さんの物だった。
「大丈夫…?か、な…!?」
「え、ええ!僕は何とか。バスの運転手は分かりません、確認しに」
「駄目っ!!絶対に駄目っ!いい、落ち着い…げえ…!…落ち着いて、聞いて。そのバスは上を通って、……ごほっ!…無いわ!そのバスは
「え!?どういう」
「逃げてっ!!早く!!もう貴方が死ぬのは見たくないわ!!」
どういう事か聞き返すつもりだった。だけど、そういう状況にはならなかった。バスが、動き出したから。
「……!?」
足も手も震えて、なかなか上手く動かせない。駄目だ、落ち着け、落ち着け…!
エンストしていたエンジンはかけ直せた。後は思い切りハンドルを切り込んで、アクセルを
「馬鹿!死ぬ気か!?砂利に乗った時はセルを回せ!」
「え、彼氏さん…!?」
「いいから早くしろ!俺みたいになりてぇのか!?」
考えるのは後だ!言われた通りにクラッチを踏みつつセルを回す。ゆっくりとだが、旋回をし始める。
「もう行ける!踏め!」
アクセルを踏み、砂利を大きく舞い上がらせる。暫く左右に揺れたと思えば、グンと思い切り加速する。
「よし、まずは左、右だ。右はアクセルオフで行ける。」
「はい…!」
彼氏さんの声を聞きつつ、車を走らせる。何が起こったのか分からない。でも…後ろには
「見るな!」
「はいっ!」
確かに聞こえる。そこにはいる。だけど、お姉さんの言葉通りなら、後ろに居るのはこの世のものでは無い。
グングンと狭い道を走る。的確なアドバイスが無ければ、何処かで事故をして還らぬ人になっていただろう。
…一瞬の油断だった。左に踏み込むのが遅れた。ハンドルを大きく回して切りきる。
「…っ!ハンドルから手を離すなっ!車を信じろ…!」
徐々に近づく砂利とガードレール。死の景色。
キュルキュルと鳴いていたタイヤは、いきなり音を無くした。パンクしたのだろう。
グッとパンクしたタイヤを中心に車の重心が傾く。もう少しだったのに、砂利へと大きく入り込む。セルを回すも、パンクしているからか、動かない。
「う、うわぁ…!?」
それでもバスは止まらない。こちらへとどんどん近づいてくる。行先の無いバス。それにぶつかった時、行先は…
どんどん近付く。車を降りようにも、ベルトが震えた手で外すことが出来ない。嫌だ、こんな死に方、こんなの、こんなのって…!
「助け…助けて…!嫌だ!死にたくない……!」
もう、お終いだ。目一杯に広がる景色に僕は涙が出た。そして叫ぶのもやめ、大人しく死を迎え
しゃらん…そんな鈴の音が聞こえた。…衝撃は…いつまで経っても、来なかった。
うっすらと目を開けた。そこには、白い彼女と、赤い服を着た彼氏さんが。
「本当は気づいてた。彼が亡くなってるってこと。あんな音、幻聴な訳ないんだって。認めたくなかった。」
「認めたくなかった。…私も分かってた。いきなり症状が回復するなんて、有り得ないもの。私は、あのバス停で…死んだわ。」
「死んだからこそ…私は彼を探していた。彼の安否を知らないまま…死んだのが悔やみきれなくて、心配で仕方なかった…から。そんな執念が私をここに留めていたの。いつか彼がバス停に来てくれるんだって、信じて。」
「…そんな」
「俺も、確かに感触があった。ぶつかった瞬間の焦げ臭い匂い、手足が焼けるような痛み、車のへしゃげる音。全部感じた。だけど、信じたくなかった。苦しむ彼女を置いて、俺1人死ぬなんて、認められなかった。」
「俺も彼女の安否が心配だった。だけど、直感もあった。彼女は重篤な病があったから…もう駄目なのかもって。だけど直接見ていないから…まだ、分からなかったから…死んでも探し続けてたんだ。」
「結局、私達死んだ事を認められなかったの。だって、もうお互いの生命の安否が分からないまま死んでいくなんて…有り得ないでしょ?」
「だが、そもそも俺達は相手の安否なんて確認したくなかった。死んでるって心の奥では分かってるのに…それを確認して、やっぱりって確信するのが…怖かった。だからお互い…近くに居たのに確認しなかったんだと思う。」
「だけど、君のおかげで…君みたいな世話焼きのお人好しのおかげで…私達また繋がれた。やっぱり死んでたんだね。もう…」
「お互い死んでたってのが分かれば…なんか…安心、したよな。お前を助けたいって気持ちが、二人一緒にさせてくれたんだ。」
「いや、僕は…助けてもらったし、貴方達のような素敵な関係が、眩しくって。ついつい手助けがしたくなったというか…」
「嘘。少し下心あったでしょ?私死んでるから心の気持ちも読めるのよ。」
「ん?あ、ホントだ。お姉さんと仲良くなれたらって気持ちがあったみたいだなぁ?」
「や、その…まあ…そうですけど…」
「俺の大事な彼女だ。やらんぞ。」
「…ええ。そもそも、死んでるなら、僕には届きませんよ…」
「確かに。くっくっくっ…!」
「……ふふふっ!あーあ、こんな事ならすぐに飛んでいけばよかった。だけど、この拗らせが君と出会わせてくれたんだもんね…」
「お前みたいな未来ある若者は助かるぜ。もっと俺達の魂を…車を愛してやってくれ。いい車だ。」
「もう!いっつも車ばかりなんだから!」
「お前の事も大切に思ってるさ。だけど、やっぱり嬉しいからさ。」
「はい、この車…大切にします。2人共…」
「ん?」
「なーに?」
「死後も…お幸せに。」
2人は優しく微笑んだと思うと、静かにスーっと消えていった。あの大きなバスも、共に…
――
視界が元に戻った。すると、様々な変化があった。まず、滑り込んだ砂利だったが、舗装され、アスファルトになっていた。よく見たら「安全改善活動~事故再発防止策~」とあった。もしかして…
「…あ!」
横を見ると、大きなバスの残骸があった。確かにさっき追いかけてきていたバスのようだった。前はへしゃげ、タイヤは全て空気が無い。数多の落書きの中、桜プロジェクト、といった文字が読み取れた。このバスは、当時の
、事故したバス…なんだろう。
そして、事故現場は…ここ…なのか。
――
タイヤを非常用に取り替え、とりあえず上を目指した。
上に上がってみると、全く光景が変わっていた。
「なに…これ。」
真新しかったバス停は風化し、ベンチは原型をなしていなかった。バス停の看板は大きく"運営中止"と貼られいて、根元からポキッと折れていた。
幽霊を見たとはいえ、まさか数日過ごした場所の光景さえ変わるなんて信じられなかった。だけど、僕はしっかりとあの光景を覚えていた。綺麗な女性の住む、あの光景を。
僕は花屋に行き、花束を3束買った。1つは頂上のバス停に。
2つ目は…
僕はまた山を回って麓へ来ていた。下りは駄目…そんなお姉さんの言葉が残っていた。あの思いをした後に、その忠告を破れるほど僕は強くない。
すぐ上がったところにある休憩ポイント。そこには同じ位置に風化したEKが。ただ前向きではなく、後ろ向きに突っ込んである。事故の後、ここまで降りてきたのかもしれない。
花束を1つ、EKの前へ置いた。
また同じ道を上がるのは怖かった。だけど、こうでもしなければ…運転手だって浮かばれない。誰かの悪意があった事故じゃない。儲けの為とはいえ、運転手だって楽しみだったはずだ。
また大きなバスの横へ。花束を置いて、3人の事を思って黙祷した。気づけば、昼を過ぎようとしていた。
――――
僕は次の日、少し峠であった事故について調べた。事故があったのは実に5年前の夏。僕がこの場所を去ってすぐの夏の事だった。上からバス、下から彼氏さんの車が正面衝突を起こし、バスの運転手は即死。彼氏さんは出血が酷かったものの、麓近くの休憩ポイントまで降り、彼女さんに電話をしようとした所で出血多量で死亡…彼氏さんが言っていたように、バスの運営でいざこざがあったそうだ。
それとは別に、頂上では彼氏さんを待つ彼女さんが病死。死亡推定時刻は午前1時。本当に信じて、ずっと待っていたのだ…
この2つは何らかの関係があるとして、地元ではバスの運転手の呪いだとか言われているようだ。
当たり前だが、死後の2人の話などは書かれていない。
あの日、ああやって出会えたのは…様々な偶然が重なって、数年前の事故と同じシチュエーションが起こったからなのだろう…
家に帰ると、しこたま怒られた。あれほど行くなと言われた峠に行ったからだ。タイヤをひとつダメにしてしまったのはやはりバレる素材になってしまった。
だけど、する事はした。…いや、まだバスの運転手さんも、あの二人もやりきれてない事が…
それに、僕だって、残念に思う事がまだある。
新たな思いを胸に、僕は不思議な長期休暇を終えた。
――
数年後…
僕は会社を辞めていた。地元に帰り、町役場で働いている。なぜなら、僕のしたい事はここにあったから。
「はいよ、予算…決案……通ったぞ。」
「本当ですか!?よっっっし!」
「何がお前をそこまで動かすんだか…高々1つ祭りが消えただけだろ?」
「僕にとっちゃその1つが重要なんです。」
「ま、何があったか聞かねぇけどよ…仕事は仕事だ。ちゃっちゃと取り掛かろうぜ。」
僕が沢山の人に頭を下げて、体を動かして、汗水垂らして通した案…それは、あの峠とバス停の再建だった。
――――――――――
更に数年後…
「ついに…完成したのね。お疲れ様。」
「いや、まださ。もう少し、なんだ。」
「もう、無理しないでね?」
妻に心配されながらも、僕はいよいよ完成に近づいてきたこの再建プロジェクトに胸を躍らせていた。
まず、峠を全面的に改装した。少し狭かった道路を、完全に歩行者用として整備し直し、柵やネットの配備もしっかり行った。もちろん、下から上への一方通行だ。
あのバスや廃車も撤去した。何度も災難に見舞われたが、何度もお願いし、祈祷し、乞うた。きっとあの二人が見たら苦笑してしまうほどに。
バス停も着手した。随分古臭いデザインにこだわる僕にみな反対だったが、僕もここは譲れなかった。白いワンピースの女性が似合う、あの光景じゃなくちゃダメだった。
そして、バスは山を回って麓と繋がっている。随分遠回りだが、田舎であるこの町にとってバスは有効な移動手段にもなる。バス停周りの商業化も同時に推し進めていた。
今ここに、かつての光景が…蘇ったのだ。
――
数日後、桜まつりは開催された。峠は喧騒に囲まれていた。下から上へと上がる人々。休憩ポイントに置かれた出店。町は昔に戻ったように、人々で溢れていた。
「これが…僕の望んだ…光景。バスの運転手さんも、あの二人も…きっと……………あっ……」
春の風が吹く心地よい喧騒と風の吹くこの場所。
僕は確かに時代錯誤の麦わら帽子の白い女性と赤い服の男性が手を繋いで歩いているのを見た。
「僕らも…行こっか。」
「……?ええ。」
春うららかなこの日に、時代は違えど2組の男女が笑いあって峠をゆるりと歩いていく………
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