11日目② 私苦いの飲めないし〈千鶴side〉

 駄菓子屋をあとにして、文房具店に向かった。


 ファイル、ノート、学習用具。

 見慣れた文房具の並びを横目にやりながら、シャーペンの置かれている一角へと歩いていく。


「ここ来たことあんの?」


「品揃えがいいから何度か」


「そーなんだ。流石優等生ちゃん」


「……その呼び方、ちょっと嫌」


「じゃあ不器用バカ」


「まだそっちの方がいい…かも」


「お前マジか。……あ、シャーペンここじゃん」


 シャーペンのコーナーに到着する。


 相変わらず、どこまでがシャーペンでどこからがボールペンのコーナーなのかわかりにくい。


 唯織がシャーペンを見てる横で、自分も買う予定はないけど文房具自体見るのが好きだから見ていると、唯織が徐ろにこっちを向いた。


「お揃いのやつ買わない?」


「…………え」


 全く予想だにしてなかった提案だったから、すぐに思考が追いつかない。


 シャーペン……唯織とお揃いの……お揃い……。


「ニヤけすぎだろ」


「へっ…!?」


 呆れの混じった唯織の言葉に慌てて自分の頬に手を当てれば、びっくりするくらい口角が上がっていた。

 無性に恥ずかしくなって両手で顔を覆う。


「シャーペン、普段なに使ってんの?」


「…………よく使ってるのは、キャプテンってメーカーの青で一番安いの……です。他のメーカーのものもいくつか持ってて、結構気分で変えてる……ます」


 恥ずかしさのあまり敬語になる。


「別にこだわりとかない感じ?」


「持ち手が太すぎたり細すぎたりするのは少し苦手だけど、デザインとか色は特にこだわりはないです……」


「動物の柄ものとか大丈夫なタイプ?」


「特には……」


「じゃあ……これどお?」


 そう言って差し出されたものを、顔から手を外して受け取る。


 手渡されたのはうさぎ柄の水色のシャーペン。そこまでうさぎの主張が強くなくて、持ち手も太すぎず細すぎず。


「……うん。使いやすそうだし、かわいい」


「でしょ?実は前から目付けてたんだよねー。千鶴のは水色でー、私はピンクかな」


 そう言って、嬉しそうに同じ柄でピンク色のシャーペンを手に取る唯織。


 前から薄々思っていたけど、唯織の趣味は結構かわいい。


 ウサギがモチーフになっているあたうさが好きで、部屋の中があたうさグッズまみれだったり、自然とピンク色のシャーペンを選んだり。

 今着ている服装も、秋色のゆったりとしたニットセーターに短めのプリッツスカートという可愛い系。


「ん?なに?」


 思わず見過ぎていた私に気付き、首を傾げる唯織。


「あ、いや、そのシャーペンが唯織に似合うなと……思って」


「そお?ありがと」


 そう言って珍しく素直な笑みを浮かべる唯織に、思わず心臓が跳ねる。


 元々整った顔かたちをしているとは認識していたけど、普段とのギャップか、友達になったからか、今の笑顔がびっくりするくらい可愛く見えた。


「でもあれか。合わせて700円くらいだから、全然計算してないけど流石に返済額超えてる?」


 唯織の言葉に頭を切り替える。


 確かにお金の貸し借りの話で言えば私が唯織に返すべきお金は200円前後であり、700円だと500円ほど超過している。でも。


「ううん。全然超えてない」


「マジ?じゃあ、はい。これとそれ、会計よろー。私、そこのベンチらへんで待っとくから」


「うん、わかった」


 唯織のピンクと、私の水色のシャーペンを持って、レジへと向かう。


 少しも超えてない。

 寧ろもらってばかりだから。

 お金で返せるものとは思っていないけれど、返せる時に少しでも返す。


 そうすればいいと、唯織が教えてくれたから。


 会計を終えて、店外のベンチにいる唯織と合流する。


「唯織。これ、どうぞ」


「ん。ありがと」


 袋から取り出したウサギ柄のピンク色のシャーペンを唯織に渡して、彼女の手元にあるのと自分の水色のを交互に見てまたニヤけそうになる。


 でも流石にこんな公衆の場でだらしない顔を何度も晒すのは素とか関係なく恥ずかしいから、どうにか表情を引き締めた。


「千鶴のやつもちょっと見せてよ。っていうか写真撮ろーよ。お揃い記念」


「え。う、うん。わかった」


 テンション高めな唯織に誘われるがままに、二人並んでシャーペンを持ってピースしてる写真を撮った。


 自然な笑顔を意識し過ぎた結果、すごく何とも言えない表情になっている写真がRINEで送られてきて撮り直したいと言いかけたが、唯織の満足気な笑顔を見て口を閉じた。


 シャーペンをお互いバッグの中に入れてから、唯織は改めてと口を開く。


「13時半か。んー、ちょっと早いけど……千鶴、次行く場所なんだけどさ」


「次行く場所?」


「そお。この前のカフェ覚えてる?私が愛川怒らせて解散なったとこ。あそこ行こうと思ってんだけど、いいか?」


「……………へ?」






「いらっしゃませー!何名さ……ってあれ、いおちゃんじゃーん!」


「久しぶり、店長。うわ、珍しく満席じゃん」


「そうなんだよー!だからごめんだけど奥で待っててー!…ってあれ、隣にいる子、前言ってた女の子?えーと確か名前はー、愛川ちゃんだっけ?」


「それもう一人の方」


「あ、初めまして。花守千鶴と言います。……あの、この間は―――」


「てんちょー!!3番席のオーダーお願いします!!」


「あーはいはい今行くよー!ごめんいおちゃん、ちょっと今忙しいから花守ちゃん連れて奥で待っててもらえるー?」


「わかったけど、人足りてんの?」


「ぜんっぜん!!まっさかこんな来るって思ってなかったから、あたし入れて二人しかいなくて全然回ってないんだよー」


「なんで休日なのに二人しか入れてないんだよ。あとで行くから早くオーダー行け」


「やったー!ありがといおちゃん!マジ愛してるぜー!!」


 店内にもかかわらず、店長らしい金髪の女性は大声で唯織への愛を叫びながら、テーブル席のお客さんの方へと駆けて行った。


 まだカフェに入ってから二分と経っていないのに、既に三十分くらいの会話をした後かのような疲労感。


「今のがここの店長。席空いてないから、こっちついて来て」


「う、うん」


 唯織の後を追いかけ、カウンターの奥の部屋に入る。


「あ、あの……ここって……」


 室内には、明らかに従業員用のロッカーだったり、机の上には上着だったりが置かれている。どう考えても従業員用の控室だ。


「あー、大丈夫大丈夫。店長が奥行けって言ったんだし、適当に座って待ってて。ちょっと店手伝ってくるから。多分10分くらいで戻る」


「わ、わかった」


 唯織は慣れた感じでロッカーの一つを開け、中から取り出したエプロンを服の上から着て部屋から出て行ってしまった。


「…………」


 あっという間に、一人になってしまった。


 とりあえず近くの椅子に座って、荷物を下ろす。


「…………はぁ」


 肩肘を張っていた分、肩透かしを食らったような気がして思わず溜め息が漏れてしまう。


 先週の土曜日、色々とあったとは言え、頼んだものを一口も食べずに店を出て行ってしまったこと、改めてちゃんと謝ろうと思っていたのに、あまりに会話がスピーディ過ぎて口を挟む暇もなかった。


 さっきのやり取りから察するに、このカフェは唯織にとって馴染み深い場所なのだろう。

 唯織にとって大切な場所なら尚のこと、ちゃんと謝って、しっかりした態度で、私のせいで唯織が悪く見られないよう適切な態度を取らないといけない。


「……よし」


 もう一度気を入れ直して、二人が帰ってくるのを待とう。


 何もしないまま10分ほど経って、部屋の扉が開かれる。


「ふぃ~!つっかれたぜ~!!」


 陽気な声と共に、さっき店長を呼ばれていた女性が部屋に入ってきた。


 すぐに席を立って応じる。


「こんにちは。初めまして。改めて、花守千鶴と言います」


「あーそうそう、花守ちゃんだったよね。いや~さっきはごめんねー!流石に忙しすぎてゆっくり話してる時間なかったよね~!はいこれお水どーぞ!」


 女性は笑顔でそう言いながら、私の前にお冷を置いた。


「ありがとうございます。あの……」


「店長でいいよ~。一応鳳条ほうじょう才華さいかって名前あるんだけど、みんな店長って呼んでるし」


「……店長さん。この間は、本当に申し訳ありませんでした。いお……有馬さんからお話は聞いているかもしれませんが、注文を頼んだのに食べもせずに店から出て行ってしまったこと、どうお詫びを申し上げればいいか……」


「いいよ、許します」


「………………え?」


「っていうか許してたしー、そもそも怒ってないし?いおちゃんから話みんなで聞いたんだけど、どお考えてもあれはいおちゃんが悪いってなったよね~」


「え、あの、えっと……」


「いいから座りな~!そんなこといいから女子トークしよー!」


「え、あ……はい」


 有無を言わせない店長のテンションに圧され、素直に腰を下ろす。

 店長も私の真向かいの席に座り、テーブルに頬杖をついてこちらを見た。


 美人で明るく、物腰の柔らかい人だが、その瞳は何やら探るような色を帯びているような気がして思わず生唾を飲み込む。


「いい子でしょ~?いおちゃんって」


「あ……はい!すごくいい方で……どう恩を返したらいいのかわからないほど、色々と助けてもらって」


「うっそ!?ほんとに!?」


「………え?」


 思わぬ反応に、つい低い声を出してしまう。


「てーっきりジョークのつもりで言ったのに、へ~!!そっかそっか。いおちゃんにとってちづちゃんは……あ、ちづちゃんって呼んでいい?」


「は、はい。構いませんが……」


「ふんふん。へーそっか~。この前の話聞いてもしかしてとは思ってたけど、なるほどねー」


「えっと……?」


 今一話が見えずに首を傾げると、店長は頬杖を外して、立てた人差し指をくるくる回して、何やら思い出すように視線を斜めの方向に向けた。


「ちづちゃんってさー、いおちゃんの小さい頃の話って聞いたことある?」


「いえ、そういう話はあまり……」


「ならば教えてあげよう!あれはそう、いおちゃんが小学生くらいの頃の話なんだけどね〜―――」


「おい、サボってないで仕事戻れお前は」


「ぎゃっ!?い、いおちゃんったらそんなとこ掴んじゃダメ〜!伸びちゃう伸びちゃう~!!」


 いつの間に室内に入ってきたのか、唯織はドスのきいた声で店長の襟首を掴み、そのまま部屋の外へ連れ出していった。

 その様子を、私は呆気に取られて見ていた。


 すぐに唯織だけ戻ってきて、息をつきながら私の隣に腰掛け、手に持っていたカップを私の前に置いた。


「はいこれ、ウインナーコーヒーのホット。店長が間違って作ったやつだから代金はいらないってさ」


「あ、ありがとう……でも、お金は流石に…」


「いいって。私苦いの飲めないし。店長ももう一人のバイトも今飲む時間ないから。冷めない内に美味しくいただけるやつがいただけばいいんだよ」


「……わかった。ありがとう、唯織」


「ん」


 これ以上食い下がるのは逆に失礼だと思い、厚意に甘えることにした。


 ティースプーンでクリームをすくってふわふわの甘さを楽しんでから、コーヒーの苦味を味わう。

 真っ直ぐな苦味とクリーミーさが合わさって、上品なハーモニーが舌の上に生まれる。


「……おいしい」


「ならよかった。私、結構前からここ通ってんだけどわかんないんだよなー、コーヒーの味。苦いだけで美味しくはなくない?」


「私も苦すぎるのは無理だけど、これはクリームが乗ってるから。こうなんというか……苦さと甘さのハーモニーを楽しむ…みたいな」


「へー。一口飲ませてよ」


「うん、どうぞ」


 唯織の前にカップを送る。


 私と同じように、上のクリームを食べてからコーヒーを口に含んだが、目に涙を浮かべ、明らかに不味そうな表情を浮かべながらも何とか飲み込んだ。


「うぇ……苦い…」


「お水いる?」


「……いる」


 私が半分ほど飲んだお水を渡すと、唯織はものすごい勢いでそれを空にした。


「そんなに苦手なんだ」


「クリームはおいしーんだけどなー」


 そう言いながらカップを返される。


 もう一口いただこうとティースプーンでクリームをすくい、口につけかけた所でふと気付く。


 あれ……これってさっき唯織が口をつけ―――


「だ〜!!疲れたー!!ちょっと休憩させてくれ〜!!」


 変な思考に入りかけた所で、勢いよくドアを開いて店長が部屋に入ってくる。

 慌ててクリームを口に入れて、ティースプーンをソーサーに戻した。


「おい、絶対まだ客いるだろ。サボんなよ」


「もうあたし朝から働いてるからちょっとくらいサボらせてよ〜!!新規のお客さんみんな帰って今常連さんだけだからいいじゃ〜ん」


 店長にあるまじき発言をしながらエプロンを脱ぎ捨て、唯織の正面の席にドカリと座る。


「それよりいおちゃ〜ん、そーゆー関係なら先に言ってよ〜。いおちゃんにとってちづちゃんってこれなんでしょ?こ・れ♡」


 店長はそう言いながら左手の親指と人差し指を交差させた。


「……急になにやってんの?」


「へぇっ!?知らないのこれ!?TikTak見ないの!?最近の若者なのに!?」


「うさぎしか見てない」


「あぁー!!うさぎ狂いに聞いたあたしがバカだったー!!ハッ!ちづちゃんは知ってるよね!?」


「えっと……ごめんなさい。私も分からないです」


「おわー!!なんでこの並びで年長のあたしが一番トレンドに詳しいんだー!!」


「うるせーな。なに言いたいのか知らないけど、普通に友達だよ、千鶴は」


「へ?あ、そうなの?」


 店長がこちらを向いて問い掛けて来たので、こくりと首を縦に振る。


「なんだと思ったんだよ」


「いやいや何でもないですよー。それよりさっきの話の続きだけどさー、いおちゃんが小学生くらいの頃に家族で大喧嘩して家出しちゃった時、うちで一週間くらい面倒見てあげたんだよねー!!」


「そ、そうなんですね」


「おい勝手に言うなサボり魔ボケ」


「そーんなこと言っちゃって~!ほんとはめっちゃ恩とか感じて感謝しまくっちゃってるくせに~!このこの~!!」


「小学生働かせてたこと各所にチクるぞ」


「ギャー!!ごめんごめん!!それ禁止カードだからやめてー!!」


 相変わらずスピード溢れる二人の会話に完全に追いつけなくなってしまう。


 さっき何となく流してしまったけど、唯織は小学生の頃から店長と知り合いだったらしい。そんな小さい頃から知り合っているのなら、この馴染み具合も頷ける。


「それより、そろそろ本題話せよ。千鶴か愛川連れて来いって言ったのそっちだろ」


「え、そうなんですか?」


 何やら話が見えないが、てっきり私に謝る機会を設けるために唯織がここへ連れてきてくれたのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「あー、そうだったそうだった!いやー、できれば愛川ちゃんも連れてきて欲しかったんだけどね~」


「愛川の連絡先私知らないし、千鶴なら知ってるだろーけど。まず何の話か言えよ先に」


「えっとね~。何から話そっか……うん。二人はさ~、『コイロ』ってVTuberのこと、知ってる?」

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