10日目④ おやすみ、千鶴〈千鶴side〉

『家着いた』


 唯織が帰ったあと、祖母の手紙を読みながらかなり遅めの夜ご飯を食べていたら、そんなメッセージが届いた。


 すぐに『よかった!!』と返信して、ホッと胸を撫で下ろす。


 最低限の家事を終わらせ、ゆっくりとお風呂で温もり、唯織が届けてくれたプリントに目を通してから、ベッドに体を放り出した。


「んんっ………はぁ」


 仰向けで大きく伸びをして、腕を投げ出し横向きになる。


 色々と頭の中で整理したいことはあるけれど、長い間苦しんできた頭痛も、ウザったい倦怠感もほとんどなくなり心が軽くなった。


 あるのは少しの眠気と、程よい疲労感。


「…………唯織」


 昨日の、ほんの数時間前まで大嫌いだと思っていた、今は自分の中で誰よりも大切な友達となった人の名前を呟く。


 さっきまで唯織と隣に並んで話していたのがもう夢だったように思えてきて、あれは本当に現実のことだったのかと不安になってくる。


 もしもさっきの全部が私の夢か妄想で、唯織は私と友達になることなんて少しも望んでなくて、私のことなんて大嫌いだったら………。


「今から……連絡したら迷惑…よね」


 不安になってしまう気持ちを拭いたくて、勉強机の上に置いてあるスマホに伸ばしかけた手を止める。


 もう時刻は既に4時前。


 普通に考えて、寝ているかもしれない人にこんな時間から連絡するのは非常識だ。

 仮に唯織が3時に寝たとして、大体7〜8時間後の10時以降。連絡するならそのくらいの時間が適しているだろう。


 そうわかっていても、声を聞きたいと思ってしまう。


 でも流石に迷惑だと思い、我慢して早く寝てしまおうと手を引っ込めかけた時、ふとあるモノが目に入った。


「唯織の……上着…」


 クリーニングに出そうととりあえず寝室の机上に置いていた、私の涙と鼻水で汚してしまった、唯織が着ていたモノトーンのジャケット。


 衝動的にそれを手に取って、ベッドの上に置く。

 深く考えないまま、それに顔を近付けて―――


「うニ゛ゃっ!?」


 突然鳴り出したスマートフォンに思わず変な声を出してしまう。


 慌ててスマホを見れば、唯織からのビデオ通話の着信がきていた。

 何故かベッドの上、正座の姿勢で背筋を伸ばし、すぐに応答ボタンを押して通話に出る。


「も、もしもしっ!」


『あぁ。ごめん、起こした?』


「う、ううんっ!い、今から寝ようとしてて……でも寝られなくて退屈してた所だったから大丈夫」


『私も同じ。それでベッド寝っ転がりながら暇してたとこ』


 画面越しに、枕に顎を乗せながらどこか嬉しそうに話す唯織の姿が見える。声が聞こえてくる。

 それだけでもうすごく安心できて、さっきまでの不安なんかどこかへ飛んでいってしまった。


『で、もし寝てたら起こすの悪いかなって思ったんだけど、そういやデイリーやってなかったなって思い出してさ。起きてからでもいいと思ったんだけど、何となくそっちも起きてる気がして通話掛けてみた』


「あっ……デイリー……」


 確かに、日付けが変わってるから今日のどこかでデイリーをやる必要がある。今寝たらいつ起きるかわからないし、やるなら暇を持て余してる今やった方がいいのかもしれない。


『あっ、そういやデイリー関連で話が……いや、あれはまた今度でいいか』


「……?何の話?」


『いや、いいや。なんか今する話でもない気がするし、明日か明後日くらいにまた改めて話すから。それより、友達になって一発目のデイリー、早くやってみてよ』


「わ、わかった」


 言われてみれば、今までは嫉妬から唯織のことを嫌っていたからデイリーをやるのが本当に嫌だったけど、友達になった今、唯織に「好き」と言ったら私はどんな気持ちになるんだろう。


 何だか、少しだけ緊張する。


 ゴクリと唾を飲み込んで、画面の中で楽しそうな表情でゆらゆら揺れている唯織の目をしっかりと見据えて、口を開いた。


「唯織のことが……好き」


 ぶわりと全身の血液が煮立ったように熱くなって、じわりと胸に温かいものが広がっていく。

 嫌悪感みたいなものは一切なくて、代わりに少しの恥ずかしさと、唯織への好意で頭の中がいっぱいになる。


 よかった。全然嫌じゃない。


『……なんかあれだな。…それ、どういう気持ちで言ってんの?』


 ちゃんとデイリーをしたはずなのに、唯織はなぜか微妙な顔をしている。


「ど、どうって言われても……友達として…好ましく思ってる……?」


 今まで他人にそういう感情を抱いたことがなくて今一よくわからないけれど、多分、私は唯織のことを恩人として、友達として好ましく思っている……のだと思う。


『からかい甲斐がなくなって、反応に困る』


「えっ………と……?」


 唯織の言葉にどう反応すればいいのかわからなくて、首を傾げる。

 つまり、私はどうしたらいいんだろうか。


 私は今までより今の私の方がいいけれど、唯織は今までの私の方が良かったってこと……?


「なにか……えっと、どうしたら……?」


『いや、ごめん。変なこと言った。別にどうもしなくても、そのままでいいよ』


 唯織は何を考えてるのかよくわからない笑みを浮かべてそう言った。


「そ、そう…?」


『それより、明日の日曜って空いてた?』


「あ、えっと……え、えぇ。空いてる……けど」


 すぐにカレンダーアプリを立ち上げて確認すると、予定は何も入っていなかった。


『さっき言ってた遊ぶ話だけどさー、場所はこの前会った駅前のショッピングモール、噴水前に13時集合でいい?』


「……!」


 てっきり、なくなった話だと思っていた。せっかくお礼として考えて提案してくれたのに、私が話を流してしまったから。


『朝はちょっと紬の相手しなきゃだから午後からになっちゃうんだけど、時間とかだいじょーぶか?ってか、噴水の場所分かる?』


「場所も、時間も大丈夫!すごく楽しみっ!!」


 思わず前のめりに応えると、唯織は一瞬だけ驚いたような顔をしてから、微笑まし気に頬杖をついてこちらを見てくる。


『ならよかった』


 それが何だか無性に恥ずかしくて、顔が熱くなる。


 良くも悪くも、やっぱり私は唯織の前では自分を取り繕うことができなくなって、自分でも知らない自分が出てきてしまう時がある。

 今も自分が思っていた以上にハイテンションになってしまったし、感情の歯止めが利かないと言うか。


 素直な感情を表に出して、言いたいことを言って、それが本来自然なことであり、唯織の前ではそういう自分でいたいと思う気持ちはあっても、ずっと隠して心の奥底に閉じ込めていたものだから、すぐには慣れない。


 早く慣れればいいのにと思う。


『楽しみなのはいいけど、あんま早く来すぎるなよ?あんま早く来られて、こっち時間通り来たのに待たせたみたいになんのヤダからな私』


「わ、わかった」


『ん。まあ用件はそのくらいかな……ふぁ……』


 唯織はそう言って、大きく欠伸をする。


 スマホの左上を見れば、もう4時を回っていた。


『話してたらいい感じに眠くなってきたな。そっちは?』


「え、えっと……」


 眠いと言ったら、通話は終わってしまうのだろうか。


 眠いか眠くないかで言うと、眠い。

 お互いに眠いのであれば、通話を切って部屋を暗くして、さっさと寝てしまう方がいい。

 今までの自分だったら多分、そうしていたと思う。


 でも、今の私はまだもう少し、あと5分でいいから、唯織の声を聞いていたい。


 今通話を終了して、真っ暗な部屋でたった一人になることを想像するだけで怖くて、不安で堪らなくなる。


「い、唯織……」


『ん?』


「あの……あと5…3分だけでいいから……もう少し…通話を繋いでいてもいい…?」


 一人が怖いから通話を繋いでいて欲しいなんて子供っぽいお願い、少しだけ躊躇ったけど、がんばって言葉にして伝えた。


 幼くても恥ずかしくても、素直な気持ちを大切にしたいし、ここで伝えなかったら絶対に後悔すると思ったから。


『3分?え、もう通話終わる感じ?全然寝るまで話そうと思ってたんだけど』


「え」


 てっきり、眠くなってきたからそろそろ通話終わらないか?みたいな流れだと思っていたのに、どうもそういう話ではなかったらしい。


『通話切って寝たいならもう切るけど』


「き、切っちゃ駄目!!まだっ!まだ話したい!寝るまで唯織と話したいから切らないでっ!!」


 慌てて言葉を重ねれば、唯織は少し驚いた表情を浮かべた。


『なんだ、3分とか言い出したから終わりたいのかと思ったじゃん』


「そのあと私、もうちょっと話したいみたいなことちゃんと言った!!唯織が眠くなってきたとか言い出したから、通話終わりたいのかと思って……!!」


『普通に眠くなってきたなーって思ったから言っただけだって。考えすぎなんだよ』


「……」


 勝手に勘違いしたのはこっちの方かもしれないけど、何となく納得がいかない。


『そんなに私と話したいんだ』


「…………うん」


『千鶴はかわいーなぁ』


 ニヤけながらそうからかわれて、無性にムカつく。


「う、うるさいっ!」


『あははっ!ごめんごめん。じゃあ気絶するまで話すか』


「……話す」


 ついカッとなって怒鳴ってしまったけど、まだ唯織と話せるのが嬉しくて、感情がよくわからないことになる。


『何話す?あ、そういえばこの前あたうさのさ――――』


 寂しくなったら甘えて、からかわれたら怒って、でも話せるのが嬉しくて、感情が目まぐるしく動くのが慣れなくて疲れるけど、それがどこか心地よかった。


 部屋の電気を消して、ベッドに寝転んで、ビデオ通話から音声通話に切り替えたスマホを枕元に置いて。


 密かに唯織の上着を抱きしめ、微睡みの中で彼女の声を聞きながら、いつしか私は夢の世界へと誘われていた。


『おやすみ、千鶴』

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