僕はその声を知っている
猫矢ナギ
プロローグ
貸出カウンターに置かれた、木製のブロックで作られたカレンダー。
その月を表す数字が、『九』を刻んでいるのを遠目に見つめる。
──あの子と出会ったのも、もう一か月くらい前か……。
手に抱えた本を棚に並べながらしみじみと思い浮かべるのは、今夏に友人となったばかりの、十は離れていない程度に年下の女の子のことだ。
九月に入り、学生である彼女とはおそらく夏休み期間ほど会うことは無いだろうと思うと、一抹の寂しさを感じないと言えば嘘になる。
しかし、夏の終わり頃から、彼女に関して少しばかり気に掛かることが──
「
左の耳元で、ふっと吐息と共に呼ばれた名前に、思わず背筋が震える。
反射的に左耳を押さえながら振り向くと、そこにはすっかり見慣れた少女が見惚れるほど朗らかに微笑んでいた。爪先立ちから静かに踵を下ろす少女に、静寂の占める館内で目立たないよう、こちらも声を潜めて返す。
「た、立花さん、こんにちは。今日も来たんだね」
学校帰りと思しき少女──立花さんは、夏の間たまに見せた白地に紺色の襟とスカートのセーラー服姿だ。まだ夏の暑さの冷めやらぬ今、衣替えの気配はない。
立花さんは俺の胸元までゆっくりと近づき、頭一つ分ほど下で見上げる姿勢そのままに俺の目を見つめながら囁いた。
「もちろんです。私も、頑張らないといけませんから」
透き通る、耳心地の良い可愛らしい声が、俺にだけ聴こえる距離で紡がれる。
異様にバグった距離感の立花さんと向き合いながら、俺は思う。
──この子って、こんな子だったか……?
と。
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