白死

カラスヤマ

第1話

深く深く。どこまでも。


わたしは、潜っていくーーーー。



ピッ。


「…………」


エレベーターで地下二階に降りる。いつもの時間。変わらない日常。


ホームに立っていると誰かに肩を叩かれ、声をかけられた。



「あっ! すみません。間違えました」


「はぁ……」


自分を知り合いの誰かと勘違いしていたんだろう。女の私がドキッとするような長身美少女が目の前に立っていた。



次の日。



また同じ人に声をかけられた。


「すみません。間違えました」


「………はぃ…」



また、次の日。



「間違えました」


「あのぉ……。私、知り合いの誰かと似ているんですか?」


連日の人違いに多少なり、イライラしていた。ついに我慢が出来ず、去ろうとした背の高い女性に声をかけた。


「似てるも何も……。私が探してるのは、アナタ。本当のアナタを探しているんです」


「えっ、それってどういう意味ですか? 失礼ですが、私はあなたを知りません。前に……どこかで会いましたか?」


「それでは、また」


女性は、困惑している私を放置してさっさと行ってしまった。


そもそもこの人、電車に乗らないの?


ますます、女の行動が理解出来なかった。



ブクブク。

ブクブクブクブク。

深く。もっともっと深く深く潜っていくーーーーー。



その日は、朝から体調がかなり悪かった。でも、今日は大事な会議があって仕事を休めない。

額の汗を拭い、ホームで電車を待っていると、急に視界がボヤけ、立っていることが出来なくなった。気づくと水を浴びたようにスーツがびしょ濡れ。自分が座り込んだ場所には小さな水溜まりまで出来ていた。



いくらなんでも。

これは、異常。



この水溜まりは、自分から出た汗で出来たわけではない。なぜか、左手にワカメのような小さな海草が髪の毛のように絡み付いていた。




ワケガワカラナイ。




倒れている私の前にいつもの女性が現れた。



「ぁ……」


「見て下さい。ほら! 船が来ましたよ」



船?


二番線。確かに前方から古びた漁船がやってくる。


これは、夢……?


突然、周りの景色がグラグラと激しく上下左右に揺れた。映画のように一瞬で景色が切り替わると、私は知らない砂浜で倒れていた。


全く動けない。ってか、動かせる手足がなかった。


ぐちゃぐちゃに腐敗している自分の体。魚や鳥に体を弄ばれ、小さな蟹にまで目玉を持っていかれた。



そこでやっと、思い出した。



仕事での耐え難いパワハラ。私生活でも少しも救いはなくて…………。私は限界を超え、とある海岸の先から飛び降りた。そう………。あれは、ちょうど一週間前。そのことをようやく思い出した。私だったモノは波に遊ばれ、偶然この砂浜にたどり着いたんだろう。



腐臭を発し続ける私だったモノの隣で、雑誌の表紙を飾るグラビアアイドルが私だけに優しく微笑んでくれた。



天使のような白いワンピースが似合う女性。あの長身の美少女だ……。


雑誌には、吹き出しが一言だけ添えられていた。



『やっと、本当のアナタに出会えた』




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白死 カラスヤマ @3004082

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