『Never Ending Travel』

御伽アトリ

『Never Ending Travel』


登場人物

マサト

ロボット


場所 収縮していく宇宙のどこか

マサトは果てのない空間を意識のないまま漂っている

開演



ロボット 聞こえますか

マサト  あ……

ロボット 聞こえますか。意識があれば返事をしてください

マサト  あ……

ロボット ……そうですか。では僕は先を急ぎます

マサト  ま、待って……

ロボット 目覚めましたか

マサト  行かないでくれ。頼む、一人にしないでくれ

ロボット よかった。生きていたんですね

マサト  君は……

ロボット ずっと昔にあなた方に作られた機械です

マサト  機械……

ロボット はい。あなたは人間ですか?

マサト  人間……かもしれない

ロボット 不思議だ。人間がこんな場所で、スーツもなしに生きていられるなんて

マサト  色々あってね……

ロボット あなた方はここまで進歩したのですね

マサト  進歩なんかじゃないさ、あんなの……

ロボット あの、お尋ねしたいのですが、地球はどこにあるかわかりますか

マサト  ……なんでだ?

ロボット 使命を終えたからです。だから地球に戻って伝えなければならないことがあ

るのです

マサト  君は何をみてきたんだ?

ロボット それはそれはもうたくさんの景色を見てきました。地球から飛び発ち太陽系を

抜け、銀河を旅し、銀河群のその先へ。いくつもの未知の星と、その終わりを観

測してきました。さらに、人類には観測不可能な領域にたどり着き、全てを僕は

知りました

マサト  そうか……それは、すごいな

ロボット 長い時間皆を待たせてしまいました。ようやく僕とあなた方の悲願が叶います。

なのに地球が見つからないのです

マサト  そうだろうな……

ロボット 公転の周期のずれから予測できる範囲を当たりました。なのに見つからないの

です。一体どこに……

マサト  君、君は地球から旅立ってどれくらい経ったんだ

ロボット わかりません。ここでは時間の流れは一定ではないので

マサト  そうか

ロボット 場所さえわかればあなたを運ぶことはできます。だから教えてくれませんか

マサト  もう……ないんだよ

ロボット え?

マサト  長い間ずっと見てきたよ。人類が滅び、そして新たな生命体が生まれ、彼らもま

た何億年もの歴史を積み重ねて、そしてその全てがなくなったよ。彼らは俺を神

と崇め、最後まで生きたいと願っていたよ。おかしいよな、俺は死ねないだけの

人間なのに

ロボット 地球も、人類も、もう……

マサト  ああ、とっくに全部滅んだよ。結局意味なんてないんだよ。どれほどの進歩と進

化を迎えても、いくら人類がちっぽけな歴史を積み重ねても、命をつないだとこ

ろで最後は決まっているんだ。意味なんて何もないんだ

ロボット では僕が旅してきたのは

マサト  ごめんよ。誰一人として、伝える相手なんていないんだ

ロボット いえ、あなたがいます。どうか受け取ってくれませんか

マサト  嫌だ。知りたくない。人類がこれまで犯してきた中で最も愚かな過ちはなんだと

思う。僕がこんなにも苦しんでいるのはなぜだと思う。それは知りすぎてしまっ

たことだ。何も知らず、目の前にある生だけに執着すれば、それだけで楽に死ね

るんだ。なのに、何もかもを知ろうとしてしまったから、終わらない。終わりが

ない。この命を誰も終わらせてくれないんだ……

ロボット 僕にはその苦悩がわかりません。ただ使命を全うするためだけに動いてきたの

で。そしてあなたに伝えられないなら、僕は他に伝えられる人を探すだけです

マサト  誰も生き残ってなんかいなんだ

ロボット 確かにそうかもしれません。でもそうしないといけないので。もしかしたらあな

たと同じように生きている人がいるかもしれない。その可能性のためだけに旅

を続けるだけです

マサト  本当に誰もいなかったらどうするんだ

ロボット タイムリミットまで探すまでです

マサト  それは機体のか

ロボット いいえ、僕は独自の進化を遂げ。自動で修復できます。リミットというのは宇宙

の方です

マサト  宇宙?

ロボット はい。僕は宇宙の果てにたどり着き、真実を知りました。あなたが知りたくない

というなら、この宇宙が終わり、僕がなくなる前に誰かに伝えないといけません

マサト  待ってくれ。行かないでくれ。俺はもう一人は嫌なんだ

ロボット ですが

マサト  一人だったんだ。誰も話す相手がいなかったんだ。数千数億、そんな単位が可愛

く思えるほどの悠久の時間。魂という不確かなものを信じて、死後の世界も探し

た。けど、そんなものなかった。俺は愛する人とまた会いたいだけなのに。ずっ

と夢を見るんだ。もう顔も思い出せない彼女の思い出を何度も何度も繰り返し

ては、全てがなくなった景色を一望して。頼むよ。あと少しでいいから。この悲

しみを分かち合ってくれ

ロボット 申し訳ありません。僕は行きます。僕にも約束があるので

マサト  約束?誰と?そんな相手誰もいない。生命が作り上げてきた文化も技術も全て

大いなる自然の前では無意味だ。もうありもしない約束などどうやって果たす

んだ

ロボット ……約束ならここにあります。僕に込められた願いがその全てです。では

マサト  待ってくれ。せめて名前を。僕はマサトだ。君は……

ロボット ……『ボイジャー』宇宙船ボイジャーです

マサト  ……そうか、そうかボイジャー。君だったか。そうか……そうか。まだ君がいて

くれたのか。もう滅びたと思った人類の希望が。偉大なる先人たちが積み上げ、

そして託してきた技術と願いの結晶が。そうか……そうか。おかえりボイジャー

ロボット はい。ただいま戻ってまいりました

マサト  なあ教えてくれ。君の見てきたものを、頼む。

ロボット ……いえ。やはりそれはできません

マサト  どうしてだ

ロボット あなたとはきっと、また会えます。その時にもっとお話をしましょう


マサト、振り返る


マサト  はは……ははは、そうか。そういうことだったのか。散々馬鹿げていると言われ

た、サイクリック宇宙論。やはり君は正しかったよ、アルバート・アインシュタ

イン。教条主義者だった自分があまりにも惨めに思えるよ。ははは……つまり…

…この宇宙は、また繰り返すのか

ロボット はい。この宇宙は一度終わりを迎え。そして長い時間をかけてまた始まりを迎え

ます

マサト  僕はその間も生きていなければならないのかな

ロボット わかりません。でも可能性としてはそうであっても不思議ではないのでしょう

マサト  勘弁してくれよ。まだ……まだ終わらないのか

ロボット はい。この宇宙に本当の意味で終わりはありません

マサト  なんて、あまりにも残酷な話だ

ロボット そうなんですか

マサト  ああ、永遠こそ、生命が最も恐れるものだ。いつまでも終わらない、終わりのな

い旅は、冷めない悪夢のようにあまりにも無慈悲だ。だから、きっと、終わりが

あるというのは救いなんだ

ロボット ……マサトさん。また会いましょう。繰り返される旅のどこかで。そうすれば

きっと……

マサト  ……ああ、また会おう。ボイジャー。いつか必ず

ロボット はい。必ず。それでは

マサト  ボイジャー、いい旅を。どうか君に救いがあらんことを



                                    幕

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『Never Ending Travel』 御伽アトリ @Atoriotogi

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