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 はてな新聞堂へ戻ると、外出をしていた編集長へんしゅうちょうのミケランジェロさんが戻っていた。


 眠っていたタマジロー先輩も起きていて(しかし頭におっきなタンコブあるにゃ。誰がやったのかは言わなくても分かるにゃ)、大あくびを何回もしながら、自分の作業をホニャラホニャラと進めている。


「おう、マメ。アズキのばあさんから話は聞いてきたか?」


 三毛猫の編集長、ミケランジェロさんはイケてるおじさん猫だ。

 眉毛まゆげも太く、目つきもギロリと鋭く、目鼻のりもはっきりとしているため、とてもしぶくて素敵すてき

 今だってピロピロふえくわえてピロピロピ〜♪ と吹く姿はとってもカッコイイ!

 (家族のために禁煙中きんえんちゅうにゃ!)

 けれど、お家ではフリルのエプロンをつけて、奥さんのためにご飯を作っているんだって。

 ギャップが面白いよね!


「はい! もうに活字入れてもいいですか?」

「……文章をらなくても大丈夫なのか?」

「はい! 練るほどのネタがありませんので!」

 

 自信たっぷりの返事に、ミケランジェロさんの笛がピュロ〜……♪ とたよりなげに室内にひびいた。



 僕たちのデスクは三つある。

 日当たりの良い南のお誕生日席にミケランジェロさん。その右下側がふくふくのタマジロー先輩。入口扉側の左下が僕の席。

 そして、僕とタマジロー先輩のデスクに続くように、大きな木製の作業台さぎょうだいがある。


 その作業台の上には縦18センチ、横13センチの木箱が置いてある。


 この木箱を『ゲラ』と言う。


 この木箱ゲラに、『活字かつじ』と呼ばれるハンコ型文字を一つ一つ、上向きにめていくのだ。

 活字ハンコをならべて文章にし、黒インクを丁寧ていねい木箱ゲラっていく。

 その上に白紙をペタンコ。破れないようにゆっくりがして完成かんせい

 こうして新聞にしていくのだ。


 けっこう大変な作業でしょ?


 僕はその活字ハンコが置いてある活字棚かつじだなへと行く。活字棚は作業台の真横に五列で平行に並んでいる。

 よく使う文字は手前の棚に置いてあって、後はあいうえお順に大量の活字ハンコが並んでいるのだ。


 はてな新聞堂の木箱ゲラは、中に三つの仕切りがあって三分割が出来る。

 お弁当箱の中が三つのタッパーで分けられている、と思ってくれると分かりやすいと思う。

 そして三つに分けられるから、三匹がそれぞれ木箱ゲラの作業が出来るのだ。


 僕たちが発行はっこうする【はてな新聞】は表面おもてめんのみの1ページ。


 紙面の上半分がミケランジェロさんの一面。

 残りの下半分の、左半分をタマジロー先輩の占いと天気。

 そして残りの右半分の部分を、僕がお知らせを書く。お知らせがまったく無い時は、お店スポンサー紹介のハンコを入れる時もある。


 僕は、まだ活字棚から活字ハンコを探すのが苦手だにゃ。


 新聞としてよく使う文字列……『~しました』とか『~探してます』等は一文のハンコになっているけれど、他の活字は一個一個探して嵌めて置かなくちゃならないのだ。

 本当に一個ずつの文字だから、たくさんの数があって、僕たちの新聞社の大半は活字棚と言ってもいいぐらい。


 僕はさっそく活字棚から『【✿お知らせ✿】』『ア』『ヅ』『キ』『ば』『あ』『ちゃん』の活字ハンコ探して来て、木箱ゲラの枠に嵌めた。

 続けて、『の』『鶏』『2』『羽』『探してます』『!』と木箱に嵌める。


 ふ~~。

 これだけを活字棚から探して、嵌めるのに、僕はとても時間がかかっちゃう。タマジロー先輩なら、きっと僕の半分くらい。ミケランジェロさんなら更に半分の時間で出来るだろう。

 僕はまだまだ半人前だ。


 それからも、えっちらおっちらと活字ハンコ探しては嵌めて、木箱ゲラが出来た。


『【✿お知らせ✿】

 《アキばあちゃんの鶏2羽探しています!》

 特徴:トサが赤くて短い、体毛は。クチバシは黄色で『ー!』と鳴きます。メで卵を産みます。

 見つけた方は、はてな新聞堂か、アキばあちゃんまでお知らせ下さい!』


 出来上がった木箱ゲラを一枚だけためりをして、パタパタとあおいで乾かして――。


 ――なーんて、やっていたら!


 ミケランジェロさんのデスクの頭上に掛けられたカラクリ時計から、カラスの模型もけいが飛び出してきて「アギャー! アギャー! アギャー! アギャー! ギエエエ!!」ときたない声で午後五時を知らせた。


 この時計は、僕の幼馴染おさななじみが入社にゅうしゃのお祝いにくれた物だ。

 二匹の先輩方には、すこぶる不評ふひょうである。


 例の占いの時間がやって来て、僕はにゃあにゃあとあわてて机の下にもぐり、ジッと耳をせて、様子をうかがう。


 ドキドキドキドキ。


 ……外はかみなりでゴロゴロって、鳴っていないよね。


 ……近くでゴロゴロ鳴っているのは、タマジロー先輩の腹ペコのお腹だけにゃ……。

 ……まぎらわしい……。


 そして。


 ……一分経過けいか


 ……二分経過。




 (ΦωΦ;))))




 ……五分経過。



 ……雷は……落ちてこない……?



 僕は頭上に注意しながら、机の下からコソコソと出窓でまどへ移動し、外をのぞく。

 

 ――空は綺麗きれいなオレンジ色の夕日が浮かんでいた。


 かみなりが落ちて来そうな様子は一切見いっさいみられない。

 これは占いがはずれた、と言っても良いのだろう。


「やった、やった〜!! 外れた、外れた〜!! やった~! ミケランジェロさ~ん、記事の確認チェックお願いしま~す!」


 僕は占いが外れたうれしさに、ルンルンとスキップしながら、ミケランジェロさんの所へとためりを持って行く。


 ミケランジェロさんは「お、早いな!」と満面まんめんの笑顔でめてくれたのだが……記事を読んでいると顔つきがどんどんとくもって行き、次第にプルプルとためりを持つ肉球がふるえた。

 嫌な予感は……すぐに当たった。


「ば、ば、ばっかもーん!! 誤字ごじだらけだぞ!! なんだ、なんなんだ!? このりょくって!? ニケニッニーって〜〜?!」

「あ、あにゃあ??」


 ……それから。

 こってりと叱られた僕は、涙目で誤字ごじの部分をピンセットで抜く作業に追われた。


 そして、ハッと気がついたのだ。


 これが【の相】で、ミケランジェロさんに怒られて【】事を!!

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