ツツジ月六日 月齢15.3

第2章 最大の天気に【じょなん】が降って来た!!

2-1


 翌日。

 まだお昼も過ぎて居ないのに、僕はすでにボロボロだった。

 それもこれも、今日の仕事場が原因げんいんだろう。


 ……みんなは幼稚園ようちえんって、知っているかにゃ?


 幼稚園はね、力を持て余した元気な子猫が、その体力を発散はっさんするために訪れる、それはそれはおそろしい場所なのにゃ……!


 その幼稚園へと、僕とミケランジェロさんは朝一番におとずれた。


 ミケランジェロさんは、園児えんじ芋虫いもむしから飼育しいくして羽化うかしたモンシロチョウを放す会の取材しゅざいを受けて。


 僕はお家でらなくなった不要品ふようひんがあれば幼稚園に寄付きふして欲しい、というお知らせを書くため、そのくわしい話を聞きに来たのだが……。


 ……ずーっと子猫のお守りをさせられているのは、ナゼなのだろうか……。


「そういえば、マメちゃん! 新聞見たわよ。にわとりが居たら、連絡するわね」

「うちの畑に居るかもしれないわね。帰り道見ていくわ」


 僕はやんちゃな子猫達に背中に登られて、新聞紙で作った剣でつつかれ、尻尾しっぽを引っ張られ、毛をむしられている姿を見守っていた保育士さん達がそんな嬉しい事を言ってくれたのだ。

 

 僕は、僕の記事を読んでくれてこんな感じに反応があると、うひゃ〜♪ って、嬉しくなるにゃ。


 このウキウキの気持ち、僕は名前を知らないのにゃ。

 みんなは名前を知っているのかにゃ?


 それからも、ちぎっては投げ、ちぎっては投げても無限むげんの力で復活ふっかつする子猫達の相手をしつつ、保育士さんの話を聞いて、命からがら、はてな新聞堂へ逃げて来た。


 そして一息ついてから必死に書いたメモ帳を広げると……。


「……にゃっ!」


 メモした一面いちめんが、大きなうんちの絵に変わっていた。


 その場にくずれ落ち、落胆らくたんする僕。


 ……いつの間に落書きされたのか。

 先生の言った内容、うっすらとは覚えているけれど……。


 しかし! 前向きに考えれば、後は新聞にするだけ。

 幼稚園のお仕事は朝早い依頼いらいだったから、まだお昼だ。記事や木箱ゲラ作りにも余裕よゆうがある。


 だからもう一つ、外出する用事を先に済ませてしまおうと思った。


 デスクでお昼ご飯のサンドイッチを頬張ほおばっていた僕は、斜め前の席でブラックコーヒーをしぶい顔してすするミケランジェロさんに声を掛けた。


「ミケランジェロさん、今からちょっと抜けても良いですか?」

「……抜ける?」


 ミケランジェロさんのひげがピクピクッと動く。

 ……あ、不機嫌ふきげんの時の仕草しぐさにゃ。

 自然と、声がありんこみたいに小っちゃくなっていく僕。


「……あの、今日の新聞を、とどけたい所がありまして……」

「マメよ、お前の胸には今、何がまっている?」

「にゃ? お腹にはサンドイッチがたっぷりと……」

「ばぁっかもん! お前は、新聞記者としての熱意ねついが無いのか!?」

「ね、熱意? 熱意はありますよ。猫並ねこなみに!」

「だったら、記事も熱いうちに書け! 情熱じょうねつが冷めないうちに熱い記事を書け! 後で書こうなんて思うな!!」

「で、でも、僕の記事はお知らせだから、熱なんて、あってもなくても……」

「お知らせだって、熱が必要なんだ! 熱意が無ければ、猫にひびかないんだ!」


 にゃあ……。

 熱いお知らせかぁ。

 ミケランジェロさんは、僕によくむずかしい話をするのだ。今日は熱いお知らせを書かなければならない様だ。

 しかし、一通り僕に怒鳴ると落ち着いた様で、優しい声色トーンで問いかけて来た。


「……もう相手とは、約束アポを取っているのか?」

「にゃ? にゃい!(本当は取ってないけれど)」

「では今日は許そう。新聞記者なる者、誠実せいじつでなければならないからな。しかし、次からは変な時間にアポは取らないように!」

「にゃ、にゃい!」


 あわててツナのサンドイッチを口にめ込み、立ち上がる。

 かべに掛けてあるかばんを取りに行き、ついでに応接室おうせつしつをチラリと見れば、昨日と同じ光景が広がっていた。


 キュウ☆ニクニクさんの「ほげら! はどぅ! あいや!!」という占いの掛け声と、絶賛爆睡中ぜっさんばくすいちゅうのタマジロー先輩。

 そして、ニクニクさんは再び僕を指差して叫んだ。


「マメェ!」

「はにゃっ!? また僕の何かですか?」


 ブルブルと全身がふるえるニクニクさん。


「お前、今日は、猫生びょうせい最大の転機てんきの日だ!」


「最大の天気ですか?! (良いお天気って事かにゃ?)」

「【じょなんの相】が出ている。落下物らっかぶつに注意しろ!」

「【じょなんの相】?! 落下物!?」


 ……じょなんって、何にゃ?


 昨日の反省も含めて、すぐにニクニクさんに聞くことにした。


「ニクニクさん! 【じょなんの相】ってなんですか!?」

「【じょなん】と言えば、女に苦労くろうする【女難じょなん】に決まっている」


 にゃ〜るほど。女の子の事か。


 ……僕が、女の子に苦労する??


 新聞社に入社してから、あんまり女の子と関わり合いがないにゃ。

 毎日話すのは、アパートの大家おおやさんのシノおばさんくらい。


 そして女の子と落下物??

 チグハグな組み合わせだな……。


 なーんて、考えていると「お疲れ様でした……」としずしずと帰って行く、ニクニクさん。


 あ!!

 また、運勢占うんせいうらないの結果を聞いていない!!

 僕は、再びニクニクさんを引き留めて、何とか今日の運勢占いを聞いた。

 いい加減なサンダル占いは、なんと、僕のにこにこ座は一位だった。

 それを聞いて、僕の頭は??? となる。


 ……みんな、昨日の占いを思い出して欲しい。


 僕は【誤字ごじの相】が出ていて、占いは最下位。結果、ミケランジェロさんにとっても叱られた。

 でも、今日は僕の占いは良くない事が起きそうだけど、運勢占いは正真正銘しょうしんしょうめいの一位なのだ。


 これは、良いことが起きるのか、悪いことが起きるのか、分からないって事にゃ~!



 (ΦωΦ;)〜〜〜3



 僕はとりあえず、用事を済ませるために、北のかべへと向かった。

 

 北の壁とは。

 はてな島と、隣のとかい島との境目さかいめにある壁の事だ。

 それは運動神経うんどうしんけいの良い僕らでも登りきる事が出来ないほど、高くて高くて高ーい壁なのだ。

 だから、はてな島の北側の空はその壁しか見えない。


 ――えっ?

 とかい島が気になったりしないのかって?


 僕達は生まれた時から、壁があるのが当然だったし、一体何のために壁があるのか? なんて考える猫は居ない。


 海から回って行こうとしても(誰もしないけれど)、海流のせいで船も進めないし、わざわざ高い壁を越えてまで他の島へ行きたいなんて考える猫は、居ないからね。


 ……変わり者の猫を除けば。


 そして最近、北の壁手前かべてまえ雑木林ぞうきばやしに、その変わり者の猫が住み始めた。


 僕の幼馴染おさななじみだ。

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