第25話 緊急招集
「王妃様。こちらでいいですか?」
「そうね、あとこれもお願い」
カナルシアは王妃に真っ赤なルビーとダイヤモンドの髪飾りを付けた。古くから王室に伝わるもので、代々王妃が所有する宝飾品の一つだ。他にも今日、王妃が身に着けているものはイヤリングや指輪などすべて代々王家に伝わるものばかり。
最後に頭上の王妃だけがつけることを許されたティアラを乗せると部屋に一層の緊張感が漂う。侍女たちは固唾を飲んで王妃とカナルシアを見ていた。
「出来ました」
カナルシアの言葉で王妃は立ち上がって鏡の前まで進むと左右、後ろと確認してから前を向いて最終確認をしていた。
これから起こること、そして王妃がこれだけの装いをするのは結婚式以来だという意味をカナルシアたちは理解している。だからこそ、ここにいる者すべてが失敗は許されないと細心の注意を払っている。
「行きましょう」
その一言で傍にいた侍女たちが一斉に道を開ける。
部屋のドアが開き、廊下に出ると王妃のすぐ後ろをカナルシア、そして数人の侍女がついてきた。
通路にはいつもより多くの騎士が配置されている。その騎士たちにはこれから起こることを説明していないはずだが、緊張しているのが一目でわかるくらい表情が硬い。主である皇族の行動の一つ一つや雰囲気で状況を判断する宮中の警備隊としては優秀だ。
大広間の扉の前まで来ると、既にネヴィルとレイモンが来ていた。
二人は王妃に気がつくと右手を胸に当ててお辞儀をした。
「既に皆、集まっています」
ネヴィルが伝えてくる。
今日、王の名代として貴族たちを招集した。集められた貴族たちはその理由を知らない。招集をかけた直後から探りが入ったがうまくかわし続けた。その為、王の病が悪化したとか既に亡くなっているとか噂が広まり、それと同時に王は内々に皇太子を決めていて遺言なるものが存在するという話も出ていた。
「ネヴィル」
ネヴィルに手を差し出した。
ネヴィルは戸惑っていたがレイモンはすかさず王妃の後ろに立ったのを見てネヴィルは諦めて王妃の手を取った。
「覚悟を決めなさい」
王妃の言葉に少しの躊躇いのあったネヴィルは真っ直ぐ前を向いた。ティアローズ様との約束を果たすときがきたと王妃も覚悟を決める。
「告げよ」
扉の前に立つ騎士にネヴィルは言う。
大きな扉がゆっくりと開き、騎士は王妃とネヴィル皇子、レイモン皇子が来たことを告げた。
ざわざわと声がしていたが、王妃とネヴィル、レイモンがそろって入ってきたことで一斉に静まり返った。
最上段の王妃の席までゆっくりと歩く。
王妃はただ真っ直ぐ前だけを見ていた。王妃の座る場所。その椅子の意味を理解しているからこそ今日、この場にきたのだということを。今日は王の名代として、この国の王妃としての責務を果たすべく。
最上段まで来ると振り返り、集まった貴族たちの表情をしっかりと目に焼き付けていた。
今日が終わる時この中の何人がここから去ることになるだろう。その時、その者達はどんな表情をするだろうか。
リコとネヴィル、レイモン、エルドが集まって話し合った結果、更なる証拠と王の病の完治を目指してそれぞれが動き出すことになった。
リコは王の病の最後の治療に取り掛かっていた。
リコの傍には護衛騎士のヘリオスといつもいる治療魔法士の二人だ。
いつも王のそばにいる侍医は席を外してもらっている。もし、失敗したときに身を守る術を持たないからだ。
「そろそろですか?」
窓の外を見ているヘリオスに声をかけた。
治療魔法士たちにはこれから起こることは説明しているがやはり緊張しているようで両手を胸の前で握りしめている。
「来ました!」
ヘリオスは窓を開けて手を伸ばし白い鳩を腕に呼び寄せて、鳩の足元につけられている手紙を確認している。
「準備完了です」
「分かりました。では予定通り正午の鐘と同時に始めます」
リコの言葉を合図に、治療魔法士たちとヘリオスはリコの背後へと集まる。
リコは両手を合わせて息を吹きかけた。視線の先には安らかに眠る王がいる。失敗は出来ない。目を閉じて呼吸を整える。
そのころ、ヘレル子爵の領地ルベルでネヴィルとエルド、第一騎士団の団長ジョージが傭兵と会っていた。
「これは本当か?」
「本当です。先日、護衛を頼まれてキリファまで行きましたから」
色黒のかなり大柄の男、レオンはネヴィルに手紙を見せた。元々キリファ人で傭兵としてこの国に留まっていたところをヘレル子爵の傭兵の一人として採用された。
ヘレル子爵は土地勘のあるレオンを引き連れて何度かキリファに行っていたことを突き止め買収した傭兵だ。
「キリファの様子はどうだ?」
「乗り気って感じがしましたが皇太子内定と聞いて少し警戒した様子にもみえました。ただ帰りには手土産も持たせてくれたので少しは期待しているのではないかと」
「キリファは確かカリオンと領地争いをしていたはずだが、まだ休戦中か?」
「なんだか、カリオン側から言ってきたようでキリファとしても都合がよかったはずですよ。なんせ、軍隊の半分ほどを失くしていますから」
キリファは数年前までその隣のカリオンと領地争いをしていた。カリオンは先王の時代ベティルカ国との戦で負けているのでキリファとしてもベティルカ国を引き入れたいという思惑が働いたのだろう。
「皇太子内定は誰だと言っていた?」
ネヴィルは手紙をエルドとジョージに見せながら聞いた。王の病が治らない限り皇太子内定はまだ先の話だと思っていたが、反乱ともとれる出来事がここまで進んでいた。
「アランです」
「ヒィィィ……」
ネヴィルは傭兵を睨みつけた。冗談で済まされる内容ではない。ジョージに至っては剣を抜いて傭兵の首元に突き付けていた。
(同盟としての婚姻か……)
面倒なことになった。それがネヴィルの感想だった。
その後傭兵から証拠の品とヘレル士爵の行動を確認した。
「これでヘレル士爵の悪事を暴けますね」
ジョージが笑顔を見せた。
ネヴィルも安堵した。ただこれからが大変だと感じる。
ヘレル士爵がやった事は国同士の話にも発展するのが予想される。
そのころレイモンとハミルトンが二人の魔導士を伴って漆黒の森へと来ていた。
「レイモン皇子。本当に大丈夫でしょうか?」
「魔法石は持っているな?」
ハミルトンが心配そうに聞いてくる。
念のため、王妃の許可を貰い教会から魔法石をいくつか持ってきた。リコの治療が上手くいけばその反動はここに来る。その時、ハミルトン達の身の危険があることを想定して準備したものだ。
「はい、ですが……」
「もうすぐ、正午の鐘が鳴る。配置につけ!」
エルドとウォルターが調べた結果、リコが王の治療を成功した直後、この物体の力は一瞬弱まるはずだと言っていた。その時を狙ってローサンを救出する。ウォルターとハミルトンだけでは魔力が足りないことも分かったのでレイモンがここに来ることになった。
ハミルトンは諦めて他の魔導士たちと黒い物体を取り囲む。
レイモンは黒い物体の隙間が見える場所に立った。僅かな隙間から人の目が見えていた。気配からローサンだと気づく。リコの言っていたことは当たっていた。
ローサンは先ほどから悲しそうな目でこちらを見ている。何があったのか確認する必要がある。それが、ローサン自身望まぬ結果だとしても。
正午の鐘が鳴りだした。
失敗すればここにいる四人とローサンの命はないだろう。レイモンは意識を集中した。
何としても助ける!
正午の鐘がなり終わるのを待ってレイモンは隙間に手を伸ばして中にいるだろローサンを掴んだ。
その瞬間黒い物体は中から爆発音をだして破裂した。王に掛けられていた呪いが跳ね返されたのだ。周囲にいたレイモンや魔道士、騎士たちは跳ね飛ばされた。
「大丈夫か?」
レイモンがさけんだ。
「大丈夫です」
騎士や魔道士たちから返事が返ってきて安心する。
レイモンは周囲を見渡してしてローサンを見つけた。
ローサンは爆発の勢いで飛ばされていた。
「ローサン!」
レイモンがローサンに呼びかけるとローサンはうっすらと目を開けた。
レイモンはひとまず安心した。
魔道士がポーションを持って来たのでローサンに飲ませた。
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