第31話 ノート
ウィルは毎日ノートを書いている。嘗ては勇者ダンもノートを書いていたという伝説がある。
勇者ダンのノート。強さを弱さを、世界の危機を、世界の命運を、歩んできた道筋を。彼は全て記してきたと言われている。だからこそ彼を習って自分もそれをしようとウィルは思ってノートに書いていた。
「えっと、今日は筋トレと素振りとモンスターの討伐をして……」
ウィルは今日は自主鍛錬をして、その後に冒険者としてモンスターを討伐したりをしていた。それを記して、それに対しての自身の意見と、戦い方の改善点を記しておいた。
「そう言えば……勇者ダンの書物の中でも黒の歴史書って言うのは謎に包まれてたなぁ」
勇者ダンにはありとあらゆる逸話がある。勿論、勇者自身が意図的に伏せている情報もある。
鉄仮面の素顔。勇者の後継。そして、黒の歴史書。
勇者ダンもかつてはノートを書いていた。というのはウィルも知っている。しかし、勇者はその内容については誰にも見せなかった。大賢者リンリン、覇剣士サクラ、格闘家のカグヤ、彼女達にすら勇者ダンはノートを見せない事が多かったらしい。
だが、その中でも勇者ダンが厳重に保管をしていたノートがある。描いている姿さえ、見たことがない。しかし、それは確かに存在をしていると言う幻のノート、書物。
それこそが黒の歴史書。噂によるとあの勇者ダンが異様に警戒をして仲間にも見せないレベルの書物であることから、世界情勢を狂わせる、世界の常識を変えてしまう程の技や奥義、等と言った様々な事が記されていると言われている。
その書物の数は七冊だが、最終的に四天王との戦いで無くなってしまった伝説では言われている。
「黒の歴史書か……読んでみたいなぁ……あ! そろそろ寝ないと……明日は勇者ダンが訓練をしてくれる日だし」
ウィルは週に一回しかない勇者の訓練日に備えて寝ることにした。
◆◆
ウィルとの訓練の日、毎週よく休まずに来てくれるなぁと思いながら俺はウィルの剣を弾いた。
「うぐ……ッ」
何度も、負けじと剣を振るウィルの剣を優しく防御をする。ウィルは最近マイナー大会で三位になって、女子にモテモテになっていたので気が抜けているはずなので、いつもよりは力を入れて訓練をしてあげないといけない。
「あ、あの、いつもより強くないですか……?」
「弱い方が良いのか」
「い、いえ! 嬉しくて……僕は強くなれてるから、きっとステップアップの為に敢えてレベルを上げてくれているから嬉しいです!」
「うむ」
良く見抜いたな。流石はウィルだ。
「それでだ、今日はお前に新たな修行アイテムを持ってきた」
「!?」
取りあえず俺なりに色々考えた。どうすれば強くなるのか……まぁ、考えたがそんないいアイデアは出ず、取りあえず重石をつけさせるかという結論になった
「この、とんでもなく重い鎧を持ってきた」
「ま、まさかそれを……着ると言う事ですか?」
「ふっ、そうだ、これこそ俺が最初に着た修行アイテム……始まりの重石の鎧だ」
「始まりの重石の鎧……」
昔つけてたけど、本物はサクラにあげちゃった。アイツ無性に俺の装飾品を欲しがったりする傾向があったからな。なのでウィルにあげたのは骨董品屋に売っていた奴なんだが……まぁ、それは些細な問題だ。
大事なのは弟子のモチベーション。滅茶苦茶安易な発想だが、重石をつけて動かせばそれなりに強くなるだろう。俺の現代世界では考えられないがファンタジーだからな。意外と上手く行くかもしれない。
「これが、ただの修行アイテムになるかどうかは……お前次第だ」
「は、はい!」
修行が上手く行かなかったときは……その時はその時で、適当なことを言えば良いか。
「あ、あの、実は僕、ノートを書いてまして……添削とかお願いしてもいいですか?」
「ふむ。まぁ、いいだろう」
きっと俺が昔書いていたからウィルも書いていたんだろう。仕方ないから見てあげよう。赤ペンでアドバイスとかしてあげようじゃないか。
始まりの重石の鎧をウィルに授けて家に帰る……前にトレルバーナ王都で行われる冒険者交流会に寄って行こう。スーツに着替えて……よし。
「あ、バン来たのね」
「どうも、リンさん」
「じゃ、一緒に行きましょう」
リンが居た。最近よく会う気がするなぁ。
「おお、リン。丁度いい!」
リンと一緒に歩いていた、神託者の婆さんが居た。この人は久しぶりに会ったな。名前はボイジャーだっけ。
「なによ、ボイジャー」
「リン、お主に神託が参った」
「ッ!?」
またか。昔からよく神に好かれているな。
「内容は何?」
「この王都に途轍もないハリケーンが近づいている、それがこの国に到達すれば国民の三分の二は死ぬことになるじゃろう。更には城は滅び、住民の家、全ては跡形もなくなくなる」
◆◆
「この王都に途轍もないハリケーンが近づいている、それがこの国に到達すれば国民の三分の二は死ぬことになるじゃろう。更には城は滅び、住民の家、全ては跡形もなくなくなる」
それを聞いたとき、アタシはまた恐怖を覚えた。
「そう……」
「言いにくいがその結果として、リン、お主は片腕を失うと言われておった」
「そっか」
また、神か……いい加減にしてほしいわね
「おいおい、マジかよ」
「この国ヤバいって本当なのか!?」
「リン様! リン様がなんとかしてくれるんですか!?」
神託者ボイジャーの話を聞いていたのだろう。周りの冒険者交流会に来てた冒険者が顔を青くしている。
「う、うむ……じゃが……」
「――すでに吹き飛ばしたから問題はない」
聞きなれた声がした、というかさっきまで聞いていたから当たり前だけど。
「勇者ダンか!?」
「鉄仮面は違うが物凄い覇気だ、そうに違いない! ありがとうございます!」
「流石は勇者様だ」
いつの間に……本当にいつも速い。鉄仮面は入り口に飾ってあった鎧の仮面を借りたのだろう。
服もびしょびしょだから、本当にアタシ達が話している一瞬でハリケーンを吹き飛ばしたのだろう。
「分かればよい。神と言う存在に惑わされるなよ」
そう言ってダンは一瞬で消えた。ダンが消えると交流会の者達は一気に安堵を取り戻す。
「確かに神託がプツリと消えた……あいかわらずの規格外よのぉ」
ボイジャーも去って行った。そのタイミングで交流会のドアが開いた。体がびしょびしょのバンが立っていた。
「あいつ、なんでびしょ濡れなんだ?」
「あの格好で来るかね?」
「それより、ハリケーンが消えてよかった。まぁ、勇者だから当然だよな」
「当然、当たり前だろ。勇者なんだから、ハリケーン位、吹き飛ばして貰わないと」
「私達を守ってくれないと困るわねー」
当然ね……そうじゃないと思うんだけど。
「あ、流石にびしょ濡れは不味いか……」
「バン、別にアタシは気にしないわよ」
「いえ……ちょっと今日は出直します。ではまた……髪型決めて来たのになぁ」
あ、髪型きめてきたのね。ちょっとしょんぼりして帰ろうとしているバンの背中をアタシは追った。
「アタシも帰るわ」
「そうなんですか」
「そうよ……ダンが昔言ってたわ。水も滴る良い男って言葉があるって」
「へぇ……」
「バンはあれね。正にそれって感じね」
「そうですかね?」
「きっとそうね……さっきの会話聞こえてた?」
「なにがですか?」
「ほら、会場の冒険者が言ってたじゃない。びしょ濡れがどうこうって」
「まぁ、そうですね」
じゃあ、勇者が守ってくれるのも当たり前とかも聞こえてたのかな……
「アタシはダンが守ってくれるのは当たり前とか思わないわ。だから、例え世界中が感謝しなくてもアタシはダンに偉いって言ってあげたいの」
「………………そうですか。そう言われたら本人も嬉しいでしょうね」
「だといいわね。あ、そうだ。ちょっと二人で飲みなおしましょう? 折角だし、バンの家に行かせてよ」
「俺の家ですか」
「いやなの?」
「いえ、いやとかじゃなくて……両親が居るのですが」
「実家暮らしだったの!?」
「はい」
「あ、ふーん……」
実家暮らし……まぁ、城で暮らしてるアタシと同じって事なのね……。そう、つまりは両親に顔を覚えてもらう機会でもある訳よね……
「よし、連れてって。ついでに、バンの両親にもこの間の御礼をしたいから。四天王から救ってくれた奴」
「……あ、まぁ、いいですけど」
「よーし、いくわよ……あ、ちょっと待って。手土産だけ買ってきたいから付き合って」
アタシ達は一緒に歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます