第22話 試合前
ウィルは試合前にコロッセオの外に出て深呼吸をしていた。あまりに緊張をして、試合に臨むべき精神状態ではなかったからだ。
「おー、気合入ってるやないかー」
「え?」
ウィルの後ろからテッシーが声をかける。眼は見えていないがウィルの魔力の昂ぶり、そして呼吸音から彼が気合が入っていると言う事を見抜いた。
「おぉ、ワテの名はテッシーや! よろしゅう!」
「よ、よろしゅう?」
「アンタはなんちゅう名前なん?」
(か、変わった話し方だ、この人……)
異世界に関西弁と言うのは存在しない。だから、ウィルは勇者ダンがテッシーに教えた関西弁に違和感を覚えてしまった。
「僕はウィルです。えっと、どうして僕に話しかけてきたのですか?」
「あー、試合前にすまへんすまへん、ただ、アンタの魔力がものすごーく、清らかで優しかったのが逆に違和感あってな、話しかけたんやで」
「あ、な、なるほど?」
「いや、改めて魔力が変やな」
「あ、その最近魔力の調子が良くて……」
「へぇ」
「何か、調子よすぎて逆に扱いずらいと言うか……誰かが勝手に僕の体を使ってたような気がするくらい、でもそれにも不快感は感じなくて、むしろ理にかなってと言うか」
「ふむふむ、全然話分からん」
「あ、そうですよね、すいません、いきなり、話しちゃって」
「いや、最初に話しかけたのワテやけど」
ケタケタと笑うテッシーに対して、ウィルは変わった人だなとこっそり心の中で思った。そして、眼を布で隠しているが不便ではないのかとも気になってしまう。
「あ、眼なら元から見えへんから、気にせんでええで」
「そうなんですか……」
「代わりに魔力感知ができるねん」
「す、すごい」
「まぁ、それくらいしか取りえないからな」
「いやでも、凄いですよ! 僕無理です」
「ははは、まぁ? 世界で二番目を目指しとるからな! 当然やで! ただ、感知できない奴もおるから、それが問題や」
「感知できない?」
「勇者ダンとか、そやな。あと、大賢者リンリンとか、あまりに不可思議な状態やったり、魔力がデカすぎたり、ちゃんと引っ込めてコントロールできるやつはどこに居るのか、分からんし、感じないんや」
「へぇ……そうなんですね」
「そうや、だから――」
「――おー、ウィルじゃん、試合いつから?」
その声を聴いた瞬間、テッシーは臨戦対背に入った。背中に背負っていた槍を抜いて、その声を主に思わず向けてしまう。
「あ! テッシー君! この人は危険な人じゃなくて、同じ冒険者仲間のバンさんって言うんだ」
「どうもー、よろしく。テッシー」
「……そうなんか」
突如何食わぬ表情で暢気に話しかけた冒険者バン、ウィルが誤解を解くようにテッシーに説明をするが彼の警戒心は解かれていなかった。
(なんや、こいつ……話しかけてくるまで一切分からなかかった……。勇者ダンでも多少は感じ取れるんやぞ……。足音もたてず、この距離の接近に一切気付けないとか、ワテにあり得るんか?)
(もし、暗殺者か何かやったら明らかにワテは死んでた……)
額に汗をにじませながらテッシーはバンに対して最上級の違和感を覚える。勇者ダンでさえ、何かしら感じるのに、全く感じない。これは一体どういうことなのか。
ダンは勇者の俺様系の時は無意識に人を威圧するような空気感を出しているので魔力が僅かに垂れ流してしまう。反対に冒険者バンの時は自然体で普通の空気のように溶け込む空気感を出すので、無意識に魔力がオフになっているのだ。
「あ、あぁ、悪かったな。ちょっとびっくりしたんや……」
「気にしなくていいよ、それでウィルはいつから?」
「5試合目です」
「頑張れ! 応援してるから。あとテッシーも頑張れ!」
「ありがとうございます!」
「どうも、おおきに……」
二人に激励を飛ばすとダンはそこから去って行った。彼が去って暫くするとテッシーが口を開いた。
「アイツ、気を付けた方がええで。普通やない」
「え? 良い人ですよ?」
「薄皮一枚、その下に何が在んのかイマイチ分からん。あれ絶対、ヤバい奴や、良い人か悪いとかそう言う次元やないって事や……まぁ、気を付けるんやな」
「は、はぁ? 分かりました」
テッシーにそう言われたウィルはちょっと何言ってるのか分からないと首を傾げた。
◆◆
ウィルを励ますために一声かけに行ったがちょっと元気が出ていたようで安心した。あと、テッシーは魔力が感じ取れるとか言っていたが全然俺には気づいていなかったな。
まぁ、魔力は感じ取れるけど、俺の魔力は前から感知し辛いとも言ってたし。結局、実力はまだまだってことかね。
観客席に戻って席に着いた。顔を隠しているリンが俺が戻ってきた事に気付く。
「あ、どこ行ってたの?」
「ちょっと知り合いに激励をしてまして」
「ふーん」
「あと、このポテト食べます? ついでに買って来たんですけど」
「いいの? ありがと」
むしゃむしゃ隣でポテトを食べ始める。さーて、この戦士トーナメント、実は男子の部と女子の部が存在する。女子の部は明日でキャンディも実は出るらしい。アイツは優勝は無理そうだけど、ベスト8くらいは行けるだろう。
俺の持論だがやはり人間は勝負に負けるとモチベーションが落ちる。つまり、ほぼウィルはモチベーションが確実に落ちることになるのだ。ウィルも強くなっているがこれに出場しているのは紛れもない猛者たちだ。
有名な実力のある一部騎士。冒険者のDランク、Cランク、Bランク、一人だけAランクも出場しているらしい。だから、早めに負けた時のフォローを考えておかないと……
「なにしょぼくれた顔してるの?」
「リンさんが落ち込んだ時にかけられたらうれしい言葉って何かあります?」
「えー? そうね……遠回しにでも寄り添うような言葉かしらねー?」
「なるほど」
「魔法の調子悪い時とか、ちょっとダンジョンで危ない目にあった時とか、そう言う時なら尚よし」
「ふーん、そうですか」
流しながら彼女の話を聞いていると、会場中に大きな声が響く。元七聖剣のドドドの声が響いた。
「皆様! 遂に第一試合が始まります! 未来の英雄が、新たな希望が、この世界に現れることを! 私は祈っています!」
あんなキャラだったけ? もうちょっと嫌味だったと思うけど、それにお年寄りなのに元気だなぁ。
「ドドドってあんな奴だったかしら?」
リンも同じこと思ったらしい。そして、そこから試合が始まる。暫く見学をするが正直退屈だった。俺はウィル達を見に来たので、別に他には興味はない。だが、進みに進んでウィルの試合が始まりそうになる。
「5回戦は冒険者ランクC! 疾風のパンチを操る男! リョーフーゥぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「「「うわぁぁぁぁっぁあ」」」
盛り上がりが凄いな。一応この大会競馬みたいに誰が勝つのかかけることが出来るらしい。だから、賭けてる方には買って欲しいから応援をしているのだろう。まぁ、俺はあの人全然知らないけど……。
「対するのは最年少出場! 最近Dランクに上がったばかりの新星ウィルぅぅぅぅぅぅ!!!」
「「「うわぁぁあああ……?」」」
「だれ?」
「知らない」
「顔蒼くない? やっぱり賭けなくて良かったぁ!」
一応、俺はウィルに賭けてるぞ。勝てるとは思ってないけど、師匠として一応はかけておくべきだと思ったからだ。
どこまで喰い下がれるかね……。あ、無理そう。ウィルの顔が青いし、緊張して吐きそうにしているし。
「では、1回戦、第5試合、始め!」
――次の瞬間、俺は持っていたポテトの味がしなくなった。
先ほどまで塩味だったのに気付いたら無味になっていたのだ、何故かと言えば……ウィルがの持っていた木剣が相手の脳天に当たり倒れたからだ。
確かに並の人間なら脳天に衝撃を受けたらただでは済まない。この事象はさほど驚くべき事じゃない。だが、問題なのはそのスピードだった。俺からすれば全然遅いが明らかに洗練されていた。
お、おぉ。やるじゃないか……ウィル……
「うぉぉぉおぉぉ!!! 勝ったあぁあああ!」
「そんな大金をかけた大勝負……それに負けた、ちくしょう、ちくしょう……」
「え? あの子、明らかに動き可笑しくなかった?」
「残像しか見えなかった。あれは魔法か?」
「身体強化の一種を使ったようには見えなかったが……」
「まさか、素の身体能力であれ程の……!?」
ふっ、どうだ? あれ俺の弟子です。俺には最初から分かっていたよ? ウィルが危なげなく1回戦を突破することはね? まさか夢にも1回戦で無様に負けるとは思っていなかったさ!!!!!
「兄ちゃん、その戦券かなりの金額になってるんじゃないか!?」
「あ、そうかもですね」
隣のおじさんが俺のウィルの馬券、通称戦券を見て悔しそうにしている。
「まさか、兄ちゃん……最初からあの子が勝つことを分かって……」
「まさかまさか、そんなことあるわけないですよ。偶然です」
「だ、だが100,000ゴールドも賭けておいて……とんでもない選球眼だ……」
お守り的な意味と、一応師匠としての良心で買ってあげただけなんだけど……、まぁ、なんでもいいや。取りあえずウィルはおめでとう、1回戦で無様に負けた時用に考えていた励ましの言葉は無駄になったけどね。
「やるわね、バン。てっきり私はあの子が負けると思ったわ」
「どうも」
「まぁ、四天王倒すくらいだし、これくらい当然かしら?」
「いやー、まぐれって続きますね」
「……そういうことにしておきましょう」
さて、でも2回戦は流石にウィルでも無理じゃないかな? 2回戦、負けた時用に励ましの言葉考えておこうかね?
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