第14話 登場、戦闘、爆発、四天王

 勇者ダンとウィル、ユージン、アルフレッドなどが訓練を始める十四年前、もうすぐ十五年前になるがエルフの大樹国フロンティアに呪詛王ダイダロスと言う魔族の長が攻め込んできた。


 魔族と言う種族は数多の場所に存在している。天の上、別次元、または種族の進化によって存在し誕生する。彼等魔族の長を魔王と呼び、呪詛王ダイダロスも魔王と呼ばれている。



 魔王と呼ばれる存在はいつの時代も世界を闇に落とそうとした。しかし、その度に勇者と言われる存在によって倒されてきたのだ。


 そう、呪詛王ダイダロスと言う存在も勇者ダンによって倒された。



『ふははは、勇者とな?』

『……』

『ダイダロス様やっちゃってくださぇ!』

『ふふ、我らが四天王が手を出す前に魔王様に直接殺されることを誇りに思うがいい』

『我が呪を――』

『――消えてろ』



 文字通りのワンパンだった。拳は音すら置き去りにして、王の腹を貫通し、その衝撃で周りの魔族と後ろにいた数百の魔族も余波で息絶えた。穴が空いた魔王は片手で闇のオーラを放って勇者に付ける。



『その呪いがお前を死に導くだろう、絶対に忘れんぞ、十年で貴様は息絶え……』

『え……? 嘘だろ』

『俺達の呪詛王が……』

『逃げろぉぉ!!!』



 そこから蜘蛛の子が散るように数千、数万の軍勢は逃げて行く。その中には四天王と呼ばれる最高位の魔族も存在した。


『逃げろぉぉぉ!!』

『全員、己が生き延びることだけ考えるだぁぁ!!』



 勇者ダンはエルフの国へ宣戦布告をした魔族たちを倒しまわった。火の海と化した戦場にただ彼は佇み、何度も何度も戦い続けた。しかし、数万と言う軍勢、あまりに膨大な数の彼らを全ては仕留めきれず、僅かな数と四天王を逃してしまった。



 しかし、彼らの中にはしかと勇者の強さは刻み込まれている。だからこそ慎重に慎重に呪いが勇者を殺すまで世界で争いを起こすことは、戦争をけしかけることはしないのだ。



「それでいつまでこうして、オレ達がこそこそしなくてはいけないんだ!!」



 バコン!! と二メートルを超える魔族が大きなテーブルを手でたたく。その衝撃でテーブルは砕け散り、二度と使えないほどに粉砕された。その破壊をした男の強さがそれだけで常識離れをしていることは想像に難くない。


 なぜなら、彼は呪詛王大ダイダロスに嘗て仕えていた四天王の一人、剛腕王手キングバーダーのゴーダである。



「落ち着いてください。ゴーダ。そろそろ機は熟す頃ですから……」


 

 そして、ゴーダに話しかける眼鏡をクイッと上げたその男は知的の高さを十二分に感じさせた。彼も同じく四天王であるザリーバンドフエットと言う魔族の頂点にいる存在。



「いつまで勇者が死ぬのを待てばいいんだ!!」

「それは計算外でした。しかし、ボク達の王、彼のおかげで勇者も弱体化している」

「だったら、今叩けばイイだろ! オレがよ!」

「……」

「勇者が死ぬのを待っている間に勇者みたいなのがまた現れたらどうする? またこうやって隠れて過ごすのか!? 耐えられねぇぞ! それにアイツが死んだんだろ」

「えぇ、始まりの町……そこで勇者の後継者なる者が現れるのを監視していたセータの死亡が確認されています」

「はっ、セータが動いたって事はめぼしきやつがいたって事だ。そいつが成長する前に――」

「――それは考慮しています。しかし、もう少し待ってください。魔界でも魔王バルカン全軍の統一、そして世界の治めるための強さの調整を……」

「待ってられねぇな。オレはな、呪詛王ダイダロスに仕えていたんだ。一刻も早く世界を支配する!! 勇者も雑魚な世界なら問題ねぇだろなぁ!!」



 何年も隅っこで勇者が弱体化をするの待っていた彼等にも鬱憤が溜まっていた。高種族の自分たちがなぜ、劣等種族がひしめく世界で隠れなくてはいけないのか。勇者の存在は理解をしていてもゴーダは既に我慢の限界だった。


 彼は薄暗い部屋を出て行った。


「いいのー、ユーは止めるべきだったんじゃないー?」


 ザリーバンドフエットの後ろにパンプキンの被り物を被った高い声の男性がいた。彼も四天王であり、魔族である。



「パンプキン……貴方もいたんですか。しかし、問題ないでしょう。近々戦争は起こる。嵐の前の小嵐、宣戦布告程度には申し分ない」

「なるほどねー。ぷぷぷ、でもやられたら?」

「考えにくいですが、それはあり得ないでしょう」



 眼鏡をクイッと上げる彼の前でパンプキンは笑って居た。彼の笑い声は不気味な戦争を予見させた。




◆◆



 俺は現在七人の弟子を持っている。一人はウィル、あとはユージン、アルフレッド……彼等に俺は七日に一回だけ訓練の機会を与えている。しかし、七日に一度だけ誰とも訓練しない日がある。


 勇者候補の中には二人で一組みたいな奴居るからな。そいつらは二人で一日セットにしている。そうすることで七日の中で一日だけ空くことになるのだが……その日は休日ではなく普段は勇者ダンとして活動するのに使用している。


 あとは、家の掃除。


 そして、ウィル達の一週間の成果をノートに纏めると言う作業だ。これが一番時間を食ってしまう。大体どのくらい伸びたのか、魔法を教えるにはどうすればいいのか、色んな本と睨めっこしたり大変なのだ。



 しかし、そんなとき俺は気付いてしまった……俺は家族サービスを全然していない……という事に……。


 七人のうちの誰かが勇者になって引退をした後、俺は合コンとか、彼女を作って行かないといけない状況が待っている。そんな時、家族との仲を聞かれることがあるだろう。



 その時に家族を大事にしている優男はきっとポイントが高い。これは勇者として長年活動してきた勘だ。


 だからこそ俺は両親を連れて数少ない訓練がない日を温泉街で過ごすと誓ったのだ。


 これは『俺は家族を大事にして、旅行に連れて行く財力もあるよ』と言う事を女性に遠回しにアピールできる。つまりは自身のアピールの為のジョーカーになりえる可能性がある最高のカードを俺は手に入れる。


「じゃ、行こうか」

「まさか、ダンが温泉に連れて行ってくれるなんて」

「嬉しいなぁ……高級旅館にも泊めてくれるなんて」



 母さんと父さんが喜んでいる。よし、行くか。俺は荷台に二人を人力車に乗せて、それを持って走り出した。


 向かうは温泉の都、ユーストリームである。



◆◆




 温泉の都、ユーストリーム。地の底から湯が沸き、それは僅かなとろみを帯びていて疲労回復に効果がある。それが人を通じて葉脈の様に噂が広がり、とても人気な場所である。



 その都市に三つの大きな光の種子が迷い込んでいた。


「えっと……ここでいいのかな……?」



 一人はウィル。勇者ダンとの訓練がない日には冒険者として活動をしている彼は、とある任務でユーストリームを訪れていた。温泉の都はあまりの人気場所、人がたくさん集まり、そうした状況下では盗難被害、無垢な観光客への詐欺行為が度々確認されているらしい。


 故にウィルとユージン、その他の冒険者達には見回りの任務が回ってきた。


 ウィルは大きな都には一度も来たことが無かった。だから、建物が密集している地域、そして数えきれないほどの人々。全てが彼にとっては新鮮だった。



(うわぁ……人が沢山、建物も凄い。なんか異世界みたいだ)



 しかし、ウィルの隣には何食わぬ顔でさも当然のように歩いている金髪の男ユージンが気になった。


(そう言えば名前聞けてないんだよなぁ……。この人、名前なんて言うのかな? それに驚いた様子がないし、結構こういう景色慣れているのかな)



「なんだ? じろじろ見て」

「あ、その、ごめん」

「ごめんではなく、なぜと聞いている」



 ウィルの視線に気づいたのか、ユージンがギロッとした視線を向ける。つい先日は一緒に魔族と戦ったとは言え、彼は慣れ合うと言う事はしなかった。話しかけるなオーラを出していたためにウィルも気軽には触れられない。



「いや、その、久しぶりに会ったのに……挨拶とか、した方が良いのかなって……迷ってて」

「俺とお前が挨拶だと」

「だ、だって、と、友達……じゃないのかなって」

「俺に友はいらない。慣れ合う存在も必要はない」



 ユージンの言葉はウィルの心に少しだけ棘を刺した。ちくりとした痛みが彼を襲う。なぜならウィルの中では既に戦友のような気がしていたからだ。


 ユージンはウィルのことを気にせず、都を進もうとするがそんな彼を呼び止めるような声をかける者が居た。


「相変わらず、貴殿は柄が悪いようだな」


 

 ウィルが声がした方を見ると、マゼンタ色の髪の毛が特徴的な美少年が立っていた。ウィルもユージンも顔立ちは整っているのだが、彼はまた違った整い方をしていた。


 どこか優男に見えるが、彼の笑みは大人の男性ぽさもありとても魅力的に見えた。


「貴様か……アルフレッド」


 ユージンがその少年を名前を呼んだ瞬間、ウィルは驚きを隠すことは出来なかった。


(アルフレッド……!? まさか、アルフレッド・トレルバーナなのか!?)



 まさか、とウィルは眼を見開く。なぜならアルフレッドはウィルが目指している勇者の子孫であるからだ。初代勇者は王族に嫁ぎ、更にはそこからも勇者は現れるたびに王族と結婚した。


 いつからか王族からしか勇者は生まれくなっていたが……勇者ダンと言う例外中の例外が現れてしまった。しかし、彼がいなければ間違いなく勇者と言われるのはトレルバーナの一族であった事だろう。


 だからこそ、ウィルは思う。もしかしたらという可能性であるが、眼の前に居るのは今まであってきた誰よりも勇者に近い存在ではないかと……



(アルフレッドは正真正銘の勇者の子孫……こんな所で会えるなんて、思わなかった。流石は勇者の子孫、貫禄が凄い……で、でも、!!)



 アルフレッドは白の全身タキシードに両胸の乳首辺りに一つずつ、計二つ薔薇のブローチを付けていた。更にはスーツの襟は絶妙に売れていないホストくらいたっている。



「お前も相変わらず最高にダサいな」



 それを見たユージンは無慈悲にそう言い放った。それを聞いてウィルはまた驚きを隠せない。


(い、言ったぁ!? 普通なら絶対に言えない事を!? 王族に対して!!)



「この良さが分からないとは……貴殿は流行に遅れているな」

「一生先に進んでろ」



(この金髪の人って、もしかして偉い位の人なのかな? じゃないとこんな事言えないよね? 確かにダサいけど)



「そうさせてもらおう。それより、貴殿の腰にある剣なのだが、始まりの剣か?」

「あぁ? だったらどうした」

「偽物だ。忠告させてもらおう」

「おい、貴様ふざけているのか?」

「私はふざけてなどいない。貴殿のは偽物だ、なぜならこの私が持つ剣こそ、始まりの剣なのだから」



 アルフレッドはそう言って腰元に置いていた二本の剣の内、一本を取り出した。赤の持ちてグリップに何度も連戦をした結果、刃こぼれをしたと思われるボロボロの刀身。


 まさにウィルとユージンが持っている『始まりの剣』そのものだった。


(えええええええ!? 始まりの剣、また偽物!? 偽物何本あるの!? や、やっぱり勇者ダンの名を語って売買している売人が居るんだろうけど……ゆ、許せない。僕の持っているこの剣は本人から貰った剣だから本物だけど、こうやって騙されてしまった人たちを見るとどうにも悲しくなるな……)


 

 アルフレッドの指摘にユージンは堪えきれない笑いを溢す。それは全てを見下すかのような王のようであった。


「くくく、はははは」

「なにがおかしい?」

「いや、なに、以前からダサいと思っていたがここまで来ると、一周周って尚更ダサいな」

「ふ、こちらのセリフだよ。偽物と本物の始まりの剣も見抜けずに使っているのだからな」

「あまり、始まりについて語らない方が良い。語れば語るほど、お前の姿はみすぼらしく見える」

「私に言わせればまさしく、貴殿は道化だがな」

「言ってろ。いずれ赤っ恥を書くことになるのはお前と決まってるがな」

「それこそ、その言葉を返そう。いずれ、私がこの剣を貰った主を紹介してやろうじゃないか。その時、貴殿がどういう顔をするのか、見物だな」

「面白い、ならばいずれ俺も貰い主を見せてやる」

「いいだろう……因みにだがその剣はどこで手に入れた?」

「そう言うお前はどうなんだ?」



 その瞬間、ユージンとアルフレッドの頭の中には始まりの剣を授けてくれた勇者ダンの姿が思い出された。


『この剣の事も、俺との関係も言ってはならない』


「「……中古の骨董品屋だ」」



(……ど、どうしよう。この二人、その内、凄い恥をかくことになるんじゃ……。ここで僕が本物だと二人に言う事が優しさなんじゃないか!?)



(やはり、ユージンは骨董品屋のようだな。私は本人から受け継いで、それを悟らせないための嘘だが、ユージンは下手な商人に騙されたのが容易に想像できると言う物だ。この勝負、私の勝ちだ。ユージン、貴殿の背中は既に煤けているぞ。ふっ、その内恥をかくことになるが生意気な性格が治る薬にでもなればいいと思えるがな)



(ウィルも騙されていたが、やはり勇者の名を語り剣をばらまいている底辺の存在が居るらしいな。まぁいい。それにしても馬鹿な奴だ。俺の剣は本物だが、コイツのは贋作。この勝負、既に勝利は俺の手の中にある。もう少し賢い奴だと思っていたのだがな、偽物と本物すら見抜けないか。勇者の子孫が聞いてあきれる)




「あ、あの、僕のが実は本物でして……」

「お前、まだそんなことを言っているのか? 偽物だと言っただろう」

「貴殿の事はよく知らないが、それは偽物だろうな。今度から気を付けて買った方が良いだろう」

「……はい」



 ウィルは思わず我こそ本物の継承者であると名乗りを上げたがそれも諦めた。そして、そんなウィルを差し置いて、ユージンとアルフレッドはにらみ合うような視線を効させる。


「この勝負は私の勝ちになるだろうな。貴殿は一度も私には勝てないと言う事だ」

「どうだかな」

「私は負けないよ。以前も言っただろう。勇者になるのは私だと」



(……アルフレッドと金髪の人は知り合いなのかな?)



 アルフレッドとユージンの会話から二人は以前からの知人同士であるのではないかと想像が湧いた。



「俺も言う事は変わらない。俺が勇者だ」

「無理だな。貴殿の考え方が変わらない限り」

「勇者に最も必要な要素は力だ。今も昔も変えるつもりもない」

「……違う。勇者に必要なのは他者を想う心、助けたいと思う魂だ」

「いつまでもそんな青臭い事を言っている」

「圧倒的な不条理の存在、自身よりも強い存在を目の前にしても勇者は戦う。力も大事だがそれが最もたる由縁だと言う答えなら、私には勝てない、勇者にも成れない」

「いつの時代も切り開いたのは力だ」

「それでは魔王と何ら変わらない」

「当然だ。最も力を持ったものが偶々善人だった、または悪人だった。勇者と魔王の違いはそんなものだ」

「違う、勇者は誰よりも他者の為を想っていたのだ。だからこそ力を求め強くなり、より長く腕を伸ばした。貴殿の考え方は逆上している」

「やはり、平行線か」

「私も仲よくしようなどとは思っていない。しかし、その答えを聞いて安心した。やはり、私には勝てない」

「言ってろ」



 そう最後に言い残して、ユージンはアルフレッドに背を向けて都に消えていった。彼等の言葉と交わされた信念にウィルは唖然とするだけだった。


(勇者に最も必要なモノ……それって……)



「さて、貴殿は一体だれなのか、聞いても良いだろうか?」

「あ、ぼ、僕はウィルって言います! あの、アルフレッドさんはもしかしなくても勇者の――」

「――末裔、子孫であると言われている」

「す、すごい」

「凄いのは私ではなく、築いてきた者達、過去の勇者たちだろう。私はただ生まれただけだ」

「な、なるほど、返答も深いですね……」

「そうだろうか? 貴殿も勇者を目指しているのか?」

「え? どうしてそんなことを?」

「偽物とは言え、始まりの剣をこれでもかと見せつけてきたら誰でも想像はつく」

「確かにそうですよね……えっと、その通りです。成れる保証も才能もあるかも分からないですが」

「そうか……貴殿、いやウィルは何が勇者にとって最も必要であるのは何だと考える?」

「……それは……えっと……やっぱり、誰かの為にって言う心のような気もします」

「私と同じ考えだ。私が考える勇者は自己犠牲、傾注であり全ての人の為に献身である事、それが大前提だ」

「――ッ」



(なんだ、この人……確かにそうかもしれないけど……)



「そうかもですね……」

「もし、命を賭けられない勇者が居たとしたら、そんな存在に価値はないだろう」

「あ、えっと、そうなの、かな……?」



(あっている、確かに歴代の勇者も、勇者ダンもそうしてきたけど……僕は。勇者ダンが命を粗末にしたら絶対悲しい)



「少々、話しすぎたな」

「あ、こ、こちらこそすいません!」

「いや、私の方こそすまない。貴殿は冒険者で任務なのだろう? 時間を取らせた」

「い、いえ、僕も話し込んじゃって、アルフレッドさんもご予定が」

「あ、私はただ、温泉に入りに来ただけだ」

「え!?」

「偶には良いと思ってな。こっそり王宮を抜け出しきて来たんだ」

「ええ!?」

「行き帰りで走れば十分な鍛錬にもなるだろうと言う発想だ」

「あ、そ、そうですか。あの、是非、リフレッシュしてください」

「勿論だ……ッ!?」




 ウィルに笑いかけたアルフレッドだが何らかの気配を感じて、都の外を見た。


「あの――」

「――何か来たようだ」

「……え!?」



 彼の視線先には草原が刈られ、人の通れる道が整備されている。しかし、そこからは通常ではしないような振動音が聞こえてきたのだ。まるで、何かしらの大群が都に向かっているかのような音だった。



「私は見てくることにする」

「ぼ、僕も行きます」

「……そうか、そこに居る冒険者、貴殿には何かしらの存在が接近していると都の代表や民に伝えて欲しい」

「お、おす!!」



 近くに居たウィル達と一緒に来ていた冒険者にそう伝えてアルフレッドは地鳴りのような音がする草原に走り出す。空には不穏さを感じさせる雨雲が広がっていた。



◆◆



(速いッ)




 ウィルの前を途轍もない速度出掛けていくアルフレッド。彼の背中はどんどん遠くなり、それに追いつこうと必死に走るが追いつけず体力だけが無くなって行く。このままでは異変地帯に着く前にくたびれてしまいそうだった。



(こんなに速く走っているのに速度は落ちず、呼吸も乱れていないッ)



 ウィルは眼の前の頂上的存在に驚きを隠せない。日頃から勇者ダンと言う存在を目の前にしている。しかし、彼はあまりに雲の上の存在でありという行為を無意識に拒絶していた。



 だが、全くの同年代であるアルフレッドと言う存在を目の前にして、誰かと自分を比べると言う行為を彼はしてしまった。そして、更なる存在に絶望もした。


 ダイヤもユージンも、そして彼も上には上がいて、まだまだ弱いと、全てにおいて足りないと痛感をした。



 走っても走っても、自分よりすごい存在がごまんといる世界。そして、



「魔族だな……」

「如何にも、吾輩はライジ。此度より世界を支配する新たなる呪詛王の代弁者の役割を仕った」



 彼等の前には数百体の魔族の群れが広がっていた。そして、その大群の前に立っていた存在をアルフレッドは見つめる。なぜならあの筋肉の塊のような存在がこの群れの長であると確信をしたからだ。


「代弁者……しかも新たなる呪詛王か。ダイダロスと言う王の由縁者と言うことだな」

「如何にも嘗ての王であるダイダロス様のご遺志を継ぐものである」

「ならば私のすることはただ一つになる」



 アルフレッドは腰の剣を抜いて剣先を向けた。始まりの剣は抜かずに普通の鉄剣を彼等に向けて、魔法を発動させる。



帯びる雷スターサンダーストレンジ



 火花が飛び散るほどに彼の剣先から電気が放出する。それを地面に刺して上からではなく、下から、雷は天に昇る。


 いきなり数百体の魔族を一網打尽にする。一瞬で丸焦げにして絶命させると言う事は出来なかったが痺れさせ、その場で拘束をする事に成功する。


「なるほど、中々やるではないか。しかし、ここいらに居るのは吾輩以外全て下っ端だ」

「無駄話は良い。さっさとかかってくるといい」




 剛腕をライジと名乗った魔族は振るう。彼の拳をアルフレッドは避けた事により、そのまま地面へと拳が刺さる。ドゴンと轟音が地面を揺らし、クレーターのような大きな音を立てた。



(腕力は私より、上のようだな)



 いくら勇者の子孫であるアルフレッドも発展途上であり、地面を素手で殴ってクレーターを作り出すことはできない。故にすぐさま腕力を中心にした戦闘行動を躊躇した。


 力の差は歴然であったのだ。なぜなら体長二メートル近い存在であるライジはリーチもアルフレッドよりも上であるからだ。腕も鉄よりも固い。



(無詠唱で魔法を発動は大したものだが、吾輩の敵ではない)



 一瞬で絶命を狙うライジの拳が再び迫る、それを帯電をしている剣で受け止める。軋むような金属音が辺りに広がった。


(馬鹿が、何度もそれを繰り返せばそのまま吾輩の拳で刀身はへし折られるぞ)



 アルフレッドは視線を辺りに回して、状況を確認した。この場から逃がしてしまった魔族はいないか、一緒に来たウィルに怪我は無いのか。それを確認すると何度も剣をライジに向けて、斬り、拳を受け止める。



「剣捌きは見事だが、それでは吾輩は倒せないぞ」

「ふっ、見事と言っておこう。身体能力は私の遥か上を行くらしい」

「当然であるな。劣等種である人間に吾輩が負けるはずがない」

「そうか、だが、そろそろ勝負は決着するぞ」

「なに?」

放電リリース

「――ッ!」



 アルフレッドが指をパチンと一度鳴らした、それを合図にしたように小規模な放電が魔族であるライジから、そして周りの魔族からも起こった。



「私の魔法、帯びる雷スターサンダーストレンジは電気を相手にぶつけ痺れによる行動阻害だけでなく、帯電する特徴がある。そして……私がもう一度発動することによって、小規模な爆発的雷の波動も発生させられる」

「こ、これは……聞いたことがある……二代目勇者ダーウィンが考案した妖精魔法の一種……まさか」

「その通りだ。私はその末裔であると言う認識に間違いはない。しかし、私ではこの魔法を上手く扱えない。本来ならもっと大きな爆発を起こせるのだがな」

「うぐ、なぜ、私だけこんなにも爆発が大きかった……? 他の魔族は俺ほどの爆発は無かったはずだ」

「どう考えても貴殿は残りの魔族とは格が違った。だから、何度もお前の身体に帯電をしている刀身を当てて、お前だけには飛躍的な爆発を発生させた」



(そういうことかッ!?)



 今になってライジは気付いた避ければよいタイミングの攻撃も避けずに剣で捌いていたのは、刀身と身体をくっ付け、帯電をより大きくするため。そして、ある程度溜まったタイミングでアルフレッドは一掃を決行した。


 おかげで既にライジ以外の魔族も倒れていた。




「なるほど、確かに大したものだ。その魔法は……流石は勇者の子孫。しかし、この程度であるのかという落胆もある所だ……」

「負け惜しみにしか聞こえんが」

「まさか、この期に及んでそんな事をするほど落ちぶれてはいない。しかし、本当の事だ。付近には、嘗ての呪詛王の時代から仕えていた最高の魔族。そして現四天王、剛腕王手キングバーダーがいる」

「……なんだと?」

「あのお方の力に比べたら、こんなものそよ風に等しい。ククク、はっはははは」




 アルフレッドもまさか四天王が近くまで迫っているとは想像もしていなかった。そして、ただ見ているだけに留まってしまったウィルも唖然とする。



(そんな、四天王だなんて……!? 現れることなんて最近殆ど無かった。この世界にずっと築き上げてきた平和が……)






◆◆




「なんだか、雨が降りそうね」

「そうだね、母さん」

「ちょっと急ごうか」



 ダダだだだとダッシュで人力車をこいでいるダンは、雨が降って来そうなので足を速めた。両親に景色を楽しんでもらおうと考えていたのだが、それよりも天候が気になるようだ。


 だが、早めた足を彼は直ぐに止めることになった。彼等の前にとある男が立っていたからだ。身長は二メートルを超える大巨体、腕は大木の様に太く、同時に足も異様なほどに発達していた。


 肌は青く、眼つきも悪い。


「ダンの知り合い、じゃないわよね?」

「違う、しかもあれ、魔族だな」

「えぇ!? でも、ダンが居れば安心ねー」

「そうだね、母さん」



 ダンは一度人力車から手を離して、その魔族に堂々と歩み寄った。



「えっと、魔族だろ」

「その通りだ、人間」

「通してくれる? って聞いても大体通してくれないんだけど、魔族って」

「その通りだ、人間」

「ワンパターンな返答だな」



 相手は手を握り、開き何かを抑えきれないように獰猛に語りだした。しかし、相対するダンはツンツンヘアーを手で撫でながら間の抜けた表情であった。



「嘗て、この世界を俺達はあと一歩のところまで侵略していた。しかし、そこを勇者ダンに阻まれた」

「こいつ、どっかで……見たことあるな」

「それから十年以上、俺達はひっそりと暮らしていたが遂に侵略ののろしを上げることが出来たのだ。まずは一人、血祭りにあげ、十字に張り付けて都へと掲げる。それは正に恐怖の象徴となるだろう」

「どこだっけな……」

「その記念すべき十字の証へとなるのはお前だ。俺は慈悲深い、一瞬で殺してやる」



 彼は『力』を振るった。大木すら穴を開け、吹き飛ばすほどの強固で威力のある拳をダンに打ち込んだ。爆風が起きて、辺りに土煙が舞った。通常なら内臓が飛び散って、原形をとどめないほどの一撃。



「どっかで見たんだよなぁ……」



 しかし、無傷だった。



「ほう、俺としたことが余りに慈悲が深かったようだ。慈悲が深すぎて力をつい抑えてしまったようだな。ふっ、あまりに人間から遠ざかる生活をしまったせいで力の感覚が不安定になったか……しかし!!! ははあぁぁぁああああ!!! 加重呪筋カースド・ドーピング



 加重呪筋カースド・ドーピング。自身の身体能力を爆発的に上昇させる魔法、魔族が使う魔法は異界魔法と言われ、その中でも最上位の効果を体現させ、その頂上的な異界魔法は十階梯に相当する。



 全身が蒼からマグマのような赤に変わって行く。血管が浮かび上がり、髪も逆立ち、何もしていないのに魔力の強大さで大地が揺れ、風が吹き荒れる。



「抑えたとはいえ、この俺の拳を受けて生きているとは大したものだ。褒美に俺の最高の力でお前を消してやるとしよう。喜べ、消し炭にしてやる」

「最初の貼り付けて恐怖の象徴云々はどうしたんだよ。消し炭にしたら貼り付けに出来ないだろ」

「よく考えたら俺がその恐怖の象徴だ。今更問題はない!!」

「……あ、そう」





 赤の魔力が彼の拳に集約していく。そこだけ大気がぶれたような錯覚を受けるほどに濃密な気配が漂っていった。そこから生まれる乱気流のような何かで空の雲は大きく動く。



「あ、思い出した」

「どうした? 命乞いか?」

「いや、そうじゃなくて……お前、呪詛王の隣に居た奴だろ」

「……」



(コイツ、あの十四年前に戦場に居たのか……? あの時いたのは勇者ダンだけだと思っていたが……)



「その通りだ。なるほど、お前もあの時、あの場に居たようだな。だが、俺が見覚えがないと言う事はどこかに怯えながら隠れていたな?」

「いや、お前も一目散に逃げてただろ」

「減らない口だ。まぁいい。これ以上話しても何も得るものないだろう。最後に名乗っておこう、俺の名は!! 呪詛王ダイダロスに仕える四天王、剛腕王手キングバーダーのゴーダ様だぁぁ!!!!!!」



 そう言って、圧倒的な力を集約させた隕石にも等しい、拳をダンに向けて放つ。拳に当たらなくとも、その周囲の魔力圧で細胞が解けてしまいそうなほどの力に対して――



――ダンは左手を軽く握った。




(愚かなッ、そんな貧弱な拳に俺の隕石魔拳メテオスマッシュが止められるかッ)




 拳と隕石が対峙する、終始爆発的なオーラを漂わせる四天王ゴーダの拳だが、対極的に静かな拳をダンは打ち出す。



(――ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!)



 直後、ゴーダの脳内に大きな警報が木霊する。正に死の直前から生物と言う個体が持つ、生存本能にのっとった警告。ただ、生きる為、地位や名誉、それよりもまずは生にしがみつかなければならない。



 それが脅かされ、ゴーダの全身から汗が噴き出た。しかし、既には迫っていた。



 そして、その拳を改めて直視したとき、走馬灯のように記憶が蘇る。



 その瞬間、ゴーダは思い出した。呪詛王ダイダロスを文字通り、一撃でノックアウトにした勇者の拳を……



「そ、そうかぁぁぁああ! お、お前はぁぁああ!!!」

「あ、言い忘れてた。俺、勇者ダンだから」




 隕石とただの拳は拮抗すらしなかった。ダンの方向に、後ろに居る両親に風が吹き荒れることもない、しかし、ゴーダの後ろには莫大な突風が吹き荒れた。





◆◆




「なるほど、確かに大したものだ。その魔法は……流石は勇者の子孫。しかし、この程度であるのかという落胆もある所だ……」

「負け惜しみにしか聞こえんが」

「まさか、この期に及んでそんな事をするほど落ちぶれてはいない。しかし、本当の事だ。付近には、嘗ての呪詛王の時代から仕えていた最高の魔族。そして現四天王、剛腕王手キングバーダーがいる」

「……なんだと?」

「あのお方の力に比べたら、こんなものそよ風に等しい。ククク、はっはははは」


 

 ライジは笑って居た。眼の前の勇者の子孫すらも四天王には程遠いと理解をしていたからだ。ライジと言う魔族は元は荒くれもので自身が一番強いと過信をしていた。しかし、四天王ゴーダが現れ、無理やりに配下にさせられたのだ。


 面白くはなかったが、弱いものをいたぶり、侵略をすると言う事は嫌いではない。だからこそ、最後に笑った。



 眼の前の存在を、また、嘗ての自分の様に潰してくれると、更なる圧倒的な絶望で血に伏せてくれると確信をしたからだ。



 そうであったはずなのに……唐突に爆風が吹いた。



「な、なんだ!?」

「あ、アルフレッド君!? 大丈夫!?」

「くっ、私は問題ない!!」



 そして、静寂がやってくる。彼等は互いに何かを感じたのだ。『何か』としか感じることが出来ない不条理な存在を――



――え……?



 一体だれが溢した言葉であろうか。降ってきたのだ、死体が……。恐らく身長二メートルは超える大巨体の魔族の死体が。上半身は無くなっていたが下半身だけでも、その存在の生命エネルギーを由に感じた。



「な、なんなの? あれ」

「わ、私にも分からない……」


 ウィルもアルフレッドも状況を飲み込むことが出来なかった。しかし、もっと取り乱していたのは魔族であるライジだった。



「あ、嘘だ……あり得ない。四天王ゴーダが……そ、そんな……い、一体誰だ!? 誰がゴーダを倒した!?」

「ゴ、ゴーダ?」

「なるほど、あの魔族が言っていた四天王はあの半身が成れの果て」

「し、四天王を倒すって……」




(勇者ダンが築いてきた平和……それを壊しかねない力を持った不穏分子ということか。四天王に、そして、それを倒す……何者か)


(ぼ、僕にはまるっきり理解できない強さの次元……。これが、勇者が戦ってきた世界なのか……!?)



 アルフレッドもウィルも何かを感じざるを得ないほどに、時代の動きを感じてしまった。



 その後、アルフレッドはライジを倒し、魔族による進軍は無事食い止められた。被害はなかったが、変わりつつある普遍に二人は拳を握ったのだ。

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