第7話 清楚お嬢様

 あの光景が焼き付いている。ゴブリンを斬った時、血が己にかかった時、なによりあの剣を全力で放った時。


 剣を投げた時、彼は文字通り全力だった。余計な思考もしがらみも無かった。ただ助けたかった。



 彼はウィルには本当に誰かを助けようとした時、自信の全力出すことが出来る力が備わっていた。力と言うより、性質に近しいものだが……しかし、それに彼は気付いていない。


 ただ茫然とあの時の自分に驚くだけだった。



「ウィルどうして急に剣が使えるようになったの」

「ど、どうしてかな?」



 幼馴染のメンメンにそう聞かれたが彼としては惚けるしかなかった。なぜなら勇者にそう言われいてからだ。



『俺との関係は誰にも言ってはならない。俺から剣を習ったと言ってもならない。お前は我流、我流剣術家のウィルだ』

『は、はい!』



(勇者ダンにはそう言われた、きっと抑止力的な意味合いもある……。もし、呪いによって弱っているとバレたら……彼の抑えていた悪意が目覚める……)



(タイムリミットは十年……。この間言っていた、十年待つって……だからきっとそういうことなんだろう。



 先日、勇者ダンは適当に自身を付けるためにそれっぽく言った、十年ウィルの修行に付き合うという文言。それを彼は勇者として輝ける年数だと解釈した。



「ウィル?」

「え、えっと我流なんだ!」

「うっそぉ!? 我流!? 凄いね!」

「あ、うん」



(本当は勇者様のおかげなのに……)



 ちょっとだけ、モヤモヤした。そして、彼は彼女の元を離れて、二人で訓練をする場所に向かった。そして彼から貰った始まりの剣を鞘から抜いてそれを振り続けた。



(伝説ではこの剣で幾度も死期を退けて来たって……確かに何というか剣に重みがあるような、歴史があるような気がする。どことなく使い込まれた剣にも見えるし…‥)



(僕はこれからどうしよう……。勇者ダンのようにもっと強くなりたい……ならば、になるしかない)



(勇者ダンは五歳から冒険者になっていたらしい。でも、今の冒険者は制度が変わって、十六歳になる年からしか冒険者にはなれない、さらにそこから試験が必要……)



(昔は誰でも冒険者登録できたし、試験もなかった。でも、勇者ダンがあまりに有名になり過ぎて彼のようになりたい者が冒険者ギルドに殺到。人の数を把握できなくなったギルドは渋々人数制限と試験制を採用せざるを得なくなったとか)



 試験に自身が合格できるのか、彼には分からなかった。しかし、再び勇者ダンの背中が浮かぶ。


「冒険者か……うん、決めた。僕は冒険者になる」


 ――ウィルは空に始まりの剣を掲げた。彼の意志に反応するように剣が夕日に反射して光った。




 そして、丁度同時刻、ユージンと勇者ダンが訓練をするために集まっていた。勇者ダンがユージンに一本の剣を手渡す、赤のグリップに刃こぼれをした鉄の剣だ。




「ほう、これが始まりの剣か」

「そうだ、使って見ろ」

「なるほどな……確かに重みがある、それもかなり使い込まれているな」

「……そうだな」




 鞘から抜いてユージンは振り心地を確かめる。そして、その表情はどこか嬉しそうだった。


「そうか、これがあの伝説の……」


 ユージンはいつもの強面の顔から僅かに笑みを溢した。彼も生意気な口を聞くが勇者ダンの事は尊敬をしている。ウィルとは別の側面を見ているがそれでも評価が高い事は同じだ。


 そんな彼から彼の始まりを渡された時の嬉しさはかなりのものであった。


「よし、試し切りだ。お前も剣を抜け」

「……あぁ」



 ダンは木剣を構える。ユージン程度はこれで十分という事なのだろう。それに若干眉を顰めるユージンであったがすぐさま、剣を振る。


 かつんと、剣と剣が交差する。ユージンは鉄の剣を振り下ろす。勇者は軽く木剣が折れない程度に保護の魔法をかけているので容易く受け止める。



「お前はこれからどうするつもりだ」

「俺は……冒険者になる」

「騎士育成校はどうする」

「籍だけ置いておく、それで十分だ」



 通常、貴族は騎士育成校に通うのが伝統になっていた。稀に平民も通うが貴族が多いので白い眼で見られるほどに貴族が通う事が多かった。


 そして、嘗ては冒険者とは誰でもなれる職業。


 反対に騎士は学校に通った選ばれしものだけがなれるエリート職業と上下の関係があった。騎士の一部は誰でもなれる冒険者を下に見る者が居た。


 しかし、これも勇者ダンの影響で大きな変革があった。冒険者上がりの少年が英雄、更には誰にも成し遂げない偉業を行ってしまったせいで、一部の貴族の者は騎士の学校に通い、卒業をして騎士になるよりも、誰でも簡単になれる冒険者に成りたいと考える者が多くなった。


 大幅に騎士育成校から冒険者に人数が流れそうになったのを止めるために、先ず王国は冒険者に人数制限と試験を実施させ、更には定期的に勇者を騎士育成校で演説をさせた。


 幸い、元勇者メンバーであり、貴族剣士であるサクラがこの騎士育成校に一時期通っていたこともあって、今では騎士育成校と冒険者は対等の関係にまでなった。


『お願い、勇者君、ちょっと僕の母校で……』

『なぜ俺が……』

『そこのところをお願い!』

『……俺の演説を聞きたいという気持ちは分からなくもないが』

『ありがとう勇者君!』


 勇者の性格的にあまり誰かと仲良くしたりする訳でもないので、コネのあるサクラが毎回勇者にお願いをしていたという過去がある。




「籍だけ置くのか」

「あぁ、家が五月蠅いからな」

「そうか」



 貴族は未だに騎士育成校に通うべきという風潮がある。それは勇者が定期的に演説をするので立場的に以前よりも強くなった事による戻りつつある風潮とも言える。



「だが、俺は冒険者になる。以前言ったはずだ。勇者を超えるとな。だから同じ場所から見てやることにした、お前が一体どんな景色を見て来たのか」

「そうか。そこに関しては特に俺は言う事はない」



 そう言って勇者は剣を振る。軽く振っただけなのにユージンの剣は宙を舞っていた。



「っち、道具を変えた程度では何も変わらないか」

「当然だ。その剣は俺が使っていたらこそ強かったんだ」

「くそ……もう一度だ」



 諦めず、剣を拾ってユージンは走り出す、夕日に照らされながら彼らは再び剣を交差させた。



◆◆



 昨日はユージンに始まりの剣を上げた。中古骨董品屋で買った奴だが、やる気に満ち溢れているようで良かった。なんだかんだ、俺のこと尊敬してる感あったからな。


 ――ウィルの時と同じで剣は偽物だけどさ、モチベ上がればなんでもいい。


 さて、今の俺はとある辺境にあるお屋敷の前に来ている。ここは王都からかなり離れた場所で田舎である。まぁ、元現代人からすればどこも田舎みたいなものだけどね。


 しかし、ここは本当に田舎なのだ。山々とかによって囲まれている、人はあんまり住んでないらしい。そして、森林に囲まれている場所にとある貴族の邸宅が建てられている。



 ここに後継者候補のお嬢様が住んでいる。清楚で本当に良い子なのだ、正にお嬢様って感じの女の子。



 年齢はウィル達と同じ15歳。大きな二階建ての邸宅の一室、窓のベランダにいきなり俺は飛んだ。



「ダン様。お待ちしておりましたわ。ささ、中にお入りになってくださいまし」

「……それより訓練を」

「先にお茶にいたしましょう」



 彼女の名前はキャンディス・エレメンタール。愛称はキャンディらしい。


 明るい茶髪の髪、オレンジに近いかもしれない。眼も同じく明るい茶色。髪は肩ほどまでに伸びて、スタイルも良い。顔つきも優しそうで昔パーティーメンバーに居たら惚れてたかもしれないって思う程だ。


 ただ、それは昔の話。今は後継者候補としてしか見えていない。なぜなら彼女の才能はそれほどまでに大きかったのだから。



 彼女のメイン戦闘は格闘、剣も使うが、何より拳と足による攻撃速度は候補の中でも最も早い。正統な勇者としての能力を持っていると思われ、更には古参勇者の血筋であるアルフレッドよりも身体的能力は高い。


 

 彼女の部屋は綺麗な普通の部屋だった。ソファとかおいてあって、両親と思われる絵が置いてあったり、本が並べられていたりしている。


 ソファに座ると彼女は紅茶を俺に注いでくれた。カップに入った紅茶を一口飲んだ。味覚えてないけど、前世の企業が作った正午のお茶の方が美味かった。



「いかがでしょう」

「それなりだな」

「あら、でしたら次にダン様がいらっしゃるまでもっと腕を磨いておきますわ」

「……それより、早く家を出るぞ。時間がもったいない」

「申し訳ありません。ダン様とのお茶はわたくしの楽しみでして……つい本来の目的を忘れてしまいましたわ。では、参りましょう」



 俺と彼女は窓から家を飛び出した。近くの森の中、そこには丁度草木が生い茂っていない広場のような場所がある。



「よし、ではかかってこい」

「はい。では……」




 彼女は右手の平をこちらに向けて、左手は拳を握り、引くように構える。そして弓を引いて放つように左手で殴りかかってきた。


 速いな。ウィルとユージンならこれでノックアウトだろうな。右手で受け止める……と思ったのだが、彼女は俺が掴む前に既に左手を引いていた。掴み損ねた左手から、今度は右手に流れるように力を加えて殴ってくる。


 速いけど、左手で弾けるな。いや、しかし本当に速い。


 この時点でウィルとユージンは二回死んでいるだろうな。流石は俺が純粋に後継者として声をかけた一人だ。


「流石ですわ……ダン様」

「当たり前だ、この程度どうと言う事はない」

「ですわよね」


 

 彼女は股関節が非常に柔らかい、足蹴りで俺の顔面付近まで一瞬で右足を持ってくる。確かに速い、これでウィルとユージンは三回死んだな。


 しかし、俺は勇者。少しは明確な差を彼女に見せてやろうと思い、それを一本指で止めてやった。



「――まぁまぁまぁ、まだまだダン様とは差がありますわね」

「地と月ほどにな」

「否定できないのが悔しいですわね」



 彼女はさらにそこから左足で飛んでそのまま頭をもう一度狙う。その蹴りは避けて、右手で背中を押した。


「あぐ」



 変な声を出しながら彼女は一メートルほど吹っ飛ぶ。そして、背中を軽くさすって最初と同じ構えを向けた。



「まだまだ、これからですわ。貴方を超えたいんですの」

「お前にはまだ早い」




 こうして、訓練を重ねて一日過ごした。やはり才能が凄まじいと思わざるを得ない。一緒に旅をした仲間に格闘家のカグヤと言う女性メンバーがいたが、恐らく彼女以上だろう。


 しかも、なにより礼儀正しい良い子、ウィルもそうだが礼儀が正しい子は嫌いじゃない。


 




◆◆



 わたくしは生まれた時から世界一幸福であり、同時に世界一不幸な子であった。


 生まれは裕福な貴族、欲しいものは何でも手に入った。顔も美しければ声も美しい、体も麗しい。戦闘センス、魔力量、全部が他者の遥か上を行った。


 小さい時から傲慢であったと自覚している、美しいものは自分が決める。周りが美しいと言った物が美しいのではなく、自身が美しいと思ったものが美しいのである。


 本気で今でもそう思っている。自分が一番、欲しいもの何もかも手に入る自分が世界で一番偉い。


 でも、そうではなかった。わたくしにも手に入らないものがあった。


 それが勇者ダンだった。初めて彼を見たのはとある式典、王都の道を勇者パーティーが凱旋し、それを皆が讃える。


 その姿、今でも忘れない。輝いていた。それに研ぎ澄まされていたとすぐに分かった。今まで見たどんな宝石よりも、黄金よりも煌めていた。釘付けになった。


 あれが勇者ダン欲しい。


『どうやったら、勇者ダンが手に入るの!?』

『キャンディ……勇者ダンは誰のものでもないんだ』

『欲しい欲しい! 勇者ダンが欲しい!!』


 父に駄々をこねた。小さい時のわたくしは口も悪く、我儘で誰にでも噛みついた。両親に我儘を言った。


でも、勇者ダンは手に入らなかった。それだけはどれだけ欲しくても欲しくても、与えられない。誰も掴みとれない。


腹が立った。だから、代わりに勇者の絵画と本を只管集めた。この部屋の地下にそれが置いてある。


でも、そんなものを集めても、所詮絵であった。絵画で満足は出来なかった。本でも満足できなかった。どれだけ彼を知っても満たされない、掴みとれない苛立ち。



出身地も分からない。追えば追う程、分からない。



だから、諦めもあった。でも、そんな時……奇跡が起きた。王都に買い物に出掛けた時、平民から鞄を盗む盗人を取り押さえたのだ。


『全く。詰まらない事を……』

『おい、お前』

『なんですの? わたくし、に、むか……って』



鉄仮面を被った男、ずっと見てきた、誰よりもわたくしはその方を知っている。勇者ダンがそこにいたのだ。


そして、言われた後継者を探していると。



わたくしは……それを二つ返事で承諾したのだ。




「お嬢様。勇者ダンはどこにいかれたのですか?」

「今日は帰られましたわ」

「そうですか。それにしても宜しかったのですか? 使用人である私に秘密にしろと言われた後継者について話してしまって」

「流石にバレませんわ。それにクロコ、貴方だけにはわたくしの考えを理解してほしいですし」



 使用人のクロコがそこにいた。メイド服を着た彼女にわたくしは雄弁に語る。



「お嬢様は勇者ダンが欲しいのですね」

「えぇ、それはもう……頭が沸騰する位欲しいですわ。今まで異性は興味はありませんがあの方は別です」

「嘗ての勇者パーティーの一部は勇者ダンが好きとか」

「それくらい知っていますわ。しかし、誰ともくっ付いていないというのはそう言う事でしょう? あの方は誰とも添い遂げようとはしなかった。まぁ、抑止力的意味もあるのでしょうが」

「お嬢様はどうやって、勇者ダンを捕まえるおつもりで?」

「先ずは聖剣を奪う、そこでようやくイーブンですわ」

「イーブン、ですか? 勝ちではなく?」

「偶に勘違いをしている方がいますわ。聖剣を使うから強いのではなく、勇者ダンがあの聖剣を使うから最強の先にずっと居るんですの。まずは聖剣を奪う、それが最低条件」

「なるほど」

「しかも、素の状態での強さも圧倒的……今の所、勝ち筋がありませんわ」

「勇者を継ぐという約束はどうなさるおつもりで?」

「それも一応は継ぎますわ。継がないと聖剣が奪えませんもの。わたくしは勇者と言う立場にさほど興味はありませんが……勇者ダンを手に入れるためならなんでもしますわ」

「なんでも……あの、何でもと言って本当に何でもしないでくださいね? お嬢様は以前に、勇者ダンの悪口を言った貴族を角材で殴り飛ばすという奇行をしています。あれ、本当に後処理が大変でして……」

「えぇ、これからも宜しくですわ」



 ニッコリとメイドのクロコにわたくしは笑いかける。メイドは顔を青くしてこめかみを抑えた。



「勇者ダンからお嬢様に告白でもしてくれれば何も問題ないのですが」

「それは期待薄ですわね。わたくしも一応は女性らしく丁寧に接していますが、彼はあくまで世界平和しか考えていないのでしょう」

「なので、力ずくで勇者を手に入れると?」

「えぇ、それしかないでしょう? 勇者になってあの方に戦いを挑んで、倒してゲットですわ」

「……今は猫を被って機会をうかがうという事なのですね?」

「そういうことですわ。今は無理ですから、七日に一回会うだけで我慢していますわ」



 勇者ダン……それがわたくしのモノになると考えるだけで体が震える。何年も狂ったように想い続けた甲斐があった。もう、何年も欲しい欲しいと願ったのだから、あと数年は我慢できる。


 そして、わたくしがあの方より強くなった時は……


 ニヤニヤしながら未来を願う。








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